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第9話 騒乱の大食堂

 授業はつつがなく進行した。

 私にとっての2度目の授業。

 したがって授業は退屈なものになった。


「アリーナさん。この問題を解けますか?」


 ダニーは黒板に書いた数式をさして、私を指名した。

 相変わらずの笑顔だが、こういう時の微笑は普段と少し違う。好きな子に悪戯をするような、ちょっと悪い笑顔だ。


 ダニーはこちらの頭の出来を試してる。

 相手を試すのはダニーの悪い癖だ。


 私は1回目でこの問題を間違えている。

 その時の嬉しそうな顔を見てからダニーにはまったくときめかなくなった。

 アランもダニーも私から言わせれば子供なのよね……。

 ごめんね、ダニー。今回は──あなたの期待に応えてあげられないの。


「──です」

「……正解。すばらしい!」


 私が少し悩んだふりをしてから答えると、ダニーや他の生徒たちから感嘆の声が上がる。どこかお芝居を見ているようで気恥ずかしくなる。私は窓の外に視線を移した。


 窓の枠の中には青空と小さな世界樹が描かれている。屋外で授業をしているクラスもあるのだろうか、生徒達の運動する声も微かに鼓膜を揺らした。


 平和ね。もっと恐ろしい出来事が起きるのではないかと、戦々恐々していた。でも、蓋を開ければ平和そのものだった。変わらない生徒。変わらない授業。変わらない日常──。


 そういえば、1度目の軌跡を辿れば同じ結果にたどり着くのだろうか?


 普通に考えれば答えはイエスよね。でももしかしたら、今回はさらにうまくやることもできるのかな……? 知っていたら、もっと上手に出来たことはいくらでもある。この世界に宝くじや競馬はないのがとても残念だけど、些細なトラブルは山のようにある。


 そうね。さらなる上を目指してこそ、私よね。


 私はダニーの授業を聞き流しながら、そんなことを考えていた。


 ……後から思えばもう、この時は既に色々と手遅れだったのだ。些細なボタンのかけ違いが、大きな違いへと広がっていくことを、まるでイメージできていなかった。私は油断していたのだ。



 私は大食堂で食事を頂くと、テラスで優雅にお茶を楽しんでいた。


 ミシェルは隣にはいない。

 気がついたらミシェルは教室にはいなかった。

 授業が終わったらすぐにミシェルを昼食に誘う予定だったのだが、ダニーの授業が終わると他の生徒たちが私に話しかけてきたのだ。


「アリーナ様は頭がいいんですね」

「すごいですわ」


 あの問題はダニーの意地悪問題だから、解けなくて当然なんだけど……、つまりは他の生徒たちのほとんどはわからなかったはずだ。それが関心を呼んだらしい。


「それほどでもありませんわ」


 などと私は微笑を浮かべながら、適当に応対した。

 昼食にも誘われたが丁重にお断りした。


 そうして私は昼に一人で優雅にティータイムというわけだ。


 ……お日様が暖かいわね。寝ちゃいそう。


 そんなことを考えていた時だった。大食堂の方から喧騒が聞こえる。頭を少し動かして、大食堂の中を覗き見る。どうやら誰かが喧嘩でもしているらしい。殺伐としてるわね。私みたいに優雅に時を過ごせないのかしら……。


 再び瞼を閉じて日光浴を楽しもうとしたが、ふと、妙な胸騒ぎがしたので、念のためもう一度大食堂の方に視線を送った。目を凝らして騒動の中心を見つめる。そこにいるのは……ミシェル?


 私は立ち上がると、座っていた椅子が勢いよく後ろに倒れた。



「少しばかり魔力が優れてるからって調子に乗るんじゃないわよ!」

「……そんな。調子になんか」

「うるさい、この田舎娘! 場違いなのよ! 王族も通う由緒正しい魔法学園から立ち去りなさい!」


 そういうと、女性とはコップに入った水をミシェルに浴びせた。熱湯やジュースではないが、その行為に私の沸点は簡単に突破している。


「ちょっと……どいて! どきなさいっ!」


 大食堂には大勢の生徒が集まっている。その生徒たちが邪魔で思うように前に進めない。私は人ゴミをかき分けて、ミシェルのもとに駆けつけようとした。ミシェル、待ってて──!


「その由緒正しき魔法学園を汚しているのは──誰かな?」


 その時、ミシェルを庇うように姿を現した男子生徒がいた。──アランだ。


「大丈夫?」

「……あ、はい。ただの水なので」

「これ使って」


 そういうとアランはハンカチを取り出して、ミシェルの髪を拭いてあげた。優しく丁寧に。まるで高価な調度品を扱うように。


「あ、ありがとうございます」


 少し俯きながら照れたようにお礼を述べるミシェル。

 アランは微笑で返答すると、立ち上がって女生徒を睨みつけた。


 温和な彼が人を睨むのはとても珍しいことだ。

 彼は自分の力──王族としての権威を自覚しているからこそ、周りが不用意に緊張しないように細心の注意を払っている。だからいつもニコニコしているのだ。……まあ半分は天然だからだけど。


 そんなアランに睨まれた彼女は、顔を真っ青に染めていた。当然だ。仮に彼女が公爵家の娘だとしても、第3皇子に敵対してこの国で生きていくことはできないのだから。


「ち、違うんです……わ、私……」

「何が違うのかわからないが他人を虐げるのはやめるんだ。新しい環境で戸惑うこともあるだろう。でも、学友を傷つけるような真似はしちゃいけないよ」

「……あ……あっ……」


 アランは彼女に諭すように話しかける。ぐう正論。


 あれ? このセリフ……どこかで聞いた覚えがある。戻される前の4月? 違う──もっと前、そうだ。ゲームの中でアランが大食堂で話してたセリフだ。


 悪徳令嬢アリーナの嫌がらせにミシェルが困っていると、そこにアランが介入して助け舟を出す。そのあとアリーナはその場を立ち去るが、確かこのあと──。


「う、うう……ああああっ! どきなさい!」

「あ! 待って!」


 アランに諭されたことで追い詰められたのか、錯乱した様子で女性とは大食堂の入口へと走り去っていった。残されたミシェルはただ呆然と事態を見守っている。


「……」

「今度また何かあったら、すぐに僕を呼んで。僕が君を……守るから」

「はい……ありがとうございます。アラン様……」


 ミシェルは顔を上げると小さく頷いた。

 その頬はほのかに紅潮して、瞳は潤んでいる。


 カチッ、と音が聞こえた気がした。実際にはそんな音は鳴っていない。だけど間違いなく、アランのフラグがたった。それは間違いない。


 これはミシェルとアランに発生するイベントだ。このイベントに端を発して二人は仲が進展していく。


 アランがミシェルに手を伸ばすと、ミシェルは照れ臭そうにそれに捕まった。先ほど教室で見た様子よりも明らかに親密になっている。私は──。


 ──ドンッ!!


 と隣にあったテーブルを叩いた。油断していた──? いえ、これはそういう問題なの? 私がミシェルに妨害をしなければ、アラン達とフラグは立たないのではなかったのか? わからない……何をどこでどう間違えたのか──。


 私は、アランとミシェルのつないだ指先を……殺意を込めてただ眺めることしかできずにいた。



「ハアッ──! ハアッ! ハアッ」


 大食堂にいた女性とは走っていた。

 彼女は気がつくと大聖堂のすぐそばにまで来ていた。


「ハアッ!……ハアッ……」


 息を整えるように深呼吸する。

 彼女は倒れる体を支えてもらうように、背中から木にもたれかかった。

 それから瞳孔が完全に開かれた瞳で、震える両手を見つめる。

 

「わ、私……私……ッ!?」


 完全にパニックを起こしている。

 アランが登場したことで彼女の精神は完全に追い詰められていた。

 制服の胸元を強く握りしめると、蹲った。


 そんな彼女の上空を一羽の鳥がくるくると旋回していた。

 まるでここに巣があるかのように、何かあることを誰かに知らせるように。


「私は……一体何を……?」

「──私も聞きたいわね。どういうつもりかしら?」


 彼女の表情が驚きに染まる。その視線の先には──肩で息をするアリーナと、その後ろで仕えるように控えるミオの姿だった。


「あなたには──お仕置きが必要みたいね」


面白い。先が気になる。と少しでも思ったそこのあなた。

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