八 大手門武者溜まりの死闘
目付御用部屋から裏廊下を通り、お台所裏へ出る。
すでに神谷の一声で城内は厳戒態勢が敷かれている。
御作事番方の部屋が並ぶ前を抜け、
遠侍の間を過ぎる。
誰一人奥坊主とも侍とも出会わない。
城内は異様な静けさに包まれている。
十兵衛を見つけ次第斬れ!
断じて外へ出すでない!と言う神谷の厳命が出ているのだ。
御玄関横の通用口から外へ出る。
これから向かう大手門、冠木門の武者溜りが多分主戦場だ。
神谷は手練れの武士たちをここに集結させ、
十兵衛の出るのを一気に阻止しようとしている。
姑息な手を使って奥女中たちが使う吉橋門から
出るつもりは、十兵衛に毛頭なかった。
警護の武士たちの死人の山を築いても
大手門から出てやる。
最初からその覚悟だった。
大手門を出ると冠木門は硬く閉じられ
襷掛け袴の股立ちを取った
十数名の屈強な武士たちが十兵衛を待ち受けていた。
ここが自由へ出る戦いの場である。
十兵衛は無言で武士たちの正面へ向かって歩いた。
武士たちが散り、十兵衛を囲む態勢を取る。
見届け人の報告で十兵衛の手の内は、
すでに知られていると見た。
だが、父の遺言である後の先を変える
つもりはまったくない。
手向かってこないやつには刃を向けない。
武士たちは見事なまでに統率が取れていた。
立ちはだかる第一陣が一斉に抜刀した。
第二陣はその背後に構えを取って控えている。
まるで戦場の臨戦態勢だ。
十兵衛は躊躇することなく、
あくまで一直線に冠木門を目指した。
本間道場では竹刀ながら
門弟相手に二十人抜きをやっている。
父の教えを守れば真剣の十人相手でも
今の十兵衛は怯まない。
敵が攻めさえくれば勝てる。
後の先だ!こちらからは行かない。
先頭の二人が同時に斬り掛かって来た。
抜き打ちで一人を仕留め、
胴抜きで二人目も斬った。
それを合図のように乱戦になった。
左右前後から敵が斬りかかる。
止まってはならなかった。
前へ前へ移動しながら、
毛筋ほどの隙でも、斬れる相手は容赦無く斬った。
いつの間にか、第二陣を抜けていた。
素早く冠木門を背にする。
乱戦では思わぬ手傷を負う。
刀を構えて全身を意識したが、
傷を負っている気配はない。
左右から同時にいきなり来た。
右を斬り左を斬撃する。
正面から槍が繰り出された。
紙一重でかわし、相手の首へ一刀を放つ。
噴出する返り血をかわして移動する。
まだ十名近く残っている。
整然と間合いを詰めて来る。
こんな精鋭が、城のどこにいたのかと思う。
目付神谷の配下だ。
では、なぜこれらを上意討ち人に使わぬのか。
答えは明確、上意討ち人は捨て駒だからだ。
番方の精鋭こそが、
いざという時に表に立つ藩の切り札である。
この戦いは捨て駒上意討ち人対精鋭番方の
戦いなのだ。
そう気が付いて十兵衛は改めて、
取り囲む武士たちを見た。
なるほど、上級武士の者たちばかりだ。
なれば容赦は要らない!
遠慮無用で斬らせてもらう。
正眼につけた剣を斜めに上げ
誘いの隙を見せた。
鋭い気合いとともに、斬り手が殺到して来た。
柄を持つ両手の握りを密着し、
縦横に剣を振るった。
もう剣を合わせざるを得なかった。
鎬で相手の剣を弾き、一刀で倒して行く。
気が付いたら体中返り血を浴び、
冠木門を背に立っていた。
敵はすでに四名になっている。
何か合図があったのか、
突然、全員刀を引いた。
これ以上攻めたら、
皆殺しになるのがわかったのだ。
十兵衛は刀を手にしたまま、
左手で冠木門の閂を外して、外へ出た。
四人は追って来なかった。
次の襲撃は国境か!
十兵衛は古着屋を見つけて着物を着替えた。
ついでに台所で顔を洗わせてもらった。
返り血でとても町を歩ける状態ではなかった。
古着屋に有り金すべてを置き、
妙を追って十兵衛は川越を目指した。
もし、すでに居なければ信州上田へ向かうつもりだ。
どうしても、妙と祝言を挙げるのだ。