幼馴染みとはトキメかない:デート編
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やられたーっ!
そう思いながら玄関のドアを後ろ手で閉めた。
お隣の太介は、長身の細マッチョ。
頭脳明晰、運動神経抜群、気は優しくて力持ち。
他人の評からすると見た目も中身も超イケメン。
そんな太介に惚れられて6年。
いや、アイツが私を物陰から見ていた時間を含めると10年になるのかも知れない。
だが私からすれば太介はただの幼なじみなわけで、恋愛の対象になんかならない。ところかまわずオナラブーブーしていたオナラの先生、ブー介。
周りの「カスミはいいよねー。太介先輩がいて──」のセリフにいつも、「はっ?」って感じだった。
あたしゃー、太介までレベル落とさなきゃならないくらいの低水準の女なのかって、馬鹿にされてるんだと思っていたが違っていた。
アヤツは高スペック。
逆に私の方が太介に惚れられててラッキーな宝くじ高額当選女だってことを思い知らされたのは高校に上がってから。
アヤツにはファンクラブがあるほど。芸能事務所から声がかかるほどの男になっていやがった。
だけど私にしてみりゃー、ダルダルのタンクトップを半ズボンからだらしなくはみ出し、かくれんぼの最中に蚊に刺されまくっていた憐れな隣人。
お兄ちゃん気取りで、ほどけた靴紐を私に結ばせていた暴君。
家の前の公園で遊ぶときには、やれスコップ持って来いだの、バケツに水汲んで来いだの命令していた嫌なヤツ。
それでも遊ぶ人が近所にいなかったから遊んでやってただけのこと。
周りに可愛い女の子が住んでたら、だーれが太介なんかと。
ニヤけながら頬に触れる。
それは先ほど太介にキスされた場所。
太介なんて恋愛の対象になんかならないと積年の告白の返事を断ったら、「じゃ結婚は?」と言われると、なぜか太介との結婚生活のビジョンが浮かんできてしまった。
楽な今までの付き合いの延長。
子どもの成長を微笑みながら見つめ合う二人。
恋愛はないけど、結婚はあってもいいと思ったところで太介から頬にキス。
それで急に太介の顔が超イケメンに見えてしまった。
トキメいてしまったのだ。
今まで聞いてきた他人の評が遅れてやって来た。
たしかにアイツは、いい男。オシャレイケメンのフレッシュボーイなのかも知れない。
クソっ!
今ごろアイツのことをそう感じるなんて何かの間違いだ。
「カスミ、あ、明日ヒマ?」
「……え? あ、ああヒマだけど」
「じゃ、じゃ、よかった。あ、あの、その、明日、で、デートしない?」
「は? ま、まあよいが……」
さっきの公園での会話。家に入る前の。
なにが「まあよいが」だ私。大佐かテメーは?
いつから上官口調になったんだよー!
えーーーい! バーカ。バーカ!
太介が急にイケメンに見えてきたから気が動転しただけだ。
落ち着け。わたしッ!
あんなヘコキムシのガスプー野郎に心を持って行かれてたまるか。
いつも通り、私は女王、アイツが家来のスタンスを崩すな。
思えばいつからだろう?
アイツが私の手下みたいになったのは?
あー、そうそう。中一のころ、アイツが告白してからだ。
返事を渋ってると、急に優しくっつーか、下手ってゆーか、そんな感じになってたんだよな。
いつも偉そうなアイツから脱却できて、気持ちよかったからそのままにしてたんだ。
結婚してからもその関係は変わらないかなぁ──。
「け、結婚? なーんでアイツなんかと」
「アンタ結婚するの?」
う。ヤバい。ここは家の中だった。
独り言がデカすぎた。母親に聞かれてしまった。
「違う違う。誰が太介なんかと」
「え? タイちゃんと結婚?」
「ちげーってば。しない、しない。太介が変なこと言うから」
「え? タイちゃんとそんな話するの? いいじゃないタイちゃんと結婚。お母さん賛成だなー」
「やだよー」
「だって顔もいいし、礼儀正しいし、国立大学だし、将来有望だしね、アンタと違って」
「うっさい、ボケ!」
「ボケてんのはアンタ」
「違う、ボケてない。もう寝る!」
「はーっはっは。逃げた。逃げた。シッポを巻いて逃げたりなぁ。戦う妙計知らんと見える。食うこと寝ること一丁前!」
ムカつく。いつものことながらの三倍返し。
あーあ。あんな母親よりも太介の家の小母さんの方がよっぽどいいよ。美人だし優しいしオシャレだし、お菓子もくれるし──。
………………。
うお! また太介の家に入ること考えてた!
これじゃいかん。いかんぞう!
内臓がないんですか? そりゃいけないぞう。ダジャレです。落ち着きを取り戻すために考えました。
ふー。ちょっと一息。
あー。明日なに着ていこうかな──?
クローゼットから、お気に入りのスカートを数種。シャツやブラウスを合わせてみる。それで一時間があっという間。
「はぁ~。何やってんだろ。太介のために」
そう言いながら頬を押さえる。
「また……キスしてくれるかな……」
胸が小さく──徐々に大きく高鳴っていく。
ベッドに腰を落としてそればかり考え始めた。
「太介──」
恋とか愛とか、頭の中をグルグル回って正常な判断がデキない。
明日の楽しみと不安。
激しい鼓動に押しつぶされそう。
頭の中で何度も何度も太介の名前を復唱している自分。
気づいた。完全に恋に落ちた。
あんな太介なんかに惚れてしまった。
心の中で強めに罵るのは、完全な照れ隠し。
だが昔から太介を独り占めしていたことの優越感に微笑む。
身悶えしながらベッドの上をゴロゴロ転げ回った。
そして、ハッと起きて、新しい下着をタンスから出す。
しかし脱力。
「太介になに気張ってんだろ、いつもの下着でいいだろう。まさか太介が下着の中身に興味をもつかねぇ……。いやそう言えばアイツ、小三のころまでしきりとお医者さんごっこをしたがってたな。ノリノリだった私も私だけど……。あっ! そう言えばお尻に注射とかっていって、尻出させたこともあったぞ。アイツめぇ! いや、そうは言ってももはや時効。それにこれからは尻とか言ってられないかも知れん。国境を越えて侵入してくる可能性大なわけだから。太介くん、不可侵条約がある。我が国に入ることはゆるさん。な、なにぃ? 太介が国境を侵し始めただとぉー! おのれ太介めぇー!」
いろいろ想像しながら、自分の足やら手やらを太介に押さえられた体でベッドにまたも倒れ込む。
「やめろぉ太介ぇ。そこわダメ……」
想像の太介は優しい感じもなく、昔の近所の幼馴染み。即ち私を無碍に扱う暴君。しかしそれがしっくり来た。ひとしきり一人芝居をした後で苦笑しながら風呂に入る。
「太介のヤツ、デートってなにするつもりだ、うォい。どこに連れて行くつもりなんだろう。車なのかな。まさか、人のいない場所に連れて行って強引に……。ありえる。車はやめよう。電車か。それで移動して……。いや、電車も油断ならん。恥ずかしがり屋の私を人から見えない角度で尻など狙ってくるかも。あの痴漢。お医者さんごっこですでに前科持ち。ハァハァいいながら、入り口のドアに体を押し付けて無理矢理に……。クソー! 太介めぇ! 許せん。許し難し!」
自分勝手な妄想にまたも悶える。
しかし先ほどの優しいキスにまたもやニンマリ。
「キスか……。ファーストキスも太介だったなぁ。幼稚園のころ、親の真似をして……。でもそれ以来なかったし、どんなのか忘れちゃったもんな。さっきのほっぺのが事実上初ってことかな? いろいろ妄想したけど、初デートでいろいろするもんなんだろうか? せいぜいキスまでだよね。あの太介の唇が……。あーん、もう! 太介のエッチ!」
明日のデートの想像に身悶えマックスで遅い就寝。
次の日は誰よりも早く起きて、髪の毛を整え、化粧をし、何度も何度も着替えをした。一度着てみると、なかなか完璧というのがないものだ。そして下着もためらいながら新しいものにした。
10時30分に公園でといわれていたが、時間を潰せず、いつもの感覚で隣のインターホンを押した。
家の前にはピカピカに磨かれた小父さんの車。まさか太介め。これを借りてドライブに洒落込もうって算段か? でもまぁいい車だねぇ。カッコいいね。これで海とか行くのもいいかも。でも太介は人気のない駐車場を探して助手席の私を──。はふん!
そんなことを考えていると、インターホンにでたのは小母さん。
しまった。想定外。アイツがでるもんだと思ってた。なんて言おう。
「はい。あらカスミちゃん」
「おはようございます。小母さん。あの、あのー」
「太介なら今トイレよ? 中に入ったら?」
「いやー。あのー大丈夫で」
「? 今ドアあけるから」
明らかに挙動不審な私。
クソー。太介の長グソ野郎!
昔からテメーはそうなんだよ。水分取れ。水分を!
テメーが雪隠籠城してるから、小母さんに尋問受けることになっちまうじゃねーかよぉ~。だからテメーはダメなんだよ!
「どう? 大学は楽しい?」
「え? あ、ハイ」
「今日は可愛らしい服装ね」
「あ、ハイ。まぁ一応」
「いいわねー。女の子。ウチは太介だけだから、お隣が羨ましいわ。ねぇ、カスミちゃん。昔の服だけど私の前着てたの着ない?」
「え。マジですか? 着ます、着ます」
オシャレな小母さん。昔着てた物も憶えてる。あんなの着たいなぁと思っていたんだ。私のセンスは小母さんを真似したものが多いのだ。
小母さんは自室に行くと、保存状態のよい服を三着。私はそれを合わせてみる。
「キャー。このワンピース可愛い」
「もう着れないからあげるわよ。服も知ってる人が着てくれたらうれしいだろうし。あ~カスミちゃんが娘だったらいいのに~」
む す め。
フラグ立っちゃったよ~。おい太介、まだ親に言ってねぇんだな。
このヤロー。娘になったら小母さん喜んでくれるかな~。
「ふぃースッキリしたー」
「あら、太介。カスミちゃんがいるのに」
「あ、あ、あ。か、カスミ!」
顔を真っ赤にしてうろたえているのは、長トイレから出て来た太介。
別に今更といった感。なにを恥ずかしがってるのやら。
「母さん、ちょっと出掛けてくる」
「おじゃしました──。頂いた服は後で取りにきまーす」
「え、あなたたち、デートなの?」
「「行ってきまーす」」
恥ずかしさを抱えて私たちは外に出た。
ピカピカに磨かれた車の助手席側のドアに立っていると、太介は門を出て行ってしまう。
「ちょっと太介!」
太介がクルリを振り向いて驚いた顔。
慌てた感じで駆け寄って来た。
「どうしたカスミ?」
「あれ。車じゃないの?」
「ああ、車じゃないよ。父さんに借りるとも言ってないし。父さんこれからゴルフだし」
「……あ、なぁ〜んだ」
少しだけ残念。となると徒歩でどこまで移動するんだろう。
それに徒歩となると、お医者さんごっこ大好きでお馴染み、太介のドスケベが……手とか握ってくるかも知れん。
もしくは腕を組んでくるとか、肩を抱いてくるとか。
かー。このエロガッパ!
どうくる。
どうくるんだよぉ。
くるならさっさとこいよ。
のれぇよバカ!
いつもは何ともない会話をしてきやがるくせに、調子に乗っていじってくるくせに、なーんにもしゃべらねーでやんの。
真っ赤な顔して──。
……おい。
ひょっとして照れてんのかよ。
照れたり、ドキドキしてんのかよぉ。
照れたり、ドキドキしたり、ハァハァしちゃったりしてんのかよぉ──!
おい、こっちだってドキドキ、ハァハァしちまうじゃねーかよ。
なんか言え。コラ。
「あのさ……」
言って来た──!
以心伝心かよ。このヤロウが!
テメーが惚れてるほうなんだからエスコートうまくしろ。
「その……メイク、かわいいな」
────!
は、はぁ!!?
テメー、初回からホームラン打ってきやがったのかよぉー!
うぉい!
照れちゃう。
そんな顔で言われたら照れちゃうじゃねーかよぉ!
殺す気か?
心臓ドキドキさせて殺すつもりなんだな?
死んでもいいんだな?
私が死んでもいいんだな──!?
クソ!
太介ごときにクソ!
さっき20分(その前を含めればもっと)もトイレにこもりっきりだった野郎によぉーッ!
キュンキュンさせられちまったじゃねーかッ!
「あ、ゴメン。怒った? そのぉ。メイクじゃなくても、かわい……よ」
爆 死。
怒ってない。
全然怒ってないよ、太介。
なんでも先走って考えんじゃねーよ。
最初ので照れてただけだよ。
そして二回目ので完全にノックアウト。
真っ白い灰になっちまったぜおっつぁん。
白き灰がちになりてわろし。
古典もちゃんと勉強してるんですよ。
白い灰になってしまってはいただけないよねー。っつー意味だよ。
私を白い灰にさすなっつーの。太介。
「ゴメン。大丈夫?」
なんにもしゃべれなくなった私の顔を覗き込みながら謝る太介。
うぉーい。いつも頭の場所が高けーから、よく顔が見えなかったけど、テメーいい顔立ちしてんのな。
なんだその深ぇ二重まぶたはよー。マリアナ海溝かよ。
そんで睫毛なげぇ。マッチ棒乗せさせろ。何本乗るか実験させろよぉ〜。
たしかに昔からよく見て来た顔ではあるけど──。
大人の顔になったな。太介。
「それとも具合が悪いのか?」
全然健康だ。ただ顔が近ぇから話せねぇだけだよ。
照れちまう。こんな太介に照れちまう。
「なんだったら帰ろうか?」
「は?」
極端なんだよ。考え方が。オメーは楽しみじゃねーのか?
デートが楽しみじゃねーのかよぉ。
「たしかに寝不足ではあるけどさ」
「寝不足? 夕べ寝れなかった?」
「太介は? 寝れたの?」
「うん。まぁ、グッスリと──」
テ ン メェーー!
やっぱりこいつ嫌いだわ。
まるで私が、このデートを楽しみにし過ぎて、小学校の遠足前夜よろしく寝れませんでした、アハハ。っていっちゃったようなもんじゃねーかよ。そんでテメェはグッスリと寝れただとぅ?
あのなぁ、某ナントカクエストファイブで結婚前夜というイベントがあるんだよ。
二人の花嫁候補の様子を主人公が見に行くんだけどよー。
片方の幼なじみは気が高ぶって眠れないのに対して、もう一人の昨日今日あったばっかの花嫁候補はグッスリと眠ってるっつー描写があるんだよ。
テメーはフローラ。私はビアンカ。
これじゃ、二人の『好き』な気持ちを上皿天秤にのせたら、私の方が重いってことになっちゃうじゃねぇか。
テメーが好きなら、眠るなよ。朝まで起きて、目の下にクマ作っとけよぉ、この野郎!
やっぱりアレか?
お医者さんごっこ大好きでお馴染みのテメーは体が目的か?
ヤって捨てるつもりか、コラ。
いやそしたら中学から告白の返事を待たねぇわなぁ。
だったらテメー!
そっちが惚れてるクセしやがって、寝れてるってどういう了見だよ!
こちとら朝の4時に目を覚まして、服とかあーでもない、こーでもない。コーデネートがこーでもないってやかましわい!
そうやってたんだよ。髪の毛の跳ねをコテでなんぼ押さえつけたか。
その労力の結果が今なんだよ。
そしたら、テメーはクソに号して30分はかけるは、服装は大していつもの感じだわ、睫毛やら二重やらはデフォルトスキルだわでなーんの苦労もしてねぇ!
その結果が、怒ってるみたいだから今日のデートは止めましょうってか。
辞退させて下さいってか。
そうは問屋が卸さねぇっつーんだよ。
「別に。今日が楽しみで寝れなかったわけじゃない。スマホのアプリが面白くてさ」
「アプリ? どんな?」
「えっとぅ」
質問してきやがった──ッ!
会話転がそうとしてきやがったな、テメェ!
ここは流していいんだよ!
アプリなんてやってねぇんだからよ──!
察せ!
私と結婚したいなら察せよ。そんなんで長い人生一緒にいれるのかよ、バカやろう!
「忘れちゃったよ」
「え? 忘れるもん?」
「うるさいな〜。つまんないの長々やってただけだよ」
「ああ、たまにあるよな〜。そういうやつ。くだらないゲームなんだけど、ついついやり続けちゃったりして。そんな自分が嫌になってすぐにそのアプリ、アンインストールしたりしてな」
分かってんじゃねーか。
ない話をうまい具合に反らしてくれてありがとよ。
「今日はどこに行くの太介?」
スケベなテメーのことだから、すーぐに暗がりの映画館とかプラネタリウムとかに行きたがるだろうよ。
うぉい!
でも今日はキスまで。
キスまでだからね。それ以上はダメ。
別に! 私がキスしてもらいたいとかそういうんじゃないんだからね!?
ホントだよ!?
「今日は、エヌエヌモールの6階」
「は?」
……なーんだ。
暗がりじゃないのかぁ。
──って私が暗がりを好きなわけじゃねーよ?
太介が暗がりに連れ込もうってのを阻止しようとしてるだけでよぉー!
エヌエヌモールの6階ってなんだそりゃ。
意味ワカンねぇ、意味ワカンねぇよ!
は! ピーンきた。ピーンときたぞ。この野郎。
テメェの魂胆はお見通しなんだよ。
お 化 け 屋 敷 だな?
それもけっこう怖い系の。そりゃー暗がりだわ。私がキャーキャーいったり怖がって抱きついたりしてくるのを利用して抱きすくめて、壁に押し当てて、なんかいろいろな場所を触ろうとしてんな? チューもしまくるつもりだな? 吸ったり揉んだりするつもりだな──!? すったもんだがありましたってか? もぅ……バカなんだからぁん。
この痴漢。なにが国立大だ!?
痴漢っつーのは知が病に侵された漢。
つまり、常識から離れたスケベ野郎。
それが太介。私はこの太介の細くて堅い腕に抱きすくめられたら身動きが取れない憐れな花。
太介は蝶。私の花の蜜をその唇でチュゥチュウ吸いまくる変態。
なんだよ。急に見つめて。
軽いドヤ顔しやがって。口を四角くさせて笑ってやがる。
ハイハイ。どーせ、お化け屋敷でしょ。どこにでも行きますよ。
私は花。どうぞ私の唇をお吸いください。
「カスミ好きだろ? 漫画家の塩野 恩先生」
「え。好きー! 大好きー! え? 個展かなんかやってんの?」
「そう、原画展。貴重な原画500点を一挙に公開。握手会までやるぞ。時間が合えば」
「すごーい。見たい見たい! 握手も絶対する!」
さすが幼なじみ。一緒にマンガを読み合った仲。
私が塩野先生が好きだということをよく覚えていたな。
塩野先生のコミックはほとんど持ってる。昔の同人誌時代のものまで。
その先生と握手できるなんて。
今丁度連載も抱えてないから時間があるんだろう。
エライ太介、よくぞ調べた。
まぁ、チュウがないのは残念だけど……さ。
私たちはバスに乗って、エヌエヌモールへ。
緊張がほぐれたのか、二人でいつものバカ話をして時間は大して気にならなかった。
そして原画展。よかった。最高。
握手会は15時から。原画展、入場チケットを持っていれば参加できるらしい。
「太介ありがとう。ここに連れて来てくれて〜」
「うん。前から誘おうと思ってたんだ。昨日ようやく言えてよかった」
このー!
イケメンのくせに、なんだそのハニカミ具合は!
ずりぃだろ〜。可愛さが増すぞ。オイ。
「握手会まで時間があるから、どこかでランチでもとるか」
ハイ来た。ランチ。
私は味にうるさいからな?
そんじょそこらのインスタ映えするようなパンケーキとかかき氷とか綿アメとかNGだかんな?
ノーグッド。ノーグッドよ?
まぁ、ここは太介の力量を見せてもらおうじゃない。
少しは私のお眼鏡に適うような店を用意するってのが将来の夫ってもんよね。
「ああここだよ。予約しといたんだ。天雲。天丼とソバのセットがうまいらしい。カスミ好きだろ? どっちも」
「──好きです」
やるではないか。
さすが長い付き合い。
まぁ、正直天ぷらの味にはうるさいよ。私は。エビとかイカでごまかされないからね。
大葉──。
これで全てが分かる。カリサクで香り。この絶妙の揚げ具合が出来ないようじゃ、店名の「天」の字は取ってもらうからね。その覚悟は……。
「はい、天丼、ソバセットお待ちィ」
サク……。
合格──ッ!
なんという絶妙な揚げ具合。これ以上でもこれ以下でもない。
油もクセが無い。
天つゆも最高だ。これは寝かせているつゆでなくてはこの味は出せない。
かといって寝かせすぎでもない、早すぎでも無い。
これは、このセットは2000円近い代物。
太介め、おごったな?
メニューを手に取ってみると、天丼ソバセット880円。
ウソだろ。この価格で提供できるわけが無い。
いや待て。太介の言葉。予約していたといった。店の外は長蛇の列。
ということは、客の回転を速くしての薄利多売。
だからこそこの価格でやって行けるわけだ。
塩野先生の握手会を見越しての予約。
やる──ッ!
太介め、全てを計算してやがる。
今日のこのデート。
一つ、一つ、積み重ねる積み木のように。パズルのように──。
完成に向かってる。
私を満足させつつ、自分の思い通りに組み立てているのだ。
そして最終目的は?
目的は──?
もういい、認めよう。太介は頭がいい、大人の男。
つまり大人なのだ。男なのだ。
だからこそ目的は大人の男が求める場所。
このモールから徒歩5分圏内にホテル街がある。
そこで一戦するつもりだ。
上手に私を騙くらかして連れ込むつもりなのだ。
騙されない──。
目的が分かった以上、そうはさせない。
今日はキスまで。
昨日くらいロマンチックに甘いキスをするならば許してやろう。
だがそれ以上は許さない。
太介が私よりも優位に立とうなどと許されない話なのだ。
「カスミ?」
「わ、ビックリした。……なに?」
「店も混んで来たからもう出ようか」
「う、うん、そうだね」
来た──!
握手会まであと2時間30分。
ホテル休憩の時間は2時間設定。
つまり!
こいつ、連れ込むつもりだッ!
結婚の約束をしたから手をつけるつもりなのだ。
やらしい!
ホントにやらしい!
そりゃ私だって女で受け身だから、言われたら『ウン』って言うしかないじゃん?
クソ! 太介め! 計算ずくか! それがオマエのやり方か!
「なぁカスミ」
来ました。哀れカスミたんはこの身長182の男に包み込まれてしまう。
がっちりとホールドを決められてしまうーッ!
ああさようなら。少女の頃の私。
「屋上にミニ観覧車があるんだ。そこから街並でも見よう」
ミニ観覧車だとぅ!?
こやつは高所に弱かったはず!?
滑り台の高いところも怖がっていたのに、観覧車などに乗れるのかよ?
逆に私は高いところ大好き。
将来はスカイダイビングで大空に文字を書きたい夢があるくらい。
ミニ観覧車。臨むところよ!
「いいね。乗ろうか」
「だろ? オレはちょっと怖いけど……さ」
は──?
なにコイツ。
つまり。つまりだぞ?
塩野先生も、天丼とソバセットも、観覧車も──。
私のために考えてるってことか?
待て、待て、待て、待て、待ってくれ。
こいつは──太介だよな。
あの昔、私にスコップ持って来いだの、バケツ持って来いだの、お医者さんごっこするからお尻に注射するぞぉだの、親戚の叔母さんの家に行くからついて来いだの言ってた太介だよな。
それが私の好みのデートプランを完全に練っていたということか?
私たちは屋上のミニ観覧車へ。子どもたちや他のカップルに紛れて20分ほど並んだ。
相変わらずの太介のバカ話に笑いながらなので時間など気にならなかったのだが。
そして私たちの番。太介と向かい合わせに座る。
眼下には街並。高所に弱い太介は少し口数が少なくなって遠くを見つめていた。
逆に私は太介の方を見ていた。
このイケメンの横顔を。
せっかく観覧車に乗ったというのに、景色を見ないで太介ばかりを見ていた。
やがて観覧車は最頂点へ。
この二人きりの空間なのに何も無いとハッと気付いた。
太介は窓の外を見ている。
私ばかり太介を気にしている。
太介からキスをされることを──。
そういえば二人きりなのに何もしてこない。
最頂点の時間は短い。
私は太介からキスをしてもらわなくては自分からはできない。
そういえば!
こいつ、さっきから手もつながなきゃ、腕も組むことなく、肩を抱きすくめることすらしない。
そればかりか、一定の距離を保っていやがる!
うぉい! キスはどうすんだよ。私を抱くんじゃねーのか?
無理矢理昔みたいに暴君をあらわに激しくなんかすんじゃねーのかよぉ。
なんでそんなイケづらしながら遠くを眺めてるんだ?
なんかしろ。一歩前進しないのかよ。
大人の階段登るんじゃねーのかよ。
「あ〜……コホン」
空咳をうつと、気付いたように太介がこちらを見る。
おいおい、なんだよその天然づらはよぉ〜。可愛いじゃねーかよ。
「うーんと、太介は私のことが好きで好きでたまらないんだねぇ〜」
──ん?
なんだこのセリフ。
奇妙!
ナニソレ。点数にすれば100点満点中、3点。
我ながら赤点の数値にどうしていいか分からず固まった。
だが太介は真っ赤な顔をして、少し時間をおいてから頷いた。
うぉい。なんか言えよ。もしくは強引に襲って来いよ。
これじゃ私、なんかすっごい嫌なやつじゃんかよぉ〜。
「カスミが好き。ずっとずっと昔から──」
おいおい、アゴを引いて言うもんだから、前髪が目を隠して真っ赤な顔して見えないよ。
もう完全に可愛いくらい照れてることしか分からない。
おーい!
もう正直、太介のこと、私も大好きだよぉ。
でも今までのスタンスがあるから、急に太介に抱きつくわけにもいかないから、そっちから抱きついてくんねぇかなぁ。
「だから今日はすごく楽しいよ。カスミは怒ってばっかりだけど……ごめんな。オレばっかり楽しくて」
キャーーーーーー!
そんなことねぇよ。
私もめちゃくちゃ楽しいよぉ〜!
だから、さっさとキスしろよ〜。
昨日みたいな甘いヤツをよぉ〜!
そうこうしているうちに、観覧車は現実の世界に戻ってしまった。
係員がドアを開ける。
私は名残惜しくゴンドラを後にした。
だが、まだ握手会まで2時間ある。ククク。
「カスミ。プリクラでもとるか?」
どうでもいい──!
けど撮りたい。今日の記念に。
でも、二人きりになれる場所のがもっといい。
つまり、分かりまっしゃろ?
徒歩5分の場所にあるやつ。上が「ホ」次が「テ」。
だけど、私の心とはうらはらに、太介が案内したのは3階のゲームコーナーの一角。
それはプリントシールが出てくるカメラ機。
たくさんの女子高生やら、女子中学生やら、カップルに紛れて私たちも並んでいる。
45分も並んだが、太介の話が面白かったのでよかった。
しかし、ハッとすることになる。
ここは。
この空間は──ッ!
先ほどの観覧車なんかより全然密着度が高い。
体を寄せ合わないと写真が撮れない。
高鳴る鼓動。太介の筋肉だらけの固いからだが触れる。
中腰になる太介。その肩に私の肩が触れて撮影──。
「カスミ……。オレ、今すっごく楽しい──」
なんんんっやそれ!
なにその正直報告。こちとら今どころか、昨日の約束から楽しかったんでい!
だったら、そのまま強引にこっち向いて唇奪っちまえよ〜。昨日みてぇによぉ〜!
二人きりの空間もあと僅かだ。
カメラ機が、『これでいい?』を連呼しているのを聞いてられない。
太介はさっさと私の頬でいいからキスすべきなのだ。
だけど、しない──。
機械の外に出て、写真が排出口から落ちてくるのを待つ。
「わーすっごいイケメン」
「その割に彼女がアレだよね」
並んでる連中から声が聞こえる。って私かよ。
うーん。たしかに太介はイケメンだ。
だけど、みなさん、この男は私にぞっこんなんですぜ?
あーたたちがどんなに頑張ろうとも、この男は私と結婚したいんですから。
排出口から写真がカタンと落ちる。
太介はそれを取って私の手を引いてゲーセンの外に。
手を繋がれた!
頭が真っ白。だけど、太介はゲーセンの外に出ると少し強めに手を振りほどいた。
正直ショック。手を繋いだままでいいのに。
「ご、ゴメン。手汗スゴくて。だけど混んでたから、カスミが離れちゃうかと思って……」
は、はぁ!?
こ、この野郎、憎いヤツだなぁ!
緊張しすぎッとたしかにオメーは手汗がでる体質だったわなぁ。
だから今の今まで繋がなかったと、こう言う分けだな?
さてはこの混んでるプリクラ場も計算尽くだな?
コンチクショー!
私と手を繋ぐためによぉーッ!
「そろそろ、握手会ならばないと混んじゃうかも知れないな。カスミ行こうぜ」
だけど私は動かなかった。ゲーセンの外の壁により掛かってそのまま。
太介は駈け寄るものの、少し恐れている風に距離を取った。
「……ゴメン。怒ったか? 勝手だよなオレ。自分ばっかり楽しくて。これでもカスミに楽しんで貰おうと一生懸命で──」
いやいや、合格だよ。合格なんだよ。
だけどさぁ。これじゃいつもの休日っつーか、恋人になる前からこんな段取りしてくれたことたびたびあったじゃんか。
まぁ帰り際に告白の返事をせびるもんだから、いっつも私が不機嫌になってたけどさ。
だけど、今は違うじゃん。恋人っつーか婚約者っつーかになったんだから、手ぇ繋いだり、キスしたり、ベタベタするもんじゃん。じれったいんだよ~。
まぁ太介はそういう性格だって知ってるけど、なんかさぁ~。
私は太介のほうを見ないまま右手を中ほどまで上げる。
太介はなにがなんだか分からないような顔をしていた。
「疲れた」
「ご、ゴメン。そうだよな。歩きすぎちゃったもんな」
「だから引っ張って」
「え、あ、でも、手汗が……」
「いいから」
「う、うん」
太介の大きな手のひらが私の小さい手のひらを握り込む。
力強い手。もう放さないって感じの。
私はだらしなく笑ってしまったかも知れない。
太介はただ無言で私を6階まで引っ張ってくれた。
それから──。
残念ながら太介と手を繋いでいることが嬉しくて、塩野先生と握手してサイン貰ったことは余り憶えていない。
太介と繋いでない左手を出して先生に困惑させてしまったことは少しだけ憶えている。
でもサイン色紙に、好きなキャラクターを描いて貰った。
まぁ、太介が言ってくれたんだけど。この出しゃばりめ。
私のことは何でも知ってますってか?
エヌエヌモールを出たのが16時。
夜景を見ながら楽しめるレストランの予約が18時らしい。
本格的!
学生同士でそんなデートしていいのか?
まぁデートはこういうのが理想みたいな話を昔したのを憶えてたんだろうけどよ。安パスタ屋でいいんだよ。
無理すんじゃねーよ太介。金はあるのかよぉ。
「ねぇお金大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。バイトもしてるし」
「バイト? なんのだっけ?」
「塾の講師」
「へー。やっぱ頭いい。給料どう?」
「まぁ大学の名前で得してる感じかな。他の講師の人よりは高い」
「へー」
っつーか。よく考えたら太介が何やってるかよく知らない。
呼べば来てくれるようなもんだと思ってた。
そう言えば大学行って何するつもりなんだコイツ。
ただ大学行って遊んでるだけじゃねえのか?
私の将来は大丈夫なんだろうなぁ?
「将来は何になるの?」
「いや、医者だけど?」
「はぁ?」
なんだそれ。知ってて当然みたいな言い方。
それに医者だとぉ?
テメェ、それは性癖だろうが!
お医者さんごっこ好きが高じて、医者になりたいなんて洒落にならねぇ。
「昔、カスミと遊んでいるときに気づいたんだ。医者はオレの天職なのかも知れないって」
やっぱりそうなんじゃねぇか!
このスケベ野郎!
私のアレコレをご覧になって、医者になりたいだなんてとんだ性癖の持ち主じゃねーか!
「カスミのおでこの小さい傷──」
ん? ああそういえば普段は髪で隠してるけど小さいのがあったな。
「オレたちがすごく小さい頃、家の前の公園でオレがブランコをこいでいたんだ。そしたらカスミが自分もやりたいっていいだしてな。オレも小さかったから、順番を譲らなかったんだよ、カスミは泣きながら後ろからオレをどかそうとしたんだな。そしたらブランコの角にぶつかって、その場に転んじまったんだ。あの時は大変だった。血も出るし、傷が残るって言われてな。でもお医者さんが傷が見えないように小さく縫ってくれたんだよ。それからだな。医者に憧れたのは。あと責任とってカスミと結婚しなきゃって思いもできたのは。あ、でも責任とかじゃなく、カスミのことは本当に心から好きだぞ?」
なんだってー!?
そんなの忘れてたし、ずいぶん前から医者になりたかったのかよ。
だからお医者さんごっこをやりたがってたってことか?
この野郎。私に人生捧げるつもりで生きてやがるんだなぁ〜。
「だから……昨日も言ったけど、カスミはまだ本気じゃないかも知れないけど、将来はカスミって決めてるんだ。まぁ、そのぉ、だから……これからもよろしくな」
かっこE──。
なんだこいつ。太介がまぶしい!
そこまで人生プラン練ってるのかよぉ!
どこまでイケメン君なんだ、テメーは!
まったく、太介がエロいことを考えているんじゃないかって思ってた自分が恥ずかしい。
キスどうこうなんて思ってた自分の小ささが情けない。
話しながら、夕食の店まで徒歩で移動。
その近くの公園のベンチで話をしながら時間を待つ。二人の時は難しい話はしない。私に合わせて面白い話ばかり。
可愛いヤツだな太介は。
イケメンだな太介は。
そんなオマエにトキメイちゃったんだぞ、私。
夕食は見たことも無いイタリアンだった。
前菜とパスタ、仔羊の甘いソースがかかったステーキ。デザートのプリン。
もう、全部食べた。美味しい。すげぇ。完璧だ、太介。
お会計もピーペイでスマートにすませちゃうし。
全部おごってくれるし。
もう女王さま気分だよ。私は。
ポツリ。
冷たいものが頬に当たる。
「あ、雨だ。予報外れるなんて珍しい」
天気予報までカッチリ調べてたのかよ。すげぇ。太介。
「ちょうどいい。休んで行くか? あそこで──」
き、き、き、キタ━━━━━!!
ここでか?
テメェやっぱり、調べてやがったな?
さっきからのパズルの組み合わせを考えれば、この雨すら計算に入っていたことが分かるぞ。
太介の指差した先にはあやしく紫色に光るネオン。
HOTELじゃねーか!
やっぱり、テメェは考えてやがった。
惚れ直したのによぉー!
でも、でも、でも、どうしよう。
受け身だからカスミ断れない。
太介が入りたいっていうなら、お任せってことになっちゃう。
その力強い腕の中に抱きしめられちゃう。
そんな大きな体でのしかかれたらぁ〜。
どうしよう、どうしよう。
「前に来たろ? ウチの母さんの妹の叔母さんの家。電気ついてるからいるんだ。少し雨宿りさせてもらおう」
──────ッ!!
な ん だ と?
叔母の家? 叔母の家だとぅ?
たしかに民家がございます。ホテルの少し前に。
たしかに小さい頃、あなたについて、その家に来た憶えもございます。羊羹もごちそうになりました。
庭の松の木大きくなったなぁ。
じゃねーよ!
「でも、急にお邪魔じゃない?」
「大丈夫だよ。きさくな叔母さんだから」
ちげーよ!
気付けよ!
叔母さんの家じゃなく、後ろに高くそびえるタワー型ラブホテルに行こうって意味だコラ!
おあつらえむきに、「ピーペイでポイントが貯まる」って吊り広告まであるじゃねーかよ!
くぅ〜! そういうポイントの積み重ねも大事なんだよ。
なんにも分ちゃいない。女心を分かっちゃいない。
しかし久しぶりの叔母さんの家。
紅茶がとても美味しく、話も弾んでしまった。
いや、将来は私の叔母になるってことだしって気を張った部分もあったよそりゃ。
暇乞いをして、叔母さんの家を出ると、雨は止んでいるし、夜の21時。
こりゃ、バスもない時間だし、駅に行くにはちょっと遠い。そうなると家に帰っても遅くなるわけだから、どこかに宿泊していってもいいぞ太介。
「あ、もうバスもない時間じゃん」
そうなのよねぇ〜。
「タクシーで駅まで行こう」
その手があった──!
さすが頭いいね。タクシーの深夜料金は22時から。21時ならば、それにぶつからないで済む。電車もたくさんあるから、22時くらいには家に帰れるかも?
じゃ ねーよ!
ホテルいこうっつってんだよぉ〜。
女の口から言わせるつもりか。ボケ!
いや、こんなにホテルホテル言ってますけど、当然私は初体験。
でも、テメーならいいと思ってるってことだよ。んがーー!
太介にタクシーに乗せられ、電車に乗ったのが21時25分。
家の前の公園についたのが21時50分。
結果、なんにもございませんでした。
手をつないで喜んだけど、それって小中レベルじゃん。
大学生ですよ。私たちは。こんな長い時間一緒にいて、なんにもないなんて。
太介、イケメンなんだから、もっともっと強引だっていいんだよ?
昨日みたいに頬にプチュってしてみろよ。
今、してみろよ。
突然──!
太介が私の肩をつかんで、強い力で自分の方に向けた。
赤い顔して、大きな目をこっちに向けている。
つかまれた肩に、震える力を感じる。
ここかーッ!
そうだよね、そうだよね。
待ってました。次の恋のステップ!
私まで震えちゃう。
来る。太介が来るゥ──ッ!
「カスミ。今日はすごく楽しかった」
うんうん、私も。でも声がでないよぉ。
「あの、あのな」
うん。はい。なんでしょう。なんでしょー。
「このまま一緒にいると、襲っちゃいそうだから帰る! また連絡するな!」
そう言って駆け出し、家の中に入ってしまった太介。
襲っちゃいそうだから帰る?
襲っちゃいそうだから──。
襲 え よ バ カ!
もうアイツのバカさ加減に腹が立ちまくって、その日もあまり眠れなかった。
あんなのにトキメいていた自分にも腹が立つ。
ちくしょう!
次回につづくかも??