第7話 天聖神話
ツカサとの一件以来キョウマとハルは、任務をしっかりとこなすようになり、毎日真面目にパトロールをしていた。レンジャー隊の生活にも慣れ、以前までは、寝坊するなど少しいい加減なところがあった二人だが、段々と改善されてきている。ハルが毎朝二段ベッドから落ちていることを除けば。
「いったぁ!腰を打ったみたい…」
「また二段ベッドから落ちたのか…。やっぱりお前、寝相悪いんじゃねーの?」
キョウマが、眠そうな声で言うと、ハルは腹立たしげに答えた。
「いや!そんなことはないよ!僕が悪いんじゃなくて、このベッドが悪いのさ!」
キョウマは、あくびをしながら迷惑そうに言った。
「ふぁぁ…分かった分かった。びっくりするから、そんな大声出すな。でも、ベッドが悪いなら、尚更一段目で寝た方がよくないか?」
「やだ!僕は高いところが好きなの!」
ハルがさっきと同じくらいの声の大きさで言った。キョウマは、どうでもいいような口調で言った。
「大声出すなって言っただろ。ハァ…もう好きにしろ…」
そして、身支度を整え、二人はいつも通り寮の食堂で朝食を食べている。
「なぁ、ハル。今日は俺たち、休みの日なんだろ?お前は何か予定とかある?」
二人がレンジャー隊に入ってから既に一週間は過ぎ、今日は新人レンジャーには休みが与えられていた。
「まあ、なくはないけど」
「なになに?教えてよ!」
そこに突然ユウナがやって来て言った。
「わあ⁉びっくりした!なんで君は、いつも僕らの後ろから現れるのかな⁉」
ハルは驚いたあと、過剰に反応した自分が急に恥ずかしくなった。
「いつもって言うなら、そんなに驚くことないでしょ…」
ユウナの方が、ハルの驚きっぷり逆にびっくりしていた。すると、キョウマはしぶしぶ言った。
「悪いな、ユウナ。こいつ、また二段ベッドから落ちて機嫌が悪いんだ」
「もぉぉぉ!そういうわけじゃないよ!」
朝食を済ませ、三人は街へ出掛けた。沢山の店が並び、人やモノが行き交うフラムシティの中心街を歩いていると、キョウマは感心したように言った。
「こうしてみると、フラムシティって結構栄えてるんだな」
「当然よ。レンジャー隊本部や大手企業もある大都市なんだから。大きな平野に、豊富な資源。地理学的にも人が集まりやすいところなんだよね」
ユウナが意気揚々と解説したが、キョウマにはピンと来なかった。
「ところで、ハル。お前の予定って結局何なんだよ」
「来てみれば分かる。そこの角を右に曲がればすぐだ」
それからしばらく歩いていると、三人の目に、十字架のついた白い建物が飛び込んできた。ただ白いだけではなく、どこか神々しさを感じる白だった。
「ここって、もしかして天聖教のプライアンス教会?」
ユウナが尋ねた。
「そうだよ。実は僕、天聖教徒なんだ」
キョウマがポカンとした顔で聞いた。
「天聖教ってなんだ?」
ハルとユウナは、耳を疑った。だが、二人ともキョウマは記憶喪失だから仕方ないと、自分に言い聞かせた。
「天聖教は、宗教の一つさ。僕はその中のプライアンスって言う宗派を信仰してるんだ」
「なるほどね」
「二人ともついてきなよ。教会の中を案内するよ」
ハルにそう言われ、キョウマとユウナも教会の中に入った。そこには、銅像や絵などが飾られていた。
「広いところだなあ。それに、眩しいぐらい綺麗だ」
「常に清めておかないと、神様に失礼だからね。当然さ」
「ねぇ、ハル君。こんなに広い教会なのにどうして他に誰もいないの?」
ユウナが不思議そうにして聞いた。
「ああ、他の人たちなら、多分今は礼拝堂にいるんだと思う」
そして、三人は奥の扉を静かに開けて、礼拝堂に入った。礼拝堂には子どもから大人まで大勢の人がいたが、まるで誰もいないかのように静まり返っていた。その人たちは、手を合わせて目を閉じていた。礼拝をしているようだ。天井には、幾何学模様の鮮やかな色のガラスが張り巡らされていて、教会の神々しさを引き立てていた。
「色とりどり、綺麗なガラスだなぁ」
ユウナがそう言うと、ハルは小さな声で言った。
「静かにして。礼拝中だから」
そう言うと、ハルも手を合わせて目を閉じた。キョウマとユウナは初めて見る光景に少したじろいでいた。
しばらくして、人々が顔を上げ始めた。礼拝が終わったようだ。
「この後は、牧師さんからお話があるんだけど聞いていくかい?」
「じゃあ、一応…」
ハルに勧められて、キョウマとユウナも牧師の話を聞くことになった。
「皆さん、こんにちは。今日は天聖教の教えの一つについてお話ししたいと思います」
牧師が前に出て話し始めた。
「‘‘神に心を委ねよ。天に全てを預ければ、希望という名の光が降り注ぐであろう‘‘という教えがありますが、そもそも我々が神様を礼拝することの意味とは…」
牧師の話は、かなり長く続いた。キョウマとユウナは、途中からついていけず終わる頃には、完全に寝てしまっていた。
「キョウマ!ユウナ!起きてよ!起きてってば!」
キョウマとユウナは、ようやく目を覚ました。
「う~ん…」
「あれ⁉お話は?」
ハルが、ため息をついて言った。
「二人とも爆睡だったよ。全く、寝ちゃうなんてもったいない。せっかくのいい話だったのに」
「悪いけど、全然興味が湧かなかったよ」
キョウマが言った。
「まあ、信者じゃないなら、興味が湧かなくて当然だよ。そうだ!聖書に書かれているのは教えだけじゃない。天聖神話の話をしてあげるよ。これなら、少し興味が湧くんじゃないかな」
キョウマとユウナは嫌そうな表情だったが、ハルは、聖書を取り出して話し始めた。
「かつて、光と闇の壮絶な戦いがあった。光とは女神率いる天界軍、闇とは魔王率いる魔界軍。魔界軍は、天界と魔界を繋ぐ扉、魔天門を開き、天界を攻めた。それと同時に、地上にも侵攻した…」
「ちょっと待て、ハル。まさか、それを最初から最後まで全部読むつもりか?」
キョウマが焦って聞いた。
「いや、そんなつもりはないよ。本当は天界軍と魔界軍の戦いが詳しく書いてあるんだけど、全部読んでたら日が暮れちゃうから、最初と最後の重要な部分だけ読むよ」
それを聞いてキョウマとユウナは安心した。また延々と長話を聞かされるのは、二人とも望んでいなかった。
「こうして長い戦いは天界軍の勝利で終わった。敗れた魔界軍は、魔天門から魔界へ押し返された。その後、女神の聖なる力によって魔天門は二度と開かないように固く閉ざされた。しかし、戦いの被害は凄まじかった。特に、地上で。地上に住む人間たちは、魔界の悪魔やモンスターに対抗できる力を一切持っていなかったため、地上は荒れ放題だった。そこで、天界は人間たちに、自然を豊かにする力をもつ虹色の勾玉を贈った。さらに、万が一再び魔界軍が攻めて来た時、自分たちで戦えるようにと魔法を授けた」
キョウマは、何故だか分からないが天聖神話のイメージが、自然と脳裏に鮮明に浮かんだ。一方で、ユウナは素直に感想を言った。
「魔法と虹色の勾玉が、天界から贈られたっていうのは知ってたけど、天聖神話の話だっていうのは知らなかったわ。勉強になったよ!」
キョウマは、首をかしげて疑問そうに言った。
「ハル、天聖神話って実在したのか?」
「最近の研究だと天界と魔界の戦いは、昔の人々の創作である可能性が高いって言われてるけど、天界から魔法と虹色の勾玉が贈られたっていうのは、ほぼ間違いないらしい。虹色の勾玉は、人間が作るのは不可能らしいからね。サラマンダー遺跡とか各地の遺跡にも天界の存在を裏付けるかのような壁画があるらしい」
「つまり、天界の存在は否定できないってこと?」
「そういうことだね。天界がどこにあって、どうすれば行けるのかとか、まだまだ謎が多いから定かではないらしいけどね」
ハルは、得意そうにキョウマに解説した。すっかりいい気分になっているようだ。