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END「恋する女子高生」


「いかな創造神といえ間違いはある、だから時たまおぬしのようにロールを持たぬ者が現れるのだが……ヒッ!? 今ワシ死んどらんかった!?」


 玉座に座る本物の王様(・・・・・)が、おもむろに叫びをあげ、まるで確かめるかのように自らの首に触れた。

 否、彼だけではない。

 その場にいる誰もが、驚いたように自らの首を確かめている。


 そう、鵜渡路舞に首を刎ねられたはずの誰もがそこにいたのだ。

 アイオンも、護衛の騎士たちも。

 そして


「な、何よ今の光景……私、殺されて……!?」


「こ、怖いっす! 臨死体験ってやつっすかコレ!?」


 鵜渡路舞とともにこの世界へ飛ばされた二人の女子高生。

 尾羽梨真紀と高島千尋も、自らの武器をその手に携えたまま、狼狽しきっている。

 なべて全員、首は胴体とくっついている。

 そして俺の周りに騎士たちが固まっているところを見るに、これは俺がロールを持たないことが判明したその直後。

 つまり“コンティニュー”は成功したのだ。


「――巻き戻したぞ! 鵜渡路舞!!」


「っ……!!」


 そしてもちろん彼女もそこにいる。

 まだ、自身のロールしか持っていなかった頃の鵜渡路舞が、鬼の形相でこちらをにらみつけている。

 もはや彼女は女神ではない。

 あまつさえ世界でもなく、今の彼女はただの“勇者”だ!


 次の瞬間、鵜渡路が剣を振るった。

 凄まじい踏み込みと迷いのない剣筋。

 それは未だ事態を把握しきれていない尾羽梨真紀の首に向けて――


「え……?」


「――させるかぁっ!!」


 俺は周りの騎士たちを押しのけて咄嗟に駆け出した。

 彼女の溜め込んだ圧倒的な数のロールは全てリセットされたが、俺もまたすでに魔王ではない。

 賢者の石も、時間遡行により消えてしまった。

 すなわち黄金の剣もない。


 だが、だからこそ俺は叫ぶ。

 声高らかに、彼の受け売りの、その台詞を!


「――全の一ッ!!」


 彼が言っていた。

 錬金術の極意とは、魂を錬金することにあるのだと。

 魂だけは、永劫の中でも決して朽ちぬ、唯一の黄金なのだと。

 だったらあんな石っころなくなって、どうってことはない!


 ――キィン、と甲高い音が玉座の間に鳴り響いた。


「ああ、八伏お兄様……なんで、なんで……!」


 鵜渡路舞が悲しげな表情で言う。

 彼女の剣は、尾羽梨真紀の首を断つことができなかった。

 何故ならば俺がその手に錬成した“黄金の剣”が、それを受け止めたからだ。


「――何故、私の邪魔ばかりするのですかああああああ!!!」


 甲高い音とともに火花が散り、俺たちは後方へ弾き飛ばされる。

 すかさず鵜渡路は態勢を立て直し、飛び掛かっての一太刀。

 しかし――遅い!

 俺の記憶に残っているあの鵜渡路舞と比べれば、こんなものは止まっているも同然だ!


 俺は再び黄金の剣でこれを受け止め、鵜渡路舞と鍔迫り合う。

 塗り固めたような女神の微笑は、もはや影も形もない。

 今の彼女は、あらゆる感情を剥き出しにして全力で斬りかかってくる。


「……やっと可愛くなってきたな、ウノちゃん」


「――っ!」


 再び始まる、息を吐く間もない剣戟。

 誰もがぽかんと呆けたように見守る中、俺と鵜渡路は果てもなく斬り合った。

 剣と剣が打ち鳴らされるたび、頭の中が真っ白に染め上げられていく。

 それは今この世界には俺と鵜渡路の二人しかいないのではと錯覚してしまうほど――


 しかし、無粋者が一人。


「な、なんじゃ突然!? 気でも触れたか異界の勇者よ!? ええい、偉大なるワシの前で斬り合いなど! おい、アイオン!」


「はっ! 分かっておりますとも我が主よ――皆の者! 構えい!」


 六騎士が一人、騎士団長アイオンの号令により、騎士たちが我に返る。

 ある者は弓を構え、ある者は杖を高く掲げて、魔法の準備をする。


「我らが王の御前でかような狼藉……見逃すわけにはいくまい! さあ撃……」


「――恐れながら国王閣下! 一つお耳に入れておきたいことがございます!」


 アイオンが一斉放火の号令を下すその直前、おもむろに一人の騎士が彼の言葉を遮った。


「な、なんじゃこの非常時に!? 貴様! 無礼! 無礼であるぞ!」


 王様は当然ご立腹。

 そのでっぷり太った身体を揺らしながら、ぎゃんぎゃんと喚いている。

 しかし年若い騎士は、右手でしっかりと敬礼をしたまま、もう片方の手で懐からあるものを取り出した。

 ――ソレは、ちょうど手のひらサイズの透明なカプセルの中に収まった、二つの半球状の物体である。


「……は、なんじゃそれ?」


「ソレは――!」


 アイオンがいち早くこれの正体に気付き、巨大な盾を構えて、国王の身をかばう。

 これを見て年若い騎士はほくそ笑み、そして国王めがけてその球体を投げ放ったのだ。


「――馬のクソでも詰めとけ、クソボケ」


「貴様っ!?」


 世界が光に包まれる寸前、アイオンは見た。

 年若い騎士が、まるで手品のように、もじゃ頭の少年に変わる瞬間を――


 直後、投げ放られた“火竜の心臓”が玉座周辺で炸裂した。

 凄まじい衝撃に、城が揺れる。


「くっ!?」


「ぎゃーーー!!?」


 爆風が騎士たちを吹き飛ばし、尾羽梨真紀と高島千尋も絨毯の上を転がる。

 俺と鵜渡路もまた爆発によって態勢を大きく崩したが――すぐに立て直し、再び剣を交えた。


「――ウノちゃんよ! お前はなんにも変わってねえな! お母様そっくりだ!」


「私のどこがお母様に似ていると言うのです!? お母様は何も持っていなかった! でも私は――!」


「クリソツじゃねえか! そうやって目に見えるものにばっかりこだわる寂しいところが特にな!」


「それ以外に何があると言うのです!? それ以外に価値のあるものなどございません!!」


「はははっ! そんな可愛げのないことばっかり言ってるとモテねえぞ!」


「そんなもの、それこそくだらない! 私が欲しいものは八伏お兄様ただ一つなのです!!」


 ひときわ強い斬り上げで、俺は剣を弾かれる。

 この隙を見て鵜渡路が二撃目を放ってくるが、俺は雄たけびをあげながら強引に剣を引き戻し、これを受けた。


「だったら尚更無理だな! 俺はそんなもの微塵も興味ねえから!」


「だったらどうすればお兄様は私に振り向いてくれるんです!? 私は一体何をすれば! あなたに一体何を捧げれば!?」


「そんなもんいらねえって言ってんだ!」


 強く剣を打ち込む。

 鵜渡路が苦痛に顔を歪める。


「俺が神様かなんかにでも見えてんのか!? 俺はそのへんにいる普通の男だ! だから――!」


「――舐めた真似をしおってペテン師風情があああ!!」


 俺の言葉がやたら野太い咆哮に遮られる。

 横目に見ると、そこには全くの無傷で佇むアイオンと、その背後で腰を抜かす王様の姿がある。


「そのような玩具で我が“白盾”が破れるものか! 我は六騎士序列第一位! 不動のアイオンなるぞ!」


「げっ!? あの爆発を防いだってのか!? ゴキブリみたいなしぶとさだな!?」


「い、いいぞアイオンやれ! 狼藉者どもを始末しろ!」


「御意ィィ!!」


 アイオンが巨大な盾と剣を構え、脇目もふらずこちらへ突っ込んでくる。

 しかしその血走った眼は、すぐに視界の外へとかき消えた。

 具体的には突然の闖入者が、彼の横っ腹に膝蹴りをかましたことによって。


「ぐぶうううっ!?!??」


 アイオンの巨体がいとも容易く吹っ飛んで、城の壁にめり込む。

 誰もが目を疑った。

 なんせ彼を弾き飛ばしたのは――


「アー、悪いナ、アイオン殿、アクセルはこう言っていル、お前のさらさら頭がグーラ馬の尾っぽに似ているから気に食わないんだト」


「ふむ、それは如何ともしがたいことだな、もはや殺すしかあるまい」


「なっ……何故! 何故同胞であるお前らが邪魔立てをするのだ!?」


 そこには、見覚えのある三人の姿。

 メイファン、アクセル、ペルナートだ。


「お前らなんで……!?」


「ハチブセ! 余所見をするな!」


 ペルナートが一喝し、俺は咄嗟に振り返る。

 見ると鵜渡路がすでに大剣を振り下ろしており、俺は危うくこれを受け止めた。


「せっかく掴んだチャンスだ、不意にするなよ盟友」


「ア、ちなみにワタシたちはこの錬金バカに呼ばれただけだかラ、恩とか感じなくていいゾ」


「……ああ、ああ! 分かったよ!」


 俺は鵜渡路の剣を弾いて、攻勢に転じる。

 斬るというよりも叩く。

 連打に次ぐ連打で、鵜渡路を圧倒する。


「どうして、どうしてですかっ……! 私はこんなに頑張っているのに、どうしてお兄様は認めてくれないんですかっ……!」


「まだ言ってやがるのか! お前の気持ちが本当なんだったらなあ――!!」


 振りぬく剣に俺の全てを乗せて、渾身の一撃。

 鵜渡路の大剣が、その手の内から弾き飛ばされる。

 そして俺は叫んだ。


「普通に言え! 何にも頼らないで、自分の力だけで言え!」


「――っ」


 武器を失った鵜渡路舞はいよいよ泣き崩れそうな顔で、そして不安に押しつぶされそうな表情で、その台詞を口にする。


「――好きです! 私、鵜渡路舞は八伏お兄様のことが、どうしようもないぐらいに好きなんです!!」


 それは、鵜渡路舞という人間が初めて口にした本当の言葉であった。


 俺はにっかりと笑って、こう応えるのだ。


「ああ、ありがとうよ! 俺は幸せ者だ!」


「あ――」


 長い、本当に長いお説教だった。

 鵜渡路舞はまるで憑き物でも落ちたかのように、まったく無防備に頬を染めて、その場にへたり込む。

 もはや勇者鵜渡路さえ、そこにはいなかった。

 俺の目の前にいるのはただ一人の、恋する女子高生である――


 かくして世界すら巻き込んだ彼女の恋物語には、一旦の終止符が打たれる。


 あとは――


「――跪けェェェい!」


 玉座の間に、声が響き渡った。

 これによって皆が一斉に身体の自由を奪われ、服従のポーズをとらざるを得なくなる。

 人王の祝福(ギフト)“勅令”だ。


「ま、またこれ……!?」


「チッ……なんと空気の読めなイ……」


 メイファンが忌々しそうに舌打ちをする。


 見ると王様はご立腹――とかではないな、もう。

 顔を真っ赤に染め上げて、ぶるぶると全身を震わせ、今にも爆発寸前のご様子。


「貴様ら、貴様ら貴様ら! ワシを無視するなど、なんたる……なんたる無礼!! これは極刑じゃ! なべて首を刎ねるべきである! アイオン!」


「我らが偉大なる王の御心のままにィィ!」


 修羅と化したアイオンが頭上に剣を掲げて、邪悪な笑みを浮かべた。

 これを見て取り、騎士たちが再び武器を構える。


 ロールを持たない俺はそもそも勅令の影響を受けないのだが、他は違う。

 ただ屈辱的な態勢のまま、歯噛みをするだけだ。

 絶体絶命、である――


「無様! 無様よなぁ! 似合いの最期よ! では審判の時だ! 貴様らのロールを穢れた肉体から解放し、神の御許へ送ってくれよう!」


 アイオンは酔いしれるように言い、そして更に続ける。


「そう我こそは六騎士序列第一位! 不動のアイオン!! いざ、いざいざいざいざ! いざ尋常に……」


「――名乗りを挙げたでござるな、武人殿」


「は?」


 突如聞こえてきた声に、アイオンは間の抜けた声をあげる。

 次の瞬間、絹糸のように細い光が、無数に走った。


 その場にいた誰もが何が起こったのか理解するよりも早く――アイオン自慢の白盾は細切れになる。


「え? は?」


 続いて剣が、鎧が。

 まるで見えない繋ぎ目でも解かれたかのように、がらがらがらがらと崩壊してゆく。

 後に残ったのは、素っ裸のアイオンだ。


 ちん、と鯉口が鳴り、そして俺は彼女の姿を見た。


「これはしたり、拙者が名乗りを挙げるのを忘れていたでござる」


「紅葉!?」


 長刀を提げた和装の少女。

 彼女は魔王の側近、五本指が一人、紅葉だ!

 と、いうことは――


「――ワハハハハハハハ!! そうとも、満を持してワシ降臨!」


 彼女は、ヘタクソな高笑いとともに玉座の間へ姿を現した。

 夢で見るよりもずっと美しく。

 そして夢で見るよりもずっと雄々しい角を生やした、金髪の女性。


 ――魔王である。


「ま、ままままま、魔王じゃと!? な、何故こんなところに……!」


「ワハハハ、そう怯えるでない人王よ! ワシの知り合いには転移魔法を扱える者がおっての、ひとっとびじゃ! ――時にハチブセ!」


 魔王が、こちらへ振り返る。

 振り返りざまの笑顔は、以前見たものとはまるで違う。

 太陽に向かって咲く、向日葵のような笑顔であった。


「大儀であった! まさか本当に世界を救ってしまうとはな! それでこそワシもおぬしに任せた甲斐があるというもの!」


「はは! わざわざお礼の言葉を伝えに海を渡ってきたのか!?」


「まさか! むろんおぬしらを助けに来たのじゃよ!」


「なっ……! 魔王よ! 何を好き勝手なことを言っておる! 跪け!」


 人王の祝福(ギフト)“勅令”発動。

 しかし魔王は毅然と振舞う。

 同じ王のロールを持つ者に、勅令は通じない。

 これは以前国王が自ら言っていたことだ。


「ワハハ、跪け、か。おそらくそうなるのはおぬしじゃと思うよ、人王殿?」


「ど、どういう意味じゃ!?」


「……隣国にバラしてしまうぞ、おぬしらの勇者召喚」


「!?」


 国王のイチジクみたく真っ赤な顔が、一気にブルーベリー色に早変わりをする瞬間を見てしまった。


「袋叩きじゃろうなぁ、ボッコボコじゃろうなぁ、もしかするとガイアール王国は地図から消えてしまうやもしれん」


「な、なにが望みじゃ……」


「おお、さすが賢王じゃのう、話が早いわ! ワハハハハ!」


 ヘタクソな高笑い。

 そして魔王は、ずいと国王に顔を寄せ、笑顔を浮かべたままに言うのだ。


「今回の件は全て忘れるがよい、なーんにもなかったことにするのじゃ、いいな?」


「は、はひ……」


 国王が力なく玉座からずり落ちる。

 かくして一連の騒動には終止符が打たれた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 俺たちは今、“レオン”に向かって、夕焼けに染まったリューデンブルグの町を歩いている。

 ちなみに俺たちというのは、イオネと鵜渡路舞を含めた三人のことだ。


「納得できません」


 鵜渡路舞がぶすうと口先を尖らせる。

 まるですねた子供のような仕草がかわいらしいな、などとは思いつつ、理由を聞こうとすれば。


「ボクも納得できない」


 なんとイオネもなにやら不満げなご様子。


「どうしたんだよ?」


「なんで、この女がいるのさ! ボク、一応この女に殺されてるんだけど!」


「そうは言ってもなぁ、一人でほっぽっておく訳にもいかないだろう」


「八伏お兄様は優しいお方です、好き!」


 むにゅっ、と左腕に柔らかい感触。


「あーーーーー!? なにしてんだよお前ばっかり!」


 次いで右腕にむにっとした感触。

 なんでお前も張り合うんだよ。


「歩きにくいんですけど」


「ちったぁ反応しろボケカス!」


「いだぁっ!?」


 膝裏に渾身のローキック。

 これを見て、鵜渡路が肩を怒らせる。


「ちょっと、私の八伏お兄様に何をするんですか!?」


「いつからお前のになったんだサイコ女!」


「喧嘩する前に少しは俺のことを心配してくれ! こちとら膝が裏返りかけてるんだぞ!」


「いえ! お兄様もお兄様です! どうしてこんな暴力女と!」


「そりゃ一応世話になったわけだから……ん? 暴力女?」


 今、何かおかしなことを口走らなかったか?


「何言ってんだ鵜渡路、イオネは男だ」


「え?」


「へっ?」


「あ?」


 俺たち三人は間抜け面を見合わせる。

 しばしの静寂、そののち、イオネはぶるぶると肩を震わせて


「どうりで……どうりでおかしいと思ったんだ、ああ、そうか……」


「おい、イオネどうし……」


 その直後、それは起こった。

 イオネはおもむろに自らの上着をまくりあげ、そしてあるはずもない、ぷっくりと膨らむソレを曝け出したのだ。


「――ボクは女だ!! このボケカス!!」


「ウオアアアアアアアアアア!!!!???!」


 ――さて、皆様ご存知の通り、男はあまりにも唐突なラッキースケベに遭遇すると獣のように咆哮をあげるのだ。



  完




約一か月の連載期間をもって、この物語は完結です!

いくつか拾いきれなかった伏線もございますが、書きたいものはおおむね書けましたので満足です!

では、次回作にご期待ください!


もしよろしければブクマ・感想・レビュー等いただけると、作者のモチベーションが上がります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短いながらも話がしっかりしていて、キャラクターの個性や戦闘時の能力など面白いと思った。 [気になる点] 短いゆえに濃いキャラへの感情移入が難しかった。 [一言] 長編で読みたかったかもしれ…
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