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05「ヘタレ勇者と心配性の盗賊」


「――どこへ消えた!? 王殺しの勇者め!」


「まだそう遠くへは行っていないはずだ!」


「草の根を分けてでも探せ!」


 平穏な城下町は一転、戦場のごとき様相を呈していた。

 仰々しい鎧に身を包んだ兵士たちが、怒号を飛ばしながら駆けていく。

 「王殺し」という物騒な単語を耳にして、街の人々はおおいに戦慄した。

 彼らはきっと、一体どんな化け物がこの町に潜んでいるのかと恐ろしい想像を巡らせていることだろう。


 ――ちなみに噂の化け物は今、日の光も届かない路地裏でダンゴムシのごとく身体をちぢこめている。


「……行ったか?」


 恐る恐る外の様子を窺う。

 異臭漂う路地裏で息を潜めていた甲斐あって、兵士たちはまったく見当違いの方向へ行ってしまったようだ。


「ふう、間一髪」


「――なにが間一髪だよこのバカタレ!」


 後ろから小さな足で蹴りを入れられる。

 危うくバランスを崩しかけた。


「こ、コラお前ふざけんな! バレたらどうすんだ!?」


「どうもしねえよ! さっさと捕まって首刎ねられちまえ! ああ、もうなんでこんなのと一緒に……!」


 背の丈はちょうど俺の胸のあたりに顔のくるぐらい。

 マフラーにも似た黒い布切れを首に巻き付けた少年が、若草色のもじゃもじゃ頭を両手でわしわしとかきまぜながら呻いている。


 彼の名前は――知らない。

 まだ名乗ってもらっていないので。


「玉座の間に警備が集中する勇者召喚の儀を狙って城の宝物庫へ忍び込んだまでは良かったのに……! あんなの予想できるかよ! クソ! 商売あがったりだ!」


「……人の物盗もうとするからバチ当たったんじゃねえの?」


 至極当然のことを言ったつもりだったのだが、渾身の力で蹴りを入れられた。

 めちゃくちゃ痛い。


「そりゃ盗むだろ!? ボクのロールは“盗賊”だ! 今回の仕事が成功すりゃあ一生遊んで暮らせるぐらいの金が入ったっていうのに、それをお前ってやつは……!」


「あれは俺のせいじゃねえしお前じゃなくて八伏亮だ!」


「なんだ妙な名前しやがって! どっからどこまでが名前だばぁーーーか!!」


「おまっ、名前いじるのはダメだろ!? 登美子(母)と政雄(父)に謝れボケ!」


「知るかばーか! ばぁぁーーーーか!!」


 自分が追われる身であることも忘れて、ぎゃあぎゃあと取っ組み合いの喧嘩に発展してしまう。

 クソっ! このガキ見た目より力あんな!?


「――百歩! いや千歩万歩億歩譲って!! ボクのせっっっかくの飯の種を潰しただけならまだしも! なんで逃げる時までボクについてきたんだよ!?」


「うるせえ! 知らない街で一人とか心細いだろうがそんなこともわかんねえのかチビガキ!」


「チビだけはダメだろ! チビだけはダメだろ!! このヘタレ勇者!!」


 ヘタレ勇者――

 俺は勇者どころかロールすら持っていないが、せっかく勘違いしてくれているようなのであえて訂正はしない。

 この世界じゃロール無しっていうのはいわゆる忌み子みたいなもんで、見つかり次第殺されちまうらしいからな。


 だが、勇者と勘違いされているせいで見事追われる身となった現実もある。


「――挙句、当の王殺しの勇者サマがとっとと逃げちまったってのに、ビビッて腰抜かしてたせいで自分が王殺しの勇者と間違われるなんてとんだマヌケだよオマエ!」


 そういうことである。

 直接鵜渡路の存在を確認しているコイツはまだしも、鵜渡路と入れ違いに駆けつけ、玉座の間の惨状を目の当たりにした兵士たちは十中八九俺を「王殺しの勇者」と認定した。

 いやー、否定する間もなかったわ、問答無用で攻撃されたわ。

 あの泥棒小僧が騒ぎに乗じてこっそり逃げようとしているところを見つけて、必死で食らいついて、命からがら城から逃げ出すので精一杯だったわ。

 まさか盗人に感謝する日がくるとは思わなかった。


 まぁ、そのせいでコイツには家宅侵入と窃盗未遂の他に「王を殺した大罪人の逃亡を幇助した」というドデカい罪状が追加されたわけだけど。


 そんなこんなで今この街は厳戒態勢。

 俺とこのガキが見つかっちまえば、もう色んな工程をすっ飛ばしてその場で打ち首だろう。

 ああ、法治国家が恋しい。


「はああああ、今日は厄日だよ厄日……盗みは失敗するし兵士には追われるしこの街にもいられなくなるし、オマケに変なオッサンもついてくるし……」


「オッサンをオマケ扱いすんな、というかオッサン扱いするな、俺は25だ25」


「ホントにどうすんだよ……」


 無視された。


 しかしまあ、若いくせによく頭ばかり抱える子だ。

 溜息を吐くのもなんだかサマになってるし、相当な心配性なんだな。


「溜息ばっかり吐いてると幸せが逃げるぞ」


「誰のせいだと思ってんの!!?!??」


 思ったことをそのまま口に出したらすかさず胸倉を掴まれた。

 情緒不安定な子だな。オジサン心配だ。


「そう悲観的になるなって、まずはあんな絶体絶命な状況から逃げ出せたことを祝おうぜ! いやーマジで死ぬかと思ったな」


「馬鹿か馬鹿なのか!? アンタは“六騎士”のことを知らないからそんな呑気なことが言ってられるんだ!」


「六騎士?」


 なんだそりゃ、と首を傾げた。

 するともじゃ頭の少年は「いいか!」と語り始める。


「六騎士ってーのは、あのいけ好かない王様が自分の手足として使うために王国中から選りすぐった高ランクロール持ちの六人さ! ボクみたいな低級ロールじゃたとえ百人束になっても六騎士一人に勝てない! そんな化け物どもなんだよ!」


 あー、四天王的ななんかそんなやつ?

 ファンタジーだとつきものだよね。


「中でも一番厄介なのが序列第一位! 騎士団長のアイオンさ! その忠誠心だけで六騎士ナンバーワンに選ばれたような男でね! A級ロール“聖騎士”を所持してる! そしてなにより王に歯向かったヤツはどこまで逃げても必ず追い詰めて、その手で粛清するんだ!」


「うわ、こえーな……って、ん? 騎士団長のアイオン?」


 なんだろう、つい最近どこかでその名前を聞いた気がする……

 いや、まぁ、そんな恐ろしいやつと接点あるわけないし、たぶん気のせいだろう。うん。


「六騎士には他にも化け物みたいなロールをもった連中がいる! 王殺しの大罪を犯したとなれば、ほぼ間違いなくそいつらは総出でボクたちを殺しに来るんだぞ!? 分かってんのか!?」


「じゃあもっと気合い入れて逃げないとな、とりあえずこの街から脱出しないと」


「なんでそんな余裕ぶっこいてられんだよオマエさあああああ……」


 地の底を這うような溜息だ。

 間違いなく今までのベスト溜息である。

 たまには笑えばいいのに……


 そんなことを考えていると、自然と俺の手が彼のもじゃ頭に伸びていた。

 そしてわしわしっ、と長毛犬の背中でも撫でるみたいにかきまぜる。

 お、これはなかなか……


「っ!? な、ななな、いきなりなにすんだよ!?」


 もじゃ頭の彼が、弾かれたように飛びずさった。

 頭を撫でられたぐらいでいささか反応が大袈裟すぎやしないか?


「なんだよ、励ましてやろうと思ったのに悲鳴なんかあげて、男らしくないぞ」


「いきなり頭を撫でるやつがあるか! というか男らしいってなんだよ!? ボクはおん……」


「――んん? 随分と大きなダンゴ虫だナ」


 少年の言葉を遮って、突然後ろから声がした。

 振り返ってみると――一体いつからそこにいたのか、奇妙な二人組の女性が立っている。


 奇妙、としか言いようがない。

 声の主は、生まれてこの方一度も日の光など浴びたことがないのではないか? そう思わせるほど青白い肌の上に真紅のチャイナドレス、更にその上に白衣を羽織るという前代未聞のスタイル。

 そしてもう一方は、もはや服と呼べるのかも怪しいボロ布を身にまとった長身痩躯褐色肌の美少女である。

 首にはめられた巨大な枷を見る限り、彼女は奴隷というやつか?


「ニーハオ、ダンゴ虫諸君、岩陰で顔突き合わせて何か秘密の相談かナ? 実にいじらしいネ、そう思うだろうアクセル」


「……」


 チャイナ博士(命名)が隣の奴隷少女――アクセルと言うらしい――に同意を求める。

 しかし彼女はその凛とした顔つきをぴくりとも動かさず、無言を貫いていた。


 率直に、変質者だと思った。

 ヤバいタイミングでヤバい二人組に絡まれてしまったのだと思った。


 俺ですら言葉を失っているのだ。

 見ろ、コイツなんて震えてしまって……


「メイファンだ……!」


「ん? なんだお前知り合……?」


 知り合いなのか?

 そう続けようとしたところ、凄まじい爆音があって世界が揺れた。

 初めは、馬鹿げた話だが目の前に超小型の隕石でも落ちたのかと思ったほどだ。


 しかし、違う。

 アクセルという少女の足元に突如出現したクレーターは、ただ一度、彼女が地面を踏み抜いたことによってできたものなのだと理解するのには、相当な時間を要した。


 そして、もじゃ頭の彼は震える声で叫ぶ。


「間違いない! アイツはレア中のレア! S級“狂科学者”のロールにして六騎士随一のイカレ野郎! 序列第三位! マッドサイエンティスト“美帆(メイファン)”だ!!」


「ニーハオ」


 チャイナ博士改め六騎士の一人メイファンは、にたりと口元を吊り上げた。



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