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14「命の価値は」


 ヤツらを殺すことは実に容易である。

 見ろ、あの無防備な背中を。

 私から逃げ切れたと確信して、ひどく安心しきった背中だ。

 ……だが、相手が悪かったな。


 私は手のひらをかざし、彼らの背中に狙いを定める。

 かざした右手はぼうと赤い光を放ち――


「全の一、尾を飲む蛇……いや、やめておこう」


 しかし、すぐに光は収束する。

 そもそもの話をすれば、私は殺しが嫌いなのだ。

 とりわけ、安らかなる死を、私は嫌悪する。

 ――人は皆、すべからく試練の炎に身を焼かれ、悶え苦しんだのちに死ぬべきである。さすれば見えてくるものもあるだろう。


 私は、ゆっくりと立ち上がる。

 全身の再生は、すでに完了していた。


「全の一」


 そこら中に散らばった瓦礫が私の下へと集まってきて、繊維状の物質に変質。

 更に身体にまとわりついてきた不定形のソレを、固定、衣服のていを成す。

 最後に髪留めを作り出して、長く伸びた白髪を後ろで縛り上げた。


 私には、まだ知らなくてはいけないことがある。

 おそらく、我が盟友の姿かたちを偽ったアイツは、“変装”の祝福(ギフト)をもった盗賊のロール持ちといったところか。

 こちらは取るに足らない、捨て置けばいい。


 しかし二人組の片割れ、あの男は違う。

 状況から察するに、彼が例の脱走した召喚勇者だろう。

 だが、彼は召喚勇者に与えられる武具の類を所持しているようには見えなかったし、なによりあれだけ追い詰められてなお、勇者としての力を行使しようとはしなかった。


 いや、そんなことはどうだっていい。

 問題は私がかつて我が盟友と分かち合ったあの石を、彼が持っていたこと。

 殺して奪い取った? いや、ありえない。


 何故ならば、メイファンはあの石の価値を知っている。

 あのメイファンが死後、石を誰かに奪われるなどそんなミスを犯すはずがない。

 つまり、あれは意図的……我が盟友は意図的にあの石を、あの男に託したのだ。


 私が作り上げた“賢者の石”を――


「こうしてはいられないな、全の……」


 私は彼らの後を追うべく、準備を進める。

 しかし、思索に耽るあまり彼らの接近に気が付かなかったのは、失策といえよう


「ご無事ですかペルナート様!?」


「城壁に穴が……なんですかこの惨状は!」


「ちっ……遅かったか」


 爆音を聞きつけてやってきた兵士たちが、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。

 これは面倒なことになる、と溜息を一つ吐き出す。


 すると兵士の内一人がはっと我に返り、見る見るうちに顔色を悪くして言った。


「い、いえ! そんな場合ではありません! ペルナート様緊急事態です! 六騎士! 六騎士が――!!」


 若い兵士からの報告を受け、私は驚愕に目を見開く羽目となる。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 随分と久しぶりに、後ろへ振り返ったような気がする。

 見上げんばかりの城壁に囲まれた王都ガイアールが、地平線の彼方で豆粒のように小さくなっていた。


 緑のカーペットを、柔らかな風が撫でる。

 どこまでも続く蒼穹は、果てのない静寂をたたえている。

 その光景は、世界にはまるで俺たちしかいないのではないか、そう錯覚したほどだ。

 とにかく、とにかく――


「逃げ切った……」


 俺は噛み締めるように呟いた。

 すると、腹の底のほうからふつふつと実感が湧き上がってくる。

 逃げ切った……逃げ切った、逃げ切った!


「よっしゃああああああああああああ!!!」


 俺は草原のど真ん中で咆哮をあげる。

 この時の気持ちよさときたら、言葉にできないのが非常に残念だ!

 しかし、せめてもう一人の共犯者とこの喜びを共有することはできる!


「なあ! 逃げ切った! 逃げ切ったぞイオネ!」


「……いい加減下ろせ」


 ……ん? なんだその小さな声。

 見下ろしてみると、イオネが俺の手の内でまるで猫のように丸くなって、両手で顔を覆っていた。

 よく見ると、両手で覆いきれなかった頬の部分が朱に染まっている――というか首まで真っ赤だ。


「……どうした、具合悪いのか?」


「いいから、すぐに、下ろせ」


 イオネは妙に威圧感のある口調で一言一言を発した。

 そこまで言われたら下ろすけどさ……


 イオネは久方ぶりに大地へ降り立つと、しばらくの間そのままの態勢で固まり、やがてわなわなと震えだして……


「――こんのクソボケ!!」


「げぇっ!?」


 間違いなく、今までで一番のローキックをかましてきた。

 いっ、てえええええええええええ!?!!!!?


「な、なにすんだこの野郎!!? 裏返った! 今間違いなく膝裏返ったよ!」


「関係あるかボケカス!」


 関係ないわけあるかボケカス!


 膝が逆になったらお前、その、今後色々と困るだろ!

 痛みに悶えるべきか声をあげて抗議すべきか悩んでいると――イオネが掴みかかってきて、真っ赤な顔で言った。


「――なんでボクを助けた!!?」


「はい?」


 もうシンプルに、意味がわからない。

 きょとんとした顔を晒していると、対称的にイオネは一層頭に血がのぼったような様子だ。


「だから、なんであの時ボクを助けたのかって聞いてんだよ! ……いや、助けたじゃない! 偶然助かったからよかったものの、あんなのはただの犬死に、心中だ!!」


「えー、結果的に助かったんだからよくない? 今は素直に喜ぼうぜ、酒飲みてーよ酒」


「いいから答えろよ!」


 ちょっとおどけてみたのだが、イオネの表情は真剣だ。

 とはいえどう答えるのが正解かと思案していると、イオネは更にまくし立ててくる。


「ボクのロール言ったよな!? ランクEの“盗賊”だぞ!? 盗賊の最期なんてたいていは奴隷として売られるか、それとも野良犬みたいに殴り殺されるか……ボクは生まれつきマトモな死に方はしないだろうって決まってるんだ!」


「……そうだな、じゃあ……」


「分かるか!? お前が命を捨ててまで救おうとしたヤツは、そんなゴミ同然のヤツなんだよ! 見返りなんか望むべくもないぞ!」


「……あの」


「いや、お前は見捨てるべきだった! あそこはボクを身代わりにすれば、確実にお前だけは助かって……」


「――人の話を聞けボケカス!!」


「えぶうぅっ!?」


 思いっくそ膝裏へローキックをぶち込んでやった。

 因果応報、天誅。

 イオネはあまりの痛みに草原の上を転げ回る。


「ひ、膝っ! 裏返った! 今間違いなく膝が……!」


「はん、だから言っただろ」


 膝が裏返りかけると、人はそんなにも情けない声で鳴くのだ。

 これでイオネも身をもって実感できただろう。


 俺は涙目で悶えるイオネを見下ろし、言った。


「そもそも矛盾してるぞお前! 先に俺を助けてくれたのはお前だろ!?」


「そ、それはハチブセが異世界人だから、見返り目当てで……」


「それこそ命を張るほどじゃねえ! たかが一年働かなくて過ごせる程度の見返りだけで、お前は俺を助けてくれたんだ! いいヤツすぎんだろ畜生!」


「な……い、いやいやいや! そういうことじゃないんだって! ボクのロールは盗賊! ボクの命は、ひとかたまりのパンほどの価値も……」


「こっちにきてから、皆して口を開けばロールロールって……くだらねえ!」


「なっ……! お、お前は何も分かってないからそんなことが言えんだよ! ロールっていうのは絶対なんだ!」


 イオネは横たわって膝を押さえながら主張する。


「生まれついて必ず一つ与えられるロールは神命とも呼ばれる! ボクらは生まれた瞬間からいけ好かない創造神サマに決められてるんだよ! 生き方から死に方まで全部!」


「だからくだらねえって言ってんだよ! なーにが神命だ! 要するに生まれた時ツイてたかツイてなかったか、ただそれだけの話じゃねえか!」


「なっ……!」


 俺の発言を受けて、イオネは両目を見開き絶句した。


「持って生まれたロールによって人生が決まる? アホか! そんな簡単に行くなら誰も苦労しねえんだよ!」


 俺は言いながら、元の世界での自分のことを思い出す。


 生まれで恵まれていたわけではない。

 学があるわけでも、なにか秀でたものがあるわけでもなく。

 進学も就職も、誰でも入れるような無難なところへ落ち着いた。

 理不尽な上司に無理難題を押し付けられ、気の狂ったクレーマーに罵声を浴びせられ、挙句パートのおばちゃんに嫌味を言われる。


 しかし、結局のところこれからどう生きるべきかなんて、これっぽっちも分からなかったじゃないか――


「生き方なんてのはなぁ! 一寸先も分からねえような人生の中であがきまくって、死ぬ直前にようやく分かるようなもんなんだよ! ああクソ、面倒くさい! とりあえず俺を見ろ!」


 俺は自らを指して毅然として言う。


「なんもねえよ! お前みたいなスンゲー変装技術もねえし、チャイナ博士みたいな天才的頭脳もない! ――でもまだ生きてるだろうが! 生きてる限り、誰にも自分の価値を決められる筋合いなんてねえ!」


「……!」


 イオネはいよいよ言葉を失ってしまった。

 俺は俺で、一気にまくし立ててしまっただけに息切れを起こしている。格好がつかない。


 ややあってイオネは顔を伏せながら呟いた。


「……暑苦し」


「あん!?」


 なんだこいつ、まだやる気か!

 俺はもう片方の膝も裏返してやろうと構えを取る。


 しかしイオネは――笑っていた。

 どこか呆れたように、どこか自嘲するように、しかしながら一層晴れやかに。


「確かに、お前が生きてるんだ……ボクが死んでいいわけないよな……よし!!」


 そしてイオネは力強く立ち上がり、ずびしとこちらを指した。


「いいかよく聞けハチブセ! この先へ進むと、リューデンブルグって港町がある! ――実はな、まったくもって計画通りなんだよ! ボクは宝物庫からお宝を盗み出したら、真っ先にこの町へ向かう予定だったんだからな!」


「港……船か!」


 イオネがにいっと口角を吊り上げる。


「その通り! あの町にはツテがあってね! 船に乗っちまえばもうこっちのもん、晴れて自由の身って寸法さ!」


「おお!」


 俺は感嘆の声を上げる。

 対してイオネはやはりいつものごとく自慢げに胸を張り、それでいながら実に楽しげに言うのだ。


「ハチブセ! もう少しだけお前に付き合ってやる! 王国の連中を完全に撒いて、その砂糖と、妙な服を頭の悪い貴族連中に売りさばいて、大金を手に入れるまではな!」


もしよろしければブクマ・感想・レビュー等いただけると、作者のモチベーションが上がります

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