歌姫は歪に嗤う
こんにちは( *´꒳`* )
連載あるのに、連載そっちのけで考えついたこの話を書きたくて、書いちゃいました(∀`*ゞ)
残酷描写と近親相関を彷彿させる描写もあります!苦手な方は今すぐUターン!
大丈夫な方はそのままお進み下さい。
拙い文章ですが楽しんでいただけたら嬉しいです!
よろしくお願いします(*´˘`*)♡
この世界には、歌姫が数名いる。
人数は少なく、いつどこで生まれるか分からない。
王族、貴族、平民、奴隷、下民貧民関係なく、また血縁も関係なく生まれてくる。
歌姫が生まれたら、国が保護をする。
歌姫をそんなに嘱望するのは、歌姫が神の愛し子であり、特別支援特化型の祝福と結界が使えるからだ。
この国、アルテリマリア王国でも現在有名な歌姫がいる。
ふわっとした薄桃色の髪に同色の大きな瞳、細くて小柄なのに胸は大きく、マシュマロのような肌、愛され系の顔をしたアイルンベルク公爵家の令嬢だ。
今も可愛らしい声で歌い結界の貼り直しを行っている。
彼女は、両親に愛され慈悲深い令嬢として有名だ。
腹違いの姉に虐められていたが、全てを許し家族として迎え入れたのだから。
姉は、心優しい歌姫だと思われていたが、妹を虐める心汚い歌姫だったのだ。母親は、高名な歌姫で彼女が幼い時に儚く亡くなっている。その母親は、平民の出自で体が弱かったが、素晴らしい歌姫だった。しかし、その歌姫から産まれたはずの子供は、悲しいことに平民の卑しい血が色濃く出てしまい心卑しかった。その心卑しい歌姫は、神の罰を受けて声を失い、歌姫の称号を失った。
それに代わり、心優しい妹が新たに神に愛され歌姫として開花したのだ。
そして、心優しい歌姫により、この国は幸せになりましたとさ。めでたし、めでたし。
これが最近巷で有名な物語だそうだ。
ハッ!くそ笑えるな!
皆が大好きな優しい心の持ち主は、必ず幸せになる物語。クソ喰らえだ!そんなのは強者や勝者がメインのねじ曲がった都合のいい物語だ。
·····はぁ。確かに歌姫は有用だろうよ。
歌姫がいれば、神の祝福が約束され国を強化できる。だから、どこ国の王族も貴族も歌姫が生まれたら血縁にしようと金を積み、裏から手を回し、取り込む。血縁なんて意味がないのは分かっている。しかし、血縁になることで歌姫が都合のいい傀儡になるなら願ってもないのだろう。
まぁ、そんなことをしているなんて、一部の王侯貴族にしか知られていないみたいだけどな。
俺の母も平民生まれの歌姫で、知らないうちに外堀を全て埋められ、計画された未来だったなんて知らずに、あの男に運命だとか言われてその気になって結婚しちまった。
母は純粋すぎたんだ。
あの男に浮気されているなんて気づかずに、家の中に体良く閉じ込められて、歌姫の仕事の時だけ外に出される、あの男の傀儡だった·····まぁ、母は気づかないうちに死ねて幸せだったかもな。
でも、俺は、母が亡くなったことで····地獄へ落ちることになった。
母が亡くなった翌年には、伯爵家から継母と1つ年下の腹違いの妹が屋敷にやってきた。あの男の元々の婚約者だったそうだ。
その日から屋敷は変わっていった。
内装、装飾品、庭の造形など全て母がいた頃の面影など見つからないほどに変わってしまった。
継母は、俺を殺したいほど嫌いなようだが、貴族の令嬢として必死に顔の下にその気持ちを隠しているのがよく分かった。
腹違いの妹も下賎な血が入った俺が姉なのが気に入らないようだ。こちらは、継母より子供なのもあって顔にありありと憎しみなどが出ており、行動にも移してきた。俺の大切にしているものを次から次へと奪い壊してきたのだ。
父は、それが当然のことのように俺を庇うことはなく、継母と妹と一緒に蔑んだ目で俺を見て笑っていた。
母は平民でも父は公爵であり、俺自身は歌姫だ。王族から望まれ、強制的に王太子の婚約者にされた。
俺の意見など聞かれもしなかった。
あれか?平民の母の血が入っている俺の意見を聞く必要もないってことか?
本当に王族も貴族共も、自分達以外の人間を見下し切ってるな。お前らが使っている物、食べている物も全て、お前らが馬鹿にして見下している平民や奴隷などが作っているんだけどな。お前らが胡座を書いてバカ騒ぎできるのは、国民がいてこそだ。本来なら王侯貴族達は、それに見合った働きを国民に返さなければならない。なのにコイツらときたら、なんの対価も払わずに威張り腐り、国民を虐げることばかりしてやがる。
まぁ、国民共も自身の下であると思っている奴隷や亜人共に対して見下し虐げていることだし、どちらも救いようがないな。
アイツらが来て直ぐに俺の部屋が移動された。場所は1階の西の角部屋だ。日差しが入らない寂れた部屋だ。
近くには森があり、1番襲撃しやすいところだ。
使用人も必要最低限の業務にしか来ないので、人気はない。
俺には好都合だった。継母や腹違いの妹から差し向けられる刺客の相手をしつつ、計画を進めて行った。
俺には物心つく前に付けられた契約がある。
父が主人であり、逆らうことを許されない契約だ。
俺の右の足の付け根あたりに細い鎖型の刻印がぐるりと一回りしている。·····まるで鎖に繋がれた犬のようだ。
しかし、父は知らない。物心つく前に交わされた契約の内容を一字一句全て俺が覚えていることを。
契約書に血印を無理やり押させられた時は、意味のわからない模様の羅列だったが、文字を学んだことで意味を理解した。
この契約は、俺が16歳になるまでが期限だ。どうせ、俺を売る先···つまり王族に契約主を変えるために期限を設けたんだろう。アハハ!馬鹿なヤツ。
俺の契約について詳しくではないようだが、あの継母と妹も知っている。
俺にアイツらの言うことを聞くよう父に頼んでいたからな。
命令されれば、断ることは出来ない。
亡くなった母は気づいていなかった。あの男も母の前では俺に命令しなかった。だから、母の近くだけが俺の安息地帯だったのだ。
俺が15歳の時、妹が歌姫になりたいと駄々を捏ね始めた。
「あんな女より、私が歌姫の方がずっとずっと似合っているし素敵よ!パパ、私が歌姫の方が絶対この家のためになるわ!それに、あんな卑しい女が王太子の婚約者だなんてこの国が穢れるわ!私が歌姫になって王太子の婚約者になった方がこの国のためになるわ!私のような心優しく美しい者が表に立って、あんな女は後ろの影で私の為に働いた方があの女のためよ!そうでしょ?パパ、ママ」
可愛らしくあの男を上目遣いで見上げながら、あざとくお強請りをする姿のなんと滑稽なことか。
というか、俺の前で普通言うか?
あの継母も何さも当然のように頷いてんだ?
てか、あの男もか·····
おいおい。そんな熱視線こっちに送ってくんなよ。憎しみがメラメラしてて暑苦しいわ。
そんなことを考えているなどお首にもださず、あの男の命令である微笑みを絶やすことはない。
何時いかなる時もずっと微笑み続けろとのご命令は、母の亡くなった日にされた。
あの日から俺の顔はずっと微笑み続けている。
鏡を見ると自分ではないようで吐き気がするが、俺の表情は変わらない。いつしか鏡を見ないようになっていた。
「フィリア、命令だ《今後、声を出さず、カナリアが歌う時にカナリアに合わせて力を奮え》分かったな?」
「 」
声は出なかった。しょうがないのでカーテシーをして了承を示したが·····お気に召さなかったようだ。
いきなり立ち上がり近寄ってくると持っているステッキで腹を殴られた。
痛みで蹲ったが相手は容赦がない。片手で髪をつかみ顔を無理やり上げさせられる。
痛ってーなぁ。ホント、容赦ないからコイツら嫌いだ。一応、俺にもお前らの言う高貴の血とやらが入っているっつーのに、俺はゴミ扱いかよ。やってらんねー。早く16にならねーかな。
ずっと虐げられてきたが、卑屈になることなく育ったのは自身が1番驚いている。たぶん、母とこいつらのおかげだな。
「いいか?お前は私の慈悲で生かされているのだ。こんな豊かな生活が送れるのを感謝すればこそ、当たり前のように考えてはいけない。お前のような下民が生かしてもらえているのだから、高貴な我らのためにもっと誠心誠意働け·····ずっと笑っているお前は本当に気色悪いな。気分が悪い、部屋に戻れ」
腹を殴られた痛みと髪を掴まれた痛みを感じているが、俺の顔は微笑み続けている。それを見て、あの男は眉根にシワを寄せて、俺の髪を勢いをつけて放さしたため、俺の髪が何本か抜けあの男の手に絡みつく。
手を払いながら元の席に戻り、俺への暴力をそれはそれは楽しそうに見ていた継母と妹ともにお茶会を再開し始めた。
それをずっと近くで立って見ていた俺はやっと退室の許可がおりたので、痛い腹を我慢しながらカーテシーをして部屋に戻った。
あぁ、やっべーマジで声出ないんだけど。
腹も痛いし、頭も痛い、声も出ない、ホント災厄な日だな。
はぁ、早く部屋帰って特訓しよー。
最近、この家の私兵の若いヤツらと庭師の中年が、厭らしい目で見てたからなぁ。あぁ、気持ち悪い。
俺の胸は慎ましやかで形はいいが手のひらサイズだ。こんな育ってもない15の小娘に欲情してんなよ。気持ち悪ぃ。
そういやぁ、アイツら、カナリアの遊び相手だったヤツらか····カナリアに飽きられて捨てられたのか?だからって、カナリアとは似ても似つかない俺に欲情すんなよな。面倒くさっ。
さっさと部屋に戻り、扉に鍵を閉め、カーテンを閉めて部屋を密室にする。部屋の中央に置かれた古びた皮のソファーに美しい所作で座る。
この所作も命令によって制限がされているため、どんなに心が粗暴でも所作が乱れることはない。
はぁ、声が出ないと歌えねぇじゃん。
どうやって偽装するんだよ。
『ねぇねぇ。フィー。アイツら殺していい?』
『ダメだよ。この間、まだ殺しちゃダメって言われたでしょー』
『でも、ムカつくよねー。私達のこと見えないくせに色々言っちゃってさぁ』
『フィーが可哀想。早く僕達と一緒に暮らせたらいいのに』
あぁ、どうやって止めるか。俺の契約の中にあの男を最優先に守ることも明記されていた。今、殺っちゃうと俺にまで被害がくる。16まで待っててくれー。
16過ぎたら、好きにしちゃっていいからさぁ。
『ホント?』
え?あれ?聞こえるのか?
『うん!聞こえるよー。みんなー!フィーが16になったらアイツら好きにしていいってー』
『ホント?ヤッター!』
『どうする?何する?』
『はいはーい!熱々の鉄靴履かせちゃおう。熱冷めたら、また俺が熱々に燃やすから!』
『それはダンスが下手なあのピンク娘にやろー!あのピンクババァは、鎌鼬で少しずつ皮はいでこーよー』
『ずっるーい!妾だって水責めするのー!』
『ねぇねぇ。あの3人だけじゃなくて、ここの住んでる奴らも殺っちゃってもいいよね?』
『あっ!オイラいいこと思いついちゃった!意識あるまま体だけ操作してさぁ。殺しあわせちゃう?』
まるでショッピングで何買う?みたいな軽さで殺す内容話しちゃってるよ。
やっぱり、俺がまともに育ったのは母のおかげだな。
夢見がちな母だったけど、俺に愛をこれでもかってくらい注いでくれたからなぁ。
『私もフィーに愛を注いでる!』
『妾だってフィーを可愛がってるわ!』
『そうそう!だから、アイツらがきらいなんだよなぁ』
『そうそう。死んじゃえばいいんだよぉ』
あぁ、分かった。分かった。お前らも俺を愛してくれてるな。あぁ、愛されてるなぁ俺。
あっ!なぁ。俺の腹治したいんだけどさぁ。歌歌えなくなっちまったけど、どうすればいい?
『フィーは特別!歌歌って神様に捧げなくても心の中で歌えば祝福使える!』
『フィーやりゃなくても。わたちが治せりゅよ。まだ、じちんで治しゅの?』
あぁ。せっかくあるんだ、使わなきゃ損だろ?
それに、お前が治したら疲れて倒れちまうじゃん。
『やちゃちい。フィーしゅき!』
『フィー頑張り屋さん!』
『フィー無理しないでね』
『大丈夫?』
すぅーっと息を吸い目を瞑る。癒すことを考えながら心の中で歌いだす。
そのリズムに合わせ、コイツらも踊り出した。色鮮やかなコイツらが踊ると暗い部屋の中なのに色々な光が輝き美しい風景へと変えていく。
ホントいつ見ても綺麗だなと思いながら歌い続けた。
歌い終わる頃には、痛みも傷も無くなった。
やっぱり便利だよなぁ。
俺の周りには色彩豊かな妖精が飛び回っている。
こいつらは、物心着く前から母や俺の周りを飛び回っていた。母は見えていなかったが、俺は見えていたし話も聞こえていた。
なんでも歌姫とは神の愛し子であり、歌姫の近くは居心地がいいんだとか。
妖精は他の生物より神に近く、その影響を受けやすいようで、歌姫の近くには必ず妖精がいるんだと。
こいつらは、勝手に色々なことを話す。自分の心に正直で気に入ったものを害そうとするものには容赦がない。
俺もこいつらに気に入られているようで、俺の寝込みを襲おうとした馬鹿どもを殺し、遺体を何処かの森に捨てに行っているところを何度か見た。
こいつらの感情を制御しないと俺の身にも危険が伴うため色々言い含めているが、正直不安しかない。
幼少期から親である父達が助けてくれることは無く、変態共に性的被害を受けそうになることが多かった。そのせいか·····女の身である自身に不安を感じるようになり、一人称が《俺》に変化し、契約で心を抑制されている反動で口も悪くなっていった。でも、今の自分は気に入っているから別に気にしていない。
気持ち悪い性犯罪者共は、妖精達により制裁を密かに受けていたようだが自業自得だから気にしていない。未だに恨めしそうに見られることはあるが、俺関係ないしな。勝手に手を出して、勝手に痛い目見ただけじゃん。愚かだなぁ。マジ笑える。
そんな俺の婚約者様は、キンキラな金髪に海のような蒼い瞳、鼻筋がスっと通った誰もが振り返るイケメン王子様だ。
よく俺のところに来て、甘い言葉や優しい言葉をかけてくるが·····はっきり言って気持ち悪い。
俺は8歳までこの男が好きだった。このクソみたいな家の中、母は亡くなり、アイツらに虐げられた俺には、奴は救いだった。だって、優しくされるのだ。心配して声をかけてきて、プレゼントを持ってわざわざ会いに来てくれる。そりゃぁ、心が弱っている時にやられたら惚れるだろ?
でもなぁ、アイツは知らなかったようだが、俺の周りには妖精が飛び回っている。こいつらは何処にでも入っていけるため、誰も聞いていないと思っている会話も筒抜けだ。
あの日もこいつらに引っ張られ、連れていかれた城の端にある東屋近くの木陰で景色を眺めていると、王子率いる取り巻き達が東屋で寛ぎ始めた。
東屋から死角の位置にいる俺に気づかずにアイツらは俺の話を始めた。
やれ下民の血が入っているだの、顔も体もそこそこだの、騙されて王子に惚れている愚かな女だの、傀儡にはちょうどいいだの、結婚はしてやるが好みの女を侍らずだの、俺の後だったら俺を好きに使っていいだの。いやー聞くに耐えない言葉の数々だった。こいつらはそれを聞かせるために俺をここに連れてきたのだ。
王子達もクソだが、こいつらも自分勝手に俺の為だとか言いやがる。
王子への恋心など速攻で冷めた。
こいつらの事も全て信用しないことにした。こいつらは、俺の為だとか大義名分を得て、好き勝手やりたいだけなんだ。
俺の周りは、自分勝手な自己中ばかりだ。たぶん、俺もそうなんだろう。俺にはあの男の血が入っているからな。まぁ、今は我慢して16になったら自分勝手に生きようと心に決めた日だった。
あぁ、そういやぁ。あの命令の後、夜会に無理やり連れていかれ、カナリアと継母、父によって大根芝居が行われた。俺がカナリアを虐める意地悪で心卑しい女で、神の怒りに触れ声と歌姫の称号を剥奪されたと、しかし、カナリアの健気な優しさを知った神がカナリアに新たな歌姫の称号を与えたと。
で、カナリアが祝福の歌を歌って、(俺が裏で本当の祝福を行い)歌姫であると証明したのだった。
はい、はい。美談ですねぇ。役者が大根じゃなけりゃーもっと感動できる話だったんだけどなぁ。
何人かの良識のある貴族達は、カナリア達から離れている。皆さん、鼻と眉間にシワよってるよ!扇で隠しても見えてるから!おっと、俺に哀れみの視線を送らなくていいよ。いつもの事だからな。
マジ笑える。アイツら分かってやってんのかね?
俺が居なくなったら直ぐにバレる嘘つくなんて!あぁ、早く16にならないかなぁ。楽しみが1つ増えたよ。
「声を失ったとは本当なのか?」
いきなり肩を掴まれ、体を無理やり反転させられる。
やぁ、王子様。肩痛いから放してくれない?
いつも通りの微笑みを浮かべて、王子から一歩後退して離れる。それを王子は2歩詰めて、俺の腰を抱く。
マジやめて!吐くー。
『死ね。近づくな!あっち行けぇー!』
『フィーに触らないで!お前なんか嫌いだ!』
『ねぇ。燃やしていい?燃やしていいよね?』
ちょっ!落ち着け!今はダメだ。皆、家に先帰ってろ!
『嫌!私、こいつ嫌い!私達からフィーを奪おうとするんだもん!嫌い嫌い嫌い大っ嫌い!』
『フィーから離れたくない!ここにいるもん』
『フィー暴れないからここにいたい。約束するからぁ』
はぁ、なんでこいつらは、そんなにこの王子が嫌いなんだ?
前から王子に対して反応を示していたが、ここ最近のこいつらは、以前より過剰に反応を示す。
直ぐに死ねやら殺すやら物騒な言葉が溢れかえる。
それに·····
「聞いているのか?本当に声を失ったと?フィー、俺の愛しい婚約者。安心しろ今すぐにお前を城へ迎え入れよう!お前の美しい声が戻るよう、俺も手を尽くすよ」
うぇー。甘い、くそ甘い言葉だけじゃなく、視線も行動も纏わりつくような極甘で、吐き気がする。
最近の王子は、極甘に俺に接してくる。たぶん、16までもう少しだから新たな契約書に俺自らサインするよう仕向けようとしているんだろうな。
ホント、ウザい。
微笑みを浮かべた状態で軽く首を振り、断りを入れているとカナリア達が目の端に映った。
あぁ、ほらー。カナリアがお怒りだよ。継母に似て男遊びが激しいカナリアの今のターゲットは、この王子だ。今まであの巨乳を腕に押し付け、上目づかいに微笑めば誰もがカナリアに堕ちたのに、この王子はなんの反応も返さず、あまつさえ触るなと蔑んだ目でカナリアを見るのだ。
だから、最近の八つ当たりは結構酷い。一昨日は熱湯を頭からかけられた。全身火傷だよ。よく死ななかったな、俺。継母からの鞭打ちも酷くなってる気がするし·····ホント、やめて欲しいよねぇ。
父は、王子に関しては干渉してこない。たぶん、俺が王子に惚れるよう誘導してるんだろう。自分が母にやったように。
ハハハッ。もう遅いって!もう少しやりようがあっただろうに、俺と1つ違いの腹違いの妹がいた時点で、あまり男に期待できなくなってるんだよなぁ。
まぁ、貴族には珍しくないことらしいけどね。
「ライナス王子様。お姉様は、神により声を奪われたのです。可哀想なお姉様。歌姫としてのお勤めも出来なくなって·····でも、安心してください。私が新たに歌姫になりましたの!頑張って歌姫のお勤めをお姉様の代わりに頑張りますわ。·····でも、まだ歌うのに慣れていませんの。ライナス王子様に近くにいていただけたら、私安心して歌が歌えると思いますの。今度の結界の貼り直しの際に一緒にいて下さいません?それまでに練習も一緒にいて頂けると嬉しいのですが」
いつの間にか近くに来ていたカナリアが、王子の腕にご自慢のマシュマロ巨乳を押し付け上目づかいにお願いをしている。
はぁ、やっと開放された。今のうちに離れてバルコニーにでも逃げようかな。
などと思いながら、王子に触られシワができた裾を治していると、腕を掴まれ引き寄せられた。
俺の耳に顔を近づけた王子が「ごめんね。邪魔が入ったからもう帰るよ。フィーを連れ帰れないのが心苦しいけど、無理強いしたいわけじゃないからね。それにもうすぐ、君は俺の妻になるからそれまで待つよ。じゃぁ、気をつけて帰るんだよ。俺のフィー」と、それはそれは甘ったるい言葉を残して去っていった。
うわぁ、鳥肌たった。前はあんなことしてこなかったのに、契約更新日が近づいてきていて焦っているのか?ホント勘弁して欲しい。今夜は、どんな八つ当たりされるやら。
カナリアと継母が憎々しげな眼で俺を見つめているため、今夜の八つ当たりは大変だろーなぁと考えながら無難に夜会を過ごした。
父が何かを考え、厭らしい笑みを浮かべているのに気づかずに·····
ちなみに、夜会後の八つ当たりは、鞭打ちも100回に傷口に塩を塗り込む拷問付きだった。
次の日の昼まで寝込んだ。ホント勘弁して欲しい。
そんなこんなで月日は流れ·····
やっと明日で16だ。やっとだよ!いやぁー今までマジで大変だった。痛いわ、辛いわ、苦しいわで、全然幸せじゃなかったもんなぁ。
ずっと繰り返していると、不思議と慣れてくるんだよ。それが普通だと思ってしまう。
たぶん生まれた時から少し壊れていた俺は、母が死んだ時に徹底的に壊れてしまったんだろう。
普通の人だったら、心が壊れた廃人人形さんの出来上がりだったのだろうけど、俺は俺のまま。
継母もカナリアも頑張ったようだが、王子の婚約者になることは出来なかったようだ。
まぁ、カナリアは偽の歌姫だし、父もそこまで愚かではなかったようだ。歌姫と偽って王族と結婚したら一族の首が飛ぶ。本来なら、歌姫の称号を偽るのも犯罪だが、結果が伴えば父の権力でなんとでもなるのだろう。ホントくそ社会だ。
でも、そんなクソ社会ともクソなアイツらとも今日でおさらばだと思うと嬉しくなる。
本来なら明日、城へ登城し王子と暮らすことになっている。マジない。
最近のあいつは、毎日のようにプレゼントや手紙を持って俺に会いに来る。仕事が忙しいらしく少しの時間しかないのに来るのはどうかと思う。そんなに必死になっても俺の気持ちは変わるはずがない。アハハッ残念!
今日もティータイム時に来て、俺の手にキスをした。「明日が待ち遠しいよ。早くフィーを俺の腕の中にしまいたい。今日はね、明日着てきて欲しくてドレスとアクセサリーを持ってきたから、それを着て俺の腕の中においでね」とか言っていた。
マジで鳥肌たつんだけどー。なんで毎回毎回耳元で喋るわけ?ゾワゾワするし、擽ったいんだけど、ホントやめて欲しい。
それに·····帰る時に抱きしめてきて「あぁ、その綺麗な微笑みを早く俺の手で崩したい」とか小声でも聞こえるんだよ!この変態が!
誰がお前ところに輿入れなんかするか!それに、この顔は命令に縛られているからなんだよ!それも明日でおさらばだ!!明日から、俺の好きなように表情が作れる!なんて素晴らしいんだ!
今夜で最後だからか、継母とカナリアの八つ当たりという名の拷問は激しかった。継母もカナリアも顔を真っ赤にして肩で息をしていた。継母に至っては、歳のせいもあり鞭の扱いが悪くなり、最後の方では自分に当たっていた。マジ笑える。
あと、カナリアさぁ。ナイフを刺したら普通は死ぬからな?なんで加減が覚えられないんだよ、お前ら。馬鹿なのか?馬鹿なんだろ。
やっと八つ当たりという名の拷問が終わり、部屋に帰ってベッドに横になると直ぐに眠気が襲ってきた。
今日も癒しの祝福を使いすぎて疲れた·····もうなんにもしたくない。寝みぃ、おやすみ。
『おやすみ。フィー』
『良い夢を』
『フィー。明日が楽しみだね。おやすみぃ』
俺の周りを飛び回るこいつらに、いつもの挨拶をして深い眠りについた。
重い、苦しい。
『ー!!ーー!!』
『フィー!!』
『フィー!起きて!』
周りの妖精が焦った様子で騒ぐ気配で、ハッと目覚めると、誰かが俺の上に覆いかぶさっているのがわかった。
誰だ!放せ!クソっ!
『フィー!あの男だ!』
その言葉だけで、こいつが父だと分かった。
チッ!こいつらが手を出さないわけだ!
まだ、声が出ない。ということはまだ、契約の力が続いているってことだ。
いつも俺の周りを元気に飛び回る妖精達が怒りと焦燥とが混ざった様子で飛び回っている。
一応、俺の言葉を覚えているようだな。
俺が目覚めたことに気づいた父は、笑いながら俺の顎をつかみ上を向かせると鎖骨から首にかけて舐めてきた。
ヒッ!!気持ち悪い!マジやめろ!
抵抗して父を押し返そうとするもビクともせず、逆に腕をまとめて掴まれて拘束されてしまう。
「抵抗するなフィリア。優しく出来なくなるぞ。明日には、王子のものとなると思うと感慨深いものがあるな。今まで育ててやったんだ。俺に恩を返してから王子の元へ行けばいい。まぁ、明日動けたらな」
嫌な笑みを浮かべながら、拘束していた手を自由にするため自身の帯で縛り上げ、ベッドの柵に繋げられる。
体を反転させ膝を使って父から逃げようとするが、右足を掴まれ引き戻される。
そのまま覆いかぶってきて、俺の胸を揉みしだきながら首の項を舐めてくる。
ガチで気持ち悪い!触るな!まだか、まだ契約の解消時間にならないのか?嫌だ!嫌だ!離れろ!
早く!早く!
「知らぬうちに随分育ったな。形も良いし、肌も触ると吸い付いてきて、さすが高貴な血が半分入っているだけある素晴らしいな。これは王子が喜ぶだろう。ふむ·····くれてやるのも癪だな。フィリア、命令だ。《明日からも月に一度、誰にもバレずにここに来、グハッ」
最低な命令をしようとしていた父が途中で消えた。
いきなりのことでビックリして固まっているのに契約の強制力で父を治療するため祝を使っているが嫌になる。
そんな俺を父の頭を殴り飛ばした相手が抱きしめてくる。フワッと嗅ぎなれた少し甘めの香りが鼻をくすぐる。
あっ!こいつ、王子だ!
「大丈夫か!?まだ未遂か?未遂だよな!!いや!それよりも!気持ち悪かっただろう?辛かったな。もっと早く駆けつけていられたら·····クソっ!どこ触られた?消毒するから教えてくれ!」
「いや、お前も触るなよ。消毒ってなんだ?嫌な想像しか浮かばねぇー。おい、いつまで抱きしめてんだよ!放せ!」
「フィー、声が·····」
「あ゛?·····ん?声出てる?」
『フィー!声出てるよ!』
『契約終了だぁ!』
『ねぇ、こいつら殺していい?』
『いつまでフィーを触ってんの?離れろー!』
『燃やしちゃう?』
『凍らしちゃおうよぉー』
『えー、潰した方がいいよ』
また、こいつらは好き勝手言い始めやがった。
暴走する前に止めねぇと面倒なことになるな。
「おい、お前ら好きにやるのは止めねぇが、王子はダメだ。手を出すな」
『えぇー、なんでさぁー。こんな男早く始末しちゃった方がフィーの為だよぉ』
『そうそう!なんでそんな男を庇うの?もしかして!』
『えっ?ヤダ!ヤダ!ヤダ!フィーを奪おうとするやつは皆死んじゃえ!フィーは僕らのだもん』
『フィー。妾もそいつ嫌いじゃ!フィーは、そやつより妾たちの方が好きじゃろ?』
『フィー!そんなぁ!それじゃぁ、今まで僕らがやってきたことはなんだったの?せっかくここまで来たのに!』
『あぁー!ダメー!シーでしょ!』
「フィー。この周りにいるのは妖精かい?」
「見えるのか?·····ていうか、俺の話し方に驚かないのか?」
「ん?知っていたからな。前に城で独り言のように話しているのを聞いた。本来のフィーはコチラなんだろ?まぁ、どんなフィーでも俺は愛しているがな」
「はぁ。もう嘘はたくさん。お前もこいつらも俺に嘘ばかりついている」
「フィー?」
話しながら俺の手を拘束していた帯をはずして、再度抱きしめてくる。
その状態から俺の顔を覗き込んでくる王子の腕を掴み押し返し離れる。何故か悲しそうな顔をして俺を見てくる王子にイライラしてきた。
周りを飛び回る妖精達も不思議そうに首を傾げているやつや、王子に得意げな顔をしているやつなどさまざまだ。
あぁ、疲れた。やっと自由だ。やっと、やっと·····俺が好き勝手できる日が来た。
右膝を立てて窓枠に座り、右足の付け根の刻印がなくなっていることを確認し、その後部屋全体を見回す。
ベッドの傍には未だ転がっている父が、部屋の扉には王子が連れてきた近衛兵が数名と騒ぎを聞き付けて来たであろう継母やカナリア、この家の使用人達。
継母は状況を察知したのか少し青ざめている。
カナリアは、理解できないのだろう。でも、王子が私の部屋にいることに怒りが湧いているようで顔が真っ赤になっている。
「なぁ、俺が何も知らないと思っていたのか?」
俺の問いかけはこの家にいる全ての者へ向けている。
でも、誰も何も答えない。
『そうだよ!フィーは全て知ってるんだからな!お前らのやってきたことお見通しなんだよ!』
『王子とか言われてるけど、いい気になるなよ!フィーはお前のことなんて嫌いなんだからな!』
『フィーに近づくな!フィーは俺らのなんだから!』
「アハハっ!俺はお前らにも言ってんだけど」
騒ぎ始めた妖精達に向かって笑いながら声をかけると、今まで俺の周りを飛び回っていたやつらがピタリと止まり、黙って俺の顔を凝視してくる。そして、俺の顔を見て青ざめ始めた。
「なぁ?俺がなぁんにも知らないと思ってたのか?」
『ふぃ、フィー?どうしたの?何でそんな顔で僕らを見るの?』
『フィー?ねぇ、フィー、なんのこと?何か俺ら気に入らないことしたか?』
『フィー·····』
いつも喧しいこいつらが、こんなに青ざめながら動揺するのを初めて見たなぁ。
「おいおい、16年間ずぅーっと契約で奴隷のような生活を余儀なくされた原因の一つが何シラ切ろうとしてんの?俺が契約書に無理矢理血印を押させられてた時も、お前ら俺の近く飛び回ってたじゃん。嬉しそうに笑いながらさぁ。楽しかったか?俺の惨めな姿を特等席で見続けた気分はどうだった?なぁ、なんで黙ってんの?」
『あっ、あっ、あああぁぁー。ち、違う!違うの!フィーを苦しめたかったんじゃないの!』
『フィー!ぼ、僕らはフィーの為にしょうがなく、そう!フィーの為に』
『いや、嫌だ!嫌わないで!フィー、置いてかないで!一緒に!一緒にいさせて!』
『フィー、妾はもう同じようなことせんから、フィーすまなかった。許してくれ』
『フィーの1番は俺達が、俺達がフィーの1番だろ?なぁ、フィーの友達は俺達だろ?フィーが愛しているのは俺達·····だろ?』
必死に追いすがろうと手を伸ばしてくる。
はっきり言って面倒だ。
こいつらのこんな姿を見ても俺の感情は冷めていくばかりだ。
だって、こいつらは、俺があの男に首輪を付けられるのを知っていて傍観した。助けることが出来たのに、自分達が俺の1番になるために許容したのだ。
はぁ、ホントこいつらもあの父や継母達と一緒で自分勝手な自己中な奴らだ。
周りを飛び回り俺に縋り付く妖精に関心もなくなり、未だに寝たフリをしている父に視線を送る。
「なぁ、お前はいつまでそうやって寝たフリしてるんだ?あっ!もしかして、自分の娘に欲情した変態だって今気づいて、恥ずかしくて起き上がれないのか?大丈夫だってぇ、お前が変態なクソ野郎だって皆分かってるって、安心して起き上がりなよ」
「なっ!お前!!自分が何言ってるかわかって言ってるんだろうなぁ!」
顔を真っ赤にしていきよい良く起き上がると、俺に指さしながら唾を飛ばし叫んでくる。
「分かってるけど?てか、唾飛ばすなよなぁ。汚ぇなぁ。だってホントの事だろ?俺に襲いかかってきたしな。こんな手のひらサイズの胸、執拗に揉みやがって·····いつもみたいにカナリアのマシュマロ巨乳に埋もれて腰振ってればよかったのによぉ。なんで俺に手を出そうとするかねぇ?」
「なっ、なっ、何言って·····」
「えっ?バレてないと思ってたのか?嘘だろぉ?日中もベタベタくっついて、夜も眼でお互いに合図送りあってたじゃん」
「嫌あぁぁ!ママ!やめて!なんで叩くのよ!ママ!ママ!!」
「うるさい!まさかと思ってたけど!本当に手を出していたなんて!貴方達は親子なのよ!穢らわしい!!」
「何よ!ママだって色んな男連れ込んでたじゃない!伯父様だって連れ込んでたんだから、ママは自分の兄とやってたってことじゃない!私がママに放置されて可哀想なパパを相手してあげてたのよ!感謝して欲しいぐらいだわ!」
「なっ!そんな訳ないでしょっ!あの方とやってなんてないわ!それに旦那様を放置もしてないわよ!」
お互いに髪を掴み引っ張り、平手や引っ掻き攻撃を繰り出しており、2人はボロボロで醜悪な顔に美しさなど欠片もなかった。髪は乱れ、いつも着ている肩口が空いたうっすいネグリジェは所々破けており、見るも無残な姿になっていた。周りの衛兵達も眉根に皺を寄せ2人から離れている。
「アハハッ!おいおい、マジかよww!良かったなぁ愛されていて。お前を取り合って母娘で喧嘩し始めてんじゃん!ほらぁ、2人を抱きしめにでも行ったら?」
あぁ、苦しい。笑いすぎてお腹痛いわぁー。
笑いながら未だに喧嘩をしている継母とカナリアへ美しい所作で手を動かし、あの男へ行動を促す。
しかし、父は動かずに熱が孕んだ瞳で俺を見つめ続け、一歩づつ俺に近づいてきた。
王子が止めるより早く俺の前に立つと俺の頬へ手を滑らしていく。まるで壊れ物を触るような手つきで。
触られて気持ち悪いが我慢して、ゆっくり首を傾げ優しげに微笑みを浮かべ父を見つめる。
「·····シュリ」
呟くように、だがハッキリと俺の母の名前を呼んだ。
いつの間にか喧嘩を止めていた継母とカナリアが絶望したような顔で父を見つめている。
やばい、笑いそう。お腹マジで痛い。でも、今は我慢しなくちゃ·····
「なぁに?サリマン」
努めて優しく柔らかい声を出して、父の名前を呼ぶ。
「あっ、あぁぁぁぁっ!シュリ!シュリッ!ごめん。お前を愛しているんだ!愛してる!あぁ、シュリ。君に伝えられないまま君がいなくなるから·····だから、だからっ!」
「·····だから、逃げたの?」
「ッ!·····シュリ、許してくれ。俺は、俺は本当にシュリだけを、愛しているんだ。愛しているんだ、愛している·····」
俺に縋り付きながら泣き崩れた父を見ていたが飽きた。
この男は、不器用すぎた。
俺の母を愛していたのに、貴族としてのプライドと、こいつの周りの環境による汚染が、母へ素直な気持ちを伝えることを阻害した。そうして、気持ちを伝えられないまま母が亡くなり、母への思慕が募り澱となり、この男を狂わせていった。
はぁ、ホント馬鹿な男だ。母が好きだから、大切だから、俺を管理下に置き、体が弱い母の代わりに力を奮わせた。だから、母の前ではオレに命令が出来なかった。ただ、知られて嫌われるのが怖いからという理由だけで。はぁ、ホント両親の惚気に巻き込まれただけかよ。
視線を継母とカナリアへ向けると、視線があったので笑いかけてやった。
おいおい、なんで青ざめるんだよ。酷くないか?
綺麗に笑ってやったじゃん!
「おい、お前ら。アイツらのこと好きにしたいんだろ?継母と屋敷の使用人を殺さない程度に遊んでいいぞ。カナリアは足だけだ。約束守れるよな?」
『うん。うん!やる!約束守る!ちゃんと約束守れるよ!』
『フィー、僕頑張るから!』
『俺も頑張る!約束も守る!』
『フィー。待ってて!直ぐに戻るから』
縋り付いていた妖精達が一斉に扉付近にいた、継母とカナリア、屋敷の使用人達へと襲いかかった。
「あっ、王子とそこにいる衛兵達は、こっち来い。巻き込まれるぞ」
阿鼻叫喚になっている扉付近から離れている窓辺へ来るよう呼びかけると、蕩けるような笑みを浮かべ王子は直ぐに俺の隣に座り腰に手を回してくる。こいつ、やたらと近くないか?
「おい、ちょっと離れろ。近いんだよ!」
右手は父に縋りつかれており動けないため、左手で押し退けると嬉しそうに笑いながら、左手を掴まれてしまう。
チッ!まぁ、離れたからいいか。
衛兵達が守るべきは王族であるこの男だ。王子を守るように窓辺近くに配置について行く。
その間も、逃げ惑う者、赦しをこいに俺に近付こうとする者、他の者を犠牲に逃げようとする者、動けず泣き崩れ痛みに悲鳴をあげる者などがいる。妖精達は、それぞれの得意属性を屈指し拷問を始めている。足元を凍らせ動けなくさせたり、炎で両手両足を焼いたり、水を出現させて溺れさせたり·····うん、地獄のようだな。
「おーい。あんまり臭い出すのは止めてくれ。気持ち悪くなる」
『はーい!すぐに火消すね!』
『フィー大丈夫?』
『フィー、僕風使って臭い外に出したよ!』
軽く声を出しただけで、嬉しそうに反応を示して行動に移るあいつらを見て、チョロいなぁと思う。
「痛い!いだい、いだいぃぃぃ。やめで!やべざぜでぇ!」
比較的軽傷なカナリアが焼かれた足を引き摺りながら、俺に近づいて訴えてきた。
そんなカナリアが気に食わないのか妖精達が怒りに満ちた顔をして近づいてきたので、目線だけで否した。
直ぐに反応した妖精達が渋々他の者達へその鬱憤を晴らすように蹂躙していく。
「なぁ、カナリア。歌え」
「え゛?」
「歌姫だろ?歌って皆を癒してやれよ」
「で、でぎない!いだいの。治して!なおじなさいよ!あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ」
「はぁ、聞こえなかったか?お前が!歌って!皆を治せ!と言ってんだけど?出来るだろ?歌姫なんだから」
王子が掴んでいた手を引き抜きカナリアの髪を掴みあげ視線が合うように無理矢理顔を上げさせ言い聞かせるように伝える。
ボロボロ涙を流しながら絶望に染まっていく瞳を見続ける。目の端に俺の左手を名残惜しそうに見つめる王子が見えた。あいつ·····ちょっと頭イカれてないか?よくこの状況でそんな表情出来るな。それに近衛達もよく動じないなぁ。
「おい、全員そこに集めろ」
今まで拷問に会っていた継母と使用人達をひとつに集めさせる。
皆、絶望に染まった瞳で縋るように俺を見る。
「はぁ、お前らさぁ。俺にそんな目を向けても意味ねぇからな?お前らを助けてくれるのは、お前らが大好きなカナリアだよ。ほぉら、歌え。歌姫だろ?歌って皆を祝福で治してやれよ」
「で、できない。わ、わたし、歌姫じゃない。う、う、歌姫は、、姉様だ、もの。わ、わ、わ、わたしじゃないもん」
「おいおい、それは酷いだろ?アイツらを見捨てるのか?お前より酷い怪我してんのに·····あっ!そうかぁ、足が痛くて、上手く歌えないのか!大丈夫だぞ。今治してやるからな」
軽く歌ってカナリアの体の傷を全て癒してやる。
「ほら、もう痛くないだろ?·····歌え」
「ね、ね、姉様。わ、わ、わ、たち。うっうたえましぇん。わ、た、ちの歌じゃ·····」
「うん?出来るできないは聞いてないよ。やれ!と言ってるんだけど?」
「ヒッ!ひゃいっ!」
ビクビクしながら歌い始める。が、効く訳もなく。痛みに呻く人々を見てより恐怖を感じたのだろう。歌いながら後ろへ下がってきている。
痛みが続いている者達は、傷がなくなったカナリアを憎らしげに見ている。
継母に至っては、カナリアに罵詈雑言を浴びせかけている。あんなに全身深めに切り刻まれたのに叫べるのは流石としか言いようがない。だか、叫ぶ度に全身から血が吹き出ているが大丈夫か?
ふと、窓に写る自分が目の端に見えた。
あぁ、歪な笑顔だな。でも、あの張り付いた微笑みよりこっちの顔の方が好きだな。などと思っていると痛みにより狂った使用人達がカナリアに襲いかかり始めた。中には、継母へ襲いかかるものまでいる。
それを冷めた目で見つめ、死なないように祝福で調節する。
使用人によりボコボコにされた継母とカナリアは、目の焦点があっておらず、涎を垂らしながらヘラヘラ笑っていた。恐怖でちょっと壊れちゃったか?まぁ、いいか。
全員の体を動ける程度に治す。ただ、痛みを取ることはしなかった。本来傷が治る時間をかけて痛みが引くように調節をしておいた。16年間という楽しい時間をくれた者達へのお別れのプレゼントだ。
俺優しいなぁ。俺が今までやられたことを全て返すことをしないで、これくらいで済ませてるんだから優しいだろ?
父は未だに俺の右手に縋り付き、今まで言えなかった母への愛の告白をしている。
父の頭を撫でて上を向かせる。
「シュリ」
「はぁ、俺は娘のフィリアだ。そろそろ現実に戻って来い。これからお前は大変なことになる。屋敷の連中は使えない状態だし、お前の妻と娘は、狂ってしまったし·····大変だが、俺の母への償いとして処理しろ。いいな?」
「シュリは·····そう、シュリはもう居ない。·····お前は、俺が憎くないのか?」
「憎い?·····俺は生まれた時から少し壊れているし、母が亡くなった時に徹底的に壊れてしまってる。生憎とそんな感情は持ち合わせていない。これから、俺は自由に生きる。その為にも、ここの処理は面倒だ。お前がやれ。それくらい出来るだろ?」
「何処に行く?シュリも居ないのに、お前もいなくなるのか?俺は·····また失うのか」
「はぁ。お前は母だけが大事だったんだ。今更、俺に興味を持つな。いいか?お前は俺の16年を好きなように使ったんだ。そんな奴と一緒にいたいと思うか?」
「·····シュリ·····すまない、すまない」
はぁ、今度は謝罪か。遅いんだよ。ホント馬鹿な男。
母へ謝罪し続ける父に、壊れた継母とカナリア、痛みと恐怖に泣き崩れる使用人達にも興味をなくした俺は、部屋の中にある必要そうな物を鞄に詰め込んでいく。その間もずっと隣で嬉しそうに笑って王子がいる。正直、ウザイ。でも、反応するともっと喜びそうだなぁ。·····無視しよう。
『近づくなよ!あっち行けー!』
『フィーに近づくな!』
『フィー、僕らちゃんと約束守れたよ!偉い?』
『フィー!何処行くの?』
さっきの事など忘れたかのように俺の周りを、飛び回り王子を俺の隣から排除しようと暴言を吐き、服を引っ張っている。力を使わないのは、俺に手を出すなと言われているからだろう。一応、こいつらも気にしているのだ。フッ、遅せぇよ。
こいつらの質問に答えることなく荷物の用意を終えると、動きやすい服に着替えていく。さすがにネグリジェで旅には出にくい。
『フィー!ダメ!アイツらがいる前で服脱がないで!!』
『きゃぁ!何服脱いでるの!?見るなぁ!』
『お前ら、こっち見るな!目ぇ潰すぞ!』
着替えのために服を脱いでいくのを、妖精達が慌てながら俺を見ている周りの奴らに怒りを向けている。別にいいだろ?面倒なんだよ。さっさと着替えて出ていきたいしな。
·····おい、王子。お前はこっち見るな。てか、触るな!なんなんだよ、ホントに。
「おい、触るな。着替えられないだろ?」
「なんで?それに俺が昨日あげたドレスは着てくれないのか?1人で着れないなら俺が着せてあげるよ」
「馬鹿なの?俺は自由に生きるんだよ。お前の所には行かない。よってドレスも着ない。以上!」
俺の腰に回っていた王子の手を払い、皮の黒パンツに同色の厚手のパーカージャケットを着ていく。母と同じ色の髪を無造作に結い上げる。荷物を持って振り返りもせず屋敷を出ようとすると、王子もついてきた。
ホント、なんなんだ?お前·····
「なんでついてくるんだよ」
「なんでって、俺ら今日結婚するからな。夫婦は一緒にいるものだろ?」
「·····は?あのな、俺はお前と結婚する気ねぇから。確かにお前ら王族は歌姫が必要なのかも知れねぇけど、俺は歌姫じゃないことになってるし。歌姫(笑)のカナリアと結婚したら?」
「俺ね、あいつ嫌いなんだ。俺が愛しているのはフィー1人だけ。だから歌姫とか関係なくお前としか結婚したくない」
「はぁ。俺はお前が好きじゃない。結婚もする気ない。諦めて城に帰れ」
「無理だな。お前がいないなら、この地位にいる意味がないし、俺も王子辞めてお前と一緒に行く。大丈夫。こんなこともあるかと思って馬車の中に旅道具と必要な物は纏めてきたし、王には昔っからフィーと一緒になれないなら王にはならないって言ってあるからな」
普通に俺の腰を抱きながら、隣を歩き続ける王子は蕩けるような笑顔だ。何がそんなに嬉しいんだ?
それになんか変な事言ってるし·····
「お前は、俺が歌姫だから一緒にいようとするんだろ?」
「別に?歌姫とかどうでもいい。フィーならそれでいい」
「はぁ、もういいから。面倒だなぁ。お前の好みは俺と違うだろ?好きな女を新たな婚約者にでもして、さっさと結婚しろよ」
「それは俺と結婚してくれるってことだな!」
「はぁ?なんでそうなるんだよ」
「好きな女と結婚しろって言っただろ?俺の好きな女はフィリアだからな」
「なっ!だから!嘘はもう要らないって言ってるだろ!?お前、昔言ってたじゃん!俺と結婚しても好きな女を侍らすって!俺を他の奴にも抱かせてやるって!·····はぁ、疲れる。もう、ついてくるな」
「まぁ、お前に知られているのは気づいていた。でも、俺は初めてフィーにあった時からお前が好きだ。だから、フィーと俺を害する者達を排除しようと思って今まで動いてただけだ。やっと全て排除出来たんだ。フィーを狙うアホ共が多くてね。厄介な奴もいて遅くなっちゃった····もっと早く、殺っとけばよかったな」
「あ゛?お前、何言ってんの?」
こいつ、なんか最後呟いてたけど聞こえてたからな!
おいおい、この国大丈夫か?次代の王が私的に貴族殺しちゃってるけど!!
てか、俺が好きだとか、つくならもっとマシな嘘をつけよ。
「大丈夫だよ。俺有能だし。あんな奴ら死んでも問題ないしな。逆に平和になったろ」
おい!何開き直ってんだよ!こぇー。コイツやっぱりイカレてるわ。
それに、後ろからついてくる衛兵達も先程の会話を聞こえてるはずなのに驚くことなく付き従っているようだし、王子と同じでイカレてるんだな。
「とにかく、俺はお前を好きじゃないからお前とは結婚しない!ついてくるのもやめろ!」
「ヤダ」
「は?ヤダって·····子供じゃないんだから駄々こねるなよ」
「俺ね。フィーが望むことならなんでも叶えてやりたいけど、離れることだけは叶えてやれない。フィーが嫌がると思うから、ずっと城に閉じ込めたりすることもしなかった。本当は·····フィーを閉じ込めてフィーの世界を俺だけにしたいんだ。フィーだから譲歩してるんだよ」
俺の腰を抱きしめる腕に力が入り、歩きがとめられると顎に手を添えて視線を合わされる。
その目が妖しげに光るのが見えた。
あっ、これアカンやつだ。何かわからないものに俺が絡めとられそうになるのに気持ち悪いと思わなかったのを必死に無視した。
こいつもイカレてるけど、俺も相当イカれてたんだった。
こいつのことは好きじゃないけど、嫌いでもない。
自由でなかった16年間。母とコイツだけは、俺に強制も制限もしてこなかったのだ。その時点で、俺はこいつが嫌いじゃない。
こいつは王子で王太子だ。それに比べ俺は公爵家の令嬢で歌姫だが、下民の血が半分流れている。命令することは、いつでも出来る地位にこいつはいたのにしてこなかったのは、一応俺のことを考えての事だったんだろう。
「はぁ。お前の行動を止めはしないが、迷惑だけは俺にかけるな」
「分かってる。お前の感情が俺に向くまで一応待つつもりだ。ただ、俺も無欲じゃないから、待てできない時もある」
「は?そこは何がなんでも待てよ。何、正直に言ってんだよ」
「しょうがない。俺も年頃の男だからな」
嬉しそうに笑いながら、熱の篭った眼で俺を見つめる王子は頬にキスしながら耳元で囁いた。
「ッ!お前!わざとやってるだろ!やっぱ、ついてくんな!お前と一緒だと身に危険を感じる!」
「ヤダ。やっと一緒に居られるんだ。待ちはするが遠慮はしない。覚悟しろよ?フィー」
あぁ、嫌だ。自分の感情が上手くコントロールできなくなるのは面倒なんだよ。
フイっと顔をそむけるが、それを追いかけて俺の顔を覗き込むと嬉しそうに王子が笑った。
「うん!やっぱりあの嘘の顔より、こっちの笑顔の方がフィーには似合うな!」
「うるさい!勝手に見るな!」
「最初は何処に行く?フィーが一緒なら何処でも楽しいな。俺が作った商会もいい感じに育ってるから何処にでも行けるぞ」
王子が私的に商会を作ったって何やってんだよ、こいつ。俺と何処にでも生きていけるようにとか、いつから動いてたんだ?マジ怖っ!
はぁ。ここまでイカれた行動されても嫌いじゃないんだから·····俺がこいつに絆される未来はそう遠くないのかもしれない。
ホント、面倒な奴に捕まった。
俺の周りを飛び回る妖精達が、『だから、ヤダったんだよ!』『近すぎ!フィーに近づくな!』『あぁ、フィーがイカれ王子にとられる!』などと騒いでいる。
「はぁ。何処でもいいけど、海が見たい」
「分かった。フィーの母君の故郷に行って海を見よう」
はぁ、なんで知ってんだよ。
聞いたら面倒なことになりそうだから聞かないが、母の思い出話の海が望める丘の場所も分かっているんだろう。
まぁ、いいか。俺は自分勝手に自由に生きて行こう。
歌いたい時に歌って、自由に笑って話して、楽しく生きてみよう。
あっ!そうそう、ずっと微笑み続けた代償か、俺の表情筋は歪な動きをするようになり、歪な笑いしか出来なくなった。
でも、俺は気に入っている。
サイラスもこっちの方が好きだってさ。
これからの人生どうなるか先は見えないけど、楽しく生きてみよう。
どうせ、俺の周りには自分勝手な自由人が多くいるんだ。
こいつらに振り回されないよう、今度は俺がこいつらを振り回して楽しく生きてみよう。
書いたー!
やっと書き終わった!
ちょっと長かった。もう少し短いはずだったのに·····
連載、ちょっと放置しちゃった。
ごめんなさい:( ;´꒳`;):
他の味が欲しかったんです!
最後まで読んでくださってありがとうございます!
誤字脱字あるかもですが、めっちゃ一気に書いたので御容赦ください( *´꒳`* )