11.第二王子からの求婚
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それから暫くの間は、ルカーシュは宣言通り忙しさが増して全く会えない日々が続いた。会って話さなくてはと思うのだが、何を言えばいいのかアディリアには分からない……。
自分の置かれた現実から逃げたいアディリアは、距離が縮まりかけているアーロンとエルシーナの邪魔をすることに使命感を燃やした、おかげで、あっという間に一日が終わってしまう。
そんな毎日でも勉強とマナーは必死に頑張り続けたので、きちんと結果として現れてくれた。
学院が夏休みに入る前にテストがあり、アディリアはアーロンに次ぐ二位で一学期を終え、周囲をどよめかせた。
もう特別クラスの教師は驚くことはなく、アディリアの努力を認め喜びのあまり泣き出す始末。
今までアディリアを馬鹿にしていた令嬢達が、アディリアを蔑むことができず、悔しさのあまり床を踏み鳴らす光景は圧巻だった。
もちろん面倒なこともあった。今まではアディリアを遠巻きに見ていた令息達が、休憩ごとに話しかけてくるようになったのだ。鼻の下を伸ばして寄ってくる姿は不愉快だったが、アーロンとエルシーナも協力してくれて難なく撃退することができた。
そうやって無事に一学期を終えたアディリアは、明日からの夏休みを楽しみに帰宅したのだ。
まさか、父と兄に神妙な顔で出迎えられるなんて思いもせずに……。
二人から何の説明もないまま、父であるバーナードの執務室に連れて来られた。バーナードとエリオットと対面して座らされたアディリアは、非常に居心地が悪い。
二人は難しい顔をして、話を躊躇っている様子だ。間違っても学年二位の成績を喜んでくれる訳ではないのが分かる。
よく考えれば、いつもなら二人は仕事をしている時間だ。わざわざ仕事を休んでまで、家に帰ってきたのだ。アディリアと話をするために……。それに、よく見ると、二人の顔色は悪い。
アディリアに関わる、大きな何かがあったのだ。間違いなく、悪いことで……。
二人の緊張した表情につられて、アディリアまで緊張でそわそわしてしまう。
それでなくても、書類でごった返したエリオットの執務室に慣れてしまったアディリアには、きちんと整えられたバーナードの執務室は居心地が悪い。
マホガニー調の家具と、黒い革のソファ、モスグリーンの絨毯。落ち着いた雰囲気が、かえってアディリアの心をザワザワと逆立てる。
何か言おうとしては口ごもる二人に向かって、「何かあったのですか?」とアディリアがしびれを切らして確認した。
ため息をついたバーナードがアディリアの前に、大きな封書を置いた。
「何ですか? この封蝋はサフォーク国の、王家のものですか? 私に渡して構わないものなのですよね?」
確認しながらアディリアが封書を手に取ると、バーナードは苦り切った顔で言う。
「サフォーク国の第二王子の封蝋だ。リアへの婚約の申し込みだ……」
アディリアは信じられない言葉を発するバーナードを呆然と眺めた後に、嘘であることを確認するために封書の書類を確認した。
「嘘でしょ……」
書類は間違いなくロスリーからフォワダム家に宛てたアディリアとの婚約を求めるものだった。
「私、婚約してます」
「それは分かっている。だが、相手はそれを知った上で、アディリアとの婚約を望んでいる。相手はサフォーク国の王家だ。こちらとしては無下に断ることはできない」
バーナードの言葉にアディリアは目を見張る。
(断れないの? 婚約者のいる相手に婚約を申し込むなんて、前代未聞だ。断れるに決まっている。
いや、でも、アーロンとルカ様の関係を思えば、二人の関係の尻拭いをロスリー殿下がしてくれた形になり、ロレドスタ家としたら文句の言いようがない。両家揃って抗議できない状態で、フォワダム家だけで他国の王家相手に強くは出られない。これは、まずい……)
状況を把握して血の気が引くアディリアに、エリオットが「何か、思い当たることがあるんじゃないか?」と優しく尋ねる。
ここまでの事態になってしまえば、サイラス家での出来事を黙っている訳にはいかない。
「私は『ルカ様の仕打ち』を知ってから五カ月間ずっと、自分の決断について思い悩んでいます。ルカ様が好きなことは変わりませんし、私で役に立てるなら一生支えたい。この気持ちは変わらず、私の心を占めています」
この気持ちが一番だ。でも、私はルカ様を恨まないか? ルカ様は私を重荷に感じないか? 考えると怖くて、アディリアの心は真っ黒に染まり動けなくなってしまう。
「このままルカ様の隣にいることに、私は耐えられるのか? ルカ様にとって罪悪感の象徴である私が隣に立ち続けることは、ルカ様の幸せに影を落とさないか? 答えの出ない問題を前に、私は自分で思っている以上に疲れ切っていました」
そう言って目を伏せたアディリアの表情は暗い。そこまで追い詰められていると気づけなかったバーナードとエリオットが、苦しそうにアディリアを見つめる。
「『ルカ様の仕打ち』を、ロスリー殿下もご存じでした。この婚約に利害関係のない中立な立場であるロスリー殿下を前にして、私は誰かに聞いて欲しかった辛い気持ちが溢れました。ロスリー殿下は、あの……、幼き時に出会った私に対して、何というか、良い印象を持っていて下さいまして……。決断が定まらない私に、助けの手を伸ばして下さったのだと思います」
ロスリーが子供の頃から自分を好きだったとは、さすがに言えない。
アディリアの話を聞いたバーナードは、深く後悔の息を吐いた。
「リアがルカーシュの愚かな行為に気が付いたことは、エリオットから聞いていた。私は、その時にリアがどうしたいのか話し合うべきだったな。勉強やマナーに取り組むリアを見て、吹っ切れたのかと勘違いしてしまったのだ……。お前は賢く優しい子だ。我が家やロレドスタ家との関係を考えて、不満を飲み込んでしまうことを私は見落とした。申し訳なかった」
「お父様が謝ることではありません。ルカーシュ様との婚約は私が望んだのです。本来であれば姉様のお相手となるはずだった方に、力の足りない私が無理矢理割り込んだのです。そんな真似をしておいて、今更グズグズ言う私がおかしいのです」
バーナードもエリオットも首を横に振り、苦しい表情は変わらない。
「リアの優秀さを知られたくなくて、ルカーシュを押えなかった私に落ち度がある。リアは何一つ悪くない。だから、ルカーシュとの婚約は白紙にしても構わない。リアが幸せになれるのなら、ロスリー殿下に嫁いだっていいんだ。私達の我が儘でリアの幸せを歪めるなんて、本来はあってはならないことだったんだ……」
そう言ったバーナードは、後悔からなのか涙を流していた。
アディリアは『リアの優秀さを知られたくない』とは? それがアーロンとルカーシュの関係するのか? バーナード達の我が儘って? と疑問が尽きない。
しかし、バーナードを一人にしてあげたいエリオットによって、部屋から連れ出されてしまった。聞きたいことがあるのに、無情にも扉は閉められる……。
エリオットは妹のそんな気持ちには全く気付いていない。
「リアは家のことや、ロレドスタ家のことは、考えなくていい。もちろんルカーシュのこともだ。自分のことだけ考え。リアが幸せになれる道を選ぶことが、俺達の幸せだよ」
そう言ったエリオットは、アディリアをギュッと抱きしめた。
さすがに昨夜は眠れなかった。朝焼けを見たあたりから頭が重くなったが、睡魔は訪れない。
だが精神的疲労から身体がだるい。今日が休日ということもあり、起き上がるのも面倒だった。しかし、このまま逃げている訳にはいかない。
(私は決断しないといけないのだ)
少しボーっとする頭をスッキリさせたくて、散歩でもしようと木立の多いお気に入りの場所に行く。
子供の頃は、四人でよくこの場所で遊んだ。この大きな木にツリーハウスを作ろうとして、危険だと母に怒られたこともあった。
秘密基地が欲しいと言って計画したのだが、ツリーハウスでは全く秘密にならない。今更ながら面白くなって、笑ってしまう。
昔を思い出して少し気持ちが上向きになってくると、日陰に置かれたテーブルでフェリーナがフィラーにご飯を食べさせているのが目に入った。
「姉様、フィラー、おはよう」
「もう、おはようという時間ではないけどね」
眉を下げて微笑むフェリーナは、昨日の話をエリオットから聞いて駆けつけてくれたのだろう。アディリアの寝坊を咎めたりしない。
アディリアがフェリーナの隣に座ると、何も聞かずに「リアの選択を、私は応援する」と無条件で味方になると約束してくれる。
「……姉さんは私を叱る役割なんだよ。姉さんだけは私を甘やかしたらいけないのよ?」
「叱るのも、リアが思っている以上に体力を使うのよ。ほら、せっかく私が来てあげたのだから、さっさと本音をぶちまけなさい」
フェリーナの温かい優しさに、アディリアの胸の重しが少し軽くなる。
「どうしたら良いか分からないっていうのが、正直な気持ちなんだ。ずっと、ルカ様が好き。裏切られたって、それは変わらない。だけど、結婚生活が怖いの。私の存在がルカ様を傷つけるかと思うと、耐えられるか分からない。ルカ様が私を選んだことを後悔するのかと思うと、私はどんな選択をしたらいいのか分からない……。かといって、ロスリー殿下を逃げ場にしたくないの。王子だからとかではなく、ロスリー殿下の綺麗な思いを私のこのどす黒い気持ちで汚したくない」
フェリーナは何も言わずに、アディリアの話を聞いてくれた。
少し考えるような顔をした後に、アディリアの顔を自分の方に向けると、フェリーナの厳しい緑の瞳が真正面からアディリアを見つめる。
「ルカーシュのファンから散々嫉妬されてきたリアは、恋が綺麗なものではないと知っているでしょう? 誰が見たってリアがルカーシュを好きなのは明白なのよ。そこに間に割って入ろうと言うんだから、殿下は汚されようが身代わりにされようが何ともないわよ。相手はなりふり構ってないんだから、リアも聞きわけ良い振りは止めなさい。自分の人生よ、自分で選択するしかないの。この先、その選択に後悔しても、自分で責任を取るしかないのよ?」
フェリーナの厳しい言葉に、アディリアは身体がギュッと圧縮されたようだ。
甘えを見透かされた。綺麗な言葉を使って、傷つくことから逃げたのだ。アディリアの浅はかな考えなど、フェリーナには一目瞭然だと言うのに……。
「……ごめんなさい。自分で決めるのが怖くて、逃げようとしてた……」
フェリーナは何も言わず、フィラーにするように、アディリアの頭をよしよしと撫でてくれた。アディリアはそれが無性に心地良くて、フェリーナの肩に寄りかかる。
「ルカーシュの婚約者がリアに決まった時、私は凄くショックだった。誓ってルカーシュのことが好きだった訳ではないわよ! むしろウザいと思っていたくらいよ」
フェリーナが心の底から鬱陶しそうに「ウザい」と言うので、アディリアは思わず笑ってしまう。
「ショックの理由は、リアに負けたと思ったから」
(私に負ける? 姉様が私に負ける要素は、昔も今も見当たらないけど……)
「あの頃の私は、妹に負けたくないと必死だった。姉としてのメンツを保とうと必死に努力していたの。その気になればリアが何でもできてしまうことは、いつも一緒にいた私には分かっていた。現に今、勉強もマナーもあっという間に身に付けているでしょう?」
今までが空っぽ過ぎたせいだとアディリアは思っていたが、確かに周りが驚くスピードで吸収している。
「リアが私より優秀なことが、世間に知られてしまうかと思うと、私は怖かった。でも、婚約が決まると周りがリアを甘やかし始め、リアが学ぶことを放棄した。その時の私の気持ち、知りたい?」
いつも自信に満ち溢れているフェリーナの顔に、暗い影が落ちる。
フェリーナはアディリアの返事を待つことなく、自分を責めるような投げやりな口調で答えを教えてくれる。
「これでリアが私より優秀になることはないと分かって、私はホッとしてしまった……。私にはいくらでもリアを救うチャンスがあったのに、自分のプライドを守りたくて手を伸ばさなかった。ルカーシュの歯止めが利かなくなっているのも分かっていたけど、同じ理由で止めなかった。だから、リアの幸せを奪ってしまった責任の一端は私にもあるわ」
「姉様は何も悪くない。ルカ様が他の方を愛しているのは、絶対に姉様のせいではないもの!」
アディリアの言葉に、フェリーナが驚愕の表情を見せる。
フェリーナが何かを言いかけたその時に、庭から騒がしい声が聞こえてきた。
読んでいただき、ありがとうございました。
あと二話で終わります。読んでいただければ嬉しいです。