ドングリ池での相談
森の中。
冬に差し掛かる季節、陽気なある晴れた日のお話です。
「ご飯ですよ。もう、ゲームやめなさい。」
台所で洗い物をする母さんからいつものお小言が聞こえました。
「るっさいなー」
ついいつもの調子で答えた直後、洗い物の音が少し止まります。
(あっ、やば)
「っちょっと、あーくん?なにその言い方は!」
「ゴメンなさい、ちょっと外行ってきまーす!」
用意されたお皿の上の良く洗われたドングリを掴むと口に放り込み、飛び出すボク。
大きな木の洞から顔を出したボクはスッカリ日差しが高くなった森の中にとびだしました。
冬毛を冷たい風が撫でました。
そしてスッカリ冬の様相を見せ始めた森の道は落ち葉で敷き詰められていて、歩くとカサッ、パキッと小さな枝葉が擦れたり折れる音がしていました。
(全く怒りンボの母さんめー)
悪態をつきつつトボトボとアライグマのあーくんは歩いていました。
「あ、あーくんだ。ヤッホー」
ハリネズミのハーちゃんがやって来ました。
ハーちゃんは小さい頃からのボクを知っている幼馴染みなので、遠慮がありません。
こうやって大声で呼ばれると少し恥ずかしくて、無性に何かを洗いたくなります。(だってアライグマだから。)
「るっせー、なんだよ。寄ってくんなよ。」
「なによー、怒りンボー」
長年の積み重ねか、あまり気にしてないように近づいて来たハーちゃん。
「またおばさんに怒られたんでしょー」
図星でした。ちょっとイラッとした僕は反撃を思いつきます。
ボクはわざとちょっと距離をとって離れました。
「うっさい、近寄んなよ、ハリがいてーよ。」
もちろんハリが届くような距離ではありません、アライグマのあーくんは彼女に嫌がらせをしました。彼女は少し驚いた表情をして、ピタっと足が止まります。
「近づくと怪我するだろ、寄ってくんな!」
予想外に効果があるのか調子に乗って言いました。俯いた彼女はそのまま何も言いません。
反撃できたとちょっと得意になったボク。
「・・・」
何も言わないままの珍しい彼女の沈黙に不安になりはじめた頃、彼女は俯いたまま、戻ろうとしました。
ここに来てアレいつもと違うぞという雰囲気にボクは戸惑いました。
「あの・・」
「あっくんのバカ!」
彼女はそのまま走り出し、驚くほどの速さでボクから離れて行きます。
ボクは突然のことに無意識のうちに何もない空間で手を洗うように動かしていました。
(なんだよ?)
訳がわかなくて、でも自分が言った言葉が思ったような結果にならなかった事に心の奥でモヤモヤとした気持ちになります。
やがて一人残されたボクはこのままこの場所に居ても仕方ないので歩き始めました。
枯れ葉の絨毯の上をさっきよりも重い足取りで歩いていました。
時折落ちたドングリを拾っては手のひらでゴシゴシと洗いながら。
やがて目的地の池のほとりに着きました。
+ + + +
「あらあら、こんにちは」
そこにはキツネのおばあさんがいました。
「こんにちは」
「ずいぶん暗い顔してどうしたのかしら?」
優しく聞いてくるおばあさんはそっと飴玉を差し出して言いました。
「これでも舐めて元気出しなさい」
自分では分からなかったのですが落ち込んだ顔だったのでしょうか、「ありがとう」と受け取った飴玉を持って顔を写すために池のほとりまで行きます。
「ねぇ、おばあちゃん、今日さ、」
そこには目の周りがいつもより暗くなった顔が写っていました。
なぜか悔しくてイーっと湖面の顔に威嚇するような顔をすると湖面に映ったアライグマも威嚇しています。
手を洗うと湖面で威嚇していたアライグマも手を洗い出します。そしてようやく落ち着いてきました。
「おばあちゃん、ハーちゃん怒らせちゃった。」
これまでの話をボクはおばあさんに話しました。
もちろん手を洗いながら。
「あらあら、それは大変だったわね。」
キツネのおばあさんは言いました。
「どうしたらいいと思う?」
おばあさんはちょっと上を向いて考え事をするとコンっと咳払いをしてから言います。
「そうね、じゃあ、いいお話をしてあげましょう。」
「いい話?」
おばあさんはもう一度コンっと咳払いをすると少し背筋を伸ばして話し始めました。
ボクは一度手を洗うのをやめて同じように背を伸ばしました。お話してくれるのだからキチンとして聞かないといけないでしょう。
キツネのおばあさんはそれを見ると、細い目をより細めて話し始めます。
「昔、この池はね、どんぶらこ池って言ってね、どんぶらこって池に落ちると池の神様に食べられちゃうって池だったのね。」
それを聞いたボクは少し怖かったので、岸辺から半歩離れました。
「でもね、ある日、二匹の仲の悪いキツネの兄弟がいたのね。」
「うん」
「兄弟のお母さんキツネはね、どうにかしたくて池の神様にお願いしたの。そうすると池の神様はね、一度どんぶらこ池に2人を突き落として這い上がって来れたら仲良くなれるって教えてくれたの。」
「へー?」
「その話を聞いた兄弟はね、それ以来仲の良い兄弟になりましたとさ。」
え?なんだか話がとんじゃった?
あと、神様怖い。
「だからね、この池はねドングリを投げると願いが叶うって言われているの」
「…ん?」
「ん?」
何か話しが飛んだみたいだけど、おばあさんはニコニコしています。そして“ニヤリ”と笑うとこう言いました。
「兄弟の名前はね、グリとドンって言うのね」
口の端がクイっと上向くと、ちょっとだけ近寄って来ます。
ボクはおばあさんの笑顔を見てちょっとだけ遠ざかりました。
「どう、仲直りできそうかな?」
キツネのおばあさんはにっこりと笑って聞いて来ます。
「う、うん・・多分」
よく分かりませんでした。でも、ちょっとぼんやりと返答したボク。よく分からなかったけど、そう言ったほうがいいと思いました。
「そう、良かったわ。」
目を細めてにっこりと笑うと「彼らと同じように意見が合えばいいわね」と言い残し、キツネのおばあさんは森の中に帰って行きます。
+ + + +
ボクは手に持っていた飴がいつのまにか消えているのに気づきます。ボクはベタベタした手を池で洗いました。
「どうしたのかな?」
どこからか声がしました。
「こっちこっち」
少し目線を下げると近所の食いしん坊ヘビのお兄さんがいました。いつも胴回りが重たそうなヘビさんです。
「えっとね、仲直りの仕方聞いたんだけど、、」
詳しく話すのは恥ずかしかったのでちょっと端折って話します。
「ちょっとやってみていい?」
「いいよ。練習かな?」
「うん」
ヘビのお兄さんはちろりと舌を出しました。
「じゃあ、、」
ボクはキツネのおばあさんに言われたことを思い返します。
そしてできるだけドスの効いた声で言いました。
「仲直りしないと池にぶち込むぞ!コラ」
ヘビさんはピタっと固まり、ちょっとした後に舌をちろりと出しました。
「随分と・・・積極的な仲直り方法だね。」
お兄さんの態度を見て少しため息をつくと「やっぱりダメかー」と地面にぐったりと寝そべりました。そのままヘビのお兄さんを見上げて言います。
「ねぇ、ヘビのお兄さんはどうやって仲直りするの?」
「そうだね、いいお話を聞かせてあげよう。」
「うん」
「この池はドングリ池って言うだろ?でもね、最初はアングリ池って言ってたんだ。」
「あんぐり?」
「そう、そこにね仲がいいヘビとネズミの2人がいてね、2人はピクニックに池まで来てたんだけどね。ご飯のドングリを池に落としてね、それで池の前で喧嘩したんだって。」
「ふーん・・」
「でもね、とにかくご飯を食べようってなってね、2人は仲直りしたそうだよ。」
「・・・」
「だからね、この池はドングリを投げると望みが叶うって言われてるんだよ。」
「…えっ?」
「えっ?」
どうして望みが叶うのかわかりませんでしたが、ヘビのお兄さんはチロリと舌を出しました。
「やっぱりご飯は一緒に食べないと楽しくないよね。」
そう言うとちょっと後ろを向いて体を少しグネグネと動かすと、ヘビのお兄さんは口を“アングリ”開けました。
ゆっくりと体を縦に一度二度と揺らしたヘビのお兄さんは何かを落として向き直ります。
「君にもあげるよ。やっぱり一緒にお腹いっぱい食べるのが仲直りのコツさ。どう?参考になったかな?」
胴回りがスッとしてちょっとイケてる声でヘビさんは再びチロリと舌を出しました。
「・・うん」
「それは良かった」
スルリと軽やかなステップを胴で踏むと、「彼らと同じように、一緒に楽しく過ごせればいいね」と言い残し、森の奥に消えて行きました。
+ + + +
ゆっくりと見たくない視線をどうにかして下に向けようと努力していたその時でした。
・・・ピクリ
懸命にネズミさんを川の水でゴシゴシ洗います。
必死に洗った結果、目を覚ましたネズミさんは怯えた目でどこかに去ってしまいました。
随分と長い間洗っていたような気がしますが、集中していたせいでしょうか、太陽を見るとそれほど時間は経っていない様子。
ボクはぐったりして仰向けに空を眺めていました。
やがて空をながめているとコマドリのお姉さんの歌声がしてきました。
「あ、お姉さーん、コマドリのお姉さーん」
声に気づいてくれたようです。歌がピタと止まりました。
「ちょっといーいー」
しばらくすると、どこかの木で歌っていた一羽のコマドリが飛んで降りて来ました。
「もー、折角気持ちよく歌ってたのに」
ちょっと文句を言いながら、おしゃべりが好きなお姉さんは首を傾げます。
「どうしたの?」
「えっとね、仲直りの方法」
コマドリのお姉さんは首を傾げます。
「練習してみていい?」
コマドリのお姉さんはちょっと考えた様子のあとピピっときた様子で首を縦に2度振りました。
ボクはヘビのお兄さんに聞いたことを思い出します。そしてできるだけフランクな感じで言いました。
「へい、そこの姉ちゃん、一緒にお茶しない?」
コマドリのお姉さんはピタっと体の動きを止めると一度だけ首を傾げてピッと鳴きました。
「5点」
「ガーン」
失敗でした。
「何がダメなんだろう・・・」
「あんたね、」
お姉さんが説明しようとしたところ後ろから大きな影が現れました。
「あれ?どうしたの?楽しそうだね。」
クマのおじさんがやってきました。
水辺に水を飲みにきたのでしょうか。それだけ言うと岸辺までゆっくりと歩いて行きました。
「ねぇ、おじさんも聞いてー」
ボクはクマのおじさんに言いました。
「仲直りする方法あるかな?」
コマドリのお姉さんはピピと首を何度か傾げると、「そうねぇ」と答えます。
クマのおじさんは、どっしりと座ったところで「そうだなぁ」と腕組みしました。
クマのおじさんは思い悩むように言いました。
「ハリネズミは自分が近づくと相手を傷つける事を知ってるからなぁ、自分でどうしようもない事を責められるのは辛いだろうねぇ」
それを聞いたボクは余計にションボリとした気持ちになりました。
どんよりとした雰囲気の中、コマドリのお姉さんはピピッと何か思いついたように明るい調子で言いました。
「こんな話は聞いたことがあるかしら?ドングリ池のお話よ。」
やっぱり嫌な予感がして目が落ち込んだのかもしれません。
コマドリのお姉さんは「大丈夫よ」と言いながらボクの頭の上に乗って言いました。
「間違いないわ。だって私の体験だもの」
ちょっと不安でしたが、聞くことにしました。おじさんも聞くみたいです。お姉さんは、僕たちの前でちょっと尾羽を広げて話し始めました。
「聞いてくれるかしら。この秋の話なんだけどね。私がいつもどおりそこの木の上で歌ってたらね、いつも決まった時間に聞きに来るお客さんがいたのね。彼は綺麗なオレンジ色の尾羽で嘴がシュッとした感じの人なんだけど、彼はね私が一曲歌ってるのを必ず聞いて聞き終わったらまたどこかに帰っていくの。」
「いつもなの?」
「そう、いつも。私だっていつもだったらファンの一羽、二羽って感じなんだけどね、なんと言うか随分熱心だったから、やっぱり応えなきゃじゃない?」
うんうんとおじさんも頷いていました。何か共感するところがあったのだろうか?
「だからこないだやってあげたの。オンステージを!」
「オンステージ?」
「そう、彼のためのオンステージよ。目の前で歌ってあげたの。」
「へー」
「でもね」
と、そこまで話をしていたコマドリのお姉さんは首を2回、傾けるとそのまま鼻先へと降りてじっと見てきます。どこを見ているかわかりませんが自分をじっと見ているのだけはわかりました。
鼻の頭が乾いて、手が自然と揉み手になるのを感じました。彼女はまた地面に降りるとバッと羽を広げて言いました。
「歌い終わった後になんて行ったと思う?『あ、ドングリいる?』よ?私がドングリ欲しさに歌ったみたいじゃない!そんなに物欲しそうに見えるのかしら?!」
思わず頷こうとして、ブルブルと横に首を振り激しく否定しました。目がとても怖いです。
クマのおじさんに至ってはボクの後ろに隠れるようにして首を振っていました。
「私はこの池をドングリ池ではなくてドンカン池って呼ぶことにしようと思うわ、どう思うかしら?」
ボクは今度は縦に首を振りました。
後ろに隠れているおじさんも一緒です。
お姉さんのお話は結局、池の名前を変える提案でした。
フンっと横に向けると羽を納めます。
「・・・あの、、仲直りの」
ボクは聞きたかったことを恐る恐る聞きます。
さっきまでの話には何も聞きたいことが入ってませんでした。
お姉さんもそれに気付いたのか、ちょっと毛づくろいをしてからピピッと咳払いをしました。
「そうね、プレゼントなんていいんじゃないかしら」
気を取り直して、お姉さんは言いました。
いい案のようです。おじさんもゆっくりと頷いて同意しました。
「そう、プレゼントしましょう。やっぱり何かしら、リング?リングよねやっぱり。そこらのプルタブじゃなくて、しっかりしたやつよ。それを口に咥えて彼は花束で飾った巣の前で渡してくれるの。そしてこう言うのね。『キミが好きだ。君の歌を一生聞いておきたいんだ』とか。そして2人は番になるのよ。キャー、素敵。」
「えっと、、、」
やっぱりダメみたいでした。
ボクは目の前でちょんちょんとした足取りで周りを周りながら最後におじさんの頭の上にとまったコマドリのお姉さんを見上げます。
お姉さんの目は、あまりどこをみているかわからなかったけどこちらに向いていないことだけは何故かわかりました。
「おじさんはとてもじゃないけど難しいや。キミはどう?」
ハーちゃんにプロポーズする?
いやいや、そうじゃないと思い直し「ボクにはまだ難しいや」と言います。
「そうかぁ、でもね、恋の季節はすぐ終わっちゃうからね。チャンスは逃したらダメよ。」
コマドリのお姉さんはピピッと肩をすくめると、「私と違って、嫌な思いをさせないように気をつけてね」と言い残し、飛んでいきました。
+ + + +
「頑張ってみる。」
「そうだね、偉いなぁ」
クマのおじさんはそう言ってボクを褒めてくれました。
「おじさんも頑張らないとなぁ。」
いつも臆病で何かあるとすぐに家に引きこもるおじさんは、もうすぐ引きこもりの時期です。
おじさんは毎年、引きこもって家で寝ています。
「こないだも、遠目にちょくちょく見かける人が気になってね。いつもチリンチリンと鈴で音を鳴らしてる粋な人なんだけど、バッチリ好みの人だったから。
こないだは恥ずかしくて音を聞いただけで離れて行っちゃったんだけど、今度は勇気を出してあってみようかしら?」
おじさんは最後にはおばさんみたいな口調になると、ハッとして口元を両手で押さえました。
ボクはよくわかりませんでしたが、ちょっと怖いなと思ったので、「気をつけたほうがいいと思うよ。」と、言っておじさんとはさよならする事にしました。
「じゃあおじさんからも一つ忠告してあげよう。」
去り際におじさんは優しく言いました。
「ボクはともかく、みんなキミを想って答えてくれたんだとしたら、それは感謝しないといけないよ。」
「うん、おじさんもありがとう、勇気が出た気がする」
おじさんは不器用に笑顔を見せて言いました。
「これあげる、おじさんも引きこもってばかりいられないから」
帰り際におじさんからドングリをもらいました。
そしておじさんは大きなあくびを一度かみ殺すと、「許してもらえればいいね」と言い残し、のっしのっしと帰って行きました。
+ + + +
ボクはおじさんに言われた事、そして今まで話をした人を思い出しながら考えました。一つ一つドングリを池の水で洗いながら思い出します。
一つ目のドングリを洗いながら、キツネさんの言っていた事を考えました。
(協力する事ができたら、仲良くできるのかなぁ。一緒に困ってる人を助けるとか?)
二つ目のドングリを洗いながら、ヘビさんが言っていた事を考えました。
(一緒に楽しい時間を過ごせば仲直りできるかなぁ。楽しい事、楽しい事・・・)
三つ目のドングリはコマドリさんのことを思いながら洗いました。
(ハーちゃんの気持ちか・・。ちゃんと傷つけないように気をつけないと。)
四つ目のドングリはクマさんが言ったことを考えました。
(勇気・・かぁ、ちゃんと謝って、許してくれたらみんなにも、ありがとうって言わなきゃ)
+ + + +
そしてボクは池の向こう岸にいるあなたに聞きました。
「ねー、どうしようか?」
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キツネのおばあさんが言った事が気になる。
→目次ページから『キツネのおばあさんが言った事が大事』を選んで下さい。
ヘビのお兄さんの言った事が気になる。
→目次ページから『ヘビのお兄さんの言った事が大事』を選んで下さい。
コマドリのお姉さんが言った事が気になる。
→目次ページから『コマドリのお姉さんが言った事が大事』を選んで下さい。
クマのおじさんが言った事が気になる。
→目次ページから『クマのおじさんが言った事が大事』を選んで下さい。
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ボクは最後のドングリを池に投げ込むと、手を合わせてお願いしました。