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上意討ち十兵衛  作者: 工藤 かずや
6/10

六 難敵、安右衛門

十兵衛は早朝の御蔵河土手を歩いていた。

安右衛門はもう戦いの地へ来ているだろうか。

上意討ちは普通、田所のように相手の籠る家へ

赴くのが普通である。


相手が蟄居閉門など、屋敷から

出られないのが多いからだ。

だが、安右衛門には御蔵河岸での

正式な立会いを申し込んで来た。


安右衛門は快くそれに応じた。

どこかの寺で卯の刻(午前六時)を知らせる

鐘がなっている。


しばらく進むと、約束の河岸が見えて来た。

すでに安右衛門が立っている。

十兵衛にとっては始めての真剣勝負である。


不思議な気がした。

何か用件でも話すように

伊右衛門は平然と立っている。


ここからでは殺伐とした

殺し合いの殺気などとても感じられない、

さすが妙の父だと十兵衛は思った。


これが斬り合いではなく

妙への祝言の申し込みなら

どれほどいいだろうと思った。


こちらには彼を殺したい私心など

微塵もない。むしろ親しみさえ感じる。

それが十兵衛には酷く悲しかった。


安右衛門の前に立って向かい合った。

十兵衛に柔和に笑って、

「妙が世話になっております」と

頭を下げた。


妙は自分のことを、

安右衛門に話していたのか。

「初めてお目にかかります」

と十兵衛も返した。


「では、役目を済ませてもらいましょうか」

そう言って彼は間合いを取った。

それだけで、十兵衛は彼の剣の技量を知った。


出来る!すぐにわかった。

なまなかで倒せる相手ではない。

二人は二間半の間合いで同時に

刀を抜いた。


十兵衛の頭には、

父の教え、後の先しかなかった。

剣尖が触れ合うが、両者とも仕掛けて行かない。


十兵衛は落ち着いていた。

いつもの道場と同じように頭が

冴え渡っていた。


父と角蔵を斬った手応えが、

彼をそうさせていた。

十兵衛は正眼から、刀を上段に挙げた。


その一瞬に見せた隙を

安右衛門は見逃さなかった。

鋭い刀身が、眉間へ真一文字に降って来た。


速い!

鎬で外して突きを入れた。

ギン!と二人の刀身が鳴った。


そのまま十兵衛は安右衛門の喉元へ

突きを入れる。

一歩退がって苦もなくそれを外す安右衛門。


道場の四天王三人相手の勝負では、

全てこれで勝負が決まった。

安右衛門には通じないらしい。


正眼に構えて、新たな体勢をとる二人。

後の先の狙いは、次の瞬間に訪れた。

正眼から脇、さらにそれを上段へ

移しながら安右衛門は巧妙に攻めて来た。


十兵衛は刀を斜め正眼にして、

敢えて隙を見せた。

安右衛門の刀身が唸りを上げて落ちて来た。


待っていた瞬間だった。

十兵衛の体が沈んだ。

それも剣も両手も地に着くほど低く。


安右衛門は刀を振り下ろしながら

目標を見失った。

上段から地面までは距離がありすぎた。


下から十兵衛の剣が振り上げられた。

安右衛門の剣より早く逆袈裟で

その胴を斬り上げてた。


安右衛門の剣は空を切った。

さらに体を入れ替え、

十兵衛は背後から深々とその胴を抜いた。


十兵衛に背を向けて安右衛門は、

暫く立っていたが、やがて崩れた!

絵に描いたような、見事な後の先であった。


「お見事です」

声に振り向くと妙が立っていた。

「妙殿、どうしてここに!」


「川越で御上意討ちの時が迫るのに

いたたまれず、引き返して参りました」

妙は腰に脇差を帯びていた。


やいた。

「まさか、討っ手が貴方様だとは!」

「仇討ちをされるか」


妙は悲し気に首を振った。

「いいえ、貴方は私怨でなくお役目で父を討たれた」

十兵衛は妙を見つめた。


昨日会った時は、

たとえ理不尽でも仇討ちすると言っていたはずだ。

「お城へお戻りください。私は父と名残りを


惜しんで参ります」

言葉がなかった。

刀の血を懐紙でぬぐい納刀した。


「すまぬ!」妙に一礼してその場を離れた。

暫く歩いて振り向くと、

十兵衛があの夜、父にしていたと同じように

妙は安右衛門の遺体を抱きしめていた。







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