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第二話 ただ地獄を進む者が、悲しい記憶に勝つ

 正直に言って、あの時どうして付き合おうと言い出せたかは分からない。ただ、言おうと思った時も、言い終わった直後も、少し時間が経った今でも、そのことに関して全く後悔は無い。

 後悔が無いということは、私にとってそれは正しいということだ。人の心は人には分からない。それは自分の心もそうだ。きっと意識の私と無意識の私がいて、無意識の私が納得して出した答えなら、きっとそれは正しいんだろう。

 「本当に、ごめんなさい」

 付き合うことが決まった日の帰り道、手を繋いで私たちは帰っていた。別れ際、立木さんは不意に謝ってくる。

 「私が、間違っていた」

 唇を噛み締めながら立木さんはそう言う。

 「責任取ってくれるんでしょ? ならそれで……」

 「そういうことじゃないの」

 立木さんは首を横に振った。

 「いや、付き合うことはもういいけど、だから……でも、そのことであの過ちが無くなったことにはならないでしょ?」

 「…………」

 「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。全部は私の弱さが招いたことよ。私は、本当なら捕まってもおかしくないことをした。なのに、あなたが……」

 「もう。気にしないでって言っても気にするんでしょ?」

 立木さんはおずおずと頷いた。私は笑ってしまう。

 「私、ちょっとは立木さんのこと知ってるんだから」

 「許してくれなんて言わない。いつかは報いを受けるべきだと思う」

 「じゃあ、今受けてもらおうかな」

 立木さんは唾を飲み込んだ。そして目を瞑る。

 「煮るなり焼くなり好きにして。叩かれても蹴られても文句は言わない」

 私は立木さんの肩に手を掛け、彼女を引き寄せ、キスをした。

 「ちょっ!?」

 「いいから」

 立木さんを強く抱きしめる。開いた口に舌を突っ込んだ。なかなか上手くお互いの舌が絡み合わない。

 「えへへ。あんまり上手じゃなくてごめんね?」

 「な、なにしてるの? こんなの罰じゃ」

 「罰だと思ってないんだぁ?」

 私にそう指摘されて、立木さんは口を噤んだ。そのままプイ、とそっぽを向かれてしまう。

 「なんでこんなキスばっか……朝だって」

 「うーん、なんでだろうね。ずっと感触が残ってるの。唇と、身体に。この傷みたいに」

 私は首の後ろを摩る。

 「キス、気持ちいいからしたくなった。あんなキス待ち顔してくるから我慢できなくて」

 「キス待ちなんてしてない!」

 「でも、こんな往来でするなんて恥ずかしいしょ。だからこれが一つ目の罰」

 よく見れば遠くの方で買い物帰りのおばさんたちが、立ち話をしながら私たちを見ている。

 「じゃあ、これから私がキスしたくなったら受け入れること。これが二つ目」

 「いくつかあるの?」

 「もちろん。ダメ?」

 立木さんは首を横に振った。

 「全部従う。これは償いだから」

 「まぁ、これが最後だけどね。私のこと、名前で呼んで?」

 立木さんは目をパチクリさせた。

 「……そんなことでいいの?」

 「うん。あ、私が立木さんのこと名前で呼ぶのも追加で」

 「分かった。ホ、ホシネ」

 「なぁに、ユイ?」

 立木さんは困ったように前髪を弄る。

 「そ、そっちが呼べって言うから」

 「えへへ、ユイ。ユーイ」

 私がユイの腕に絡む。

 「も、もう。歩きづらい」

 「私が腕を絡みたくなったら絡むも罰ね?」

 「わ、分かった」

 「ふふ」

 私は、私が幸せになれることをする。私は自分の人生を、幸せな人生だったと最後に言える人生にしなければならない。

 少なくともこの時の私は、ユイとくっつけてとても良い気分だった。




 その週末、私たちは約束通りデートすることになった。

 待ち合わせの駅前広場。私は待ち合わせ時間より少し前に来てしまった。手持ち無沙汰だから、スマホの自撮りで前髪を直す。

 「お……お待たせ」

 ユイが到着した。「もー、待ってたよ」なんて冗談を言おうと思って彼女の方を見た私は、固まってしまった。

 長く綺麗な黒髪を巻いて、白いタンクトップに革ジャンを崩して羽織っている。シンプルなネックレスが良いアクセントになっていて、下はタイトなジーンズにかっちりとしたショートブーツ。真面目な印象しか持っていなかった私は、予想以上にパンクな、そしてそれ以上に似合っているユイに対して何も言えなかった。

 「一応、おしゃれしてきたけど……」

 照れくさそうに髪を耳にかけるユイ。銀色に光るピアスが見えて、私は生唾を飲み込んでしまった。

 「…………ユイ」

 「な、なにか言ってよ。この格好、人に見せるの初めてだから……」

 「なんだろう。すごい似合ってる。かっこいい。すごい」

 結局出てきたのは月並みな感想で、私は自分の語彙力を呪った。

 「ありがとう……あ、その、ホシネも似合ってるよ。服。かわいい」

 「ど、どうも……」

 私はいつものように髪を後ろで一つに結び、柔らかい印象を与えるブラウンのノースリーブワンピース、そしてサンダルだ。

 なんだか二人の間に変な空気が流れる。

 「ユイ、そういう系統の服好きなんだ」

 「うん、割と」

 「そっか……」

 いきなり襲われたのとなにか関係がある気がした。

 「ホシネはなんだか、いつものホシネって感じだね。私服でも制服でも変わんない」

 「ユイの嫌いな?」

 「……その節は本当に」

 「あー、分かった! ごめんごめん」

 頭を下げようとしてきたユイを押し留める。

 「それよりもほら、いこ? 水族館!」

 デートの定番だ。私は早速ユイの腕に自分の腕を絡め、歩き始める。流石にユイも文句は言わない。

 「ユイは何か好きな海の生き物っている?」

 「マグロ」

 「なんで……?」

 「泳ぎ続けないと死んじゃうから」

 「うん……」

 やっぱり変な子かも、と私は苦笑いした。

 水族館に付き、チケットを発券する。中に入ると涼しかった。

 「わぁ……なんか、一気に世界が変わったね」

 一歩入ると、そこはもう外とは違う空気だ。静かで、ひんやりしていて、深い青。水族館なんてまともに入るのが幼い頃ぶりな私は、思わず口が緩んでしまう。

 「うん。薄暗くて、小声になっちゃう」

 ユイは頷いた。少し寒いくらいの温度の中で、ユイの手は相変わらず冷たかった。

 「あ、見てユイ。エイがいる」

 「ほんとだ。エイって意外と大きいんだね」

 入ってすぐ、一番目を引いたのは大きな水槽の中で優雅に泳ぐエイだ。白い砂に、カラフルなサンゴ。その隙間をスイスイ進んでいく小魚。そしてその小魚をまるでいないものみたいな顔して羽を羽ばたかせるように割っていくエイ。私は目を奪われた。

 「水槽のガラス、薄いね。手を伸ばせば届きそう」

 私は水槽に向かって手を伸ばした。

 次はイワシの群れがいる水槽。竜巻みたいにグルグル回っている。

 「おお……なんか、すごいね」

 「集合体恐怖症の人は見れなさそう」

 「ユイ……?」

 単純に感動している私に対して、ユイはドライだ。

 そして冷たい海の生き物たち。海の生き物は温かい海と冷たい海で姿かたちが異なる。ポケモンみたいだ、と私は思った。ぶよぶよしていたり変な角が生えていたり。

 「ちょっとグロいね」

 「かわいい」

 「ユイ……?」

 ユイは熱っぽく水槽を見つめている。しかしよくよく見てみると、見た目がややグロテスクだろうがちゃんと生きているんだな、というのが分かった。たしかに可愛いかもしれない。

 「クラゲだ!」

 さらにクラゲの水槽。仄かにライトアップされたクラゲたちがふわふわ浮いている。

 「クラゲって、プランクトンなんだって。何かの本で読んだ気がする」

 「え? プランクトンってミジンコとかそういう小っちゃいのじゃないの?」

 「自分の力で泳げないのが広義のプランクトン。クラゲも自分で泳いでるんじゃなくて、水流に乗って漂ってるだけだからプランクトンの一種、らしいよ」

 「へぇ……」

 「この水槽も人為的に流れを作ってる。じゃないと潰れて底に沈んじゃうんだ。ふふ、かわいいよね」

 「ユイ……?」

 底の方でべちゃっと潰れて溜まるクラゲを想像して、かわいそうに思ってしまう。こんなに綺麗なのに。

 二階に行く。

 「アザラシだ! かわいい!」

 アザラシが泳ぎながらこっちを見ていた。私が手を振ると、アザラシはプイ、とそっぽを向いて陸に上がってしまった。なんだか笑ってしまう。

 「ふふ、今のユイみたい」

 「え、私あんな仏頂面?」

 「かわいいよ?」

 「……ありがとう」

 釈然としなさそうなユイを連れて、次は両生類のコーナーだ。

 「カエルってさ、見てるとかわいいけど触れないよね」

 「毒あるやつもいるしね」

 「そういう問題かな……?」

 緑や黄色のカエルは見ていて目に優しい。ちょうど餌を食べている所で、大きな口でもぐもぐしているのがなんとも愛らしかった。

 日本の川に住んでいる魚たちの水槽に着く。なんともノスタルジーで、ちょろちょろと音を立て流れる川の音も相まって行ったこともない田舎の景色が脳裏に浮かんだ。

 「メダカもこうやって見ると可愛いねぇ」

 「小学校の頃すごい繁殖させちゃって、一時期生物部の水槽が全部メダカになったことがあったな」

 「すご!」

 「親が子供を間違えて食べちゃって、悲しくなった。生き物の世界って残酷だよね」

 「そこからそれを学んだんだね……」

 屋外エリアに進む。天井がまるまる水槽になっていた。自分の真上をそれこそ飛んでるみたいに泳ぐペンギンが見える。

 「すごい! ペンギンが飛んでる……おめでとう……」

 「飛べない鳥も出世したもんだ」

 「夢が叶ってるね……」

 そこから奥に進むと、草原にペンギンが立っているエリアに来た。

 「見てユイ! 子供ペンギンがいる! もふもふで可愛いねぇ」

 「うん、かわいい。潰れちゃいそう」

 「……そうだね!」

 夫婦のペンギンがよちよち歩く子供ペンギンを迎え入れて、三人で仲良く寄り添って立っている。心が洗われるようだ。

 「カワウソもかわいい……」

 「カワウソって鳴くんだね。初めて知った」

 「大金持ちになったらカワウソ飼いたいなぁ。あとラッコ」

 「ラッコって海獺って書くんだよ。獺はカワウソのことで、だからラッコは海のカワウソ」

 「ウミウソってこと?」

 「そういうこと」

 「ユイは物知りだねぇ」

 「そうかな……」

 照れて頬を掻くユイがかわいかった。

 一通り水族館を回って楽しんだら、すっかり二時間経過してしまった。ちょうどお昼時だ。二人で中にあるカフェに入る。

 「いっぱい回ったね!」

 「うん。楽しかった。水族館なんて何年振りだろう」

 そう言うユイも優し気な表情をしていて、ちゃんと楽しんでくれたみたいで安心した。

 「あとでショップ行こうよ。ぬいぐるみとか買いたいな」

 「荷物になるよ?」

 「いいの!」

 お茶と軽い食事でゆっくりした後、二人でショップに入る。

 「ねぇ、お揃いのキーホルダー買おうよ」

 「お揃い……初めてするかも」

 「わーい。じゃあ私がユイの初めてだね!」

 ユイは顔を赤くした。

 「そういうのは……ホシネ、まだ昼だよ?」

 「そこまでのこと言ったかな……」

 結局お揃いのキーホルダーに、追加で私はカワウソのぬいぐるみを、ユイはペンギンのぬいぐるみを買った。

 「荷物になるんじゃないの?」

 「……小さいから」

 「素直じゃなぁ、ユイってば」

 ちなみにぬいぐるみをレジに持っていく時、ユイはペンギン頭を片手で掴んでいた。本当に潰れそうだからかわいいと思っているらしい。

 水族館を出た後は、近くの総合レジャー施設に入った。私のお目当ては二階のポケモンセンターだ。

 「ホシネ、ポケモン好きなんだ」

 「うん! 好きなポケモンはメラルバ!」

 「めらるば……?」

 「そう、毛虫みたいなやつ。目がきりっとしててイケメンなの」

 「キャタピーしか知らない」

 「進化するとウルガモスっていう超かっこいいポケモンになるんだよ」

 「へぇ……」

 初めてポケモンを触ったのはダイヤモンドパールだけど、しっかり遊んだのはブラックホワイトの私は、ウルガモスの強さとかっこよさに惹かれたのだ。

 「でもあんまりぬいぐるみとか無いんだよねぇ。悲しい」

 「メルカリで転売されてる」

 「それは言わないで」

 ユイが見てるスマホを手で覆った。

 その後は服や雑貨を冷やかし、そこを出る頃には太陽がすっかり沈んでいた。

 「この後どうする? どこかご飯食べてくか、帰るか……」

 「あの」

 ユイは私にスマホの画面を見せてくる。メールが開かれていた。

 「近くで予約取ってあるんだけど……もしよかったら、行く?」

 「え! 行きたい! ていうか初めから言ってくれればよかったのに」

 「水族館中に思いついたから。その、こういうエスコート的なの初めてで、自信なかったし……」

 「まさかお寿司じゃないよね……?」

 ユイが連れてきてくれたのはおしゃれなイタリアンだった。案内されたテラス席で、ブランケットを脚にかける。

 「すごい良い雰囲気だね……」

 私はきょろきょろ周りを見渡した。ろうそくやランプがオレンジ色に照らしていて、そして薄暗い。

 「写真でこれ見て、いいなって。水族館みたいでしょ。日が落ちてるから涼しくて、薄暗くていい雰囲気」

 「たしかに……」

 今までは正直仲の良い友達同士の遊び、という感じだった。けれどここはあまりにも『デート』感が強い空間で、私は緊張してしまう。

 「ユイ。ここってマナーとかあるの? 私、そういうのあんま知らなくて」

 「大丈夫だよ。好きに飲み食いできるよ」

 「それならいいけど……」

 運ばれてきたパスタやピザはすごくおいしくて、一瞬で私の緊張は吹き飛んでしまった。

 食後のデザートとコーヒーを目の前にする。いい具合の満腹感に浸って、すごく良い気分だ。

 「ありがとう、ユイ。こんないいところに連れてきてくれて。惚れ直しちゃった」

 「……楽しんでくれたならよかった」

 ユイはコーヒーを啜る。

 「……惚れ直した、か」

 ぽつりとユイは呟いた。

 「ホシネ」

 「なぁに?」

 「ホシネは本当にいいの? 私と……付き合ってて」

 「え?」

 急に問われて、私は目をパチクリさせた。黙ってしまった私に、ユイは慌てる。

 「あ、いや、もちろんその、襲ってしまったのは私だから責任は取るべきだと思うけど。肝心のホシネはどうなのかなって」

 「私から言い出したことなのに?」

 「そうだけど……」

 「うーん。分かんない」

 ユイはあんぐり口を開けた。

 「分かんないって」

 「あの時のユイはね、震えていたの」

 私は自分の手のひらを撫でる。私の身体に伝わって来たユイの感触を思い出す。

 「本当に一人だって、分かったの。あの時のユイは、本当に孤独だった」

 「どうして分かったの?」

 「私もそうだったから」

 ユイは俯く。「信じられない」

 「そんなこと言われても、信じられない。毎日あれだけの友達に囲まれているのに」

 「うん、幸運だよね」

 「ホシネは覚えてるか分からないけど、私たち三年間同じクラスだったんだよ」

 「覚えてるよ」

 「一年の時からずっとそうだった。ホシネはいつも誰かと一緒に居て、楽しそうに学校に来て、過ごして、絶対誰かと一緒に帰ってた。毎週誰かとどこかに遊びに行ってた」

 ユイの長い前髪が彼女の表情を隠した。

 「ずっと、ずっと羨ましかった。私も誰かに寄り添いたかった。誰かに寄り添われたかった」

 「……ユイ」

 「別に何かしたわけじゃない。なのに私は誰からも好かれない。頭が良いとか、運動ができるとか、そんな上っ面の評価だけして、私に蓋をする。誰も近くに来てくれない」

 「私からしたら、勉強も運動もできるのはすごいけどなぁ」

 「そう言う問題じゃないの。勉強も運動も私の全てじゃない。一要素に過ぎない。ホシネはホシネのままで、ホシネの全部で受け入れられてる。私は違う……」

 ユイは両手で自分を抱いた。

 「この世界は、一人で生きるには余りにも寒くて、広すぎる。諦めればよかった。望まなきゃよかった。だったらここまで苦しまなかった……!」

 ユイの顔から何か光るものが落ちた。ランプの明かりに照らされて、それはオレンジ色だった。

 「そうだね」

 私は頷く。

 「この世は地獄だから」

 ユイは諦めたように笑う。

 「そうだよ、この世界は地獄だ」

 「でも、人はそうじゃないよ」

 ユイは濡れた瞳で私を見返した。

 「人は……?」

 「人だけは。人だけはいつだって、温かくて、柔らかくて、優しいものだよ」

 「……それは、願望? 実体験?」

 「両方かな」

 私はコーヒーを啜った。

 「私はたまたまいいひとたちに出会った。そのひとたちは私にとても良くしてくれた。だから他のひとたちもそうだといいなって、そう思ってるだけ」

 「人間はそんな良いもんじゃない」

 「そうかもね。でもこんな地獄の中で、そこで生きてる人間も最悪なんて、それこそ死んだ方がましだよ。生きてられない。だから、私は人の善いところを信じたい」

 「なにそれ……」

 ユイは薄く笑った。

 「でも、そこがホシネの人から好かれるところなんだ。ホシネが良いところを信じてくれるから、人はみんなホシネを好きになる」

 ユイは涙を拭った。

 「そういうところが、私は憎かった。否定してやりたかった。性善説の塊みたいなあなたを壊すことができたら、惨めな私も肯定される気がした」

 「…………」

 「幸せそうなやつを見ると、殺したくなるの……」

 「ユイ」

 私はユイの手を握った。

 「ユイは惨めなんかじゃないよ。私もユイだよ。あの時、あの出会いが無かったら、きっと私もそうだった。知らない誰かに復讐したかった。謝りたかった。死にたかった」

 「ホシネ……?」

 「でも私は今生きてる。それが私は正しいと信じてるから。そして信じられる根拠は、私の周りにいてくれた、そして居続けてくれるひとたちだよ」

 ユイの瞳の中で、オレンジ色の光が瞬いている。その光の中に、私はやっとユイと付き合った根拠を見つけられた。

 「あの時付き合おうって言ったのは、私も、あの時私に出会ってくれたあの人たちみたいに、その根拠をあげられるかもしれないって思ったからだよ」

 「……私に?」

 「一緒に生きようよ。ユイ。一人じゃ生きられないなら、私がいるよ」

 私はもう一方の手もユイの手に重ねた。

 「この世界は地獄だけど、それで何が悪いの? この世界は変わらないけど、人は変わることができるよ。私は変われた。勉強も運動もできない私が。勉強も運動もできるユイが変われないわけないよ」

 ユイは喘ぐように私を見上げた。

 「ごめんなさい……」

 ぽろぽろ零れる涙を拭き取ろうともせず、ユイは私の手を額に押し付けた。

 「怖い思いさせてごめんなさい……八つ当たりしてごめんなさい……最低なことをしてごめんなさい……私……私は……!」

 「許すよ。全部許すから」

 ユイの頭を撫でる。

 「謝れて偉いよ。これで次に進めるね」

 「ああああ……ああああああ……っ!」

 私はユイを抱きしめる。ユイの嗚咽を正面から受け止めた。




 手を繋いだ帰り道、いつもの別れ際に差し掛かって数分経った。

 「ほら、そろそろバイバイだよ」

 「うん……」

 ユイは手を一向に離してくれない。もうずっとこの調子だ。

 「もう、甘えん坊さんになっちゃってさ。どうしたの?」

 「帰りたくない……」

 ユイの手に込められた力が、心なしか強くなった気がした。

 「もっと一緒にいたい」

 「うーん。でももう夜遅いよ?」

 「うちに来てよ」

 ユイが私を見つめた。熱っぽい視線で、私はそれに包まれる。

 「やり直したい」

 「……なにを?」

 その言葉が示しているのは明らかで、私は手が汗ばんだのを感じた。ぐいっ、と腕を引かれる。ユイの胸の中に私はすっぽり収まった。ユイの身体はとても熱かった。

 「私、もっとホシネを感じたい」

 耳元でそう囁かれる。耳が真っ赤になったのが自分でも分かった。鳥肌が立つ。

 「……家に電話させて?」

 電話すると、あっさり外泊の許可が下りてしまった。

 「いいって、言われた……」

 「じゃあ」

 ユイが私の腕に絡みついてきた。

 「行こ」

 「……うん」

 手を引かれ、再びユイの家に来た。両親は共働きで、今は仕事で海外にいるらしい。

 二階のユイの部屋に連れ込まれる。扉を開けて部屋に入った瞬間、ユイに強く抱きしめられた。

 「ホシネ……ホシネ……っ!」

 「ま、待って、せめてシャワー────ぁむっ」

 一生懸命キスをせがんでくるユイの情念が籠った視線に囚われた。もう何も言えなくなってしまう。愛おしさがこみ上がって来た。

 「もう……しょうがないなぁ」

 ユイの頬に手を当てた。

 「優しくしてね」

 「ホシネに、私と付き合っててよかったって思わせてみせる」

 ユイはそう言って、私の手の甲にキスをした。


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