20「魔王の間」
先に言っておこう、これは夢だ。
俺は今、玉座の間に立っている。
初め俺は、この世界へ飛ばされた直後に見た衝撃的な光景が夢となって現れたのかと思ったのだが、どうも違うらしい。
ここはそこはかとなく寂しい場所だ。
照らす照明も、煌びやかな装飾も、どこか虚しく、そして物悲しい。
ガイアール王国の王宮とは似て対となる、そんな場所だ。
「きたか、勇者よ」
ふいに声がした。
見ると無人と思われたこの空間に一人、玉座に腰をかける女性の姿がある。
ひどく美しい女性であった。
光輝く金色の髪を垂らした、黒装束の女性。
側頭部、耳の少し上のあたりから湾曲した立派な角が突き出ている。
高貴であり妖艶、どこか憂いのある表情でこちらを見据える彼女は、顔かたちの違いこそあれ、どこか鵜渡路に似た印象を受けた。
そして彼女が何者か、俺は直感で理解する。
「四天王の次は魔王か? なんか展開早くねえ?」
「……いかにもワシは魔王のロールを持つ者であるが、わざわざ夢の中にまで出向いてやったというのに、なかなかふてぶてしいのう、おぬし」
魔王は呆れたように言った。
確かにこちらの世界にきてからというもの、色々なことがありすぎて若干感覚が麻痺してる感は否めない。
「で、その魔王サマがロールも持たない俺に何の用だ? 言っとくけど俺は勇者じゃないから抱き込んでも意味ないぞ、世界の半分も、特に今のところもらう予定はないし」
「ふてぶてしい上に図々しいぞおぬし、言われずともやらんわい、世界の半分なぞ」
なんだ、くれないのか。
魔王と言うからには、てっきりお中元くらいの感覚でくれるもんかと思ってたのに。
「……そもそもワシの手中にある世界なぞ、すぐに消えて無くなるのだからな」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでもない、些末な問題じゃ」
彼女はどこか自嘲するように言った。
魔王と言うからにはいかにも尊大で「ワハハハ」と笑うような人物を想像していたのだが、なんだか彼女からは疲れきったような印象を受ける。
「……状況は切迫している」
「なんの状況が?」
「なにもかもが、じゃ」
魔王の回答はまるで要領を得ない。
しかし、表情は真剣そのものだ。
「……世界が収縮を開始した、もはや手遅れと言わざるを得ない、世界の果てはもうすぐそこまで迫ってきている」
「収縮? 世界の果て? もうちょっと分かりやすく頼む」
「全ての元凶は、ウノトロマイじゃ」
その名が出た途端、息を飲む。
「……アイツがなにをしたって言うんだ」
「恐ろしいことじゃよ、とてつもなく……皆はまだ気づいていないがな」
「魔王ってやつは、回りくどい言い回しでしか喋れなくなるロールなのか?」
「そう言うな、これもまた必要な過程なのじゃ。状況は切迫しているが、だからこそおろそかにしてはいけない」
「……じゃあヒントをくれ」
「よいぞ」
そう言って彼女は人差し指を立てる。
すると彼女の指先がぽうと淡く光を放ち、空中にある物を作りだした。
これは……将棋盤?
「遥か昔にそちらの世界から持ち込まれたボードゲームじゃ、知っておるか?」
「まぁ、ルールぐらいなら……」
「ならば話が早い、これらの駒がこの世界の住人としよう――そして、これが件の女勇者じゃ」
そう言って彼女は整然と並んだ駒を指したのち、ぱちんと一つの駒を盤面の中央に置いた。
……この滅茶苦茶な位置に指された駒が、鵜渡路ってことか?
「そしてこうじゃ」
鵜渡路(駒)が横にスライドして、盤上の駒を取った。
アイツ、将棋の駒になっても滅茶苦茶なんだな……
そして魔王は、鵜渡路(駒)の最初の犠牲者(駒)を持ち駒へ加え――ない。
どういうわけか、鵜渡路(駒)の上にちょんと乗せた。
「は? おい、お前将棋のルール知ってんのか?」
「てーってれー、鵜渡路は二回行動の特殊能力をゲット、よってこの駒もいただきじゃ」
「おいおいおい!?」
将棋にそんなルールはねえ!
しかし魔王は聞く耳持たず。
二つ目の駒を、更にその上へと積み重ねる。
「更に追加攻撃、先の駒を手に入れたことによってウノトロの特殊能力発動、9マス範囲攻撃をお見舞いするのじゃ!」
「待て待て待て待て!」
こちらの制止もなんのその、鵜渡路の周囲の駒がごっそりと持っていかれて、ジェンガよろしく鵜渡路(駒)の上に積み上げられていく。
しかし鵜渡路(駒)の猛攻はとどまるところを知らない。
「更に更に! 勇者ウノトロのレーザービームにより、どーん! 直線マスの駒は全て蒸発!」
「蒸発!? ちょ、まっ……」
じゅんっ! と短い音がして、哀れこの世界の住人(駒)の3割が灰も残さずこの世から消えた。
盤上は……もはやなにがなんだか分からない状況だ。
惨憺たる戦場で、ただ一つ鵜渡路(駒)の積み上げた驚異的バランスタワーのみが、異質の存在感を放っている。
こんなのはもう……
「――ショーギではない、じゃろ?」
俺が思っていたことを、魔王が引き継いだ。
「件の女勇者は敵陣の駒を奪って自分の持ち駒に加えている、……皆はその程度にしか考えていないのかもしれないが、事態はもっと深刻なのじゃ」
「分かったような、分からないような……」
ううん、と首を傾げる。
残念ながら、どれだけ頭をひねってもしっくりくる答えは見つかりそうにない。
しかし、大前提としてもう一つ大きな疑問がある。
「……そもそもどうして、俺にその話をする?」
「おぬしが、この盤の外にいるからじゃ」
そう言って、鵜渡路は俺のことを指した。
「いいかよく聞け、もはや盤上にいる者がウノトロを止めることは不可能じゃ、それはワシとて例外ではない」
――世界を救うことができるのは勇者でも魔王でもない、オマエだけダ、ハチブセ。
チャイナ博士の最期の言葉が脳裏をよぎる。
……皆して、俺をからかっているのか。
「冗談はよせ、お前らみたいにファンタジー的パワーを何一つ持ってない俺がどうやって勝てって言うんだ、こんなの」
言って、鵜渡路(駒)タワーを指す。
三回行動に9マス範囲攻撃、極めつけには直線マス蒸発レーザー持ちだぞ?
こんなチートキャラに勝てるヤツなどいるものか。
すると、魔王はくすりと笑って
「なにも力に限った話ではない、これはスタンスの話でもある」
「どういうわけかあの女勇者は俺に惚れてるから、そこにつけ込んで言うことを聞かせろって、そういうことか?」
「はは、いやいや、そういう話ではない、もっとシンプルな話じゃ」
「シンプルに、どうすりゃいいんだ」
「そこから先はネタバレになるのう」
魔王はわざとらしい笑みを作る。
その笑い声はむなしく響き渡り、やがて深い静寂が訪れた。
「……ハチブセリョウ、よく聞け」
静寂を破って、彼女はまっすぐとこちらを見据える。
「目を覚ましたら、きっとおぬしの楽しい異世界生活は終わりを告げるじゃろう」
「はっ、楽しい異世界生活? 目の前で女子高生がスプラッター繰り広げたり、六騎士とかいう意味の分からん連中に殺されかけるのがか?」
冗談だろ、と肩をすくめるも彼女は笑ってくれない。
それどころか、こちらに向ける視線からは憐憫が感じられた。
「楽しかったと、思うはずじゃ……おぬしはこれから目も背けたくなるような光景を幾度となく見せつけられるじゃろう、そして迫られる、辛い……辛い選択を」
「……あんまり、脅かすなよ」
「悪いな……また会おう」
今にも壊れてしまいそうな魔王の弱々しい笑顔、それが俺が夢から覚める直前に見た、最後の光景であった。
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