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03「私と一つになりましょう」


 一瞬の出来事である。

 尾羽梨真紀と高島千尋が殺された。

 先ほどまで親しげに話していた鵜渡路舞に首を刎ねられて。

 実に呆気なく、実に容易く。


 かような異常事態に際し、世界は動きを止めた。

 いや、置き去りにされた、という表現の方が適切かもしれない。

 俺たちの理解が追いつくよりも早く、凍りついた時間の中で彼女だけが次のアクションを起こした。


 鵜渡路は赤く染まった大剣を軽々と振るい、すでに事切れた尾羽梨の近くに転がる、例のねじくれた槍へとその切っ先を突きつけたのだ。

 するとどうか、鵜渡路の持つ大剣が一種神聖な輝きを放ち、尾羽梨の槍を取り込んでしまう。


「あっ……あれは祝福(ギフト)!! 融和の祝福(ギフト)です!!」


 ようやく我に返った神官が叫ぶ。

 融和の祝福(ギフト)。それは確か「刀身に触れた者から一時的にロールを拝借する」というもの。

 つまり、鵜渡路は拝借したのだ。

 先ほど自らが手にかけた尾羽梨のロールを。


「……拝借、と言いましたね、これは純粋な疑問なのですが」


 そう言って、鵜渡路は高島の大槌へ剣の切っ先を突きつけた。

 再び剣が輝きを放ち、大槌を取り込む。

 心なしか、剣の形が変わっているような――?

 しかし、そんな些末な疑問は彼女のひどく美しい笑顔によって吹き飛ばされてしまう。


「貸借主がすでに死亡している場合、これを返却する義務はあるのでしょうか?」


 一点の綻びもない彫像じみた女神の微笑。

 その顔には、確かな慈愛があった。

 まるで友人を殺めるという行為が愛によるものだと言わんばかりの。


「ゆ、勇者よ! き、き、き、気でも狂ったか!!」


 王が口角泡を飛ばし叫ぶ。

 対して鵜渡路は極めて落ち着き払い、相手への敬意すら覚える口調で答えるのだ。


「――いいえ、我が胸中はこれ以上ないほどに澄み渡っておりますわ、王様」


「くっ! 頭を垂れ――」


 人王の祝福(ギフト)、勅令。

 何人も逆らうことのできない絶対なる王の命令。

 しかし彼の口がそれを発することはなかった。


「がぼっ……?」


 彼の口より飛び出したのは、血のあぶく。

 王の喉元からは巨大な剣が生えていた。

 人間離れしたスピードで肉薄した鵜渡路が、文字通り有無を言わさず、その喉に剣を突き立てたのだ。


「ではありがたく借り受けますね、王様」


「よ、よぜっ……あがっ……」


 鵜渡路が微笑を浮かべてそう言うのと同時、剣が光を放つ。

 その瞬間、王様からなにか言葉にできないオーラのようなものが失われた。

 後に残るは玉座の上で力尽きるしわがれた老人の抜け殻のみである。


「お、王様!!」


「勇者め、よくも我らが主を……!」


 ここまでくるとようやくお付きのものたちも正気を取り戻したらしく、臨戦態勢をとった。

 ある者は剣を、ある者は弓を、そしてある者は魔法を。

 一斉に彼女を標的にする、が。


「――頭を垂れなさい」


「ぐっ!?」


 王のロールを得た彼女に逆らえる者など一人もいなかった。

 誰もが新たな王の御前にひれ伏し、身悶えすることさえ許されない。


 異様な光景であった。

 玉座に佇む血濡れの女子高生に、屈強な男たちが傅いている。

 この事態を前に、俺は未だ呆けたようにへたり込んでいる。


 目の前で何が起きているのか、そもそも、鵜渡路は何故あの二人を殺したのか。

 分からない、何も。思考は白く塗りつぶされている。


「八伏さん」


 ゆえに、この状況でおもむろに自身の名前を呼ばれたのだと気付くにはしばらくの時間を要した。

 誰もが彼女に頭を垂れる中、俺は恐る恐る彼女を見上げる。

 彼女は玉座よりこちらを見下ろし、そして優しげな口調で語りかけてきた。


「今しばらくお待ちください、すぐに済ませますから」


 なにを。

 喉が引きつってしまって、そんな簡単な問いかけすらままならない。


 だが、その問いの答えはすぐに明かされることとなる。


「げ、外道が……よくも我が主を……我は騎士団長のアイオン……! 勇者というならば、いざ尋常に……!」


「えいっ」


 彼女はどこかおどけたように言って、何か言いかけていた壮年の騎士の首を刎ねた。

 まるで年端もいかぬ少女が炉端の花を摘むような、小石を蹴り上げるような、そんな気軽さで。


「なっ!?」


 更に彼女は自らが落とした首に目もくれず、側にいた年若い神官に一太刀、首を刎ねる。

 次に貴族を、次に魔道士を、男を、女を。

 彼女の判決に貴賎なし。なべて斬首刑である。


「待てっ! 俺は今回の勇者召喚に反対だったんだ! 見逃し……」


「わ、私は君たちを元の世界へ戻す方法を知っ……」


「嫌だ! まだ死にたく……」


 彼女の前には、すべてが等しく無意味であった。

 彼らは恐怖に奥歯をガチガチと鳴らして絨毯を涙で濡らしたが、王の御前である。

 逃げ出すことはおろか、命乞いすら叶わない。

 ただ、自らの番が来るその時を、震える首を差し出して待つのみだ。


 鵜渡路舞はそんな彼らの首を笑顔で刈り取った。

 あろうことか、上機嫌に鼻唄なんぞを交えながら。


「〜♪」


 むせかえるような血の臭いがあたりに立ち込める。屍の海が出来上がる。

 地獄の釜の底で、女神のような彼女がただ一人、笑っている。

 そして


「それっ」


 最後の首が血溜まりに沈んだ。

 鵜渡路舞は実に数十に及ぶ首を、ことごとく刎ね尽くしてしまったのだ。


 今この場において胴体と首が繋がっているのは、言わずもがな鵜渡路と、終始腰を抜かしていた俺だけ。

 おそらく、すぐに鵜渡路だけになるのだろうが。


「お待たせいたしました、八伏さん」


 名前を呼び掛けられたその時、俺は自分が無意識に首元を押さえていることに気が付いた。

 もちろん、あの血塗れの大剣を前にしてそんなものは無意味である。

 俺は今からその理由すら分からない内に首を飛ばされるのだ。

 心臓が早鐘を打つ、喉はへばりつくほどに乾いている。


「八伏さん、八伏さん……ううん、せっかく二人きりになれたのです、この呼び方はやめにしましょう」


 鵜渡路が訳の分からないことをぶつぶつと呟きながら、こちらへにじり寄って来る。


 殺さないでくれ。

 無意味とは分かっていても、命乞いの言葉が喉まで出かかる。その時だった。


 鵜渡路舞は女神のような微笑を初めてほころばせ、まるで年相応の少女のようにあどけない笑みを浮かべたのだ。


「――ああ、愛しの八伏お兄様!! お久しぶりでございます!」


「……は?」


 愛しの、八伏お兄様?

 全くの予想外な展開に、思考が固まる。


 そんな俺の間抜けヅラを見て、鵜渡路は堪えきれずに吹き出した。


「なんですか? その鳩が豆鉄砲を食ったようなお顔は! 確かに私もこんなところで再会できるとは思っていませんでしたけど!」


「え……あ、いや……?」


「いいんです。現世で再会することは叶わずとも、やはり思い続ければ叶うのですね! まさか異世界で八伏お兄様とお会いできるなんて!」


 なんだ? 俺は夢でも見ているのか?


「しかし間一髪でしたね! まさか八伏お兄様の首を刎ねるだなんて! 私、慌てて飛び出してしまいましたよ! ……でも、これで少しはお兄様に恩返しができましたかね?」


 いや、それよりまず。


「……ごめん、誰?」


 至極当然の疑問を投げかけた。

 俺と鵜渡路は初対面のはずだ。少なくとも俺に女子高生との接点はない。


 鵜渡路は、一瞬きょとんとしたような顔になったが、しばらくすると


「……嫌ですねお兄様! その冗談は面白くありませんよ! あれだけよくしてくれたのに!」


「よく……? 多分それ人違……」


「まさか本当に思い出せないわけではないですよね? もしそうだったとしたらショックすぎて、私どうなってしまうか分かりませんもの」


「ヒッ!?」


 血塗れの大剣が鈍く光を返す。

 もうほとんど口から出かけていた言葉を、すかさず引きずり戻して唇の奥にしまい込んだ。

 そして直感する。


 何かわからんが、回答を一つ誤れば首が飛ぶ。

 これはそんな凶悪な問答なのだと。


「……お兄様? 顔が真っ青ですよ? どこか体調でも……」


「へ、え、ああ、いやハハ」


「もしかして、血は苦手でした?」


 血が得意なヤツなんかいるか!

 とツッコみたかったが、ギチギチの愛想笑いでなんとか押し殺す。

 刺激するな……刺激するな……


「それだったら大変申し訳ないことを……しかしああするしかなかったのです、八伏お兄様なら分かってくれますよね?」


「……あの二人は友達、じゃなかったのか?」


 俺はちらと二つの屍に目をやろうとして、やめた。

 しかし鵜渡路はまるで慈しむような視線をもって自らが手にかけた友人の死体を見据え、答える。


「ええ、彼女らはよき友人でした、でも仕方がなかったんです。八伏お兄様より優先されることなどございません」


 仕方がなかった?

 友人二人を手にかけたことが仕方がなかったで済まされるものなのか?

 そしてその行為を躊躇なく実行できるとは、彼女にとっての八伏お兄様とはなんなのだ?


 分からない、何も……


「それに、彼女らもここにいますから」


 そう言って彼女は血塗れの大剣を指でなぞる。


 ただ一つ確かなこと。

 鵜渡路舞は、狂っている。


「……では八伏お兄様、改めて申し込みます」


 鵜渡路舞はその場に跪き、白魚のような手を差し出す。

 そして、


「――私と一つになりましょう」


 彼女がその言葉を発したその時、終末への針は動き出した。


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