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18「これはしたり」


 むろん、ルクラダは知っている。

 八伏亮が「王殺しの勇者」として王国に追われていることを。

 目の前の彼女が、八伏を狙う何者かだということも。


 だからこそ彼は、きわめていつも通りの調子で答えた。


「――王殺しの勇者ァ? 噂には聞いたけど、友達でもあるまいにどこにいるかなんてアタシに分かるはずないじゃない」


 ガキはさっさと帰りな、ルクラダはしっしっとジェスチャーをする。

 だがフードを目深に被った彼女は、じっとこちらを見つめたまま微動だにしない。

 その瞳はさながら底の見えない奈落のごとく、深く、暗い……


「拙者、嘘は好かんでござるよ、カブキ殿」


 ルクラダは思わず眉をひそめた。

 その時代錯誤な言い回しや意味不明な呼び名に関してはともかくとしても、自らの嘘が見破られている。それだけは確かであったのだから。


「……ったく、付き合ってらんないわ、ほらどきなさいよ、アタシはこいつらを送ってかないとなんだから」


 ルクラダは酔いつぶれてしまった男衆を担ぎなおし、強引に彼女の脇を抜けようとした。

 今はそれが最善なのだと本能が告げている。

 そしてルクラダは一歩、前へ踏み出す。

 その時、ふいに彼の脳内へある映像が浮かび上がった。


 肩口から腰にかけてを切り裂かれ、鮮血を吹き上げながら崩れ落ちる、自らの姿が――


「っ!?」


 ルクラダは咄嗟に後ろへ飛び退いた。

 じわりと脂汗が滲んで、裏腹に体温は急激に低下する。

 なんだ、今の光景は――?


「おや、某にも“びじょん”が見えたでござるか」


 言ったのは、フードを目深に被った、目の前の少女である。


「確かに、もう一歩踏み込めばその通りになっていたでござる、こう、袈裟斬りに、ずばーっと」


 彼女は自らの肩から腰にかけてを指でなぞり、まるでそれが当たり前のことであるかのように語った。

 ルクラダは咄嗟に全身を緊張させる。

 さすがに悟った。

 やり過ごすことなど、すでに不可能なのだと。


「……アンタ、誰?」


「おや? ついうっかり名乗りを上げずに斬り捨ててしまうところであった、これはしたり」


 彼女はやはり、どこか間の抜けた調子で言ってローブを脱ぎ捨てた。


 ――そこから現れたのは、混じり気のない黒髪を一つ結いにした和装の少女である。

 凛とした顔立ちは彼女に大人びた印象を与えているが、実際の歳の丈は16〜18ほどだろう。

 頭には髪飾りの代わりか見事な椿の花があしらわれている。


 しかしなによりも目につくのは、彼女が腰に下げた長刀。

 鞘に収まっていてなお、ただならぬ存在感を放っている。


 そして彼女は、名乗りを挙げる。


「――拙者、“五本指”が一人、名を紅葉(もみじ)と申す、ロールはSランク“大剣豪”でござる」


「なっ……!?」


 ルクラダは、思わず言葉を失った。

 確かにSランクロール持ちというのは驚くべき点ではあるが、彼女は自らを“五本指”と名乗ったのだ。


 五本指――ルクラダも話には聞いたことがあった。

 それはかの魔王が側に置いた、魔族の実力者の五人のこと。

 彼らは文字通りの一騎当千、たった一人の存在が一つの戦争の勝敗を左右するとさえ言われる、規格外のロール持ち。

 すなわち、人間側でいう“六騎士”にあたるもの。


 だからこそ、ルクラダは疑問に思わずにいられない。

 魔族の王を守護すべき人物が、何故こんなところに――


「さて、拙者は名乗りを挙げたぞ、貴殿は?」


 彼女――紅葉が問いかけてくる。

 対してルクラダは「はんっ」と鼻で笑うと、男衆を地べたに寝かせて、これに答えた。


「アタシは別に名乗りなんて挙げないわよ、サムライガールちゃん?」


「ふむ、それもまたしかり、なんせ拙者見ての通りの阿呆でな、人の名前を覚えるのは得意でない、まぁそれはともかく……」


 とん、と軽い音がした。

 気付くと紅葉の姿が掻き消えている。


 どこへ――


 ルクラダが即座に警戒を張り巡らせるが、時すでに遅し。

 紅葉は――信じがたいことだが、瞬きほどの一瞬で、すでに彼の懐へ潜り込んでいたのだ。


「名乗りを挙げた以上、斬ってもよかろう?」


 ぴぃんと、張り詰めた弦を弾くような、透き通った音が一つ。

 直後、鋭い剣閃がルクラダの身体に走った。


「がっ……!?」


 それは例の“びじょん”とやらの通り、肩口から腰にかけての袈裟斬り――ルクラダは両目を見開き、その場にうずくまる。

 そんな様子を見て、紅葉はさして表情も変えず、ぺちんと額を叩いた。


「これはしたり、王殺しの勇者について聞くつもりが、つい癖で斬ってしまった、したり、したり」


 彼女は間の抜けた口調で言って、ルクラダを見下ろす。

 間違いなく致命傷だ。

 せめて辞世の句で、王殺しの勇者について何か語ってはくれないものか。


 そう思って彼女はルクラダの顔を覗き込み、そして――


「!?」


 咄嗟に飛びのいた。

 まったくの不意を突いた一撃、しかしかろうじて察知した。

 ルクラダの下より発射された一発の“弾丸”は、紅葉の額をかすめて、夜の闇に消える。


 紅葉の一撃は、彼の身体を切り裂いてはいなかった。

 彼は斬りつけられる直前に、ある物を盾代わりにしたのだ。

 それというのが――二丁の拳銃。


「……喧嘩売る相手間違えたわね、アンタ」


 ルクラダはこの二丁拳銃を構え、そしてゆっくりと立ち上がる。

 この時、紅葉は驚きのあまりに息を呑んだ。


 ――この男、これほどの気配を今の今まで隠し通してきたのか。


「そういえば名乗りを挙げてなかったわね――アタシは“元”六騎士序列第四位、魔弾の射手、ルクラダ・レオンハート。……で、何を斬ったって?」


「……これはしたり」


 紅葉はにやりと笑って、再び長刀を構えた。



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