悪役令嬢に転生しましたが、ヒロインがどうやらチート専用トンチキネームでプレー中のようです
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、ヒロインがどうやらチート専用トンチキネームでプレー中のようです
おいおい勘弁してくれよ。内心の絶望感と裏腹に、何故か高鳴るマイハート。好感度カンストチートってすごいね、すれ違っただけで胸が締め付けられて、逃げ去るときにチラリと見えた満点花子嬢の悲しげな顔に罪悪感がものすごい。いや、たとえ満点花子嬢ではなくても、推しゲームのヒロインでめちゃくちゃ好きなキャラクターなので胸が痛い、なんて可能性だって存在はしているのだけれど。
いやでも勘弁して。スチル回収しにこられても、私がサキラム嬢にインしちゃってる時点でどうしようもない。私演技力とかないから、満点花子嬢の首を絞めようとして、締めれなくて、ハラハラと涙をこぼして、どうして……!とか言えないわよ!?言えたとしても棒読みになるわよ!?!?ボイスついてないテキスト表示だけだから、最悪文字はなんとかなるかもしれないけど、泣くのは無理よ!?!?この世界観だと目薬もないもの!!そっと震える手を首筋に添えて力を入れれなくて涙をこぼす美少女の演技はやれないわよ!?!?明らかに製作者このスチルとタイトル回収したいがためにゲーム作ったレベルの渾身のシーンなのよ!?部外者がしゃしゃり出て台無しにするのは最悪じゃない!?!?いやもう満点花子嬢が満点花子嬢の時点で手遅れな気がしてるけど。どうにかして彼女がエンディング(できれば死なないやつ)迎えるまで逃げ切るしか、ないじゃない!!下手すると私も巻き込まれて死んじゃうもの!
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──結論から言うと逃げれませんでした。
いやもう、なんとなく分かってはいたわよ?フラグしか立ててなかった気はするし、わざわざあのトンチキネーム使ってまでスチル集めに奔走してるほど、この物語のいく末を見届けたいプレイヤーが逃してくれる可能性の方が低いものね!それでもこの鬼分岐ゲーで、迎えたかったエンディングをちゃんと迎えれるのってそれなりの難易度だもの!ワンチャン奇跡に頼るじゃない?
「サキラム様……」
「ま、満点んん、花子様……」
あかん、噛んだ。笑わずにぎりぎり呼べたけどめちゃくちゃ口籠ってしまった。名前変換にそんな高等機能はないから、絶対区切らず呼ばれるはずなのに。向こうも可憐なお顔を驚きに染めて、唇を震わせてる。泣きそうな美少女って良いわよね。こんな状況じゃなきゃおおはしゃぎして眺めてたんだけど、まあまあ自分の危機でもあるのでこっちだって泣きたい。どうしたものかと視線を彷徨わせていたら、満点花子嬢が崩れ落ちた。
「こ、」
「……こ?」
冷たい床にうずくまる美少女。絵にはなるが好感度カンストしてるせいかまあまあ胸が痛い。掠れた声で溢れた単音に首を傾げれば、堰を切ったように泣き声が溢れだした。
「こ、こわかったよーーーーー!!!!」
うわーーんとお手本の様に泣き喚く、満点花子嬢。正直それを間近で聴いた私も怖い。怖いがその言葉に、やっぱり満点花子嬢もプレイヤーがインしてる確信が持てた。
「ドウシテ!?!?どうして好感度的にはカンストしてる状態でなおあいつらは私を殺しにくるわけ!?君を守りたいんだとか言った口でどうして我が君の道を阻むなら貴女さえも容赦はしない。君を殺したあと、私も後を追おうとか言い出すの!?阻むつもりは全然ないし、もうそこまで言うなら我が君とくっついとけば!!!」
……わかる。
「女好きとか言う設定詰んでる割に、根底にある女性への不信感からなる突き放しが度をすぎて殺しにくるのも本当に困る。私は貴女の死んだお姉さまでもなんでもねぇ!!!正気になって!愛を免罪符に出来るのは己の中だけです!!!!内心の自由は止めないけど、他人を巻き込んだ時点で、犯罪!!」
……そうね。
「でもいいですよ、別に、創作の中の話ですし、シナリオとして面白いなら全然あり。でも普通に殺しに来られたら怖い。めちゃくちゃ怖い。好意が根底に感じられてると不気味すぎる。好感度カンスト状態で始めたらまだマシかと思ったけど全員のイベント発生する危険性とも隣り合わせだったから余計綱渡りだったし、かと言って好感度カンストしてなかったら、10日目の朝の邂逅イベントで命を落としかねないし!好感度満たしてないと容赦なく殺しにくるの、治安が悪すぎる!!!この世界の法律どうなってんの!?」
びえびえと大泣きする満点花子嬢の言ってることにめちゃくちゃ頷きながら思わずその背をさする。大変、だったわね。そうね、私もサキラム嬢として頑張って逃げ回ってたけど、ヒロインだものね。迫ってくるイベントの数も比じゃないだろうし、本当にこのゲームとにかく死と隣り合わせだものね……。
「大変、だったわね……。ちなみにロゼ様の陛下への並々ならぬ感情の発露は、15日目王城の薔薇園訪問すると、特殊選択肢がでて、その特殊選択肢、私白薔薇が一番好きですを選ぶとエンディング差分で結構長めの独白が追加されるわ……。スチルも特に変わらない差分で、気付きにくいけど、執着の理由への意味もそこで回収されるから是非見て……」
思わずめちゃくちゃ早口になったけど、泣いていた満点花子嬢がそこでようやく顔を上げた。へにゃりと泣き笑いの複雑な感情を滲ませたその表情は立ち絵にはなかったので、インしてるプレイヤーとしてのお顔なのかもしれない。
「うう、百合ルートが絶対あると言う確信で始めただけの身には難易度が難しすぎました」
「逆によくあるって確信が持てたわね……」
「製作者さんの垢のbioに、感情のぶつかり稽古に性別は些事だと思うって書いてあったので……」
嗅覚が鋭いわね、満点花子嬢の中の人。前作もプレーしてるのかしらとちょっとオタクとして意見を聞きたくなってしまった。
「こ、このゲームの差分本当やばすぎません!?同人ゲームだから有志による攻略wikiとかもないし、情報交換しようにもプレイヤー探すだけでも困難だし」
「私、ネタバレ絶対踏みたくないからそう言うの探さないタイプなの……」
SNSとかも同じ理由でしていないのだと話しながら、満点花子嬢の涙をハンカチで拭う。待て待て待て、なんかいい感じのBGMが鳴り始めたぞ、エンディング前じゃないか、もしかしてこれ。
「SNSとかで垢繋がれたら仲良くなれたかもしれないのに、残念です……」
「エンディング迎えた後にどうなるかはわからないけど一応体裁のためにスチル再現しておくから、ちょっと首絞めさせてね」
「は!?!首絞めスチルなんです!?!?やだやだやだ、絞められるんじゃなくて客観的に見たい、壁になりたい」
「……本当にそうね」
物語の抑止力なのか、じんわりと涙が滲んでくる。会話はもうめちゃくちゃなのに外側だけ取り繕ってどうにか本当になるのだろうか、なんて疑問もあるのだけれど。
震える指が、満点花子嬢の首筋に伸びる。泣き笑いのその顔を見て、胸が締め付けられしまう。そうね、こんなトンチキな状態じゃなく、いい感じに出会えていたら、お友達くらいにはなれたかしら。
満点花子嬢の顔に、ぽたぽたと私の涙が落ちて、あたりが光に包まれていく。BGMは盛り上がりを見せ、一応ここが教会付近だった証明の様に鐘のなる効果音もフィードインしてきた。なんだかどっと疲れた気がする。意識が白んでいく。これが物語の終わると言うことなのだろうか。いい話だった様な気になるBGMを耳に、そっと目を閉じたのだった。
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「えっ!?!?夢オチ!?」
なんだかすごく疲れる夢を見たまま飛び起きて、頭を抱える。悪役令嬢に転生して、ヒロインがチート用トンチキネームでプレー中だった夢ってどんな夢よ!?とぶつくさ言いながら、目覚ましアラームが鳴る前に止める。届いていたメールで、支援中の製作者さんのブログが更新されてたことを確認して流れる様に見にいけば、続編をつくる、かも?なんて記事に小さくガッツポーズをしたのだった。
へんな夢だったしめちゃくちゃ疲れたが、間近でヒロイン鑑賞できたのは、そう悪くない悪夢だった、かな?
完