16「ハチブセリョウ異世界物語」
「――かくして! 俺は革命的機転で兵士たちの追跡をかわし、城内から脱出することが叶ったわけだ!」
「うおおおおおおお!? すげえええええええ!!」
ルクラダがマスターを務める裏酒場「レオン」にて。
今宵、宴の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。
なんせちょうど「ハチブセリョウ異世界物語~序章 王城脱出編~」の口演が終了したところだ。
ヒゲ面たちの拍手喝采、口笛を吹く者もいる。
くくく、こんな調子では「~第三章 激闘!不夜卿編~」でみんな興奮のあまりに卒倒してしまうぞ。
盃を高く掲げながらテーブルの一つに立った俺は、にんまりと口元を歪める。
「ちょっとハチブセちゃん! テーブルの上に立たないで! あとそこ! 口笛吹くんじゃないわよ! 蛇がくんのよ蛇!」
馬鹿騒ぎの傍らキーキーとヒステリック気味に叫んでいるのがオカママスターことルクラダ。
俺が盛り上げ上手なばっかりに店内は大変な騒ぎで、物静かなバーのマスターは一転、目も回るような忙しさだ。
「ババア! ハチブセにエール一杯!」
「俺たちの英雄にエールをもう一杯だババア!」
「ババア、エール!」
「うるっさいわね! 別にババアって呼ばれるのが好きなわけじゃないわよ!」
などとがなり散らしつつも、手元では淡々とエールを注いでいるのだからプロだ。
そんなこんなしていると慌ただしくドアが開かれ、また一人の男が――
「ルクラダさん大変だ! 六騎士が……」
「――不夜卿以外全員殺されたんでしょ!?」
「……へ? なんで知ってんの?」
「アンタで二十一人目だもの! さあドアの前でぼけーっと突っ立ってないでさっさと中に入りなさい! どうせまたすぐに誰か来るんだから!」
まぁ、今の状況を説明すると、そういうわけである。
マスターはやはり情報屋というだけあり、あらゆる情報が集まる。
情報が集まるということは同時に人も集まるということ。
しかし今回、六騎士の内五人が殺害されるという前代未聞のニュースに際して、ご覧の通り、町中の噂好きが「レオン」に殺到してしまったのだ。
おかげで「レオン」はほとんどパンク状態。
初めはお互いがお互いに知っている情報を交換しあっていたが、やがて俺が今回の事件の関係者だと知ると、皆目の色を変えて「話を聞かせてくれ」とねだり始めて……
あとはもう酒の席ということもあり、あっという間にこんな感じである。
「召喚勇者の三人は全員女だったらしいな! やっぱり勇者ともなると胸はでかいのか!?」
「例の勇者サマはあのいけすかねえ王様が口からクソみてぇな言葉ひりだす前に、喉元かっさばいちまったらしいじゃねえか! そこんとこ詳しく聞かせてくれよ!」
「いけすかねえと言えば六騎士サマだ! 王様は死んで六騎士も残り一人! ガイアール王国はもう終わりだな!」
「ハチブセリョウ異世界物語」を皮切りに、下は大変な騒ぎだ。
俺は噂好きの船乗りからエールを受け取り、一気に飲み干す。
これを見て彼らは「おーーーーっ」と感嘆の声をあげるが、俺としては全く大したことがない。
醸造技術が未発達なのだろうか、そのへんは歴史に疎い俺にはよく分からないが、とかくこの世界の酒は弱い。
10杯だろうが20杯だろうが素面でいけそうな気がする。
加えて俺は学生時代も社会人になってからも散々先輩に連れ回されてアルハラを受けていたんだ! 肝臓の鍛え方が違うぜ!
ちなみに……
「うう……当事者の前で話を盛るな……」
カウンターテーブルに突っ伏してうんうん言っている若草色のもじゃ頭一つ。
イオネのヤツ、信じられないことに最初の一杯でダウンしてしまった。
「この子、昔っから飲みっぷりだけは良いのよ、一杯目で潰れちゃうけど」
とはマスターの言。
ダメじゃん。
だが、こんなにも気持ちのいい夜だ!
なんだかんだであの危機的状況から逃れることは叶った!
飯は美味いし、マスターは良い人だし、コイツらは気のいい奴らだし!
これはもう、一人や二人潰れたところでお開きになんてしないぜ!
「――今日は全員潰してやる! じゃあ行くぜ第二章! イオネとの出会い編だ!」
うおおおおっ、と観客たちが沸き立つ。
ルクラダババアが「夜中にうっさいわよ!」と怒鳴り散らす。
イオネは相変わらずテーブルに突っ伏してうんうんうなっている。
そんな俺たちを尻目に、馬鹿騒ぎの輪から少し外れて、言葉を交わす三人組の姿があった。
「……しっかし勇者召喚とは、噂には聞いてたがマジだったんだな」
「まったくだ、完全に眉唾だと思ってたぜ」
「Sランクロール持ちが一人でも十分外交のカードに使えるってのに、三人はさすがにやりすぎだ、周辺諸国が同盟を組んでガイアールを潰しにきてもおかしくない」
「所詮は愚王だ! 強力な勇者を召喚できればそんなものもまとめて蹴散らせるなどと浅はかな考えだったんだろう! もはや知る由もないがな!」
「挙句その召喚勇者に国を潰されてしまったのだからザマぁない!」
「しかしウノトロとかいう女勇者の祝福……そう考えると凄まじいな」
「ああ、自らの得物に触れた相手からいかなるロールをも奪ってしまう“融和”の祝福、だったか」
「恐ろしいな、六騎士クラスの猛者でさえロールを奪われてしまえば赤子同然だ、それに奪った分だけ強くなる」
「現に、件の女勇者はすでに五つのSランクロールを所持しているというではないか」
「五つだって!? それはもはやただ一人で一国の軍事力に匹敵するぞ!?」
「……こりゃあさっさと逃げたほうがいいかもな、明日あたりに荷物でもまとめるか」
「今クラーケンのおかげで船は出せないけどな」
「ああ……」
三人は揃って沈鬱な溜息を吐いた。
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三十六人。
これは、来客数が店のキャパシティを大幅に上回り、マスターが店仕舞いをするまでに集まった最終的な来客人数である。
俺はこの三十六人を、ことごとく潰した。
つい先ほどまでのお祭り騒ぎが打って変わって足の踏み場もない死屍累々である。
いやぁ、屈強な男どもを次から次へと酒で負かしてくっていうのは思いのほか気持ちのいいもんだなぁ!
「は、ハチブセちゃん、アンタ酒強すぎよ……」
マスターは汗で濡れた前髪をぺったりと額に貼り付けて、ぜえぜえと息を荒くしている。
伝った汗で化粧が落ちかけており、化け物具合に拍車がかかっていた。
「そーでもないけどなぁ」
俺はへへへとだらしない笑みを浮かべる。
弱い酒とはいえ、さすがに何十杯と煽れば少しばかり酔いも回る。
いつもならばいい具合に身体もあったまったところで二軒目へ移動、という頃合いなのだが、残念ながら俺には大きな荷物があるのだ。
「おーい、イオネ生きてるかぁ」
「……」
肩を揺さぶって呼びかけてみるが、返事がない。
完璧にダークサイドに落ちてしまったようだ。
「二階に一室空き部屋があるから、そこを使いなさい、入り口出てすぐのところに階段があるから」
「……ほんと、なにからなにまで悪いなババア」
「フン! アンタみたいなウワバミ男に奢るなんて言わなきゃよかったわ全く! イオネちゃんの頼みだから仕方なく聞いてあげてるだけよ!」
「ツンデレかババア」
「ババアババアってうっさいわね!」
マスターが食器を片付けながら、ぎゃあぎゃあとがなり立ててくる。
……なんだかんだ言って、これも俺に気を使わせないためにやってくれてるんだよな。
「そういえば、マスターってイオネとどういう関係なんだ?」
「かわいそうな野良猫と、そんな哀れな野良猫へ気まぐれに餌をあげちゃった馬鹿なオンナ」
マスターは後片付けの手を止めずに答える。
女? とは思ったがあえては口に出さない。
イオネに関しては、確かに猫っぽくはあるけど……
「……昔ね、まだこーんなにちっちゃかった頃、イオネちゃん、自分よりランクの高いロール持ちからパンを盗んじゃったのよ」
「まぁ、イオネのロールは盗賊らしいからな、そりゃ盗むんじゃねえの?」
「そうよ、盗まないと食っていけないからね、でも盗んだ相手がマズかったわ、自分より二つもランクが上のロール持ちだったんだから」
「窃盗罪は窃盗罪だろ、それロールがどうとか関係あるのか?」
「大アリよ、自分より二つ以上ランクが上のロール持ちから物をくすねたら、指を切り落とされるだけじゃ済まない、これよこれ」
マスターは細い指先で自らの首元をなぞる。
う、打ち首ですか!?
「たかがパンだぞ!?」
「でも、この子の命はひとかたまりのパン以下なの、そういうことになってるの」
ボクの命は、ひとかたまりのパンほどの価値も――
彼の言葉を思い出し、俺はほとんど反射的にイオネの方を見た。
イオネはむにゃむにゃと安らかな寝顔を晒している。
その表情は紛れもなく年相応の幼い少年のものだ。
たかがパン一つで彼の首が刎ねられるなんて、そんなこと……
「――あってたまるか、って思っちゃったのよね、なんでかあの時のアタシは」
マスターがどこか遠い目で言った。
「おかしいわよね、でも、絶対にそうしなきゃって思っちゃって、気付いたら助けてた。実はその時のアタシ、それなりにワガママが言える立場だったのよ? まぁこの一件で責任を追求されて、今じゃ場末のバーのマスターだけど」
「マスター……」
テーブルに肘をついて物憂げに語るマスターの横顔をじっと見つめる。
彼の目には、確かな慈愛があった。
「イオネちゃん、アンタが助けてくれた時、動揺してたでしょ?」
まるで現場を直接見ていたかのような物言いに、俺は思わず舌を巻く。
「……胸ぐら掴まれて、怒鳴りつけられた」
「やりそー」
マスターはイオネのもじゃ頭を見下ろして、ふふふと笑う。
「……この子、ロールがロールだから無償の愛情って慣れてないのよ、というかそもそも理解できてないの、損得以外の要素で動くのが」
「でも、見返りもなしで先に助けてくれたのはコイツだぞ?」
「そこなのよ、この子理解できてないし信じることもできないくせに、自分はやっちゃうのよ、悪ぶってるくせに根が優しいというかなんというか……無意識に私への罪滅ぼしでもしてるつもりなのかしら」
「ひねくれてんな、この髪の毛同様」
俺はイオネのもじゃ頭をワシワシとかき混ぜる。
イオネがううう、と呻く。
少し面白い。
「今日、この子久し振りにはしゃいでたわ」
「終始潰れてただけだろ」
「はしゃいでたのよ……こんな子だけど、イオネちゃんのこと、よろしくね」
まるで母親だな。
なんて思いつつも、俺は親指を立てて
「任せとけ」
マスターは、どこか満足げに笑ったのち、パンパンと手を叩いた。
「――さあ店仕舞いよ! 帰りなさい野郎ども! ハチブセちゃんもほら、早くイオネちゃんおぶって! アタシはこの酔っ払いども送っていくから!」
かくして、俺は愉快なマスターと、愛すべき噂好きの飲兵衛たちにしばしの別れを告げた。
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「お前かっるいなぁ、ちゃんと食ってんのか?」
イオネは答えない。
その代わりとでも言わんばかりにすぴいすぴいと寝息を立てている。
こんなに安心しきった寝顔を晒して、本当に赤ん坊のようだ。
「よいしょっと……」
俺はいつも眉間にシワを寄せている彼がせめて目を覚まさないよう、丁重にベッドへ寝かせる。
ちなみにベッドは一つしかないので、必然、俺もその隣に腰をかけるかたちだ。
俺も死ぬほど疲れきっていたが、不思議と眠気はこなかった。
今日一日で、色々なことがありすぎたのだ。
「……星、綺麗だな」
部屋に取り付けられた小さな窓から満点の星空が臨める。
その星々の明るさとくれば、光に溢れた現代日本では考えられない。
ここに来るまでに色々なファンタジー要素を見てきたが、なんだかんだこれが一番幻想的だ。
「そうだ」
俺は懐から金平糖を一粒取り出した。
月見団子ならぬ星見金平糖。
ふふん、なんだか風情があるような気がしてくるぞ。
ふと思い立って、金平糖を星々の光にかざしてみようと高く掲げる。
しかし、星空は遮られていた。
窓から顔を覗かせる彼女によって
「鵜渡路、舞……」
彼女は異世界の夜空に負けないほど、美しい微笑を浮かべた。
「――八伏お兄様、こんなにも星の綺麗な夜です。少しだけ、付き合ってくれませんか?」
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