23「不夜卿、再び」
殺されていた、間違いなく。
彼があの奇天烈な力で紅葉の刀を“花”に変えていなければ、俺は問答無用に首を刎ねられ――死んでいた。
「ペルナート……! お前、どうして俺を……!」
「――助けてくれたんだ、などとつまらんことは聞くなよハチブセ、私にはまだ貴様に聞かなければならないことがある」
そう言って、ペルナートは地べたに這いつくばる俺を一瞥すると、再び紅葉を見据えた。
「それに安らかなる死は私の最も嫌悪するところだ、訳も分からない内に首を刎ねられて死ぬなど、さながら粗悪なアルミニウムのようではないか」
言っている意味は分からないし、その例えも全然しっくりこないが。
しかし六騎士の一人、王都では俺たちの前に敵として立ちはだかった彼が、事ここに至って味方であるという事実だけは確かだ。
それがどんなに頼もしいことか――
「なんだ白髪の童よ、貴殿はこやつらの味方でござるか?」
「少なくとも貴様の味方ではないな」
「さようでござるか」
不夜卿ペルナート・ディラストメネスの登場により、侍女こと紅葉の関心は完全にそちらへ向いた。
彼女の表情は傍目で分からないほど変化に乏しいが、しかしそれでもそこからは抑えきれない“期待”のようなものが感じられる。
「元六騎士に引き続き、現役六騎士とは……良きかな良きかな、きっと拙者の日頃の行いがよいのでござるな」
うんうん、と紅葉は自らの言葉に頷く。
こんなにもとぼけたヤツなのに――隙が無い。
彼女が持つ唯一の得物はすでに使い物にならなくなったというのに、何故だ? まるで勝てる気がしない。
どころか下手に攻撃を加えようものなら最後、“斬り捨てられる”イメージさえ浮かんでくる始末だ。
頼みの綱は、ペルナート。
「……何故、そこの男を斬った」
「む?」
ペルナートが、彼女の傍らですでに冷たくなったルクラダを指す。
紅葉は彼の亡骸ちらりと横目で見る。
「何故……と言われても困るでござる、王殺しの勇者を探していたら成り行きで、としか」
――王殺しの勇者。
この単語を聞いて、俺の心臓がどきりと跳ねた。
王殺しの勇者を探して?
つまりコイツは、俺を探していたということか?
では、ルクラダが死んだのはやはり俺の――
「王殺しの勇者を探して? 何故だ、人間同士のいざこざなど、貴様らには関係ないことだろう」
「そうとも限らぬ、というのが我が主の考え」
「主のために、わざわざ海を越えて魔王城からここまでやってきたのか? ご苦労なことだ」
「質問が多いでござるな、なに、知り合いに転移魔法を扱える者がおってひとっ飛びにござる……それよりも早く死合おうぞ! いざ! いざ!」
「話もマトモにできんのか単細胞め……こんな阿呆の手綱を離すなど、魔王はどうかしているぞ――」
ペルナートが深い溜息を吐き出す。
次の瞬間――彼の身体が上半身と下半身に二分された。
「なっ!?」
今の一瞬に一体何が起こったのか。
俺もイオネも、理解するには相当の時間を要した。
しかし、やがて理解する。
ペルナートは斬られたのだ。
瞬間移動さながらの踏み込みで懐へと潜り込み、刃が消えるほどの剣速で一刀両断。
二つに分かたれたペルナートの身体が、どさりと崩れ落ちる。
確認するまでもない――死んだ。
「我が主を愚弄するのは看過できぬでござるよ、白髪の童」
チィン、と鯉口が鳴る。
どういうわけか、紅葉の手の内にはあった。
先ほどと寸分違わぬ長刀が。
「そういえば言っていなかったでござるな、拙者のロールはSランクの“大剣豪”、低ランクの剣士や侍ならまだしも、拙者にとって刀とは身体の一部、理屈などいらぬ、たとえ折られようとも砕かれようこうとも必ず某の手中に戻ってくるのでござる、そうなっているのでござる」
紅葉は物言わぬペルナートの亡骸を一瞥する。
まるで道端のゴミを見るかのような、冷たい視線であった。
「……それにしても至極つまらん、現役六騎士とはいえこの程度、まるで豆腐のような斬り応えでござった……このやり場のない気持ちは如何ようにすべきか……」
言いながら紅葉はこちらへ振り向き、鞘からすらりと太刀を抜いた。
刀身から放たれる膨大な殺気に、本能的な恐怖が呼び覚まされる。
しかし今のおれたちには、蛇に睨まれた蛙。
逃げることすらままならない。
「仕方ない、貴殿らを斬って無聊を慰めるとしよう、うむ、それがいい、では、さらばでござる」
剣先が消える。
ああ、いよいよ終わりだ。
俺の中の諦観というやつが、至極冷静に告げてくる。
「――やれやれ、話の途中で真っ二つにするとは、まるでマナーがなっていないな、魔族とやらは」
――しかし黙らされた。
彼が発した、凛とした一声により。
「!?」
この不測の事態に際し、紅葉は咄嗟に飛びのいて、声の主から距離をとった。
声の主を認めて、彼女の表情が歪む。
間違いない、間違いないこの透き通った、少年のような声は――
「……何故生きているでござるか、ぺるなーと、とやら」
紅葉の視線の先、ペルナート・ディラストメネスは何事もなかったかのように佇んでいた。
「心配せずとも一度は死んだ、しかし、見ての通り生き返った」
「……馬鹿な、いったい、どんな高ランクロールを持っていればそんな芸当が……」
「高ランクロール? 何を馬鹿なことを――」
ペルナートがそこまで言いかけた、その時だった。
またも不可視の斬撃、驚くべきことに更に剣速が上がっている。
先ほどでさえ、躱すことはおろか反応することすらままならなかったのだ。
ペルナートはこれをまともにくらって、肋骨から肩にかけてを切り裂かれる。
更に燕返し、返す刀が再びペルナートの身体に深い傷を刻む。
噴水のようなすさまじい出血。
致死量などとっくに超えているだろうに――ペルナートは、何食わぬ顔で続ける。
「私のロールはDランク“錬金術師”である。高ランクロールなどとてもとても」
「なんと奇天烈……!」
紅葉が呟く。
それも無理はないだろう、何故ならばあれだけ深かった傷が、見る見るうちに塞がっていってしまうのだから。
俺たちもまた言葉を失ってしまう。
「私は昔、錬金術師たちの悲願――不老不死を与えるという“賢者の石”の製法を編み出すため、仲間たちと世界中を旅して回っていた。そして長い年月をかけ、賢者の石精製の一歩手前までやってきたのだ」
そんな中、ペルナートだけが毅然と語り続ける。
「しかし、完成一歩手前にして仲間だと思っていた者たちに裏切られ、殺された、全身を炎で焼かれてだ、あの時の私は無念に打ち震えたが、今は彼らに感謝しているよ」
我に返った紅葉が、再び太刀を振るう。
研ぎ澄まされた刃はペルナートの首を断ち、血圧によってペルナートの頭が宙へ舞う――のを、彼はすんでで押さえた。
ごくシンプルに、自らの手で、切り離された頭部を上から押さえつけて。
「賢者の石とは、この世の真理を垣間見た者にしか作ることができない――つまり私は知ったのだ、人類最大の謎である死を、死を知ったのだ、だからこそ賢者の石は私に応えた、私を不老不死にした」
「……三回も殺されてなお、こんなに長ったらしく訳の分からないことばかり話す御仁は、初めて見たでござるよ」
「私も貴様のように知性の欠片もない生き物に会うのは初めてだ」
ペルナートが頭から手を離す。
傷はすでにつながっていた。
「――さて、これを踏まえた上で、貴様は私の二つ名であるところの不夜卿、その意味を知っているか? いや、知らんだろうな、見るからに学がなさそうだ。ところで学のない者に私は倒せんぞ」
不夜卿ペルナート・ディラストメネスは、そう言って不敵に笑った。
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