04「魔王の首、とってきます」
一つになりましょう。
黒髪ロングで清楚系女子高生の彼女は、血に濡れた笑顔でそう言った。
その言葉の意味するところは、まぁ結論から言えば1㎜も理解なんてできなかったし、きっと一生分の時間を与えられたとしても不可能だと思う。
俺に分かることといえば、こちらに手を差し伸べる彼女の表情が――いっそ呼吸も忘れるほどに美しかったということ、それだけだ。
「……え?」
当然、「もちろん喜んで!」とはならない。
その言葉の意味を理解することさえできず、間抜けな声を漏らすのが精一杯だ。
しかし彼女はそんな俺のリアクションを見るや否や、どこか不安げに眉根を寄せた。
「……八伏お兄様、確かにあの頃の私は取るに足らない小娘であったと思います。ですが今の私は実に多くのものを手に入れました、足りない部分を必死で埋めました、もはや以前のままの私ではありません」
「そ、そうなんだ……」
「それでも、まだ足りないのですか?」
適当な相槌を打った代償か、殺気すら感じさせるほど真剣な表情の鵜渡路がずいと顔を寄せてきた。
甘い吐息が鼻先をくすぐるが、心臓は高鳴るどころかそのまま止まりそうな勢いだ。
「私は、あなたが望むのならば何にでもなれます。何でも与えることができます。だから、教えてください」
「な、なにを……?」
「全てです、八伏お兄様が欲する物を全て、全て全て全て、一切合切詳らかに明瞭に私へ吐き出してください、八伏お兄様のためなら私はこの世界でさえ献上いたします、だから早く」
彼女の瞳が俺を捉えて離さない。
開ききった瞳孔は、狂気に揺らいでいる。
すんごい今更だけど――おかしくない?
少なくとも俺の知ってる異世界ファンタジーじゃないなコレ。
赤い海に沈む、ずらり並んだ首なし死体。
そんな中、俺はむせかえるような血の臭いに包まれながら、めちゃくちゃに美しいサイコパス女子高生に何らかを詰問されている。
悪夢だろ、ダークファンタジー終わってなかった。
ついさっきまで召喚とか鑑定の儀、とか言ってたのにどこで間違ったんだろ――?
などと一種現実逃避じみた思索を巡らせていると鵜渡路は突然何かに気づいたらしく。
「ああ! そういうことですか! 自身の未熟さに顔から火が出る思いです! 八伏お兄様はすでに身をもって答えを提示しているというのに!」
「へっ?」
なんの話?
「――ロール、ですね! 何かの間違いでロールを持たずこの世界へ呼ばれてきてしまった八伏お兄様がロールを欲するのは確かに道理です!」
え、いや、確かに異世界ファンタジーで俺だけガチの無能力っていうのは理不尽だと思ったけど、ソレ欲しいと思ったところで、どうにかなるもんじゃなくない?
状況に反して意外と冷静な俺の脳内意見は置いといて。
鵜渡路は「ええ、そうです! そうに決まっております!」と、いかにも納得したようなそぶりだ。
「……しかし八伏お兄様が手に入れるロールとなれば生半可なものでは釣り合いません、何か、何か……」
「いや、あの、そんな真剣に考えなくても……」
「ああ!」
ああ、ってなに?
今度は何を思いついちゃったの?
そこはかとない不安を感じていると、鵜渡路は血に濡れた大剣を構えなおして、そして微笑んだ。
「お兄様にふさわしいロールにひとつ心当たりがあります。八伏お兄様と離れるのは心苦しいですが、しばらく待っていてください」
鵜渡路はおもむろに低く腰を落として大剣を構えた。
その構えは、まるでネットの動画やらで見る居合の達人のように堂に入っていて、思わず息を呑む。
そして鵜渡路は言うのだ。
「――魔王の首、とってきます」
なんて?
聞き返そうとした次の瞬間に、それは起こった。
鵜渡路が一閃――すると大剣からビームだか衝撃波だかよくわからない何かが生じたのだ。
城を揺るがすほどの衝撃、爆音、巻きあがる粉塵。
それらが収まると、血濡れの玉座の間から異国情緒にあふれた街並みが覗けた。
信じられないことに彼女は、ただの一振りで玉座の間から城の外壁に至るまでの全ての壁をぶち抜いてしまったのだ。
もう腰を抜かすしかなかった。
この異常事態に城内が騒がしくなり始めたことなど、まったく意識の外である。
そんな俺を見下ろして、鵜渡路は最高の笑顔を浮かべる。
「ではまた会える日を楽しみにしております、八伏お兄様」
最後にそんな言葉を残して鵜渡路は走り出した。
彼女のスピードは凄まじく、壁にぽっかり空いた穴から城内を駆け抜けて街へ飛び出すと、さながら忍者のように屋根から屋根へ、あっという間に目で追えなくなってしまう。
そんな冗談みたいな光景を眺めながら、ぼんやりと考える。
――鵜渡路のロール“愛の勇者”。
与えられた祝福は“融和”。
それはあの剣に触れた者からロールを拝借するというもの。
つまり鵜渡路はこの玉座で斬首した人間全てのロールを拝借したのだ。
あの偉そうな王様が傍に置くような人間たちだ、彼らはきっとさぞ素晴らしいロールを持っていたのだろう。
それを根こそぎ奪っていった。
だからこそ鵜渡路にはあのような人間離れした芸当が可能となったのだろう。
ああ、いや、そんなことよりもまず。
「――死ぬかと思った」
ちなみにこれは俺の言葉ではない。
鵜渡路によってぶち抜かれた壁と壁の合間で腰を抜かす顔かたちの整った少年の言である。
彼の出で立ちをストレートに表現するとするなら――盗人?
「あっ?」
「えっ?」
ちょうど両方腰を抜かしていたので、ばっちり目があった。
慌ただしい足音が、すぐそこまで迫っている。
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