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02「いや、いつものアレじゃないなコレ」


 屈辱に顔を歪め、服従のポーズをとる女子高生三人組。

 プラス不敬100パーセントといった具合に大の字で寝そべっていた俺をよそに“鑑定の儀”とやらの準備はつつがなく進められていった。

 とはいえ、異世界の儀式のことなんてまるで分らない。

 俺に分かるのは、神官風の男たちがやたら華美な装飾の施された巨大な鏡のようなものを運んできて、玉座の間のど真ん中に仰々しくソレを設置したことだけだ。


 鏡の設置が終わると、王様改めクソジジイが言う。


「――面をあげよ」


 これにより、俺たち四人はようやく謎の力による拘束から解放された。

 俺ははなから拘束などされていなかったが、バレたら面倒そうなのでとにかくそういう風に振舞った。

 王様の力スゲー、1㎜も動けなかったわ、という具合に。


「っ……!」


 解放された尾羽梨がクソジジイを睨みつけるが、それ以上のアクションは起こさない。

 あの下衆ジジイのことだ。下手に逆らえば次はもっと屈辱的な目に遭わされるに違いない、本能レベルでそう察知したのだろう。

 クソジジイもそれを分かってか、にたにたと気色の悪い笑みを浮かべている。


「本来ならば即刻首を刎ねるところだが……貴重な勇者だ。さあそこの女、天命鏡の前に立つがよい」


 武装した兵士たちが尾羽梨を急き立てる。

 尾羽梨はせめてもの抵抗に一度鋭い舌打ちをしたが、渋々この天命鏡と呼ばれる鏡の前に立った。

 鏡に映る尾羽梨の眉間にはありったけのシワが寄せられている。


「では鑑定の儀を始めます、神の御心のままに」


 神官の一人が言って、何らかの呪文を唱えた。

 すると淀み一つない鏡面に波紋が生まれ、やがて――鏡が一本の槍を吐き出した。

 まるで悪魔の角のごとくねじくれながらも研ぎ澄まされた一本の槍。

 ソレはまるで吸い込まれるように、尾羽梨の手の内へ収まる。


 兵士たちは息をのみ、そして神官が叫んだ。


「出ました! ロール“理の勇者”! 祝福(ギフト)は“複製”です!」


 兵士たちが歓声をあげる。

 しかし当の尾羽梨は、苦虫でも噛み潰したような表情だ。


「よいぞ! 初手から強力なロールが出たな! それはかつての伝説の勇者と同じものだ! 本来、祝福(ギフト)とは身体の内に宿るものだが、おぬしら召喚勇者の場合、祝福(ギフト)は武具に宿る! ゆめゆめ忘れるでないぞ!」


「なにがロールよ……!」


 尾羽梨はぎりりと槍の柄を握りしめる。

 そのまま槍をへし折ってしまいそうな勢いだ。

 彼女としてはロールも祝福(ギフト)も知ったことではないのだろう。


「では次だ! そこの女!」


「……はい」


 次に前へ出たのは、鵜渡路だ。

 彼女が鏡の前に立つと、再び鏡面が揺らぎ、一本の剣を吐き出す。

 それは――まるで鉄の塊と見紛ってしまうほど巨大な、純白の剣だ。

 刀身には非常に精緻な彫刻が施されており、一種の芸術品に見えないこともない。

 これもまた鵜渡路の手中に収まる。


「出ました! ロール“愛の勇者”! 祝福(ギフト)は“融和”です!」


「愛の勇者……深き愛を持つ者しか授かれぬというロールだな、過去に一人だけ確認されたものの、その慈愛の深さゆえに争いを好まず、自ら命を絶ったと文献に残っていたが……ふむ」


 クソジジイが値踏みでもするかのように鵜渡路をねめつける。

 そんな舐めるような視線にも、鵜渡路は嫌な顔一つしない。


「くれぐれも変な気を起こすでないぞ、おぬしはワシのお気に入りだ、死なれては困る」


「ええ、承知しております、ところで私の祝福(ギフト)は?」


「融和の祝福(ギフト)は、その大剣の刀身に触れたものから一時的にロールを拝借する、というものだ。地味だが、まぁ使えないこともあるまい」


「……ありがとうございます」


「では次だ! そこの小娘!」


「こむっ……!? は、はいっす!!」


 続いて高島がとてとてと鏡の前に駆け寄る。

 そして例により彼女の鑑定の儀が始まるが、俺はここで妙な違和感を覚えた。


 ……どこからか視線を感じる。

 生暖かく、絡みつくようで、かつ寒気を覚えるような、そんな視線だ。

 俺は咄嗟に振り返ってあたりを見渡すが、皆が皆鑑定の儀とやらに夢中で、こちらのことなど気にもかけていない。


 おかしいな、気のせいか……?


 首を傾げていると、兵士たちの割れんばかりの歓声で我に返った。

 どうやら高島の鑑定の儀が終了したらしい。

 彼女はその小さな身体にはまるで不釣り合いな大槌を携えている。


「尾羽梨先輩! 鵜渡路先輩! すごい祝福(ギフト)をゲットしましたよ!」


「……良かったわね」


「高島さん、無暗に振り回したらケガをしてしまいますよ」


 鵜渡路は高島の頭を撫でて、はしゃぐ彼女をたしなめた。

 高島は「えへへ」とだらしない笑みを浮かべている。

 こんな状況だが、微笑ましい光景だ。


「次! そこの男!」


 ……さて、いよいよ俺の番だ。

 もちろんヘタな抵抗はせず、天命鏡とやらに向かって歩いていく。

 至極落ち着き払って、だ。


 何故なら俺は知っている。

 こういった勇者召喚ものの鉄則じみた展開を。


 まず、あの女子高生三人組は互いが知り合い同士のようで、今回異世界に召喚された四人の内、俺だけが唯一誰との接点もない。

 つまりこれはあれだ、巻き込まれ召喚というやつだ。

 きっと正規の勇者はあの三人で、俺は不運にも召喚に巻き込まれてしまったただの一般人。


 だが、俺は知っている。

 勇者召喚ものにおいて召喚に巻き込まれた一般人には、十中八九チート的能力が授けられることを。

 だからこそ


「……年長者だしな、俺が守ってやるか」


 これは、いわゆるダメなタイプの異世界召喚だ。

 きっと勇者としての彼女らは、この国の王が私腹を肥やすために馬車馬のごとく働かされる。

 だったら唯一チート的能力を授かった俺が、カッコよく彼女らを助けるのが道理というものだろう。


 別に可愛い女子高生たちを救って強引にハーレム的テンプレ展開へもっていこうとしているわけではない。断じて。

 ……嘘、半分ぐらいは下心。

 この歳になると女子高生にチヤホヤされる機会なんてそうないんだから大目に見てください。


 でもまぁ、もう半分は本当に善意だ。


「では鑑定の儀を始めます、神の御心のままに」


 神官が呪文を唱え、鏡面に波紋が走る。

 欲を言えば、分かりやすくキャーキャー言われるチート能力、お願いします。

 そんなことを考えていると――しばらくして波紋が止んだ。


 鏡はなんの武器も吐き出さない。

 そこには間抜け面を晒す自分が映っているだけだ。


「……ん?」


「これは!」


 神官がこれでもかと目を見開いて叫んだ。


「王様! この男にはロールがありません!!」


「なんだと!?」


 クソジジイもまた身を乗り出して驚愕し、兵士たちもどよめいた。


「ろ、ロール無しだと!?」


「話には聞いていたが、初めて見た……!」


「あれが噂の……」


 兵士たちが神聖な儀式の最中であることも忘れて、口々に呟く。

 あー、なるほどそういうパターンね。

 実は無能力者が最強、みたいなそっちのパターンね、マジで焦った。


「召喚勇者がロール無しとはなんたる偶然……まさか生きている内に見られるとはな……」


 ほら、クソジジイなんて感激のあまり涙を流しているじゃないか。

 あっぶねー、うっかり絶望するところだったよ。


「クソジ……間違えた王様、それで俺の能力は?」


 できる限りのキメ顔を作って尋ねかける。

 するとクソジジイは流れる涙をハンカチで拭いながら


「――ない、即刻この者の首を刎ねよ」


 そう答えたのだ。


「え?」


 これにはさすがの俺も言葉を失った。

 冗談? ドッキリ?

 そんな一縷の望みにかけてみたが、すかさず駆け寄ってきた兵士たちに取り押さえられ、一気に全身の血の気が引いた。


 え、なんでやねん。


「いかな創造神といえ間違いはある、だから時たまおぬしのようにロールを持たぬ者が現れるのだが、そんな時私たちは――彼らを丁重に神の御許へ送り返す決まりとなっておる」


「光栄なことです」


 と、神官が言って、ほろりと涙を流した。

 俺もほろりと涙を流す。


 え? 嘘でしょ? 俺の異世界ファンタジーこれで終わり?


「ちょ、ちょっと! 何も殺すことないじゃない!」


 そんな時、これに異を唱えたのは意外にも尾羽梨真紀であった。


「勝手に呼び出しといて、挙句首を刎ねるだなんて、あんたたち自分がおかしなこと言ってるって分からない!?」


 尾羽梨嬢ぉぉぉぉ!!!!

 なんて良い子なんだ!! 聖母、聖母だ!!

 怖そうとか思ってマジでごめん!!


「そ、そうっすよ! 意味わからないっすよ!」


 更に高島がこれに乗っかってくれる。

 マジかよ女子高生ってみんな優しいんだな!

 オジサン、女子高生ってみんな本心では「オッサンはよ死ね」って思ってるもんだと!


「ふむ、一理ある」


 よっし、なんか知らんがクソジジイも納得したみたいだし助かるかも!

 などと思った矢先。


「我々のような部外者でなく、せめて郷里を同じくした者の手にかかるのが本望であろう――二人の勇者よ、そこの男の首を刎ねよ」


「なっ――!?」


 人王の祝福(ギフト)、勅令発動。

 クソジジイの一言により、尾羽梨と高島はあっという間に身体の自由を奪われ、震える手で武器を構えた。

 嘘でしょ。


「ま、また身体が勝手に……!?」


「ちょっと……嘘でしょ!? あんた気は確かなの!?」


「我が胸中はこれ以上ないほどに澄み渡っておる、さあそこの男を神の御許へ送り返すのだ」


 説得での交渉は不可能。

 祝福(ギフト)とやらの拘束力はよほど強力なようで、尾羽梨も高島も完全に身体の自由を奪われ、為すすべがなく。

 俺は俺で屈強な兵士たちに抑えつけられ、身動き一つできない。


 詰んでいた。疑う余地もなく、詰んでいた。


「いやっ……こんな……!」


 尾羽梨が歯を食いしばり、両目に涙を溜めながら呻くように言った。

 その顔に出会った時の気丈さは、もはや影も形もない。

 あるのは、自身の無力さに打ちひしがれながらも必死で抵抗を続ける少女の顔だ。


「……ごめん」


 俺の最期の言葉は謝罪である。

 彼女は赤の他人である俺を助けようとしてくれたのに、俺のせいで。

 つい先ほどまで普通の女子高生だった彼女の手が赤く染まる。

 彼女はきっと一生忘れることはできないだろう。

 俺みたいな、赤の他人のことを。


「――ッ!!」


 次の瞬間、彼女の槍が風を薙いだ。

 研ぎ澄まされた矛は俺の首めがけて一直線にやってきて――そして首が飛んだ。


 ただし、飛んだのは俺の首ではない。


 尾羽梨真紀と、高島千尋の首だ。


「え――?」


 俺は間抜けな声を漏らす。

 尾羽梨と高島の頭部が、ただの一太刀にて胴体から切り離され、断面より噴き出した生暖かい鮮血が頭上から降り注ぐ。

 全てがスローモーションに動いていた。


 誰もが驚き、言葉を失ったその世界でただ一人――純白の大剣を紅に染めた鵜渡路舞だけが、女神のごとき笑みを浮かべている。



日付変わるぐらいにもう一本更新します!

もしよろしければブクマ・感想・レビュー等いただけると、作者のモチベーションが上がります!

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