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12「ハンドサイン」


「お前の事情は分かったけどさ、結局なんであのウノトロ? とかいう化け物みたいな女につきまとわれてるわけ?」


 全身甲冑というのは、普通に歩くことすらままならないのだな、それにクソ暑い。

 そんな当たり前の事実を再確認していると、同じく着込んだ甲冑をがしゃがしゃ鳴らしながら隣を歩くイオネが、おもむろにこちらへ問いかけてきた。


 ちなみに今のイオネは、鎧のサイズに合わせるため祝福(ギフト)“変装”を使い、大人の女性ver(仮称)。

 よほど金平糖がお気に召したらしく二つ目のソレを口の中で大事そうに転がしている。

 僅かに上下する唇が妙に艶めかしく、言い知れず屈辱を覚えた。

 クソ、中身は高校生かそこらの男なのに……


「さっぱり分からん、鵜渡路は最初からあんな感じだったし記憶にもない」


「昔の女か?」


「それはないな」


 きっぱりと断言する。

 今も昔も、そんな女性が自分の隣に並んでいたためしはない。


「まぁお前、昔付き合った女の顔忘れるほどモテるようにも見えないしな」


「おい、言っていいことと悪いことがあるぞ」


「というか彼女いたことあんの?」


「うおい!?」


 よせというのに何故更に踏み込んでくる!?


「ああ、いたことねえよ! 触れたことあるかどうかすら怪しいわ!」


「くくく、やっぱりな、お前からそういう雰囲気がぷんぷんと……ちょっと待て、触れたことすら? さっきお前ボクのことおぶってただろ」


「もしもーし、話聞いてましたかぁ? 俺は女にって言ったんですけどぉ」


「なっ!? ボクは女として見れないってか!?」


「見れないも何も事実男だろお前! ふざけんな!」


「それこそ言って悪いことだろボケカス! 謝れ!」


 往来のど真ん中、甲冑でがしゃがしゃと殴り合う。

 しかし先ほども述べた通り、全身甲冑は重いし暑い、すぐに両方虫の息だ。

 追われる身だというのに、緊張感もクソもありゃしない。


 にしても、イオネのヤツはなんで“男”という単語を持ち出すとこんなにもキレるんだ? 難しい年頃なのか?


 いや、まぁそんなことはどうでもいいか。

 俺は気分を変えるために、自前の金平糖を三粒ほど掴み取って、口の中へ放り込んだ。

 そしてその砂糖の塊をバリバリと噛み砕き――


「なにしてんだお前!?」


「ぐおおおっ!?」


 甲冑にコーティングされた爪先で、思いっきり脛を蹴られた。

 こちらも甲冑を身に着けているためダメージはさほど通らないが気持ち悪い! 甲冑が振動して気持ち悪い!


「いきなりなにすんだコラ!」


「そりゃこっちのセリフだ! そんな上質な砂糖を一気に三つも……! しかも噛み砕くなんて! それ一粒いくらすると思ってんだ!?」


「一袋百円だよ! 子供の小遣いでも買えるわ!」


「お前の世界じゃそうかもしれねえけどな! このグランテシアでそれだけ上質な砂糖っつったらそれなりの金になるんだよ!」


「……え? そうなのか?」


「そうだ! それだけまじりっけなしの砂糖でオマケに細工までされてるんだ! それ一袋で金貨一枚……いや! 頭の悪い貴族連中に売りつければ金貨三枚はいける!」


「金貨三枚……具体的にはどんぐらい?」


「異世界人ってのは金勘定もできないのか!? 俺らみたいな貧乏人が一年は働かず暮らせる額だよ!」


「……ウオアアアアアアアアアッ!!!? お、俺はなんてことを!?」


 絶叫したのち、ひどく後悔した。


 一年間、働かずに済む。なんと甘美な響きか。

 理不尽なクレーマーにへこへこして、パートのおばちゃんに嫌味を言われて、上司に無理難題を押し付けられ、またクレーマーに……。

 そんな地獄ループから一年もの間解脱できるのだ! 

 それを俺はひょいひょいぱくぱくバリバリと……!


「……よし吐き出すわ、歯ブラシとか持ってる?」


「やめろボケカス!」


 本気のローキック。膝が裏返りそうになる。


「とにかく、もっと大事にしろってことだよ! ボクの作戦が無事成功してこの街から逃げ出すことが叶ったら、それを売って大儲けするんだからな!」


「作戦……またおっぱい出すのか?」


 追い打ちの膝裏ローキック。

 危うくアーマー〇コアだ。


「まだ怒ってるんだからな! まだ怒ってるんだからな!」


「ごめん! ごめんて! 具体的には!?」


「ふん! ――これを使うのさ!」


 そう言って、彼は懐からある物を取り出した。

 ソレは、ちょうど手のひらサイズの透明なカプセルの中に収まった、二つの半球状の物質。

 二つの半球はなにやらお互いに反発しあっているようで、小さなカプセルの中でつかず離れずといった具合にふよふよと浮かんでいる。


 イオネはふふん、と自慢げに鼻を鳴らして言った。


「これはボクが今日の宝物庫破りのために、さる高名な錬金術師から大枚をはたいて買った奥の手――その名も“火竜の心臓”だ!」


「おお、なんかすごそうな名前だな! なんだ? これを飲むとパワーアップしたりするのか?」


「いや? 原理は知らないけど、カプセルを割ると時間差で二つの半球がくっついて半径20m以内のものを完全に消し飛ばす」


「爆弾じゃねえか!」


 そんなヤバいもん懐にしまっておくな!

 ――しかし、それが爆弾だと分かれば、彼の言う作戦とやらの全容も見えてくる。


「……つまり城壁を爆破するのか?」


「その通り!」


 彼は今までで一番いい笑顔で言う。


「この火竜の心臓で比較的警備の薄い南の城壁に大穴をあける! それがボクの作戦だ!」


 確かに、俺たちがこの街から逃げ出すためにはそれがベスト。

 まさか城門から堂々と出ていくわけにはいくまいし、力技だが、この街をぐるりと囲むあの分厚い城壁をどうにかするしか方法はない。

 しかし……


「――当然、向こうもソレは想定済みだろう、だからボクたちはあえて城門から堂々と外へ出る」


 イオネは俺の考えを見透かして、にやりと笑った。


「コイツの威力は折り紙付きだ、こんなものが街中で使われて城壁までイカれたとなればヤツらきっとパニックになるぞ! そのどさくさに紛れて城門から逃げる! 完璧!」


「おお!」


 俺は思わず感嘆の声をあげてしまう。

 さっきのおっぱい出してフライパンでぶん殴る作戦よりよっぽど説得力がある!


「そして――目的地に到着だ」


 イオネはおもむろに立ち止まって、物陰から向こうの様子を窺った。

 俺もそれに倣って、顔をのぞかせる。


 見るとすぐ目と鼻の先、一度で視界に収まらないほど巨大な城壁がそびえたっている。

 城壁の前と、そして上には、甲冑姿の兵士たちが等間隔で並んでいるが――なるほど、確かに数は少ない。

 きっとこの城壁に絶対の自信があるのだろう。


 確かに、近くで見るとはっきり分かる。

 ちょっとやそっとじゃビクともしなさそうな、実に堅固な城壁である。


「……本当にあんなものに穴があけられるのか?」


「言っただろ、折り紙付きだって、あとはどんだけ派手に爆発してくれるか期待するだけだな」


 イオネは邪悪な笑みを浮かべながらアーメットのバイザーを下し、完全に顔を隠す。

 俺もまたバイザーを下して顔を隠す。

 思っていた以上に視界が悪く、少し戸惑った。


「今回お前のやることは三つ。絶対にそのアーメットを脱がないこと、黙ってること、最後にボクが合図をしたら全力で逃げること、だ」


「分かった」


「じゃあ行くぞハチブセ」


 そう言って、イオネは先陣を切る。

 俺もまた不自然にならないよう、努めて兵士らしく彼の背中についていく。


 向こうで待ち構えていた兵士たちが、こちらに気付いた。


「止まれ!」


 兵士の一人が言って、槍を突き付けてくる。

 さすがに甲冑姿ならば無条件に仲間と思われるわけではないらしい、向こうもしっかりと臨戦態勢だ。


「お前たち、持ち場はどうした!? この非常事態に……怪しいな! アーメットを外して顔を見せろ!」


 緊張が走る。背中からじわりと脂汗が滲む。

 イオネにはアーメットを脱ぐなと言われたがこのままでは問答無用に――


 思考回路がちりちりと音を立てるのを聞いていると、なんとイオネがけだるげにアーメットを外した。

 そしてアーメットの下から現れるのは若草色のもじゃ頭――ではない。


「――これでいいかナ?」


「! め、メイファン様っ!」


 そう兜の下から現れたのは、六騎士の一人、チャイナ博士ことメイファンのご尊顔であった。

 兵士たちはすっかり恐縮してしまっているが、俺は知っている。

 ――“変装”の祝福(ギフト)か。


「こ、これは大変失礼いたしました……! まさかメイファン様とはつゆ知らず……ところで何故そのような格好を?」


「ナハハ、理由なんて特にないサ、気分転換だヨ」


 おい!? さすがにそれはないだろ!?

 俺は内心ツッコミを入れるが、驚くべきことに、兵士たちはなんだか納得したように頷いた。

 若干引き気味だが。


「さ、さようですか、気分転換に甲冑を……」


「き、気分転換は重要ですからね」


「さすがイカレおん……天才科学者サマです、私たち凡人の思考では到底及びもつきません」


 おい、あいつ今完全に「イカレ女」って言いかけたぞ。

 チャイナ博士が普段部下からどう思われてたのか、今ので大体わかった。


 なんにせよ――僥倖。

 イオネの完璧な変装と、やたら上手い声真似のおかげで、兵士たちはすっかり彼がメイファンだと信じ切っている。

 見ると、イオネが後ろ手に指で「〇」を作っていた。

 これならいけると確信したのだろう。


「して、メイファン様、どういった御用でしょう? やはり脱走した召喚勇者……いえ、賊についてですか?」


「その通り、冴えてるねオマエ、実は賊について調べていて新たに一つ分かったことがあル、それを伝えておこうと思ってネ」


「はぁ……なんでしょう?」


 そしてイオネが後ろ手に作った「〇」サインがサムズアップに変わる。

 これが火竜の心臓使用の合図か――そう思って身構えた、その矢先。


「――ふうむ、興味深いな、私にも聞かせてくれまいか?」


 いきなり、背後から声がする。

 咄嗟に声のした方に振り向いてみると――歳の丈およそ12、3歳くらいだろうか、やたら威厳に溢れた口調で喋る隻眼の少年の姿があった。

 彼は老人のような白髪を後ろで縛り、革のローブを羽織っている。


 彼の姿を認めるなり、イオネの肩がビクリと跳ねた。兵士たちも同様だ。

 そして兵士たちは口々に言う。


「六騎士が一人にして序列第六位、真理を見た者、不夜卿……ペルナート・ディラストメネス……様……」


「は、初めて見た……」


 いつの間にかイオネが後ろ手に作ったサムズアップが、今まで見たこともない形のサインに変貌していた。

 ……あ、これ多分、大ピンチだな。


「――聞こえなかったか盟友よ、私にも話してくれたまえ」


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