第6話 立派なレジャー隊員
腹ごしらえを済ませた三人はパトロールに戻っていた。キョウマが背伸びしながら言う。
「よ~し!あと1時間頑張るぞ」
「このまま何も起きずに平和に終わるといいなぁ」
ハルが言った。気がつくと、ユウナは少し不満そうにそっぽを向いていた。
「二人ともメロンパン食べ終わるの早過ぎでしょ!もう少し私のことも待ってくれたら良かったのに」
「仕方ないだろ?パトロール中なんだから長居してるわけにはいかない」
キョウマが自分の行動を正当化しようとするので、ユウナの不満そうな態度は変わらなかった。
「さっきまでヘロヘロだったくせに、よく言うわ」
そうやってパトロールしていると、とあるだだっ広い空き地を通りかかった。その時、突然大きな声が聞こえてくる。
「お前たち、レンジャー隊のキョウマとハルだな!」
三人は、声がした空き地の方を振り向いた。そこには、自分たちと同じくらいの年の少年の姿があった。
「俺の名はツカサ。キョウマとハル!お前たちに魔法バトルの勝負を挑む!」
あまりにも唐突な申し出にハルは、頭が追いついていなかった。すると、ユウナは申し訳なさそうに言った。
「悪いけど、私たちは今任務中なの。また今度に…」
「そんなこと言って逃げるのかい?」
ツカサは、ユウナが言い終える前に割って喋った。かなり鋭い口調で。キョウマは、ツカサに聞こえないように小さな声でハルに尋ねた。
「なあ、魔法バトルってなんだ?」
「ええっ!魔法バトルを知らないの⁉」
ハルが思わず大きな声を出すので、キョウマが小さな声で喋ったことは一瞬で台無しになった。
「魔法バトルっていうのは、自分の武器と魔法を使って相手と戦う。それで、相手をノックアウトさせれば勝ちっていう一つの競技さ」
「へぇーなるほど。で、俺たちは今その勝負を持ち掛けられてるってことか…」
「さっきから何をごちゃごちゃと言ってるんだ!さっさと戦え!」
ツカサは苛立っていた。そこに、ユウナが厳しく警告した。
「ダメよ!勝負を受けたら。魔法バトルは確かに競技として認められてはいるけど、こんな町中でするのは原則として許されなてないわ。絶対にダメよ!」
「ユウナの言う通りだな。止めとこう、キョウマ」
ハルが納得した顔でキョウマの方を向いた。
「俺はそもそもやる気なかったけど?まあいいや。ツカサだったっけ?その勝負、断らせてもらう」
「さては、負けるのが恐いんだな?レンジャー隊の名が泣くよ」
そこで声を上げたのはハルだった。
「そんなに言うなら僕が相手になってあげるよ」
「ちょっとハル君⁉勝負したらダメってことで納得してくれたんじゃなかったの?」
ユウナが焦って聞いた。
「ごめん、気が変わった。考えてみれば、僕たちをレンジャー隊と分かって勝負を挑んで来るってことは、きっとあいつは悪い奴に違いない!ほっといたら大変なことになるかもしれない」
「ようやくか…」
ツカサが呟いた。そして、ハルは空き地に入った。
「この空き地、バトルするには申し分ない広さだろう?さて、始めるとするか」
ツカサは鞘から剣を、ハルは背中につけていた槍を、それぞれ取り出し身構えた。
「じゃあ、早速こっちからいかせてもらう!火炎弾!」
ツカサは先制攻撃を仕掛けた。
火炎弾はハルめがけて一直線に飛んでくる。
「君も火属性使いか。なら、尚更負けるわけにはいかない。こっちも火炎弾だ!」
ハルも火炎弾を繰り出した。
二つの火炎弾は見事にぶつかり合い、爆風が起こった。
「どうするユウナ?止めるべきかな?」
「いや…ここはハル君に任せましょう」
そんな返事が返って来るとは思っていなかったので、キョウマは少し焦った。
「いくぞ~!」
ツカサはハルとの距離を縮め、炎をまとった剣で襲い掛かる。
ハルも負けじと炎をまとった槍で迎え撃つ。
「ぶった切る!ファイアソード!」
「負けるもんか!バーニングスピア!」
火花が散る激しい斬りあい。
そして、刃と刃が重なりパワー勝負になった。
押し勝ったのはハル。
ツカサは再び距離をとった。
「クソッ!なかなかやるな…なら、もう一回くらえ!」
ツカサは、既に息が上がっていた。
苦しまぎれに火炎弾を放つもハルの槍にはじかれてしまった。
だが、ハルの方もかなり疲れが出ていた。
「そんなもの…効か…ない…よ」
「見え透いた嘘ついてんじゃねーよ!今度こそ…終わらせてやる…ハァァァ…!」
ツカサの頭上に火の玉が大量に現れた。
「くらえ!火炎弾10連発!」
ツカサの掛け声と同時に10発の火炎弾がハルに飛んで行き、全て命中した。
爆風が起こり辺りは煙で覆われた。
「ハルーーー!」
キョウマが叫んだ。
「これなら…流石に決まっただろう。さて、次はお前だ。キョウマ!」
「ハルの分までやってやる‼」
キョウマはこわばった顔で身構えていた。
しかし、煙が晴れると同時にハルの元気な声が聞こえてきた。
「その必要はないよ」
そこには、得意そうな表情のハルと彼を守るように展開されている赤色のバリアがあった。
「何だと⁉あの10発の火炎弾を防いだっていうのか⁉」
ツカサが目を丸くして言った。
「防御魔法、サラマンダーの加護。炎のバリアを展開して、使用者を守ってくれる」
「流石ハルだ!凄いぜ!」
キョウマもユウナも感心していた。
「防御魔法を使えるとは…!」
ツカサが悔しそうな表情をして言った。
「じゃあ、反撃させてもらおうか。火炎放射ー!」
(やっぱり、俺じゃ敵わないっていうのか…ちくしょう!)
燃え盛る炎がツカサに向かっていく。
そして、決まったと思われたが決まっていなかった。
煙が晴れてそこにいたのはフレインだった。
彼がバリアで火炎放射を防いでいた。
「僕は新人レンジャーたちがきちんと任務をこなせているかどうか気になって、見回りをしていたんだ。さて、一体何があったんですか?何故任務中に魔法バトルをしているんです?」
フレインが爽やか声だが険しい表情をして言った。ハルは焦って答えた。
「い、いや…あの…アイツから勝負挑んできたんです」
「なるほど。でも、断れば良かったでしょう?」
ハルが問い詰められていると、誰かが大急ぎで走ってくる音が聞こえた。それは、ハルたちにメロンパンをご馳走してくれた「ブレッドベーカリー」のおばさんだった。
「違うんです!その子たちは何も悪くありません。悪いのはうちの息子なんです!」
「ツカサが、パン屋のおばさんの息子⁉」
キョウマはびっくりしていた。
「どういうことでしょうか?」
フレインが丁寧に聞いて、おばさんが答えようとするとツカサが割って入った。
「分かった!自分で話すから、母さんはそれ以上言わないでよ!…俺、むしゃくしゃしてたんだ…。この前のレンジャー隊の入隊試験に落ちて…」
全員が真剣に聞いていた。
「俺は去年も不合格で、今年こそはって思って…ずっと魔法のことを勉強してきた。努力し続けてきた!でも不合格…。なのにそこにいる二人は…たまたまモンスターを倒したってだけで、試験も受けずに入隊しやがった…!俺のこれまでの努力に比べればそんなの屁でもない!悔しいじゃないか…」
ツカサは目に涙を浮かべながら話し続けた。
「さっき母さんが店にそいつらを招いたとき、話をコッソリ聞いていれば…キョウマとハルは今朝寝坊して朝飯を食えず、腹を空かせていたそうじゃないか…どこが立派なレンジャー隊員だよ!」
キョウマとハルはドキッとした。
「そんな意識の低い奴らが!レンジャー隊に入隊できるなら、ずっと努力してきた俺が入隊できないはずはない!だから、二人に勝って俺にも十分、力があると証明したかったんだ…。そう思ったら居ても立っても居られなくて、じいちゃんが昔使ってた剣を家から持ち出して勝負を挑んだんだ…!」
ツカサは下を向いたまま動こうとしなかった。すると、フレインが口を開いた。
「ハル君、ツカサ君。如何なる理由があったとしてもこのような町中で魔法バトルをするのは、許されることではありません。もし、君たちの炎の流れ弾が近くの家に燃え移っていたらどうなっていたか…!そこまで考えた上でバトルしてたんですか?」
ハルもツカサ答えることができなかった。
「傍観していただけの君たちも同じだ、キョウマ君、ユウナ君」
「すみませんでした」
四人全員が同時に頭を下げて言った。
「このこと、長官に報告すれば必ず罰が下るでしょう。しかし、幸い被害はなかった。というわけで今回の件は保留ということにしておきます。長官に報告はしません」
全員がそれを聞いて安堵した。だが、フレインの話は終わっていなかった。
「キョウマ君、ハル君。今朝寝坊したというツカサ君が言っていたことは本当か?」
キョウマが小さな声で言った。
「は、はい…」
「もし今後君たちの意識が変化しないのであれば、レンジャー隊は君たちをクビにせざるを得ない。何のために自分たちがレンジャー隊に採用されたのか、よく考えて下さい」
「はい!」
ハルが元気よく返事をした。フレインはツカサの方を向いて言った。
「それから、ツカサ君。これまで色々と大変だったようだね。君の気持ちはよくわかる。だが、今回の件、君は一歩間違えれば犯罪者。もう二度としないで下さい…試験は来年もある。諦めないでくれ」
ツカサは涙を拭って、大きく頷いた。そして、キョウマとハルに近づいて言った。
「二人とも、今日は本当にすまなかった。だけど、忘れないで欲しい。君たちレンジャー隊員は、俺のように試験に落ちた者たちの思いを背負ってるってことを」
その日の夜、ハルはベッドに転がって言った。
「ねぇ、キョウマ。もしかして僕たちって結構有名なのかな?」
「俺たちが町を救ったていう話は、意外と広まっているのかもな」
ハルは、しばらく考えこんで言った。
「だとすれば、僕たち、今のままじゃダメだ。周りの人たちに、ツカサに恥じないような、立派なレンジャー隊員にならなくちゃ」
ハルは、真面目な面持ちで言った。
「そうだな。もっと頑張らないと。それじゃあ、おやすみ」
そう言ってキョウマは、枕元の灯りを消した。昨日よりも1時間早い就寝だ。