第6話 寮の食堂と魔法
学生寮についた頃には日が暮れていた。
自室に戻ると私はベッドに寝転がった。
「疲れた……」
キュルル……とお腹が小さな悲鳴をあげた。
そういえば、朝から何も食べていない。
時計を見ると時刻は6時30分ごろ。
寮の食堂は7時までだ。
よし、食べに行こう。
私は制服から軽装に着替えると食堂に向かった。
食堂に入ると数名の生徒たちがまだ食事を摂っていた。
私と同じで少し遅れて戻ったのだろうか。
私は注文をしようと受付カウンターに向かった。
そこには──。
「……ミシェル?」
「えっ? あ、アリーナ」
ミシェルが立っていた。
「もしかしてまたメニューに悩んでいるの? また選んであげましょうか?」
私は片眉をあげるとくすりと笑った。
「ち、違うの! まあ、そうなんだけど……あ、でもアリーナがオススメしてくれたペペロンチーノ、すごく美味しかったから、そのお礼を言いたくて……!」
「どういたしまして」
よし! 好感度アップ!
計算してやったわけじゃないんだけどね。
「寮の食堂のオススメは、とり天うどんよ」
「ほんと!? あ、あの私、とり天うどんをお願いします!」
はいよー、と寮母さんの声が聞こえた。
本当にまだ食べてなかったのね。
待っていてくれたらしいけど、半分本当って感じかな。
「私も同じのを」
◇
窓際のテーブルに対面に私たちは座った。
温かいうどんの上に、とり天が3つ乗せてある。
だしの香りが空腹の私のお腹を刺激する。
「いただきます」
「いただきます!」
とり天の衣にうどんの出汁が染み込む。
とり天をひとつ口へ運ぶ。
サクッとした音。それと同時に広がる出汁の味。鳥の肉の旨味。
それらが渾然一体となって私の口の中に広がる。
「うまいっ!」
私は思わず絶叫していた。
「……すっごい美味しそうに食べるね」
ミシェルが私をじっと見ながら呟いた。
……しまった。空腹のあまり食に没頭してた。
こほんと咳払いして誤魔化す。
と、ミシェルも微笑を浮かべながら食べ始めた。
「ほんとだー! すごいおいしいっ」
「……でしょう」
「うん。アリーナのおすすめは間違いないね!」
まあ、すべてミシェル本人が美味しいと絶賛していた食べ物だから。
うどんを啜る。
「──生意気! ……この……!」
「……どっちが……!」
食堂の外が騒がしい。
数名の学生が口論していた。
「どうしたんだろ?」
「貴族と平民の言い争いとかじゃないの? くだらない」
私はもう一つのとり天に箸をつけた。
ミシェルはまだ、向こうの様子を気にしている。
「大丈夫。様々な領地から身分に分け隔てなく集められている学生寮なの。これくらいあって当然よ。いざこざがない方が不自然」
「なるほど……そういうものなのかな」
「ミシェルみたいに魔法の才を見込まれて田舎から来た人も多いと聞くわ。いちいち驚いてないで自分のことを気にしないと……」
「あれ? 私が田舎から来たの知ってるの?」
「……」
……いけない。
食事に夢中で何も考えずに話してた。
生徒間の不要な摩擦を避けるように、衣類などから貴族や平民を分けることはしていない。
だから、外見からは貴族や平民は区別できないようになっている。
「……ええ。私は侯爵家の令嬢だから、貴族はだいたい知ってるの。だから知らない人はほとんど一般市民よ」
「えっ、お嬢様なんだね! でも貴族って……結構いるよね」
「そうね」
「みんな覚えているの?」
「もちろん。社交界で知り合った人たちはみんな覚えてる」
じゃがいも、かぼちゃ、にんじん、ピーマン。色々いたわね。
「……でも口論の先の一線を超えたら、取り返しが付かないからそこだけ注意して」
「一線?」
「魔法の使用」
王族や公爵のご子息、ご息女まで通うこの魔法学園で生徒に対する魔法の攻撃は……脅しではなく死刑まである。高位の者が下位の者を攻撃する分には厳罰ですむが、逆は許されない。
「そのルールちゃんと理解してるのかな。あの人達」
「ミシェルは理解してたよね?」
「今知りました」
「……」
大聖堂で何を話してたのだろう、先生方は。
「ふざけないで! この田舎者が!」
口論をしていた片側の少女が叫んだ。
その少女の右手に魔法の光が宿る。
いけない──やる気だ。
口論の内容は知らないけど。
口ぶりからして彼女の方が高位かな。
とはいえ、相手に怪我でもさせたら即退学。
……まあ、別に私の知ったことじゃないか。
「止めないと!」
「え!?」
ミシェルが口論をしていた学生たちの間に割って入る。
彼女が魔法を蓄えたタイミングで──!
「えっ? 嘘!」
魔法を放った学生の口からこぼれ落ちた言葉。
彼女も事態を認識したのだろうが、すでに魔法は形になって彼女に襲いかかろうとしていた。
「ミシェル!」
私はミシェルを庇うように覆い被さった。
飛来したのは雷の鳥。
明らかに他者を攻撃する攻撃魔法。
無防備な状態で受ければ、最悪──死ぬ。
「──避けてっ!」
無茶を言う。あなたが放ったんでしょう。
それに私の覚悟は、ミシェルを庇うと決めた時に、すでに出来ている。
私は目を強く瞑った。
だが雷鳥が私の体を貫いた瞬間──、雷鳥は弾けて消えた。
「──えっ?」
今のは私の口から零れ落ちた驚嘆。
レジストされた──?
「大丈夫? ねえ!」
ミシェルが私の肩を掴んで激しく揺さぶる。
ご飯を食べた後に激しく揺らすのは勘弁してほしい。
「だ、大丈夫だから。あんま激しく揺らさないで……」
止めようと両腕を掴む。
そこで、私は左手首のブレスレットが──淡く発光していることに気がついた。
この光は──銀華祭で見た小さな世界樹の光に似ている。
もしかして、このブレスレットが私を守ってくれたの……?
「大丈夫ですか?」
他の生徒たちが集まってくる。
いけない。とりあえず解散しないと、騒ぎが大きくなってしまう。
雷鳥を放った少女も顔色が真っ青だ。
落ち着きを取り戻したことで事態の深刻さに気がついたのだろう。
「後で話があるわ」
「は、はい……」
「そっちの連中もね」
「え、そんな……だって……」
まだ何かゴネるつもり? 面倒臭い連中ね。
「私はフレイム侯爵令嬢のアリーナよ。あなたたちを訴えたら、王族でもない限り厳罰は免れないから、もちろん、その辺りのこと……わかってるわよね?」
ニヤリと私の口角が釣り上がる。
全員が顔を青ざめて、ガタガタと震えている。
ミシェルは背後にいるので、私の表情を伺うことはできない。
きっとすごく悪い顔をしているんだろうな、私。
まあ、そう言う性分だから別にいいけど。
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