九 川越街道
十兵衛は川越へ向かおうと
川越街道を歩いている時だった。
この辺は初めて来る。
土地案内はまるでない。
背後から声がかかった。
「もし、十兵衛様でございますね」
振り向くと妙の侍女松江だった。
「あなたは妙殿の・・・」
「はい、十兵衛様へ伝言をお届けするため
お待ちしておました」
「俺が川越へ行くことを、どうして妙殿は」
「十兵衛様のお屋敷はすでに御城下になく、
妙様を追われて川越へ参るのではないかと」
その通りだった。
十兵衛にすでに居場所はなかったのだ。
「ご伝言を申し上げます」
紙に記するのは危険なので、
松江が暗記してきたのだ。
「川越周辺にはお城のお侍たちが伏せており
中には種子島まで持っている者まで」
俺のために種子島とは大げさな!
十兵衛は苦笑した。
しかし、精鋭を大勢斬られている。
神谷ならやるだろう。
俺と妙の関係までつかんでいるとは意外だった。
さすが神谷、油断ならない。
「少し遠回りですが、北国街道を北上し
上尾宿にてお待ちください。三日以内には
必ず妙様は参りますとのこと」
十兵衛は松江に頭を下げた。
「もし、金子をお持ちなら、少し用立ててくれぬか。
街の古着屋で返り血を浴びた衣服を捨てた」
松江は笑った。
「私もさほど持ち合わせはあまりありませぬが、
五両ほどでしたら」
「それで十分だ」
一両小判五枚をさり気なく十兵衛に渡した。
「くれぐれもお気をつけて」
十兵衛は松江と別れ、急いで道を引き返した。
神谷が手段を選ばず、俺を消そうとしている。
当然だろう。
いつもと変わりない、
妙らしい頭の良い心遣いが嬉しかった。
一刻も早く川越街道を離れなければならない。