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上意討ち十兵衛  作者: 工藤 かずや
4/10

四 山小屋の斬撃

静かだった。

開けた戸板の窓から

青白い月明かりが入って来る。


山の静寂が十兵衛の心を洗ってくれた。

屋敷の部屋も静かだったが

やはり家人の気配がある。


たまに猪や猿が小屋近くへ来るようだが

その足音さえも静かさを際立たせる。

二十六年の人生も明日で終わる。


長いようで短い一生だった。

夢はあった。

愛もあった。


だが、全ては捨てて死に臨む。

立ち上がって戸板の窓を閉めた。

小屋の中が闇の世界になった。


左脇に大刀と脇差が置いてある。

切腹せず二度目の上意討ちを選んだのは

逃げる人生で終わるのが嫌だったからだ。


人目や噂などどうでも良い。

自分に納得できる最後を迎えたいだけだ。

自分が討ち取られるのが

果たしてそれなのかは分からない。


与えられた二者の選択肢では

これしかなかった。

のたうちまわる死ではなく

今は一刀の元に命を絶ってくれること。

それを願うばかりだった。


昼間の疲れで眠気が襲ってきた。

静寂と闇の中で安らかな眠りに就いた。

が、ものの一刻もしないうちに

入り口の板戸を破る凄まじい音に目覚めた。


倒れた板戸を踏み越えて

月明かりを背に二人の乱入者が

小屋へ飛び込んで来るのがわかった。


二人とも闇夜に光る刀を手にしている。

目が開くと同時に十兵衛の体は

異変を考える間も無く自然に動いた。


左手の男が小屋に置かれた農具を踏み越え、

十兵衛に襲いかかって来た。

左脇の大刀を抜いて抜き打ちで切り上げた。


重い手応えがあった。

考える間を与えず左の敵が襲いかかる。

半身を浮かし、上げた刀を振り下ろす。


これも斬撃の手応えがあった。

血刀を中断に構え、

敵のさらなる攻撃に備えた。


動きはなかった。

静まり返った闇の中に二人の男が

倒れていた。


何者なのか!

十兵衛は窓の戸板を開けた。

小屋の中が月明かりで照らされる。


斃れている男たちの正体が分かった。

なんと、父と・・・角蔵だった!

十兵衛は瀕死の父を抱き起こした。


「なぜ、なぜこのようなことを!!」

父の耳元で、十兵衛は血を吐くように叫んだ。

何事か父が口を動かした。


耳を当てる。

「後の・・・先、見事で・・・あった!」

脇に倒れている男は、角蔵だった。


いつもの杖を手にしてた。

俺はあの杖手練の角蔵を、一撃で斃したのか!」

信じられなかった。


それ以上に自らの死をもって

十兵衛に斬撃を開眼させてくれた

二人の心根がたまらなかった!


確かに不審者乱入と知った時

体が自然と動いた。

鋭い父の斬り込みを後の先で対応した。


角蔵に対してもそうだ。

血まみれの父の体を搔き抱いた。

堰を切ったように号泣した。


父の体を抱き、右手を角蔵の遺体に置いた。

そして、そのまま夜明けまで動かなかった。

頭で考える愚かな剣術をしていた自分に

二人は身をもって剣のあり方を示してくれた。


後の先、それはまさに先日の田所の

剣の使い方そのものであった。

「二度と同じ過ちはせんぞ!」


十兵衛は父と角蔵の物言わぬ遺体に誓った。

二人の死は決して無駄にはしない!

朝、十兵衛は二人の遺体を小屋の中に並べて寝かせ

戸を閉めて火を放った。


これがいま十兵衛にできる

二人への最大の見送り方である。

メラメラと紅蓮の炎が小屋を包む。


それに向かって十兵衛は

両手を合わせて瞑目した。

己の愚のために、二人は命を落とした。


これに応えるために、

俺は一生人を斬り続ける!

それが二人から自分が与えた命題だと悟った。


午過ぎ、十兵衛は山を降りた。




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