9話ヴォルペ
「うわー、マッハ10ってこんなに速いんですね……人間離れしすぎじゃないですか?」
「引いたかのぅ?まっ、その動きを目で追っておったお主も大概じゃがの」
「まぁ、俺ももう人間じゃないですからね」
「カッカッカ、そうじゃのぅ」
鬼姫が階段を上がりレミのほうに向かい、白蛇もその後を追う。
「ありゃりゃー……完全敗北って感じだにゃー……ニャハハ」
「どうする?殺すかの?」
殺すと言う単語を聞きレミは耳を立てて驚き青ざめて怯える。
「なにもそんな物騒な。怪我してないんだし、殺さなくでも良いじゃないですか」
白蛇は少し呆れた顔で返す。
レミは耳をペタンと倒し、頭を下げる。
「どうか殺さにゃいで下さい」
「そうじゃのう……殺す殺さないはあとにしようかの。どうせヴォルペのところの殺し屋じゃろ?」
「やっぱり知ってたのかにゃ?」
「やはりのぅ」
少し呆れすら通り越して懐かしさすらも感じる。
「ちょっと待ってください。そのヴォルペって誰なんですか?」
白蛇はその初めて聞く名前を鬼姫に訪ねる。
「そうか。すまんの、お主は知らんのか。そうじゃのう……あやつは–––––」
話によると母が九尾で父が凄腕剣士の獣人で、反乱軍のリーダーをしているらしい。戦闘力は鬼姫との相性も悪く総合するとほぼ互角らしい。
(鬼姫と互角って……化物ですね。)
「詳しいですね」
「まぁ、反乱軍で一緒におったからのぅ」
「へぇ、鬼姫も反乱軍に入ってたんですね」
「もう随分と昔の話じゃがのぅ」
話しながらおもむろにゲートから白蛇の浴衣を取り出す。
濃い緑の浴衣で、近所で行われる夏祭りに際に白蛇がよく着ていたものだ。
「なんですか?」
「お主、裸で外に出る気かの?」
白蛇が自分の体に目をやると、少し前まで着ていた学校の制服がほとんどなくなってしまていた。
恐らくレミの戦闘中に受けた『フルバースト』に焼かれてしまったのだろう。
「それもうちょっと早く言ってほしかったですよ!」
「なぁに、誰も気にせん」
「俺が気にしますよ!ちょっと下の階で着替えて来ます」
白蛇は落ちるように階段を駆け下りていった。
鬼姫は白蛇の姿が見えなくなると、レミの方に向き直る。
「で、レミと言ったかの」
鬼姫は冷ややかな声で話し始める。
「まだ逃げようとしとるようじゃのぅ。とりあえずその袖に仕込んどる閃光手榴弾を出さんか」
「にゃんで分かるんだにゃー」
残念そうに黒い塊を落とし、かちゃんと言う音が響いた。
「それから持っとる武器全部出すんじゃな」
「えー、全部効かにゃいじゃん」
「妾には効かんが、白蛇は別じゃろ?」
渋々とレミは武器を床に落としていく。
つい先ほどまで乱射していた黒いハンドガンつづけて刃渡り10cm強のサバイバルナイフ2本、そして最後に数個ほどの赤く透き通った召喚石を手放す。
「腰の後ろに隠しとる鉄砲と靴の裏にしまっとるナイフ2本も出さんか、あんまり調子に乗っとると、妾にも考えがあるぞ」
「ごめんにゃー、そんにゃにおこんにゃくても良いじゃん」
手の平に収まる程度の小さなハンドガンと靴の裏から投げナイフの様な小さなナイフを2本が床に落とされる。
「あと、魔法使ったら殺すからのぅ」
「そんにゃに怖い事ばっかり言ってるとモテないにゃー」
「うるさいのぅ。本当に怒るぞ」
両者の間に僅かばかりの冷たい沈黙が流れたが、その沈黙を急ぐような足音が破り、浴衣に着替え終えた白蛇が階段を上がってくる。
「仲良さそうですね」
「本当にそう見えるならお主は病気じゃよ」
「そこだけは同意できそうだにゃ」
白蛇は目線をレミの持っていた武器に向ける。
「うっわすっごいですね!日本じゃまずお目にかかれないですよ」
白蛇は目を輝かせ、まじまじと見る。
「そんにゃに興味があるにゃら触ってもいいにゃ。にゃんにゃら壊してもまた作れるしにゃー」
「本当ですか!ありがとうございます!!」
白蛇はウキウキとハンドガンを手に取る。
(色は黒ですね……形は米軍とかに採用されているp320に似ていますね……でもスライドがないのにレミが連射してたことを考えるとこの世界独自の技術ですかね)
一通り外観を眺めると、白蛇は銃口を覗き込む。
「お主、それ危なくないないかの?」
「暴発したら銃弾が脳を貫通して死にますけどますけど、この体ですから心配しなくても大丈夫ですよ」
「そうじゃがのぅ……」
銃口を覗き込むと白蛇は何かに気がついて顔を上げる
「……ライフリング!……ライフリングがないですよ。なのになんであんなに精密な射撃が出来たんですか?」
「ほー、これに気付くにゃんて、白蛇ってミリオタかにゃ?」
「いえ、僕はどちらかと言うと銃オタですかね。戦闘機とか戦車とかあんまり詳しくないですし」
早口で白蛇は答えた。
「銃オタはミリオタじゃにゃいのかにゃ?」
レミは少し呆れる。
「ミリオタを名乗るにはまだまだですよ……上には上がいますからね」
白蛇は遠い目をして外を眺める。
「それよりこれどうやって撃つんですか?」
「セーフティをあげてトリガーを引くだけで撃てるにゃー」
セーフティの位置は普通のハンドガンと変わらず右側面に付いている。
そのセーフティをカチリと親指で押し上げる。
右手の親指と人差し指の間に銃の中心線が通るように構え、左手を添える。
「うっわ、これ構えると魔力吸われるんですけど……大丈夫なんですか?」
「もしかして、魔法銃知らにゃいのかにゃ?」
「少し鬼姫から聞いた程度ですが、魔力を圧縮して撃ち出すんでしたっけ?」
「そうにゃ……レミ、メカニズムはあんまり知らにゃいけどにゃー」
ミリオタでもない限り銃のメカニズムなんて知らないだろう。
「ま、圧縮する時に自分の魔力が使われるんだにゃー」
「そうなんですか」
白蛇はレミの説明に納得しトリガーに指を乗せる。
「あとはトリガーを引けば良いんですよね?」
「そうにゃ」
白蛇はそのハンドガンタイプの魔法銃で壁を狙う。
どうせレミがあれだけ穴を開けたのだ、一つや二つ穴が増えたところで変わりはないだろう。
そんな適当な考えのもと、引き金を引く。
カチリ–––––––。
–––––––カチ、カチ。
………。
「あれ?弾が出ないですよ?これ壊れてるんじゃないですか?」
「あれれー、そんにゃはずはにゃいんだけどにゃー」
「お主の最大瞬間魔力消費量がとんでもなく少ないじゃろ?そのせいじゃないかの?」
白蛇はとの鬼姫との会話を思い出す。
「なんでしたっけ?確か魔法を展開する威力と時間に関係するんでしたっけ?」
白蛇が大体の概要を覚えていた事に鬼姫はほう、と感心し話を続ける。
「うむ、大体合っとるぞ。一応ここでおさらいしとくかのぅ、最大瞬間魔力量が高ければ高いほど多くの魔力を使う魔法を早く展開できるんじゃ」
つまり最大瞬間魔力量は蛇口みたいなものだろう、魔法を器と例えた時にその器を満タンにするための時間が蛇口の性能によって変わるのだろう。
「なるほど、じゃあ少し待てば撃てるようになるんですかね」
「恐らくの」
会話を聞いてレミがヒョコッと話に入ってくる。
「白蛇って実は魔法に向いてにゃかったりするのかにゃ?」
「はっきり言うと全く才能がないのぅ。魔力量がアホみたいに多いのが唯一の取り柄じゃな」
「俺ってやっぱり魔法が使えないんですね……」
白蛇は肩を落とす。
「まぁ。安心せい。魔法が使えなかろうが死ぬわけじゃなかろう?」
「まぁ……そうですけど……」
「それにそんなしょうもないことでお主を捨てたりせんよ」
白蛇は少し笑う。その笑い声がフロアに消えていった。
「ねえ、しんみりしてるとこ悪いんにゃけど、これからどうするんにゃ?」
「取り敢えずヴォルペのとこに帰るんじゃろ?妾も奴に言ってやりたい事がある。妾達もついて行くとするかのぅ」
「九尾の獣人の人ですね」
「そうじゃ、明るいやつじゃからお主ともすぐ仲良くなれると思うぞ」
そうして白蛇達は歩き出した。
◇
レミと白蛇達が戦った例のビルから徒歩30分。
の百人に聞いたら百人とも酒場と答えるであろう木造の建物の前に白蛇達は立っていた。
「……ここですか?」
「うむ、拠点を変えてなければここじゃな。まぁどうせあいつのことじゃ、めんどくそうて拠点なんぞ変えんじゃろ」
「よくわかったにゃー」
「まぁの」
「ねえ、こんなとこに突っ立ってないで中に入りません?」
「そうじゃったのぅ」
鬼姫がドアノブに手を伸ばす。
その扉は亜人などの大柄な人種でも入りやすいよう普通よりとても大きなものになっていて、ドアノブもそれに合わせて高い位置に付いていた。
「すみません、俺が開けますよ」
「おお。すまんのぅ。じゃが別に届くからの!まだこの高さなら届くからの!」
「はいはい、わかってますよ」
鬼姫を宥めつつ白蛇が扉を開ける。
中は暖みのある木造で、カウンターの他にいくつかテーブルがあり、剣を持った戦士風の男や、大きな杖を持った魔法使い風の女性、他にも爬虫類と人の混ざった亜人やレミのように猫耳をはやした人、多種多様な種族や職業の人が酒を飲んで談笑していた。
「なんかこういうところ初めて来ましたね。浴衣じゃなくてもっと周りに溶け込める服装をしてくればよかったですね、悪目立ちしますよ」
「服装なんぞ、気にするやつはおらん」
「そうにゃ、たまにだけどフルプレートでくる人だっているにゃ」
「そうですか。いろんな人がいるんですね」
そんな雑談をさて置いて、鬼姫はそそくさカウンターに向かう。
鬼姫に遅れてレミと白蛇も後を追う。
「マスターすまんがスピリタスよりもアルコール度数の高い酒はあるかの?」
「ほう、あなたが?」
「うむ、悪いかの?」
「いえ、こちらに。お連れさまもどうぞ」
そう言って鬼姫達はカウンターの奥に連れて行かれる。
カウンターの奥にはさっきの酒場とは雰囲気が違い冷たい石造りの階段がある。
その冷たい階段をマスターと鬼姫達が階段を降りていく。
「なんか薄暗いし肌寒いですね」
「そうじゃの。まぁワインの貯蔵庫じゃからな」
「そうなんですか。でもワインって常温がいいんじゃないですか?」
「それはちょっと違うにゃー。君は向こうの世界の日本って国から来たんだよにゃー?」
「はいそうですけど、なんで知ってるんですか?」
「まぁ、いろいろとにゃー。でワインの話に戻すにゃ。もともとワインってのわはにゃ、フランスで飲まれていたんだにゃ、フランスの平均気温は16度から18度くらいだったかにゃ?でもその知識が一人歩きしちゃってにゃ、日本でも常温にゃんて言われるようににゃったんだにゃー」
「詳しいんですね」
「まーにゃー」
レミのワイン知識を聞いていると大きな樽やワインボトルが沢山並んである石造りの部屋に着いた。
「すごい数ですね」
「まぁ昔からヴォルペはワインが好きだったからのぅ」
「そうなんですね」
ワイン蔵のさらに奥に進んでいき、ワインボトルが沢山置いてある棚の前で止まった。
するとマスターはおもむろにワインボトル一つを取り出す。
「どうぞ、こちらでございます。」
「すまんのぅ」
鬼姫が棚を手で押すと扉のように棚が開く。
中からは明るい光が漏れ出している。
隠し扉だ。
「凄いですね!なんかスパイ映画に出てきそうですよ!」
「まぁ似たようなもんじゃからの」
隠し扉を抜け中に入るとまるでドラマで見る社長室のようだった。
トルコ絨毯を思わせる赤い絨毯に大きな本棚、その本棚には装飾の施された分厚い本がぎっしり並んでいる。
部屋の奥には高級そうな机に革の椅子、机の上には本や書類が積み重なって山を作っている、そして椅子の上には金の毛並みに糸目の獣人のが座っていた。
「おお!鬼姫か!ひっさしぶりやな、300年ぶりぐらいか?」
刹那鬼姫は白蛇の視界から消え彼の首を刀で刎ねる。
跳ねられた首は血も流さずに赤いカーペットに落ちた。
「えぇ……、いきなり殺すんですか?」
白蛇がドン引きする。
「ほんま、いきなり殺すんはなしよなぁ」
首を刎ねられたはずの狐の獣人がいつの間にか白蛇の肩に手を置き白蛇に返事をする。
「うわぁぁあ!なんで!だってここに死体が!」
「したいやないわ!よう見てみぃ」
狐の獣人の死体と思っていたものが一瞬煙に包まれて消えた。
「えぇぇええ!」
「な?これはデコイっちゅう魔法や。んでそれを転身っちゅう魔法で入れ替えとんや、まぁ、普通のデコイとはまるで違うけどな」
腕や首、足などを切られたデコイを大量生産しながら解説する。
「てか自分なんでそんな怒っとんや、死ぬような刺客送っとらんやろ」
「うちの白蛇が死にかけたんじゃ。貴様にはここで死んでもらうことにしたんじゃ」
「別にその青年死んどらんやんけ!」
「そういう問題じゃないじゃろ」
「いや、すまんて、お前しかおらんと思っとったんや!」
「嘘をつくでない。知ってたじゃろ」
「いやすまんて。てかおいお前ら、見とらんと止めるなり助けるなりしろや!」
「無理だにゃー、自分の身から出た錆にゃ、安心するにゃ、骨は拾ってやるにゃー」
「そうですね、俺も殺されそうになりましたからね」
「なんでやー、白蛇くんはともかくレミ、お前は助けろやぁあああ!」
叫びながら逃げ回る狐の獣人とその獣人を追いかける鬼姫、微笑ましい光景だが油断すれば狐の獣人の首が飛ぶ殺伐としたものだ。
「ちょろちょろ逃げ回り追って……もうこれで逃げ回れんじゃろ」
鬼姫が足払いで狐の獣人を倒し壁に追い詰め刃が赤く輝く日本刀を首に当てる。
「ヒェ……なぁ、もうやめにしんか?これはオレが悪かったからさ……金か?金ならこの際いくらでも出すわ!……おい!やめろ無言で刃物首に当てんな!危ないやろ!……よっしゃわかった、アレ出すわ、これで手ぇうってくれんか?」
狐の獣人が全力の命乞いを始める。
「ねぇ、鬼姫……なんだかかわいそうじゃないですか?俺は死んだわけじゃないですしいいですよ」
「そうじゃのぅ、白蛇に免じてこのくらいにしてやるかのぅ」
鬼姫はやれやれと刀を納める。
「すまんな、白蛇くんやっけ?」
「はい、白蛇悠介14歳です、よろしくお願いします」
「おう、俺はヴォルペ年齢は……忘れたけど500年は生きてるはずや、よろしく」
「543歳じゃ。年齢ぐらいちゃんと覚えとくんじゃな」
その気の遠くなるほどの寿命に長さに白蛇は驚く。
「すごいですね!鬼姫以外で110歳超えてる人初めて見ましたよ!」
「そうにゃのかにゃ?ちなみにレミは214歳だにゃー」
衝撃の告白。白蛇は中学生ぐらいと予想していたがその数十倍の年齢だった。
「ええ!年上なんですか!獣人って長生きなんですね!」
「そうでもにゃいよ、レミは又猫の獣人だからにゃー。基本寿命ではしにゃにゃいにゃ」
「ほう、お主又猫じゃったか」
「そうにゃー」
レミは先の割れた尻尾を振るって又猫をアピールする。
「そうなんですか!、ヴォルペさんは九尾でしたっけ?」
「そうや、よう知っとるな」
「いえ、鬼姫から聞きました」
「ほーん、まぁ鬼姫とは付き合い長いからなぁ」
とヴォルペは昔のことを思い出す。
「風呂覗こうとして殺されかけたり、ちょっといたずらしただけやのに殺されかけたり、ちょっと白蛇にいたずらしただけやのに殺されかけたり、ほんま自分俺のことどんなけ殺すつもりやねん」
「いや、いたずらじゃなくて殺意マシマシでしたよね」
「んなことないがな。現にまだ死んで無いやろ?」
「鬼姫がいなかったら死んでましたけどね」
鬼姫が雑談に飽きてきたのか、ヴォルペの部屋を物色して回る。
「のぅ、ヴォルペそろそろ飯にせんか?程よい頃合いじゃろ?」
「せやなぁ、結構いい時間やしちょっと早い晩飯にするか」