12.アーロンの告白
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アディリアとフェリーナが声の方に視線を動かすと、一団が近づいて来るのが見えた。
先頭でルカーシュとロスリーが大声で言い争っている。その両脇でバーナードとエリオットが二人を宥め、少し離れた後ろから気まずそうにアーロンがトボトボついてきていた。
ルカーシュが怒鳴り、ロスリーが怒鳴り返す。お互いが剥き出しの怒りぶつけ合っていて、いつもの冷静な二人からは考えられない光景だ。
「リアのことは間違いなく俺が一番愛している。ロスリーなんかにとやかく言われる筋合いはない!」
「リアはお前といることに苦しんでいる。お前がしてきたことが許せないんだよ!」
「それは申し訳ないと思っている。一生かけて償うつもりだ」
「リアが償いではなく、解放を望んだら?」
「……! それは、リアに確認する!」
怒鳴り合い睨み合う二人は、アディリアとフェリーナの目の前まで迫ってきている。
アディリアにしたら、怒り狂った二頭の豹が目の前にきてしまったくらいの感覚だ。あまりにも険悪な空気に、ちょっと逃げ出したくなる。
「ちょっと、何なのよ? リアもフィラーもビックリしているわ。少し落ち着けないなら、今すぐに帰って!」
猛獣使いのごとくフェリーナがピシャリと警告を出すと、二人も少し平静に戻るが、眉間の皺は増している。二人の怒りを抑えるのは、難しそうだ。
それを察しているバーナードとエリオットが物理的にも二人の間に入って、何とか言い争いが収まっている状態だ。
一触即発。正にそんな言葉が相応しい。
そんな殺気立った雰囲気の中、一歩前に出たルカーシュがアディリアの前で両膝をついて視線を合わせる。
「ロスリーから求婚されたと聞いた。リアを俺に依存させようとしたことが許せないのは分かる。でも、そうしないとロスリーみたいな奴が現れて、リアを奪われるかと思うと怖かった。リアの視界に俺以外は入れたくなくて、愛し過ぎて、度を越えてしまったと反省している。でも、リアと共に生きられないなら、俺には生きている意味がない。お願いだ、リア、俺を選んで。お願いだから」
いつ泣き出してもおかしくない情けない顔をしたルカーシュが、アディリアの目を見つめて懇願している。
(どういうことだ? どういうことだ? どういうことなんだ? 人前だから? 人前だから演じているの? えっ? でもこの面子は、みんな二人の仲を知っている人達だよね? ルカ様が最も愛しているのはアーロンだよね?)
混乱中のアディリアは、隣に座るフェリーナに助けを求める視線を送る。呆れ切った顔でルカーシュを見下ろすフェリーナは、アディリアの視線に気づいて肩をすくめる。
ロスリーは恥も外聞もないルカーシュの行動に、信じられないものを見る目を向けている。
フォワダム親子は、ぐったりとため息をついている。
アーロンは青い顔で立ち尽くしている……。
(誰の様子からも答えが見えない……。一体どうなってるの? 分からない。ルカ様は何がしたいんだ? この行為に何か意味があるの? 分からない、分からな過ぎる)
「……えーっと、ルカ様が愛しているのは、私ではなく……、アーロン殿下、ですよね?」
アーロン以外の五人が、こぼれ落ちんばかりに見開いた眼をアディリアに向ける。アーロンだけが、手で顔を覆って空を仰いでいる。
目の前のルカーシュから空気が抜けて、風船みたいにしぼんでいく。
「……ごめん、話が見えない。俺がアーロンを愛している? ちょっと、分からない」
(馬鹿にするのも、いい加減にして!)
「この期に及んで誤魔化されても困ります! ここに居る全員が知っている、ルカ様が私にした仕打ちの話です! ルカ様の最愛の相手はアーロン殿下で、私は二人の仲を隠すために選ばれたお飾りの妻だって話です!」
アディリアの告白に五人が絶句で、アーロンだけが青空に向かってため息をつく。
全身から力が完全に抜けてしまったルカーシュが、フラフラと揺れて地面に手をついた。「どういうこと?」と力なく呟く。
「ルカ様は私を馬鹿にし過ぎです。おまけに往生際が悪い! 私は見たのですよ!」
「……何を……?」
「ルカ様の寝室で、ルカ様とアーロン殿下が、裸で抱き合っているところです!」
五人の目玉がこぼれ落ちそうな上に、顎が外れんばかりに口も開かれて固まる。アーロンは両手で顔を覆って空を仰いだままだ。
ルカーシュの見苦しい様子に怒り心頭のアディリアは、攻撃の手を緩めない。
「アーロン殿下がルカ様の唇に触れると、ルカ様は幸せそうに微笑んで、アーロン殿下の腰に顔を擦りつけていました!」
「汚らわしい!」
「そんな訳あるか!」
フェリーナの叫びに、ルカーシュが即答だ。そんな女々しい態度のルカーシュに、アディリアも一言吐き捨てる。
「ルカ様、潔くないです! 見苦しい!」
「そんな……」
アディリアの態度にルカーシュの顔は真っ白になっていて、くしゃくしゃに丸められた紙屑のようだ。風が吹けば飛んでいきそうに弱々しい。
一方、怒りの火がついたアディリアは、もう止まれない。
「ルカ様の寝室で二人を見た私が、どんな気持ちでいたかお分かりですか?」
アディリアの剣幕に押されたルカーシュは顔を歪めて、「分かりようがない……」と抜け殻同然で答える。
まるで他人事みたいなルカーシュの態度に、アディリアの怒りは増すばかり。抑え込んでいた不満が一気に爆発した。
「例えお飾りの妻であっても、貴方の妻であることを他の人に奪われたくなかった! でも、アーロン殿下の仰る通りで、妹のように思っている私の犠牲の上に成り立つ二人の愛に、ルカ様が罪悪感を抱き苦しむかもしれない。それに私だって、愛し合う二人を前にして、永遠にルカ様に愛されない生活に耐えられるか分からない。だったら、ルカ様から離れることも考えないといけないのだろうかと。毎日毎日、そんなことばかり考えているのです。出口のない迷宮を、一人でひたすら歩き回っているようなものです! これでもまだ、そのような見苦しい態度を取り続けるのですか? ルカ様には、失望しました!」
アディリアの最期の一言が雷のようにルカーシュを打ち抜いた。魂が抜けたルカーシュは、その場に崩れ落ちた。
残された四人がアーロンを胡散臭そうに睨み、顔色を失ったアーロンは諦めてうなだれた。
その様子を見て確信したロスリーが、五人を代表して「アーロン! お前はリアに何を吹き込んだのだ?」と低く厳しい声を出す。
頭を抱えていたアーロンが、開き直ってロスリーを見返した。
「最初に卑怯な真似をしたのは、ルカーシュだ! 八年前兄上がアディリアを気に入ったと知るなり、アディリアを自分の婚約者にした。それも『王妃が国に戻らないことで分かる通り、アディリアがサフォーク国に嫁いだら、二度と会うことは叶わない』と、フォワダム侯爵に進言するという汚い手を使ってだ!」
アディリアの前では常に人を食った態度ばかり取っていたアーロンが、怒りを露わにして訴える。
「いつも我慢ばかりしている兄上が、せっかく自分の大切な人を見つけたのに。ただ思い続けているだけなんて、あんまりだ。どんな手を使っても、ルカーシュからアディリアを奪い返したかった!」
蛇の抜け殻同然にクシャクシャになって倒れていたルカーシュが、急に本体を取り戻して力強く立ち上がる。
全身から激しい怒りを放ったルカーシュは、両拳を白くなるほど握り締めている。そして「何が悪い?」とでも言いたげに開き直ったアーロンを、冷え切ったルカーシュの瞳が捉える。
「確かに俺はロスリーにリアを奪われたくなくて、卑怯な真似をした。それは認める。俺は罰を受けても仕方がない。だが、お前がしたことは、俺ではなくリアを傷つけた。お前のせいで、全く非のないリアが苦しんだ。それを分かっているか?」
ルカーシュは怒鳴りはしない。でも激しい怒りを含んで重く沈み込むような低い声は、その重みだけで押し潰されそうな圧迫感だ。アーロンだけでなく全員の言葉を失わせた。
ルカーシュが一歩、また一歩とアーロンに近づく。ルカーシュの冷たい怒りに圧倒されたアーロンは、よろけながら後ろに下がり、遂には尻もちをついた。
恐怖で動けず後悔の顔を見せるアーロンの真正面に、ルカーシュは立った。見る者を凍てつかせる冷笑を浮かべると、ゴミでも見るようにアーロンを見下ろした。
「お前のことだ、それを見て楽しんでいたのだろう?」
その時のルカーシュの表情を見たのはアーロンだけだ。後日アーロンが語るに、『悪魔? いやそれ以上。この世に存在するものの中で、最も邪悪な顔だった』と当時を思い出して震えていた。
地面に突っ伏したアーロンを見たアディリアの動揺は計り知れない。パニックだ。この五カ月の出来事が脳内を駆け巡って、余計に拍車をかけて混乱している。
「え? えぇっ? 嘘なの? アーロン……。そんなはずないよね? だって、ルカ様の寝室で、ルカ様がアーロンの腰に手をまわしてた……。だって、二人は愛し合っているって言ったよね? 毎晩アーロンがルカ様を寝かさないし、ルカ様も喜んで応えるから、出仕前に顔出す時間が作れないって……。疲れたと言っては、アーロンが口に運んであげないと不貞腐れてご飯もお菓子も食べないって。二人きりになると、甘えて膝の上から離れないって! 色々教えてくれたけど、どういうこと? 嘘じゃないよね?」
恐怖で震えが止まらなくなるほどの殺気放つルカーシュを前にして、さすがにアーロンも偽りを口にすることはできない。
「……全部、嘘だ」
アーロンの言葉でアディリアの頭の中は、余計に混乱する。五か月分の情報が交錯して、一回洗い流してスッキリさせたいほどだ。
(今信じられるのは、自分の目で見たものだけだ)
「ルカ様の寝室で、裸で、幸せそうに絡み合って、一緒に寝てた……。私は、見たんだよ!」
ピクリとルカーシュの肩が震え、アーロンは怯えるようにルカーシュから視線を逸らす。
「一緒に寝ていたのは、前の日にルカーシュとしこたま飲んで、自分の部屋に行くのが面倒になって、ルカーシュのベッドで寝たんだ。裸だったのは、飲み過ぎて暑かったから。腰に手を回してたのは、ルカーシュが寝ぼけて俺をリアと間違えてた……」
「間違える? アーロンみたいな大男と私を? どうやって間違える? あり得ない!」
「俺もそう思うけど……。飲んでる間ずっと、いかにリアが可愛いかとか、ルカーシュがどれだけリアが好きかとかを気持ち悪いくらい喋っていたから、リアが恋しくて側にいる気になったのかも……。寝言でも『リア、リア』ってうるさかったし」
(ちょっと待ってよ! アーロンまで、どうしたの? 貫こうよ、愛を!)
「そんな話おかしい! ロスリー殿下だって、ルカ様とアーロンが愛し合っているのを知っていましたよね? 『別れるって言っていたのに人の道に反している』って、『ルカーシュには何度も頼んだのに』って言ってましたよね?」
迷走するアディリアを前に、ロスリーは申し訳なさそうに目を伏せた。
「アーロンは女性関係が派手で、留学する直前はグレシア国の未亡人と付き合っていた。エルシーナ嬢との婚約の話も出ていたので、いい加減に身辺整理をさせている最中だったんだ。アーロン本人からも未亡人とは別れると聞いていたし、ルカーシュにも『未亡人と手を切らせてくれ』と何度も頼んだ。と私はアディリアに話していたつもりだ……」
「……………………」
(なぁにぃぃぃぃぃぃ? 絶対に外に洩らせない醜聞だから、人名とかぼやかして話していた。それは認める。だからって、ここまで話がすれ違う? そんなこと、ある? アーロンとルカ様は恋人同士では、ない……? 何が本当なの? 誰が信じられるの?)
「兄様が言っていた、ルカ様が私にした仕打ちって……。アーロンとルカ様のことを、言っていたのよね?」
アディリアの声が尻すぼみに小さくなっていき、最後の希望に縋るようにエリオットを見上げる。
憐れむように妹を見つめ、こめかみを強く押したエリオットは「リア、すまん」と息を吐くような小声しか出せない。
「違うの? じゃあ、仕打ちって何? 私は一体何をされたの……?」
読んでいただきありがとうございました。
夜にもう一話投稿して完結します。
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