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上意討ち十兵衛  作者: 工藤 かずや
5/10

五 第二の上意討ちの相手

十兵衛が屋敷へ戻ると、

旅支度の妙が侍女の松江を

伴って玄関前で待っていた。


「どうしたんです、その格好は」

十兵衛は思わず声をかけた。

「これから私は松江と

川越の宿へ参ります」


「何があったのです」

「お城から追っ手がかかりますりので、

今夜は川越に泊まり

明日早朝、信州上田の親戚へ向かいます」


妙も松江も怯えたように道を見る。

これはただ事ではない。

「事情を話しなさい。父上はどうしたのです」


「父は明日、上意討ちされます」

十兵衛はどきり!とした。

自分に命じられた上意討ちの相手は

妙の!ではないのか。


「事情を聞きたい」

門の近くで松江が道の様子を見ている。

時間がないのだ。


「どうしても聞きたい」

十兵衛は迫った。

「申し上げます。これは本当は

貴方様のお耳へ入れたくないことでした」


田所の上意討ちが終わったら

二人で祝言を挙げようと言った

妙の言葉と関係があるのか」


「早く申せ!」

城の追っ手が来るなら

急がねばならない。


思い切ったように妙は言った。

「私を奥女中見習いにお城へ上げるよう

殿からお言葉がありました」


「奥女中なら良いではないか」

妙は十兵衛を見た。

「その言葉の裏には殿の側室となるよう

含みの意味があったのです」


殿の側室!十兵衛は愕然とした。

すでに御正室がいて、殿には

三人のお子までいる。


「父は当然、お断りいたしました。

何度も何度も、お城から使いが参りました」

十兵衛はため息をついた。


それは父親の安右衛門殿も苦しかったてあろう。

「で、ついに甘利安右衛門、不届き者である!

と言う殿の喚起にに触れ、上意討ちの命令が」


理不尽だった!十兵衛に怒りが湧いてきた。

その理不尽な上意討ちをするのは、自分である。

娘を殿の側室に、とはよく聞く話である。


ほとんどの親は喜んで娘を差し出す。

運が良ければ、次期の殿の母親になれるのだ。

「分かった!すぐに川越へ向かわれよ」


妙が小声で十兵衛に言った。

「二人で祝言を挙げる話は、必ずいたしまする」

これを言いたくて、妙は敢えて危険を冒して

ここへ十兵衛に会いにきたのだ。


「川越は遠い。道は分かっているのか」

「椎名町に案内人が待っておりまする」

妙は頭を下げた。


「次にお会いするまでお変わりなく」

それがいつ、どこでなのか保証はない。

慌ただしく松江を伴って妙は出て入った。


安右衛門の上意討ちの相手が俺だとは

とうとう言い出せなかった。

この上、妙に辛い思いをさせるに忍びなかったのだ。


屋敷には誰もいなかった。

母も妹も父に言われて親戚へ行ったのだ。

三人いる使用人も、誰一人いなかった。


どうして次から次へと

自分には災難が降りかかるのか。

すべては剣の腕が立つと言う

道場での評判から始まった。


上意討ちが禍々しかった!

あれさえなければ、父と角蔵も死なず

妙の父と切り合わずに済んだ。


しかし、十兵衛はこの道を行くよりなかった。

そのために、父と角蔵は命を捨てたのだから。

明日の朝、安右衛門を斬ろうと心に決めた。


あまり安右衛門の剣の腕の評判は聞かない。

だが、御城代が上意討ち人を出すくらいだ。

かなりのものと思って間違いない。


さっきの別れが、妙との一生の別れとなった。

次に会う時、十兵衛は彼女の仇である。

気の強い妙は、安右衛門に仕込まれた

小太刀で挑んで来るだろう。


辛かった!

なぜ、妙と殺し合わねばならぬのか!

無人の屋敷は寒々として、虚しかった。


飯も自分で用意しなければならない。

どうして良いのか、十兵衛には見当もつかなかった。

今更のように、下僕の角蔵の存在がありがたかった。


明日は早朝に御蔵河原へ行かねばならない。

以前の十兵衛なら、安右衛門を逃しても、

斬ろうとは思わなかっただろう。


しかし、今の彼には父と角蔵の死という

負い目がある。

二人の死を無下にはできない!


何としても!






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