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07「お借りいたします」


 突如として眼前に現れたひどく美しい女性は、もちろん鵜渡路舞に相違ない。

 “愛の勇者”のロールを持つ召喚勇者の一人。

 玉座の間を血の海に沈めた本当の王殺し。

 そして何故か俺のことを以前から知っている風な、謎の女子高生。


 しかし数時間前と大きく変わっている点が一つ。

 端的に言うと……コスチュームが変わっている。


 今の彼女が身にまとうのは血に濡れた学生服――ではなく、身体の局部だけを隠すような最低限の鎧。

 いや、これは鎧と言っていいのか? 

 腰回りのくびれやヘソだって丸見えだし、学生服の上からでも分かった巨乳は今や白日の下に晒され、尻が――


 ……ああ、もうしち面倒くさい!

 要するにビキニアーマーだ!

 鵜渡路舞はその黄金比的グラマラスボディを見せつけるかのように、コスプレイヤー顔負けの超絶過激装備を身に着けているというわけだ!


「八伏お兄様、あまりまじまじと見つめられては、その、恥ずかしいです」


「スミマセン!!」


 食い気味に謝罪の言葉を述べた。

 間違いなくそんな布面積で現れる方に非があるのに何故か謝ってしまう! 理不尽だろコレ!

 一方で鵜渡路はそんな過激な格好をしているくせに、本当に恥ずかしそうに身体をくねらせた。


「いつまでもあの汚れた制服を着ているわけにはいきませんから街の洋服店で適当に見繕ったのです。……しかしこの世界での勝手が分からず、店員さんの言うことに従っていたら気付くとこのような……」


「修学旅行中の中学生か!」


 もう相手が人殺しということも忘れて普通にツッコんでしまった。

 意外と抜けてんだなコイツ!


「ですが八伏お兄様がどうしてもと言うのなら、私はこの服もやぶさかではありませんが……」


「え!? あ、いや……うーん」


 ここは年長者っぽく

 年頃の女子が腰を冷やすな! もう少し厚着しなさい!

 とでも言おうと思っていたのに、妙に歯切れの悪い言葉になってしまった。

 性と理性の狭間で葛藤する小さな自分が少し嫌いになりそうだ……


 ――その時である。

 ダァンと一度、至近距離で発砲したかのような音があった。

 アクセルが足元の小石を蹴り上げたのだ。

 蹴り飛ばされた礫は、スナイパーライフルよろしく鵜渡路のこめかみへ。


「危な――!」


 鵜渡路の身を案じて、声をあげる。

 しかし、結果的に必要はなかった。


 鵜渡路はそちらを見ようともせず、ただ腕だけを動かして、その手に携えた大剣で飛来してきた石飛礫を斬り砕いてしまったのだ。


「ば、化け物かアイツ……!?」


 倒れていたもじゃ頭がたまらず声をあげた。

 それはそうだろう、たかが石飛礫とはいえ、あの馬鹿力から繰り出されたものだ。本当に銃弾と同等の威力を持っていたとしても不思議じゃない。

 それを、鵜渡路舞は問題にもしていない。

 まるで微動だにせず、あろうことか微笑みまで浮かべて。


「……さっきは聞こえなかったみたいだからもう一度聞くゾ」


 メイファンが苦虫を噛み潰したような表情で、再度その質問を投げかける。


「誰だ、オマエ」


 この問いに対して、鵜渡路は堂々と答える。


「――恋する女子高生です」


 俺ともじゃ頭が同時に目を剥いて彼女を見た。

 メイファンは訝しげに眉をひそめる。


「ジョシコウセイ……? マテ、知っているゾ、それは異界の言葉だろウ、何故オマエが……まさか召喚勇者? いや、しかしワタシの計算ではあの上級神官が召喚できる勇者はせいぜい三人が限界のはず……死んだ勇者が二人、そこの男が一人、これでは数が合わなイ……」


 メイファンは何事かをぶつぶつと呟き始めたかと思うと、やがて――にたりと口端を吊り上げた。

 鵜渡路の女神のごとき微笑とは対称的に。

 内包された狂気がとめどなくあふれ出してくるかのような、とてつもなく歪で邪悪な笑みである。


「イイ! 実にイイネ! イレギュラーこそワタシの最も望むところ! 二人ともワタシのサンプルとして弄り倒してあげるヨ!」


「じゃあボクはこのへんで……」


「駄目ダ、オマエは殺ス」


「畜生!」


 どさくさに紛れて逃げ出そうとしたもじゃ頭だったが、やっぱり無理だった。

 もう諦めろよ、メジュー羊君。


「――先ほどの一撃が防げたのであれば、もう遠慮はいらないナ! 備えろアクセル!」


「……」


 アクセルが飛びずさって、構えをとった。

 その構えの美しさときたら俺ともじゃ頭が思わず目を奪われてしまったほどだ。

 重力の存在すら感じさせないほど流麗な、演舞にも似た所作。

 あれは……功夫(カンフー)ってやつか?

 それに気付いた直後――悪寒が走った 。


 アクセルが深く息を吐き出す度に世界そのものが研ぎ澄まされていくかのような。

 大気の流れが全てアクセルに集中するような、そんな奇妙な感覚。

 間違いない。

 俺には武術も魔法もファンタジーも分からないが、生物としての本能的なものが訴えかけてきている。

 あれはヤバい――!


「アクセルに移植したロール“赤竜”はとあるドラゴンから摘出したものなのだガ……これには身体能力を底上げする他に一つ面白い効果があってネ、ある特殊な気の流れを感知することができル」


「龍脈、ですか」


「……オマエ、本当に何者なんだヨ、異世界人のクセに理解良すぎだロ……ま、その通りだけどサ」


 アクセルの体が淡く光を放ち始める。

 息ができなくなるほどの、巨大な力の奔流がアクセルを中心に渦巻いている。


「龍脈とリンクしたアクセルの一撃は純血種の竜すら屠ル。さあ全力で身を守ってくレ、主に急所を、ナ、せめて生きていてもらわないと実験に差し支えル」


「ご期待に添えれば幸いです」


 鵜渡路の発言を受けて、メイファンが口元を歪める。

 それが合図となってアクセルが爆発した。

 否、爆発ではない。

 傍から見れば爆発したように見えるほど、強烈に踏み込んだのだ。


 繰り出される大砲さながらの掌底。

 鵜渡路が大剣の腹を盾代わりに、衝撃へ備えた。

 メイファンは依然不敵に笑っている。


 恐らく、確信しているのだ。

 それでは防げない。アクセルの攻撃は確実に鵜渡路の防御を突破し、たちまち彼女を戦闘不能に追い込むものだと。

 俺も、もじゃ頭でさえも、その場にいる全員がそれが理解できて、目を覆いかけた。


 ――ただ一人、鵜渡路を除き。


「では、お借りいたします」


 瞬間、襲い来る衝撃に、俺たちは立っていることすらままならない。

 ビリビリと大気が震え、遅れて砂塵が舞い上がる。


 それはきっと時間にしてほんの数秒のことだったろう。

 砂塵が晴れ、二人の姿が露わになる。


「……!?」


 アクセルの貼り付けたような無表情が、初めてなんらかの感情を示していた。

 それもそうだろう。何故なら彼女の渾身の一撃は、鵜渡路が掲げた純白の()によって、完璧に防がれてしまったのだから。


「冗談だロ……あれは聖騎士のロール! アイオンの白盾じゃないカ!! 何故勇者がヤツのロールを……!!」


 ここで、メイファンがいち早く何かに気付き、遅れて俺たちも理解する。

 あれは盾ではない。

 鵜渡路の大剣がまるで生き物のように蠢いて姿を変えたものなのだと。


「では、さようなら」


 鵜渡路は寒気がするぐらい美しい声で言う。

 すると、鵜渡路の像がブレた。

 いや、ブレたのではない、増えた。

 純白の盾を構えた鵜渡路から純白の剣を携えた鵜渡路が分裂、意思をもって動き出したのだ。


 そして剣の鵜渡路が踊るように大剣を振るう。

 剣の軌道上には、驚愕に固まるアクセルの首が。


「アクセル避けロ!!」


 メイファンが叫び、アクセルは我に返ってすかさず回避行動に移る。

 普段の彼女ならば、このような奇襲にも対応できたやもしれない。

 だが、悲しいかな彼女は鵜渡路の剣に触れてしまった。

 触れた者のロールを拝借する“融和”の祝福(ギフト)をもった、彼女の剣に。


「め、いふぁ」


 断末魔はひどく呆気ないものだった。

 かくしてアクセルという名の少女は、他の例に漏れず斬首刑に処される。


「……アア、そうか、分かったゾ、オマエの正体が」


 そして、彼女もまたそうなる。


 三人目の鵜渡路がメイファンの背後に回り込んでその首筋に純白の大剣を突きつけていた。


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