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2.アディリアは、見た!

読んでいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

 今日はアディリアが通うロイズデン王立学院の春休み初日であり休日でもある。

 王城で外交官として働いているルカーシュも今日は休みだ。アディリアは朝から厨房にお邪魔して、昨日のうちに仕込みをしていたパンを焼く。ルカーシュの好きな角切りのチーズとベーコンが入ったパンは、予定通り上手に焼けた。これなら、ルカーシュも喜んでくれるだろう。

 上機嫌のアディリアはルカーシュと朝食を食べようと思い、パンを籠に入れると隣に向かって飛び出して行く。

 隣とはいえ、両家共に広い敷地だ。侯爵家の令嬢が単身で行くことが許される距離ではない。普通ならそうだ。だが、両家に甘やかされたアディリアにかかれば、距離など無いに等しい問題だ。

 両家の敷地の境界線となる端と端に、アディリアが両家を行き来するための扉があるのだ。もちろん門兵もいるし、門から門が目視できる距離に作られていて安全性も考慮している。

 幼いアディリアが『好きな時にルカ様に会いに行きたい』と呟いた願いを、ルカーシュが叶えてくれたのだ。

 専用の扉を通って門兵に挨拶をしたアディリアは、淑女らしからぬ踊るような足取りでルカーシュの部屋へ向かう。

 そしていつも通り、ノックはするけど相手の返事は待たずに扉を開けた。この淑女らしからぬ行為を、アディリアはこの先一生後悔し続けることになるのだ。






 濃紺のカーテンは開いており、レースのカーテンから陽の光が差し込む中、ベッドではルカーシュが寝息を立てていた。

 隣国であるサフォーク国から要人が来る準備ため、ここ一カ月ほどルカーシュは多忙極まりなかった。

 というのも、ルカーシュの叔母がサフォーク国の王妃となっている関係で、通常業務にサフォーク国からの要人を迎え入れる業務がプラスされたのだ。そんな無茶ぶりが通るのも、ルカーシュが非常に優秀な外交官であるのと、ロレドスタ侯爵が外務大臣だからだ。


(いやいや、そんな話はどうでもいい!

ルカーシュが激務で疲れていようが、眠っていようが、この際どうでもいい。問題は、ルカーシュが誰と眠っているかだ!)


 大人が五人はゆったりと眠れるであろうベッドに二人……。

 


 ルカーシュの少し癖があって波打つ艶のあるダークブロンドは、いつもなら後ろで一つに縛られている。その髪が枕の上に広がり、窓からの光を浴びてキラキラ輝いている。

 澄み切った青空のような瞳は閉じられているが、長い睫毛がクルンとカールしているのが遠目でも分かる。鼻筋が通って気品に満ちており、薄すぎず厚すぎない色気のある唇が少しだけ開き寝息を立てている。

 ルカーシュの整った中性的で美しい顔立ちは寝顔も美しいのだと、こんな状況でなければ見惚れてしまっていただろう。



 ルカーシュは裸なのか布団は臀部と膝までしか隠しておらず、見える部分はピンクがかった白に近い肌色だ。当たり前だがルカーシュの裸を見たことなどないアディリアは、細いと思っていたのに意外にもしなやかな筋肉がついていることを初めて知った。

 肩甲骨がはっきりと見て取れるのは、ルカーシュの両腕が隣の人物の腰にしっかりと巻き付いているからだ。

 そして、頬が少し上気して赤味を帯びている美しい寝顔は、隣の人物の腰に頭を預けるように置かれていて、二人の身体はぴったりと寄り添ってくっついている……。



 隣の人物はヘッドボードに背中を預けた状態で座っていた。ルカーシュが身を委ねるように巻き付いているので、腰の部分にしか布団がかかっておらず、上半身は裸で膝から下も肌色で何も身に纏っていないように見える……。

 真っ直ぐで絹糸のように滑らかなブロンドが、朝日を浴びてふわりと揺れ神々しいばかりだ。

 切れ長の青い瞳が愛おしそうにルカーシュを見つめ、長い指がルカーシュのうねるダークブロンドの髪を優しく撫でている。

 こちらも鼻筋が通り、冷たそうな薄い唇のクールな美青年だ。

 そう、美青年だ!

 もう一度言おう、美・青・年。

 上半身に厚い胸筋はあるが、胸はない。髪もせっかくの美しいブロンドが、短く刈り込まれた短髪だ。腕も足もルカーシュより太く、彫刻のように腹筋が割れた正真正銘の男性だ。



 アディリアが叫び出しそうに息をのむと、男性が口元に人差し指を立て悪戯っ子のような表情を向けてきた。

 男性の言うことなど聞いてやる必要はないのに、アディリアは両手で口を押さえて叫び声を抑えた。

「……う、ん……」

 男性が少し動いたからか、腰に縋り付く腕に力がこもったルカーシュの唇を男性の手が撫で、「まだ寝てていいよ」と甘い声で囁いた。ルカーシュは、口元を緩めて男性の腰に顔を押し付けた……。

 口を押さえたまま呆然と立ち尽くすアディリアに、金髪の男性は笑顔でひらひらと手を振った。

 自分が邪魔者だと痛いほど悟ったアディリアはじりじりと後ろに下がり、音が出ないように扉を閉めた。そして、自分が来たことを誰にも気づかれないように、こっそりとロレドスタ邸を後にし、大雨に打たれたのだ。






 フェリーナの家から帰って来たアディリアは自室にこもった。冷めた紅茶を飲みながら心を落ち着けようと努力すると、ルカーシュの相手が誰なのかを思い出した。

「サフォークの第四王子だ……」

 姉妹国と言ってもいいほど行き来も多く友好的で、貴族から平民まで婚姻関係も多く結ばれている隣国の王子を忘れるなんて、いくらアディリアがぼんくらでも有り得ない。それだけ動揺していたのだ。

「ということは、二人はいとこ同士……」

 同性で、いとこ。

 いとこ同士の結婚はよく聞くが、同性での結婚は聞いたことがなかった。アディリアは自分が世間知らずだからかと思ったが、相手は王族だ。第四王子と言えど、子孫を残すのが使命。同性婚は前例がないだろう。


(ロレドスタ家とフォワダム家の両親は、このことを知っているのだろうか?)


 おそらく知っているとアディリアは思う。その方が色々と辻褄が合うのだ。

 ルカーシュとフェリーナは同学年だ。ロイズデン王立学院でもルカーシュが首席でフェリーナが次席だった。

 常に平均すれすれのアディリアより、二人の方がよっぽど釣り合いが取れている。そう思うのはアディリアだけではなく、世間一般の評価だ。フェリーナが結婚するまでは、『我儘で無能な妹が姉の婚約者を奪った』とどこに行っても指を差して笑われた。

 フェリーナはどこに出しても恥ずかしくない完璧な淑女だ。既に愛する人(男性)がいるルカーシュに嫁がせるには、勿体なさすぎる。その点、何もできない馬鹿な妹は、ルカーシュのお飾りの妻にピッタリだ。


(今更だけど、私がここまで甘やかされてきたのも、納得だ。

 愛してくれることのない相手に嫁がせる罪悪感で、両親達も私に厳しいことが言えなかったんだね。

 子供も生めないお飾りの妻なら、私は社交界では厳しい立場に立たされる。というか、今以上の笑い物にされる。

 今後は病気療養か何かで社交界に出なくていいようになるのかな? そうじゃないと、耐えられないよね。今までだって中傷されまくってきたのに、この先は今以上の罵詈雑言に耐えろと? 無理無理。

 社交界に出なくていいなら、私がマナーや教養を身に付ける必要はない。だから今まで自由に甘やかしてくれたんだね。

 感謝しかない……。……なんて言うか!

 お飾りの妻が病気だと言って社交界から消えれば、モッテモテのルカ様には愛人がわんさか送られてくる。その愛人たちによって、第四王子と愛し合っていることが暴かれたらどうするつもり? グロイナー国とサフォーク国を跨いだ大醜聞だよ! この事実を知っている者は最小限に抑えなければ。

 お飾りの妻である私は病気療養などせず、元気に社交界に通い、愛人なんか入る隙も無いくらいルカ様と仲睦まじいことをアピールし続ける必要があるのだ……。うわぁ、地獄……)


 机の上で握りしめた両手に、涙が落ちてくる。アディリアが驚いて頬に触れると、涙が溢れていた。

 愛する人が自分ではない別の人に愛を囁くのを見続けるのも、自分を愛してくれない人と一生を共にするのも、嫌だと言って逃げ出すことは簡単だ。

 でも、そうすれば名門侯爵家の嫡男であり一人息子のルカーシュは、アディリアとは別の婚約者を捜さないといけない。美しく優秀なルカーシュは、アディリアという婚約者がいる今でも接近する令嬢が絶えない。

 ルカーシュと一緒にいれば、誰もがあっという間に恋に落ちる。ルカーシュに恋をして、婚約者の座を掴み取ったのに、自分はお飾りの妻だと言われ耐えられる者はいるだろうか? ましてや禁断の恋を秘密にしてくれる者など……。


(ルカ様のことを愛し、幸せを願う私だからこそ、愛する人の為に自分を犠牲に……。なんてとても考えられない。私はただ、ルカ様の側にいたいだけだ。

 自分が愛されないのは辛いが、今まで通り妹としては慈しんでくれるだろう。それで十分とは……、まだ、言えない……。

 ルカ様の窮地を救った自分を誇りに生きていくのも悪くない。多くを望まなければ、今まで通りに接してもらえるなら御の字、なのか? 

 捨て身で行けば、もしかして絆されてくれないか? という下心がないとも言えない。

 ギャー、下心なんて持つから、今朝の光景が頭に。はぁ、あの二人のピンク色の満たされた世界を思い出すと、私の入り込む隙間はない……。

 どうしたら良いのか、分からない。分からないけど、今のままの自分では駄目なことは分かる。甘ったれのままでは駄目だ。

 お飾りの妻になるなら、ルカ様の寵愛が第四王子にあることを隠す隠れ蓑になる必要がある。

 そのためには、私は世間に隙を与えてはいけない。私の足元をすくおうとする者が現れないよう、今までの甘い考えは捨て生まれ変わらないと。

 完璧な淑女となり、ルカ様の愛情を一身に受け、ルカ様が他の令嬢に目移りする余裕などないように世間を騙さないといけない

 あぁ、それが私の生きる正しい道ですか? 正直、もう考えたくもない。今、出来ることをして、また考えようと思う。

 現実逃避? なんとでも言ってくれ! 大好きな婚約者が男色家で、恋人(男性)とのイチャイチャシーンを目の当たりにした上に、自分が叶わぬ恋をしていると知ったのだ。婚約者なのに失恋した私が、自分に考える時間を与えて何が悪い?)


読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、読んでいただければ嬉しいです。

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