第12話 緊急事態
校舎の一階にある医務室の前に来ている。
人目を避けていたら少し遠回りになってしまった。
ノックしてから「失礼します」と扉を開いた。
「えっ?」
呆然としたミシェルの声。
そこにはエリアスに唇を奪われそうなミシェルの姿があった。
「どうした? また具合でも悪いのか?」
エリアスはミシェルの顔から手を離すと平然と言った。
「ち、違うのこれは……」
「……わかってるわ、ミシェル。エリアス先生、診察するときはもう少し距離を取るように」
「何を言っている? これは」
「イケメンだからなんでも許されると思わないことよっ!」
「……何を言ってるんだお前は」
真実を言ってるのよ! このセクハラ医!
私は溜息をつくと、
「それよりもこの子たちをベッドで休ませてあげたいのだけれど、使わせてもらって構わない?」
「構わないが事情は説明してもらうぞ」
「道端で寝てるところを拾ったのよ。疲れてるみたい」
「……こちらの女子は体を強く締め付けられた跡が残っているようだが……?」
エリアスはクラーラを診て言った。
「あまりプライベートな趣味を詮索するのは感心しないわね」
「なに?」
「名家のプレッシャーに耐えるため、いつしか歪んだ性癖が芽生えたとしても不思議じゃないでしょ? 大変なのよ、貴族の令嬢って。察してあげて」
「……そうか。そういうものか」
他に外傷がないことを確認したエリアスは二人をベッドに運ぶのを手伝ってくれた。ミオも診察してくれたが、この子は単に気絶しただけだから何も心配いらないだろう。心配があるとしたら、クラーラの方だ。色々な意味で。
ミシェルはクラーラの顔を真剣な面持ちで見つめている。
「ねえ、アリーナ? このクラーラって人……もしかして」
「食堂であなたに喧嘩を売った人よ」
「……!」
私は目を閉じると、アランの顔を思い浮かべた。
ふふふ。アランはハンカチと臭いセリフを吐くだけだったけれど、私は犯人を直接お仕置きしたのだから、当然私の方がポイントは高いわよね。このことを知ったら彼はどんな顔をするかしらね? 悔しがるかしら? それとも泣いちゃう? そう簡単にミシェルとの恋愛ルートに突入なんてさせるものですか! オーホッホッホッ!
「あ、アリーナが私のために、クラーラさんに何か……したの?」
困惑の表情を浮かべるミシェル。
……おや? 何か想定してた流れと違うかも。
◇
脳内会議のお時間です。
暗闇の中に円卓の机を囲うように、アリーナ・フレイムたちは座っていた。
一同神妙な面持ちを抱えていた。
『アリーナ・フレイムの皆様こんにちわ。今回お集まり頂いたのは他でもありません。この後の選択肢についてです』
『……アリーナさん、質問が』
『どうぞ、アリーナさん』
『事態は……もしかして予想以上に危険なのでは?』
『……最悪の事態を想定する必要があるからこそ、この会議が開かれました』
『最悪の事態とは?』
『4月に巻き戻されてから、私たちはミシェルと良好な関係を築いてきたつもりです。ですがミシェルからすると、なんだかんだ出会ってまだ2日なのです。彼女との信頼関係が強固なものとは……言い難いかもしれません』
『つまり、加害者をお仕置きしたことへの感謝よりも』
『この人怖い……、と思われる可能性があります!!』
『ひいぃ!!』
『この人重い……、と思われる可能性もあります!!』
『耐えられない!!』
『だから、今のうちに考えられる最悪に備えておくのですっ! 廃人化を免れるためにも!』
『そうなったらいっそ死んだほうがマシよ!』
『落ち着いてください。まだ何もそうなると決まったわけではありません。我々にできることはまだ残されています。それを考えるのです』
『……我々にできること?』
『クラーラは道端で拾ったことにするとか』
『……タイミング的に無理があるかと』
『ぜんぶミオがやりました』
『天才か……。いい案ね、メモしておきましょう。他には?』
『……あの』
『どうしました?』
『ぜんぶ素直に打ち明けて、ごめんなさいする……というのは?』
『それができたら……!』
『いえ、今の自己分析によると、真実を知ったミシェルに怖がられるのと重たがられるのを恐れているだけなんですよ。だからそこだけうまく調整すればいいんです』
『な、なるほど……確かに。さすが私』
『ありがとう私』
『では。できる限り柔らかく伝えましょう。きゅって締めたら気絶しちゃったの☆、という感じで。キャラがブレブレですが仕方ありません』
『賛成です』
『逃げきれない場合はミオで。それではそろそろ閉会とします──ご武運を』
◇
「──というわけで、ミオと追跡して……その、キュってしました……」
「……」
やばい。
ミシェルに事のあらましを柔らかく伝えようとしたけど、だめ、まったく口が回らない……キュッって言葉しかでなかった……。
ミシェルは黙って私の話を聞いていた。目は伏せたままで表情はよくわからないけれど、少し怒っているようにも見えた。やがて、ミシェルは静かに顔を上げると、私に近寄って──そっと抱きしめてくれた。
「……あんまり無茶しないで」
「ご、ごめんなさい」
ミシェルは私の肩に顔を埋めながらそう囁いた。よかった、許されたみたいだ。そりゃそうよね、何を心配してたのかしら。ふふふっ……死ぬかと思いましたわ。
そうだ……肝心なことを伝えてなかった。
「そういえば、クラーラがあなたに……」
「待って……」
私の言葉を遮ったのは、ベッドから上半身を起き上がらせたクラーラだった。
「大食堂では……ごめんなさい。ミシェルさん。あなたを侮辱したことを深くお詫びいたしますわ。本当にごめんなさい」
そういうと彼女は深く頭を下げた。
「そ、そんなっ! その……気にしないでください。むしろそう言って貰えるなんて全然思ってなくて……だから変かもしれませんが、私とても嬉しいです」
「許してくれるの?」
「もちろんです。よかったらお友達になってくれませんか?」
「ああ、こちらこそ。よろしく」
雨降って地固まる、というやつね。
でも、私はその美しい光景に違和感を覚えていた。
骨が折れそうなほど蛇で締め上げても謝罪を頑なに拒んだ彼女が、なぜこんなにも急に態度を軟化させたのだろうか。そういえば……彼女に左手で触れたとき、黒い影のようなものが出ていた気がする。あれが何か関係しているのだろうか……?
「また調べ物が増えたわね……」
思わず口から愚痴が溢れる。
そんな私達の様子を、エリアスは少し離れた場所から静かに見つめていた。
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