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4 思い出してしまった弊害

次の日には晴れて外出(とは言っても屋敷内だが)ができることを知ったミモザは、機嫌良く自室でお茶を飲みながら、6枚目のハンカチの刺繍をしていた。

その上達ぶりは見事なもので、こちらの世界の鳳凰のような生き物が刺繍されている。

我ながら、上手いけど全然可愛くないわね…… ジルにでもあげるか…… と思いながら最後の仕上げをしていると、


「さすがお嬢様、お上手ですわ」


とシルビアが褒めてくれた。


「ありがとう、シルビア。 でも全然可愛くないから誰かにあげようと思っているの。 ところで、話は変わるけど、最近とっても乾燥してない? とくに唇が荒れるのだけれど……」


「今は乾季ですからね。 お茶も飲み終わったようですし、口紅を塗り直しましょうか?」


「大丈夫よ。 それに口紅を塗り直してもすぐまた乾燥するじゃない」


そう答えたミモザに、シルビアは「そうですね」といって茶器を下げてくれた。


そうなのだ。最近のミモザの目下の悩みは唇の乾燥なのである。

この国は雨季と乾季がある。乾季はカラッとしていて気持ちはいいのだが、空気の乾燥は結構厳しい。


この世界にも肌に塗るクリームのようなものはある。

日本で言う馬油のような動物性の油から精製されるもので、口に入ってしまっても問題ないのだが味に強い苦味があり、唇に塗るのには向いていないのだ。


そのような背景から、この世界の口紅は日本で言う口紅とはちょっと違う。

ただの色水のようなものなのだ。

この色水は唇の上での色持ちという意味では結構優れもので、マットな質感のため、食事をしてもなかなか落ちにくいのだ。

ただし油分が全く入っていないので、乾燥という意味では最悪なのである。

前世のことを思い出す前のミモザはこれが当たり前だと思っていた。

ただ、思い出してしまったからには欲さずにはいられない。


「あー、 リップが欲しいわー! 無いなんて考えられない! なんか日本にいる頃に綺麗な女優さんが、女の子は指先と唇はうるうるさせてなければいけないって言ってたし! これは思い出してしまったがための弊害ね!」


思わず、叫んでしまったミモザの声に、病気の後遺症で混乱しているのではないかと勘違いしたシルビアが部屋に慌てて戻ってきて


「お嬢様、大丈夫ですか! 今すぐ医師を呼びます!」


と言って医師を呼びに行こうとするのを止めるのはなかなか大変だった。


シルビアをやっとの思いで安心させた後、ミモザはシルビアに口紅に油分を含んだものを流通させてどうにか唇の乾燥を防ぎたいのだ、という旨を説明した。


「口紅に油分を……考えたこともありませんでしたね……。 しかし、肌に塗るクリームでは苦くて使い物になりませんし……」


「そうよね……。 素材については明日文献を探してみるわ。 できれば王都の図書館で調べたいわね。 植物性の油分を使ってできないかしらと思っているのだけれど……。 量産できそうかどうかは素材を見つけた後、ネモフィラ商会の商品開発室に相談すればいいわね。 あそこは変わった研究者も多いけれどお父様のお眼鏡にかなう人材しか置いていないものね」


商品の開発に必要なのは人・物・金か……。などと日本で学んだ薄っすらとした知識を思い出す。

人材・生産ラインは正直、ネモフィラ商会をあてにしている。お金についても開発コストについては、父親頼みの予定だ。ミモザのことを猫可愛がりしている父は喜んで手伝ってくれるに違いない。

まあ、せっかく公爵家の人間に生まれたのだ。持てるものは使うに限る。

それに性格の良いミモザは今まであまり我がままなお願いを家族にしたことがない。

逆に喜ばれさえするような気もする。


「まあ、軌道に乗ったら何倍にもして返してあげますからね……へっへっへ」


とギャンブラーのような事を呟きながらミモザがにやにやしていると、見たこともないミモザの表情にシルビアがやはり病気が回復していないのでは無いかと心配そうに見ながら


「しかし、口に含む可能性の高いものですから、いくら公爵家御用達の印を付けたとしても警戒してしまって流通が難しいのではないでしょうか」


と言った。


「確かに…」


やはり安全性に問題がないことを誰かが広告塔となってアピールしなければ信頼に値しない。


日本で生きていたころはネットで商品を買う時は可愛いインスタグラマーの投稿とかレビューとかを参考にしてたっけ。

問題はSNSもないこの世界でどうやって流行らせるかなのだけど……

この世界には写真もないしなー。と考えていた所で、ん?とミモザは思った。

写真はないけど、領民の間で今流行っているアレがあるじゃない!と。


「シルビア! 良いことを思い付いたわ! パソルカードを使うのよ!」


ミモザは目をキラキラさせながら叫んだ。


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