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06「チャイナ博士とエロい格好のねーちゃん」


「――異界の者たちを強制的にこちらの世界へ召喚し、人為的に勇者のロールを定着させる勇者召喚の儀……興味はあったんだけどナ、ものすごく、ものすごーく」


 チャイナ博士もといメイファンは、いかにもわざとらしく肩をすくめた。

 ふゅるる、とヘタクソな溜息もセットで。


「ロールは生まれつきの物、後天的に与えられることなんて普通はなイ、だからもし勇者召喚が成功したら実験用に勇者を一体私に譲ってくれないかと王様にお願いしたんだガ……聞いてくれヨ!」


 今度は一転して全身を震わせ、こちらに訴えかけてくる。

 まるで素人の芝居を見せつけられているかのような、そこはかとない不自然さ。


 しかし、なんだ?

 それ以外にも何か違和感を覚える。

 そこはかとない、不気味さを……


「王様ときたらワタシの申し出を一も二もなく却下したばかりでなく、ワタシが勇者召喚の儀へ立ち合うことを禁止したんダ! ひどくないかイ!?」


 次にわざとらしい怒りのポーズ。

 大仰に声を荒げ、肩をいからせ……

 そこで気づく。

 彼女に覚えていた違和感の正体を。


 メイファンはそのオーバーとも思えるボディランゲージの最中、視線を外すことはおろか瞬きの一つさえせず、常にその濁った眼で俺だけを見つめ続けていたのだ――


「でも創造神サマはワタシを見捨ててはいなかったネ! だってほら、奇跡的な巡り合わせにより貴重なサンプルが目の前に……」


「ぼっ、ボクは無関係だよ! メイファン様!」


 彼女が言い終えるよりも早く、隣のもじゃ頭が叫ぶ。

 これを受けてメイファンはいささか不機嫌そうに、ちらと彼の方を見やった。


「……なんだオマエ? ワタシは今、そこの勇者君とお話しているんだヨ?」


「脅されたんだ! この勇者が自分の逃亡を手伝わなければ殺すと! だから無関係! ボクは全く無関係!」


 こ、コイツ!? 自分だけ助かるために無関係と言い切りやがった!

 お前だって王城から盗みを働こうとした大罪人のくせに!


 しかし必死に主張する彼を見下ろすメイファンは、ひどくつまらなそうな表情だ。

 まるで本当に虫けらでも見るかのような冷たい目である。


「ふうん、ワタシは勇者さえ手に入ればなんでもいいんだヨ、王殺しも宝物庫破りも関係なイ」


「うっ……!?」


 もじゃ頭が図星を突かれて顔を歪める。

 思いっきりバレてるじゃないか。


 しかし話の流れ的に自分だけは助かりそうな雰囲気を感じ取ったのか、もじゃ頭がにやりと口元を歪めた。

 コイツ本当に汚ねえな!?


 そう思った矢先のことだ。


「……」


「ン? どうしたアクセル? 不機嫌そうな顔しテ」


 見ると、奴隷少女ことアクセルがちょいちょいとメイファンの白衣の袖を引っ張っていた。

 ちなみにメイファンは不機嫌そうな顔と言うが、見た限り彼女は貼り付けたような無表情のままだ。


「どうした、お腹空いたのカ? さっき食べたばかりだろウ? ほら見ろ、べろべろばァ」


 メイファンはヘタクソすぎていっそ不気味な「べろべろばあ」を披露するが、アクセルは目もくれない。

 というか彼女の視線は、どうも俺の隣のもじゃ頭を捉えているようで……


「……」


「ンン? なになに……ほう、それはそれは」


「……」


「ウーム、それは如何ともしがたイ」


「……」


「ウム、可愛いアクセルの頼みダ、しょうがないナ」


 異様な光景であった。

 カカシのごとく突っ立って無言を貫くアクセルに対し、メイファンが相槌を打ち、最終的には何かを決定してしまった。

 これには俺だけでなくもじゃ頭も怪訝な表情だ。


 すると、おもむろにメイファンはこちらを振り向き


「まぁ、そういうことダ、残念だったナ」


「えっ、あの、どういうことです?」


 もじゃ頭が聞き返す。

 するとメイファンはからから笑いながら答えた。


「アクセルが言うんダ、オマエのもじゃもじゃ頭がメジュー羊の背中に似ているから気にくわないんだとサ、何を隠そうアクセルはラム肉が嫌いでネ、好き嫌いはダメだと常々言い聞かせているんだガ……」


「つ、つまり?」


「――つまり、オマエは殺ス」


 あまりにも単刀直入な結論に目玉が飛び出すかと思った。

 もじゃ頭に至っては顎が外れるんじゃないかというぐらいあんぐり口を開いている。


「じょ、冗談ですよね、メイファン様」


 メイファンは答えない。ヘタクソな「べろべろばあ」を披露し続けている。

 一方でアクセルはそちらには目もくれず、感情を窺えない瞳でもじゃ頭を見据えており……


 ――もじゃ頭が行動に移った。


「クソっ! 死ねイカレ野郎!」


 もじゃ頭は、懐から取り出したナイフを一切の躊躇なく投擲。

 飛来する銀色の刃はメイファンの無防備な後頭部へ――刺さらず。

 投擲されたナイフを遥かに上回る速度で動き出したアクセルによって、信じがたいことだが、空中で掴み取られた。


「なっ!?」


 これには彼も驚愕を隠せない。

 しかし本当に驚くべきはここからだった。

 アクセルは何を思ったのか、掴み取ったナイフの刃をそのまま口のところまで持ってくると――まるでスナック菓子か何かのようにバリバリと噛み砕き始めたのだ。

 金属があんな風に砕ける音を、俺は初めて聞いた。


「……先ほども言ったが、人が後天的にロールを得ることは通常なイ、だが、例外を作ってこその発明家だろウ?」


 メイファンが、邪悪な笑みを浮かべてこちらを振り返る。

 その目は、明らかに狂気で濡れていた。


「アクセルは私の最近の自信作の一つでナ、ちょっと人には言えない方法で、二つのロールを移植(・・)してあル」


 アクセルは噛み砕いた刃をごくりと嚥下し、残った柄の部分を無造作に放り投げる。

 もじゃ頭はすかさず次のナイフを用意する。


「アクセルに移植したロールは“武神”と“赤竜”、どちらもA級ロールで前者はさる武道の達人から、後者はモンスターから頂戴しタ、まだ完璧に馴染んではいないがネ」


 刹那、アクセルが視界から消えた。

 それが、すさまじい踏み込みによって一瞬の内にもじゃ頭との距離を詰めたのだと知ったのは、全てが終わった後だった。


「くっ……!」


 もじゃ頭は咄嗟にナイフで前面をガードし、後ろに飛びのいたが、無意味だった。

 アクセルの掌底は桁外れのパワーによってナイフを粉々に破壊しただけにとどまらず、その衝撃の余波だけでもじゃ頭を弾き飛ばしてしまったのだ。


「ぐぶっ……!?」


 もじゃ頭は水平に吹っ飛んで、レンガ造りの壁へしたたかに背中を打ち付ける。

 俺は反射的に叫んだ。


「メジュー羊!」


「誰が羊だこのヘタレ勇者……」


 良かった! 言い返すぐらいの余裕はある!

 しかし傷は深い。

 口端からは血が出てるし、もう一度立ち上がれそうな気配もない。


「ふむ、まだいまいち間合いが掴めていないようだナ……やはり移植したロールではなかなか本来の力が発揮できないカ……」


「……」


 アクセルがもじゃ頭にゆっくりとにじり寄る。

 まるでターミネーターだ。

 彼女はまったくの無感動に、人を一人殺めようとしている。


 もじゃ頭のアイツは出会ってまだ間もないが、知らない仲ではない。

 さすがに俺もこれは看過できなかった。


「やめろチャイナ博士! 目当ては俺なんだろ!?」


「……それはワタシのことカ? ふむ、しかし博士というのは良い響きダ、次からもそう呼んでくレ」


「いくらでも呼んでやるわ! だからあの日焼けしたエロい格好のねーちゃんを止めろ! 実験でもなんでも付き合ってやるから!」


「なっ、ヘタレ勇者お前……!」


「――ほう?」


 メイファンが興味深そうにこちらを覗き込んでくる。


「オマエ、実験って何をされるのか分かってそれを言っているのカ?」


「人間ドックみたいなもんだろ!? 俺はタバコ吸わないからキレイなピンク色の肺してるぞ! 医者にも褒められた!」


「人間ドック……? なんだソレ」


「とにかく健康体ってことだよ! 採血でも体力測定でも好きにしろ!」


 メイファンはこれを聞くと、一瞬目を丸くして――それから腹を抱えて笑い出したではないか。


「ナハハ! 面白いこと言うなオマエ! そんなので済むと本気で思ってるのカ!?」


 えっ、済まないのかよ。

 もしかしてバリウムとか飲まされるのか?

 以前、胃カメラを突っ込まれてえづいた時の記憶がフラッシュバックしてげんなりしていると、メイファンがずいと顔を寄せてきた。

 間近で見る瞳はやはり工場廃液のごとく濁り切っており、ぬらぬらと怪しい光を返している。


「教えてやろう異世界の勇者サマ、ワタシのロールは世界で数人しか存在しない“狂科学者”、レア度だけで言えばオマエが殺した“人王”と同等なのサ」


「……すごいな?」


 正直あまりピンとはきていない。

 しかし、まぁ“人王”のロールに関しては、一国の主が世界に何人いるのかと考えてみれば、確かにレアだな、と思う。


「そして私のロール“狂科学者”はこの天才的な頭脳と引き換えに極めれば極めるほど倫理観が失われていく、そういうロールなんダ。……これがどういうことか分かるカ?」


「分からん」


 正直に答えた。

 するとメイファンは「ナハハ」と笑って


「これから分かるとモ、お望みならば採血も体力測定もしてやろウ、もっともオマエの想像してるものとはちょっと違うかもだけどナ」


 メイファンの青白い指が、俺の頬をなぞった。

 なんだか分からんが、目を逸らすのはヤツに負けた気がするので、俺は毅然としてヤツを睨み返す。


「……本当に面白いなオマエ、なんならアクセルみたく、ワタシの助手にして可愛がってやろうカ?」


「悪いけどそういう趣味はない」


「オマエに趣味があるかどうかは関係ないのサ、ワタシがしたいかどうかダ、どれもう少し顔をよく見せロ」


 くくく、と押し殺した笑みを浮かべて、メイファンが更に顔を寄せてくる。

 鼻先が触れ合うほどの距離だ。

 彼女の吐息が上唇のあたりをくすぐる。


 ――その時である。

 頭上に、影が落ちた。


「ン?」


 メイファンが上を見上げるのと、アクセルがこちらへ飛び込んでくるのはほとんど同時だった。

 アクセルは目にもとまらぬスピードでメイファンを抱え上げ、地面を滑る。


 するとその直後、上空より飛来した彼女がすさまじい衝撃とともに地上へと舞い降りた。

 純白の、鉄の塊と見まごうほど巨大な大剣を携えて。


「……誰だ、オマエ?」


 アクセルに抱きかかえられたままのメイファンが、初めて警戒心のようなものをむき出しに彼女へ問いかけた。

 しかし彼女は問いに答える代わりに純白の大剣、その切っ先を二人に向ける。


「つかぬことをお伺いしますが」


 そして至極落ち着きつつも、明らかな怒気を孕んだ声音で、言うのだ。


「――今、私の八伏お兄様とキスしようとしてませんでした?」


 クレイジーサイコ首狩り女子高生――鵜渡路舞。

 実に数時間ぶりの再会であった。


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