第一歯 国家試験会場から異世界へ
二日間にも及ぶ歯科医師国家試験もあと残り10分ほど終わるという緊迫した試験会場。
マークシートに黒く点々と塗りつぶした鉛筆の跡を眺め続けて早5年、国家試験浪人としてめでたく5回目の受験となった今回の試験も遂に終わりに差し掛かってしまった。
歯科国家試験の難易度は年々難関しており、合格率はほぼ5割といっても過言ではない。
目の前の一点ですら合否に関わってくるというのに、最後には神頼みするしかない自分に情けなく思いながらぎゅっと目を瞑る。
(神様、、、!!どうか全ての歯の知識を与えたまえ、、、!!)
虚しく心の中に響き渡った返事が返ってくるはずの願い。
毎年この時期に祈り続けた成果が今になって現れたのか、何処からか声が聞こえてきた。
『その願い、叶えてやろう・・・』
その瞬間、真っ黒だった目の前の世界に一筋の光が差し込んだと同時に、酷い頭痛が襲う。
(う、嘘だろ、、??)
突如襲ってきた頭痛と眩暈の中で、膨大な量の知識が頭を駆け巡ってくるのを感じる。
今まで解いて来た試験問題が瞬時に脳内リストアップされ、勝手に自己採点が開始される。
(あぁ!!これ二択まで絞り込めてたのにっっ!!)
(こんな問題、現場じゃないと解けるわけないだろ!!)
(これシンプルに間違えてる、、)
脳内で採点して一喜一憂するのも変な話だが、どうやら本当に歯の知識が頭の中に入りつつあるらしい。
後は答案用紙の答えを書き直しをしたら完璧だ。
長かった浪人生活にピリオドを打つためだ、頭痛は酷くなっていくが四の五の言ってる暇はない。
懸命に目を開けようとするが眩暈が酷く瞼が上がらない。
早く、、早く答えを書き直さなければ、、、、
薄れていく意識の中で何処からかまたあの声が聞こえる。
『願いは聞き入れた。では、次は私の願いなんだが・・・』
肝心な所で人の話を聞かない自分の性格が裏目に出てしまったのだろう、ここで意識がとぎれてしまった。
意識が徐々に戻ってくると同時に、試験終了までのカウントダウンが差し迫っている事を思い出した。
その瞬間、力がみなぎってくる。
「頼むっ!!間に合ってくれっっ!!」
勢い良く目を見開くと、そこには緊迫感で押し潰されそうな試験会場は微塵もない。
晴れ渡る青空の下、西洋風の街並み、並ぶ屋台の間で溢れる通行達、、、。
あっけに取られ、呆然と立ちすくんでしまった背中にドン、と硬い何かが当たる。
恐る恐る振り向くと、想像より遥かに高い場所から声が聞こえる。
「あんちゃん、こんな危ねぇ所に立ってると食われちまうぞ、ガハハハッ」
赤い肌、というか鱗だ。顔も人間のようだがトカゲにも見える。
「しっかりしろよ、まるで初めて魔物を見たような顔じゃねえか」
何も言えない人間に関心がなくなったのか、尻尾を揺らしながら彼は離れて行った。
これってよくある、異世界に転送されてしまったパターンなのか、、?
試験の緊張感のままなのか手汗が止まらなくなってきた。
皆が一度は想像した異世界生活。もちろん大歓迎だ。
ワクワクの冒険が始まる第一声は勿論決まっている。
大きく息を吸い込むと、あり溢れんばかりに声をあげた。
「っていうか試験会場に早く戻してくれーーーーっっ!!」
続く。