第9話 いつもの日々?
楽しかった休日は終わり、翌日の朝。またいつもの日々がやって来た。ハルが二段ベッドから落ちているのもいつも通りだ。
「ハル~、そろそろ行くぞ」
キョウマが身支度を整えながら言った。
「ちょっと待ってよ、まだ寝癖が直ってないんだ」
パジャマ姿で頭がぼさぼさになっているハルが言った。
「やっぱり髪切った方がいいんじゃないか?寝癖直すのも大変だし、風呂で頭洗うのも大変だろ?」
キョウマが、優しい感じで言った。
「切らないからね⁉あれ?キョウマ、そんなマフラー今まで使ってたっけ?」
背中側の腰ぐらいまでダランと下がっているキョウマの長いマフラーを見てハルが言った。
「これはファッションだよ。昨日街中歩いてたら、みんなオシャレしてんな~って思って俺も何かしようと思って自分で編んだんだ。黄色と白を基調にしたんだけど、似合ってる?」
「うん!凄く似合ってるよ!…いや、ちょっと待って自分で編んだのそれ⁉いつの間に…」
パジャマから着替え、オレンジ色のアームガードを腕につけながらハルが言った。
「昨日の夜にね。お前は多分寝てたよ」
「へぇー。キョウマにそんな才能があったとは…」
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「ふう~今日も疲れた~」
ハルが背伸びしながら言った。夕方になり、パトロールを終えたキョウマたちは寮に戻ろうとしていた。すると、ユウナがふと思い出したように言った。
「あ!そう言えば今日はこの後、ミーティングがあるんだった!」
「そうだったな。疲れてて忘れちゃってたよ。確か…大事な伝達があるって言ってたな」
キョウマも思い出したようだ。こんな時間にミーティングをすることなど、今までなかったのでハルは少し不安に思った。
ーレンジャー隊本部 ミーティングルームー
「任務の後で疲れていると思うが、みんなよく集まってくれた。ご苦労」
リクトは真剣な表情で言った。ミーティングルームには、フラムシティのレンジャー隊員のほぼ全員が集められていたので、かなり窮屈だった。
「早速だが、本題に入る。既に知っているだろうが、ディーネ遺跡の虹色の勾玉がライガに盗まれたことで自然のバランスが崩れたエミューシティでは、以前から土砂災害が発生している。だが、あまりにも被害が大きくエミューシティのレンジャー隊だけでは、対処しきれず状況は悪化する一方だそうだ。そこで、我々フラムシティから支援部隊を派遣することにした。出発は明後日の朝。メンバーはこの後廊下に掲示する。確認しておいてくれ。それと、支援部隊の主な任務は土砂や瓦礫の撤去、行方不明者の捜索を現地レンジャー隊と協力して行うことだ。そして、支援部隊を派遣している間のことだが……」
リクトの話は続いた。レンジャー隊員たちは熱心にそれを聞いていた。
「ど、土砂災害…か…」
ハルがボソッと言った。キョウマには、ハルの体が少し震えているようだった。
ミーティングが終わると、廊下には人だかりが出来ていて、ガヤガヤしていた。支援部隊のメンバーに選ばれたかどうかを確認するためだ。キョウマたちも、確めようとしたが人が多過ぎて難しかった。
「全然見えねー。まあ、多分俺たちはまだ新人だし選ばれてないだろうけど」
キョウマがそう言うと、ユウナはうなずいた。
「そうだね。災害現場の最前線に出るには早いよね」
「そんなことはない。君たち三人も選ばれているよ」
そこに現れたのはリクトだった。
「長官…!それ本当ですか?新人の俺たちが災害現場に行って足手まといにはなりませんか?」
キョウマが驚いているとリクトは話し続けた。
「いや、君たちには別の重要な任務がある。ついて来たまえ、こっちだ」
リクトはそう言って、不思議そうにしている三人を長官室に連れてきた。長官室に入るのは初めてなので、三人は少し緊張していた。来客用のソファとテーブル、長官の席。その周りを書類や本などがしまわれている沢山の棚が囲んでいた。
「重要な任務って何ですか?」
リクトは棚から大きな医療箱を取り出した。その中には、大量の錠剤の薬が入っていた。
「これは…?」
ハルが首をかしげて言った。
「明日他のみんなにも伝達するが、今エミューシティの避難所では疫病が流行っている。しかし、薬のほとんどが流されてしまい、多くの人々が苦しんでいる。君たちにはこの薬を届けてもらいたい」
三人は納得してうなずいた。でも、気掛かりになったキョウマが、すぐにリクトに質問した。
「長官、どうして俺たち何ですか?」
すると、リクトは少し笑みを浮かべて言った。
「君たちのことを見込んでいるからだ。君たちの真面目な働きぶりはフレインからもよく聞いている。だからだ。被災地に行く以上ある程度の危険は伴うと思うが、引き受けてくれるな?」
「はい!」
キョウマとユウナははっきりと返事をしたが、ハルはうなずくだった。いつもなら、大声で返事をしそうだが何故か元気がない。心配になったリクトが尋ねた。
「どうしたんだい、ハル君?調子が悪いのか?」
「い、いえ全然。お腹が空いてるだけですよ。お気遣いありがとうございます」
ハルは少し焦り気味に答えた。
「さて、詳しい話をしておこう。大変申し訳ないが、他の支援部隊とは違って君たちには明日の朝出発して欲しい。薬はなるべく早く届けてもらいたいからな。エミューシティへ到着したら、まずは支部長のダグラムに会うんだ。エミューシティでは、彼の指示に従ってくれ。伝えておくことは以上だ。今日の夜は明日に備えてしっかり準備をしておいてくれ」
その後、三人は長官室から出て寮に戻ろうとした。その間もハルは元気がないようだったので、キョウマとユウナは心配だった。しばらくして、部屋に戻るとキョウマとハルは明日に備えて荷物を整理した。
「ハル、着替えはどのくらい必要だと思う?」
キョウマが聞いたが、応答がない。ハルはカバンに荷物を詰める手が止まりボーっとしていた。
「おいハル!大丈夫か?さっきからずっと変だぞ⁉」
「えっ?ああ、だ、大丈夫だってば…」
「無理すんな。体が震えてるぞ」
「キョウマには…関係ない…ほっといてよ…」
そう言ってハルは、さっさと準備を済ませて二段目に上がってベッドに横になった。キョウマは、ますますハルのことが心配になった。
(一体どうしちまったんだ…こんな調子で明日大丈夫かなぁ…)
「ど、土砂災害に…びょ、病気…。ううっ…」
ハルの小さな声は、すぐそばにいるキョウマにすら聞こえなかった。