第二歯 歯を売るモノ
歯科国家試験会場からの突然の異世界転移。
折角「歯の全知識」というスキルを身に着けたのに、答案用紙に触れる事も出来ずに新生活が始まってしまったのだ。
動揺を抑えようと大きく息を吸い込むと、長年住み続けた都会の淀んだ空気と違った自然の香りがする。
空を見上げても電線は一つも見当たらないし、コンクリートの無機質さがない建物が立ち並ぶ。
活気溢れる通行人の邪魔にならない様、そそくさと道の端に移動すると小さくしゃがみこんだ。
ここですぐさま次の行動に移せないこんな性格が自分でも情けない。
「夢じゃない、、よな、、、?」
壁を触る勇気はないのでレンガで装飾された地面を触りながら呟く。
最後にコンクリート以外の道を歩いたのはいつだったのだろう。
とりあえず落ち着いて状況を整理しよう。
ポケットにはなにもなし、加えて所持金もなし。国家試験中だったから当たり前だ。
せめて受験生らしく鉛筆でも握りしめてくるんだった。
途方に暮れていても仕方ない、と立ち上がって歩き始める。
左右に広がる屋台には見たことも嗅いだことのない食べ物が並び、(外見上は)人間達と異種族がわらわらと群がっている。なるほどここは異世界のようだ。
怒涛のような店員の呼び込みの声が響きわたっておりそれに負けじと住人達の話し声も聞こえてくる。
どうやらそうとう活気づいた街のようだ。
ガヤガヤと入れ混じる声が心地良く聞こえてくる程、とりあえずのんびりと歩き続けてみる。
すると何処からか声が聞こえてくる。
「・・・はいががですか・・・今なら新鮮ですよ・・・はいががですか・・・」
新鮮なもの?果物かなんかだろうか、金はないがちょっと覗いてみよう。
記念すべき初めての異世界体験、インパクトは欠けるが地道にやっていこうじゃないか。
通行人の流れからはじき出される様に屋台に近づくと、ボソボソと店員が声をかけてきた。
「いらっしゃい、、どこの部分をお探しでしょう?」
深海のように澄み渡った青い髪にキラリと光る八重歯が特徴的な少女だ。
とりあえず外見上は人間に近いが、どこかやっぱり違和感がある。
まじまじと顔を眺めていると、店員はバツの悪そうな表情に変わった。
「お客さん、申しわけないけど冷やかしならどいてもらえます?」
金はないのでぐうの音も出ない。
「すいません」と目をそらすと綺麗に並んだ商品が目に入った。
一つ一つが白く輝き、まるで真珠のように光る商品に釘付けになる。
ちょっとまて、、なんだこれは。
嘘だと言ってくれよ。
声の震えが止まらない。
「こんなモノ、一体何処で手に入れたんだ!!」
無数に近く並んだ商品と呼ばれいる歯を指で差しながら言葉を続ける。
「これって、歯じゃないか!!それにまだ血が付いてるのも!!」
「当たり前です、ウチは新鮮第一なんですから!!」
何を自慢そうにしているのか全く分からないが、少女はちょっと自慢げだ。
「せっかくだから見せてあげます、私の獲れたての新鮮の歯を!」
少女は得意げに微笑むと、口を大きく開けると下の前歯に手をかけた。
「お、おい、、何してんだよ、、!!」
あっけにとられる時間もなく、少女の歯は口腔の外へと飛び出している。
少女は自分の歯をまるで勲章のように見せびらかしながら自慢げにしている。
突然の異世界に加え、歯を売る非人道的世界観、それに加え少女による自傷行動。
あまりにも情報量の多さにまた意識が遠くなっていく。
今回は自己逃避の失神だ。願わくば現実の試験会場に戻ってたらいいのに。
「だって私、サメですから」
かすむ意識の中、少女はニカっと歯を光らせた。