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19「魔弾の射手」


「そういえば昔、風の噂に聞いたことがあるでござるよ、六騎士の一人、魔弾の射手とも呼ばれる二丁拳銃使いの御仁について」


 紅葉は改めてルクラダを観察する。

 彼が発散する気配に、先ほどまでのボンクラじみた無防備さはない。

 間違いなく歴戦の猛者のソレであった。


 紅葉は、彼が構えた二丁の拳銃へ、視線を送る。

 銀色の銃身が月明かりを受けて鈍く光を返していた。

 余分な装飾の類はひとつとしてない、なんと洗練されたフォルムか。


「……ロールはAランク“マジック・ガンナー”だとも」


「そこまで分かってるんなら、退いてくれないかしら?」


「いやはや、そういう訳にもいかぬ」


 彼女は再び低く腰を落として長刀を構える。

 ルクラダは忌々しげに顔を歪めた。


 ルクラダの拳銃は希少な金属を高ランクの“鍛冶”ロール持ちに加工させて作り上げた特注品だが、あれは次元が違う。

 見ただけで分かる、相当な業物だ。濡れたような刃とはこのことを言うのだろう。

 それに、あの刀の周りだけ“温度”が低い。

 ルクラダには覚えがあった、あれは多くの命を屠った得物だけが持つ、死の気配である。


「此度、拙者は拙者の主がために参った、なにがなんでも王殺しの勇者を見つけ出さねばならぬ」


 我が主。

 言葉の通り、彼女が五本指の一人であることを鑑みれば、それは十中八九“魔王”のロールを持つ、かの者のことであろう。

 しかし、それゆえにルクラダは解せない。


「それがよく分からないのよ、こんなの人間側の問題でしょ? アンタたちにはまるで関係ないじゃない」


「ところが我が主によれば、そう簡単な話でもないらしい」


「どういう話よ」


「拙者、見ての通りの阿呆ゆえ、我が主の話は難解すぎて完全には理解できておらん、しかし、このまま例の勇者を野放しにしておくと、我が主にまで危険が及ぶということだけは分かった、だから単身飛び出してきたわけでござる」


「ふうん、上司思いだこと」


 ルクラダはようやく得心がいった。

 聞いた話によれば“魔王”のロールを持つ者は、千里眼にも似た力を行使できるという。

 きっと、その千里眼とやらで玉座の間に起った惨劇を見通したのだろう。


 しかし、ここで問題が一つ。


「……じゃあアンタ、王殺しの勇者についてどれぐらい知ってるの?」


「恥ずかしいことに男か女か、それすらも分からんのでござる、我が主から話を聞くなり、すぐ転移の魔法を使って飛んできたものだからな」


 これを聞いて、ルクラダは大きな溜息を吐き出した。

 ――そう、彼女は自分でもしきりに言う通り、阿呆なのである。


 一度そうだと決めつければ脇目もふらずに走り出す。

 現に今も勇者はそれだけの脅威であると自分で語っておきながら、独断専行で飛び出した挙句、勇者についての情報は何一つ持っていないという体たらく。

 なんの前情報もなしにルクラダへとたどり着いた彼女の動物的な勘の鋭さは驚嘆に値するが、しかし……


「……やってらんないわよ、ったく」


「む?」


 ルクラダは臨戦態勢を解いた。

 紅葉は不思議そうに首を傾げる。


「……何故、構えを解くのでござるか? 我らはこれから死合うというのに」


「死合わないわよバカバカしい、アタシはね、アンタが探してる王殺しの勇者がどこにいるかなんて、ほんとーーに知らないの」


 彼女が探しているのは、あくまで“愛の勇者”鵜渡路舞。

 決してロールすら持たない人畜無害の青年などではない。


 そうなれば、本格的にルクラダの知るところではない。

 たとえその業物で斬りかかられようが、拷問にかけられようが、知らない物は知らないのだ。


「はぁ、ほんとに時間を無駄にしちゃったわ、明日も早いっていうのに」


 ルクラダは全身を弛緩させ、地べたに寝転がる男たちを見た。

 これだけの騒ぎがあったというのに彼らは、呑気にもがあがあといびきをかいている。

 ホント男って駄目ね、ルクラダは呆れた様子だ。


「というわけでアタシは帰るわよ、アンタも、主のためだかなんだか知らないけど、年頃の女の子が夜中ふらふら歩き回ってるんじゃないの、じゃあね」


 ルクラダはもはや紅葉から興味すら失ったように背を向け、ひらひらと手を振る。

 場を包む張り詰めた空気は、一気に弛緩した――かのように思えた。


 しかし違う。

 紅葉はとん、という軽い音とともに姿を消す。

 瞬間移動と見紛うほどの、凄まじい踏み込みだ。


「まなー違反でござるよ、斬りあいの最中で敵に背を見せるなど――」


 闇の中を一筋の閃光が走る。

 ルクラダの無防備な首筋にめがけて、一直線に。


 紅葉にはすでに“びじょん”が見えていた。

 次の瞬間、間抜けな顔でこちらへ振り返るも、断末魔をあげる暇さえなく首を断たれるルクラダの姿が。

 しかし、しかし。


「――あっそ」


 彼はすぐそこまで迫った彼女をちらりともせず、投げやりに言った。

 予想外の事態に紅葉の動物的な直感が警鐘を鳴らす。咄嗟に思考を張り巡らせる。

 たが、時すでに遅し。


 紅葉の遥か後方――夜の闇の内より飛び出してきた一発の銃弾が、彼女の肩をえぐった。


「ぬっ――!」


 理外の一撃に態勢が崩れる。

 当然剣筋も乱れ、薙ぎ払われた長刀はルクラダの頭上スレスレを通過した。


 そしてルクラダは流れるような動作で、背後で驚愕の表情を晒す紅葉へと銃口を向けた。

 まるでここまで全て計画通りだと言わんばかりに。


「引き金を引けば、弾が出る。ただそれだけのオモチャを振り回すだけなら魔弾の射手なんて呼ばれたりはしないのよ」


「……これはしたり」


 パァンと一発の破裂音が鳴り響く。

 吐き出された銃弾は紅葉の胸へと突き刺さり、彼女は大きく体を仰け反らせた。

 間違いなく致命傷――しかし、ルクラダは追撃する。


 素早く立ち上がって身体を翻すと、両手の銃を交互に四度。

 計四発の弾丸が胸、太腿、腰、最後に眉間――と、的確に急所へ撃ち込まれる。

 その動作に一切の容赦や油断はなく、洗練されていた。


 体を妙な方向へ折り曲げた紅葉は、紙屑のように宙を舞い、最後に地べたを転がる。

 もはや彼女がぴくりとも動かないのを確認して、ルクラダは銃口からたちのぼる硝煙をふっと吹き消した。


「ふん、アタシはね、ごめんなさいの一言も言えない生意気なガキが大嫌いなのよ、一回は一回だからね」


 ルクラダは吐き捨てるように言って、懐へ拳銃をしまう。

 ……まったく、今日は厄日だ。

 ルクラダはうんざりしつつ、踵を返そうとして


 ――背後からの一撃により、自らの首が落とされるビジョンを見た。


「!?」


 ルクラダは振り向きざまに銃を抜き、一発。

 吐き出された弾丸はまっすぐに紅葉の方へと向かっていったが、どういうわけか空中で、光って、消える。

 この現象が、視認すらできないほどの速さによる斬撃が、銃弾を叩き落したことによって引き起こされたものだと気付くには、少々の時間を要した。


「ふむ……どうも拙者は殺気が漏れすぎていけない、否が応にも斬り捨てる相手に“びじょん”を見せてしまうんでござるからなぁ」


 ゆらり、と紅葉が立ち上がる。

 何事もなかったかのように、まったくの無傷で。


「そ、そんな馬鹿な……まさかあの態勢から銃弾を――」


「しかり、蠅を落とすように斬って捨てた、ただそれだけのことでござる、最初のは少しもらってしまったが」


 そう言って紅葉は自らの左肩を一瞥する。

 そこにはルクラダが“魔弾の射手”と呼ばれる所以、初撃、魔力を込めた誘導弾による唯一の銃創が残っている。

 しかしかすり傷だ。

 そこで初めてルクラダは、あの時紅葉が態勢を崩したのではなく、自ら身体をねじって銃弾をかわしたのだということを知る。


 愕然とするルクラダをよそに、紅葉は肩の骨を鳴らす。


「ふむ、いささか貴殿の実力を見誤ってしまったようでござるな、これだけの武人を相手に“五分”ではあまりに無礼、“八分”でお相手いたす」


 五分? 八分?

 ルクラダは彼女の言っている意味が分からず固まっていると――突如、紅葉の雰囲気が変わった。


 ルクラダは咄嗟に後ずさる。

 彼女の間合いが目に見えて変わったのを、直感で感じ取っていたのだ。

 しかし数秒後、それが無駄であったことを知る。


「ふむ――こうか?」


 紅葉が突き出した左足を数センチ前方へと進めた。

 その瞬間、ルクラダの脳内へとあるビジョンが浮かび上がる。


 反撃に転ずるべく銃を構えるも、下段からの鋭い一太刀によって、ハラワタを切り裂かれる自らの姿。


「それとも、こうか?」


 紅葉は刀を寝かせて、刺突の構えをとる。

 更にルクラダの脳内へ流れ込んでくるビジョン。


 凄まじい踏み込みによる刺突、かわすことは不可能と知り、咄嗟に構えた二丁拳銃で急所をガードするルクラダだが、剣先は銃身を滑り、ルクラダの喉元をいともたやすく突き抜ける。


「では、これなら――」


 紅葉はまるで子どもが戯れているかのように、次々と態勢を変える。

 その度に、スライドショーのごとくルクラダの脳内で上映される連続のビジョン。


 中には相当の深手を負いつつもルクラダの放った弾丸が紅葉の脳天を貫く、そんなビジョンもあった。

 しかしそれよりも圧倒的に多い、紅葉がルクラダを斬り捨てるビジョンが、それを塗りつぶしてしまう。

 ルクラダはほんの数秒間の内に、およそ二度に渡る紅葉の殺害と、十六度に渡る自らの死を体験した。


 極度の緊張に、どっと脂汗がにじみ出る。

 そしてこの時に気付いた。

 彼女が先ほど口にした“五分”、あれはすなわち、半分。

 自分は、“大剣豪”のロール、その真価の半分しか見れていなかったのだと――


「――ふむ、決めたぞ、これにしよう」


 そう言って、紅葉は姿を消す。

 今までとは比べ物にならないほど強烈な踏み込み。

 紅葉は限界まで態勢を低くして、さながら地面を這うような太刀筋で斬りかかってくる。


「くっ!?」


 ルクラダはすかさず引き金を引く。

 弾丸はまっすぐと紅葉の眉間へ飛んでいくが、ここで突然軌道が変わった。

 地を這う剣筋はここにきて跳躍、なんと銃弾を跳ね返してしまったのだ。


「なっ――!!」


 跳ね返された弾丸はルクラダの膝元に突き刺さる。

 走る激痛、その一瞬の隙が彼の命運を分けた。


「三手詰めでござるよ、カブキ殿」


「この……クソガキ……!」


 返す刀が、ルクラダの肩口から腰にかけてを袈裟懸けに一太刀。

 紅葉の刀は骨のことごとくを断ち切り、ルクラダの臓腑を完膚なきまでに切り裂いていた――



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