13「不夜卿」
国王が国中から選りすぐった高ランクロール持ちの六人――それが六騎士。
イオネの説明によると確かそんな感じで、俺としては「ああ、四天王的な立ち位置ね」と理解していたのだが……あれだな。
四天王って、序盤からこんなポンポン出くわすものだっけ?
ペルナート・ディラストメネスと呼ばれた少年を前にして、俺は心中そう思わずにはいられなかった。
「どうした盟友よ、いつにも増して顔色が悪いが」
ペルナートがイオネ扮するメイファンを見上げ、落ち着いた口調で言う。
見た目だけで言えば年端もいかない少年だ。
しかし、彼の発散するただならぬ何かは俺でも容易に感じ取ることができた。
落ち着き払った所作、毅然とした態度、そしてひしひしと伝わってくる得体のしれないプレッシャー。
彼はおそらく――強い。
俺はともかく、イオネを赤子扱いできるほどの実力の持ち主だ。
しかし何より問題なのは、彼がメイファンを“盟友”と呼んだこと。
それはすなわち二人の間に少なからず交友があることを示しており、俺とイオネの間に緊張が走った。
回答を一つ誤れば、殺される。
「……ち、近頃徹夜続きだったからネ、顔色のひとつも悪くなるサ」
イオネが必死でメイファンの口調を真似て答えた。
ペルナートはその燃えるような隻緋眼で、イオネをじっと見つめる。
まるで心の底まで見透かすかのような視線である。
「……またか、徹夜は身体に障るからやめろと言ったろう、まったく、君は昔から何かに没頭すると他のことなどまるで気にならなくなってしまうのだからな」
「な、ナハハ、以後気をつけるヨ」
セーフ。
メイファンを真似たイオネの笑いには、抑えきれない安堵が含まれている。
よし、このまま当たり障りのない会話で煙に巻けば……!
「で? 私が以前送ったアレはちゃんと食ったのだろうな?」
「……え?」
イオネがぴたりと固まる。
恐らく、今彼の甲冑で隠れた部分では、大量の脂汗がにじみ出ていることだろう。
事実、今俺がそうなっている。
ペルナートが訝しげに眉をひそめた。
「なにを呆けている? アレだよ、木箱一つぶん送ってやっただろう」
「あ、ああ、うん、アレのことカ」
アレ、が飛び交っているが、間違いなくイオネにはアレがなんのことか分かっていない。
要領を得ない解答に、ペルナートの眉間に刻まれたシワが更に深くなる。
「……本当に食ったのだろうな? 何かおかしいぞ、今日の君は……」
――ヤバい、怪しまれている。
イオネは、慌ててこれに答えた。
「も、もちろんだとモ! アレは、その、よく火を通しテ……」
「……焼いたのか?」
大粒の汗が額を伝う。
「あ、いや違う! む、蒸しテ……!」
「蒸して……? やはり君……」
ぐるぐると目が回る。
もう何が何だか分からない。
「な、生で食っタ!!」
――いった。
彼の勇気には称賛を送らざるを得ないが、それは悪手ではないか。
イオネはもはやまっすぐ立っていることすらままならないほど、狼狽してしまっている
ペルナートも、そんな彼を穴が開くほど見つめて――
「……ふむ、君もようやくコレド芋の良さが分かってきたようだな、俗人たちは生で食うなど正気の沙汰ではないとほざくが、彼らは分かっていないのだ。コレド芋は生で食うのが一番、大地の息吹を感じられる」
どこか満足げにうんうんと頷いた。
た、助かった……?
張り詰めた緊張が解け、どっと疲れが押し寄せる。
「……六騎士サマはコレド芋を生で食うのか……?」
「信じられん……あんなアクの強い芋を……豚でも食わんぞ……」
「やはり我々とは生きている次元が違うのだ……」
兵士たちがひそひそと耳打ちをしているのが聞こえた。
どうやら最難関のひっかけ問題だったらしい……コレド芋が何かは知らないが、よく助かったな俺たち。
ほっと安堵の溜息を吐く。
「おっと、こんなことをしている場合ではないな、私にはやることがある。コレド芋の素晴らしさについては、また改めて語ろう」
更に僥倖。
ペルナートはなにやら別に用事があるらしく、くるりと踵を返した。
コレド芋万歳、俺はアーメットの下で思わず口元を緩める。
「ああ、そうだ、私としたことがついうっかり失念してしまっていた。忘れものだ、受け取れメイファン」
「ウン?」
去り際にペルナートがこちらへ何かを投げ放ってきた。
ペルナートの投げ放ったソレは、がらんと鈍い音を立てて、俺たちの足元に転がる。
これは……鉄の塊? いや、輪っか?
なんだか赤黒いシミがついているが、あれ? どこかで見たような……
――マズイ。
俺とイオネはほとんど同時に記憶の中からソレを探り当て、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
ソレは、首枷である。
それもメイファンが従えていた奴隷少女、アクセルのもの――
「我が盟友はひどい偏食で、コレド芋など視界にも入れん、まったく困ったものだ。だから死ねない私の代わりに地獄で彼女に説いてやってくれないだろうか? コレド芋の素晴らしさを――」
ペルナートがこちらに振り返る。
その隻眼は、まぎれもない憎悪の炎に燃えていた。
「クソっ!」
刹那、イオネが動き出す。
持ち前の身軽さをもってペルナートとの距離を一気に詰めると、渾身の前蹴りを放ち、城壁に向かって彼を蹴り飛ばしたのだ。
「ぺ、ペルナート様!?」
「メイファン様、いったいなにを……!」
「――走れハチブセ!! できるだけ遠くに!!」
イオネが叫ぶよりも早く、俺は身体を翻して無我夢中に駆けだしていた。
ペルナートの吹っ飛んだ方向とは逆方向へ。
遅れてイオネも駆けだす、一心不乱に。
万が一にでも、巻き込まれないよう。
「なるほど……火竜の心臓か、粗末なつくりだ、私ならもっとうまくできる」
見ると、ペルナートの腹の上に浮かんだ二つの半球体が、今まさに結合しようとしている。
笛を鳴らすような甲高い音、目もくらまんばかりの閃光。
何が起きているのか分からず、棒立ちになる兵士たち。
俺は咄嗟に顔をかばいつつ、建物の陰へと飛び込む。
「解析、分解、変性、全の一……ふむ、これは間に合わない――」
それがペルナート・ディラストメネス最期の言葉となる。
結合した半球体は完全なる真球を形成し、その直後、世界が光に包まれた。
魂すら弾き出してしまいそうな衝撃が、周囲一帯を駆け抜ける。
上も下も分からなくなるような圧倒的暴力。
俺たちは必死で身をこごめ、それが去るのをただひたすらに待った。
やがて無限とも思われる時間が過ぎ、嘘のような静寂がやってくる。
「……やったな」
「……すまんイオネ、耳がイカレて何言ってるか聞き取れない」
ともあれ、俺たち二人はゆっくりと身体を起こし、向こうの様子を窺った。
そこには、何もない。
あるのは中華鍋のごとき焦土と、城壁にぽっかり空いた大穴。
大穴の向こう側では果てのない草原と、これまた果てのない青空が地平線で混じりあっている。
「は、はは……やっちゃった、六騎士の一人を倒しちゃったよ……」
イオネはどこか夢見心地に呟く。
しかし、この爆発を受けて街が騒がしくなったのを感じ取り、イオネはすぐさま我に返った。
「――作戦変更だハチブセ! このままあの大穴から外へ出るぞ! あとは死ぬ気で逃げる!」
「お、おうよ!」
俺たちは甲冑を簡単な部分から取り外しながら、大穴めがけて駆ける。
少しでも身軽に、少しでも早く、あとは逃げるだけ!
その時だった。
俺たちは爆発の中心、中華鍋の底にある物の存在を認め――絶望する。
「……やれやれ、遠慮を知らんのか君たちは、おかげで全身粉々だ」
「なっ!?」
「嘘だろ畜生……!」
信じがたいことに、そこにはペルナート・ディラストメネスの姿があった。
正確には上半身のみだが――そんな状態でも彼は生きている。
どころか、身体の断面で赤い根のようなものがうごめいて、徐々に再生しはじめている。
「な、なんだアレ!? アイツ、生きてるぞ!?」
「止まるなハチブセ! このまま突っ切る!」
「マジかよ!?」
確かにペルナートのすぐ傍を通過しなければ、外へ出ることは叶わない。
生理的恐怖が俺の足を鈍らせるが――しかし、根性で押し切る!
「わかった! 行くぞイオネ!」
「……粗悪なアルミニウムのごとく浅はかな考えだ、行かせるわけがないだろう」
ペルナートの右手がぼうと赤い光を帯びる。
その時、俺は見た。
彼の胸に埋め込まれた、ルビーにも似る巨大な赤い宝石を――
「全の一、巨人の剛腕」
ペルナートがそう唱えると、瞬く間に瓦礫が彼の下へ集まりだし、そして巨大な“腕”を形成する。
言葉の通りの巨人の腕が、俺たちの頭上に影を落とした。
「終わりだ」
ペルナートの腕の動きと連動して、石造りの巨腕が振るわれる。
風を薙ぎ、あらゆる物を粉々にして、イオネの下へ――
「馬鹿め! 本体ががら空きだ!」
イオネはすかさず懐から一本のナイフを抜き取り、居合さながらに投擲する。
一直線に飛んで行ったナイフは正確にペルナートの額へと向かっていって
「全の一」
しかし彼がナイフを睨みつけ、ただ一言そう呟いただけで、イオネの投げ放ったナイフはなんらかの花に変質してしまった。
「うそ……?」
イオネの表情が絶望に染まる。
巨人の腕は、もう目と鼻の先にまで迫っていた。
俺のせいで、また誰かが死ぬ――
そこからはもう、ほとんど反射的な行動である。
俺は咄嗟にイオネへ飛びついた。
あの巨腕の前では無駄と分かっていたが、それでも身を呈して彼女をかばった。
「は、ハチブセっ……!?」
……あ、死んだなこれ。
ゆっくりと動く世界の中で、俺は至極冷静にそう確信する。
しかし、そうはならなかった。
巨人の腕が俺たちをまとめて薙ぎ払おうとしたその瞬間、俺の胸が光を放った。
正確には、メイファンの亡骸から回収し、俺が内ポケットにしまっていた例のペンダントが光り輝いたのだ。
「な、あれは……!?」
ペルナートの顔が驚愕に染まる。
そしてその直後、巨腕は俺の体に触れると同時に、嘘のようにはじけ飛んでしまった。
はじけ飛んだ瓦礫がぱらぱらと降り注ぐ。
瓦礫の雨を躱しながら、俺はそのままの勢いを殺さず、イオネを抱えて――飛んだ。
頭上を飛び越えられたペルナートが驚愕の表情で俺を見上げる。
俺は城壁の穴を潜り抜ける直線、最後にそんな彼の顔を一瞥して、着地した。
言うまでもなく城壁の向こう側へ。
「あばよ、なんとか卿!」
そして走り出す。
イオネを抱きかかえながら、脇目も振らず、どこまでも続く草原へと。
――かくして俺たちは、地獄からの脱出を遂げたのだ。
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