11「要するに乗りかけた船」
「――というわけで、俺は革命的機転で兵士たちの追跡をかわし、城内から脱出することが叶ったわけだ」
「オイ、ほとんどボクのおかげだろうが、当事者の前で話を盛るな」
「細かいヤツだな」
改めて、人気のない路地裏。
気絶させた兵士たちから剥ぎ取った甲冑を装着する片手間、俺はこの世界に飛ばされてからイオネに出会うまでの一部始終を説明した。
勇者召喚とやらで突然この世界に呼び出され、ロールを与えられたこと。
一緒に召喚された三人の女子高生が勇者のロールを得た一方で、何故か俺だけロールを与えられなかったこと。
そして俺がロール無しということで殺されそうになったところで、鵜渡路舞が王様や二人の女子高生をはじめとした全員の首を刎ねてしまったこと。
包み隠さず、全てだ。
“ロールを持たない人間というのは忌み子のようなもので、見つかり次第殺されてしまう”
そういう前情報があったため、自分がロールを持っていないことについて説明すべきかどうか迷ったが、隠し事は性に合わないと我慢できずに喋ってしまったところ。
「へー、そうなんだ、珍し」
……思いの外、軽い反応が返ってきた。
「あ、お前AB型なんだ、意外~」ぐらいのテンションである。
「まぁボクは初めて見たけど、そう珍しいもんでもないさ、6,7年に一人は産まれるらしい、すぐに神様の下へ送り返されちゃうけど」
「そこそこいるな!? 心配して損したわ!」
「というかロール有り無しとか関係なく、ボクたち見つかり次第即刻処刑の大罪人じゃないか、今更大した問題じゃないだろ。……それに」
「それに?」
「――ボクが神様のためにお祈りを捧げるようなクチに見えるか?」
と、彼はかっこいいことでも言ったつもりなのか、今までで一番のドヤ顔を披露したのち、そこでふと何かに気付いたらしく。
「あ、いやちょっと待て、ロール無し!? てことはお前、祝福も無し!?」
「そうなるな」
「じゃあ実質タダの役立たずじゃねーか! どうりでおかしいと思ったんだ! こんな状況になってまで祝福はおろかスキルさえ使う気配ねーし! じゃあなんだ!? ボクはたった一人で王国騎士や、下手すりゃ六騎士まで出し抜いてこの街から脱出しないといけないのか!?」
「そうなるな」
はぁぁぁぁぁぁぁ、とむこう数年分の幸せを一気に吐き出すかのような溜息。
その様子は少し面白くもあるが、多少なりとも申し訳ないな、と思う気持ちは俺にもあるわけで。
「……別に置いて行っていいぞ、お前の変装技術があれば、余裕で逃げられるだろ」
「あん?」
いいわけあるはずもないのに、そんなことを口にしてしまう始末。
そもそもイオネは巻き込まれただけだ。
鵜渡路が城の壁をぶち抜かなきゃ、アイツの仕事が失敗することもなかっただろうし。
俺がついていったりしなけりゃ、アイツは兵士たちに顔を見られることなく逃げおおせたかもしれない。
道を歩いていたら雷に打たれた上で車に轢かれるような、そういうタイプの不運。
置いて行かれるだけならまだ良い方で、俺はアイツの腹いせに殺されたっておかしくはないんだ。
しかし、イオネは俺の提案をはんと鼻で笑って。
「初めて真面目な顔で喋ったかと思えば、今までで一番しょーもないこと言い出したな、やっぱバカだろお前」
「なっ……! 俺は一応お前のことを心配して……」
「なにが心配だ気色悪い、もうボクもお前も 船に乗ったんだ」
「ふ、船?」
「そうさ船だ、お前は自分の乗っている船が泥船だとわかったら、大海原のど真ん中でも海に飛び込むのか? 違うだろ? たかが泥船が目的地にたどり着けるよう最善を尽くすはずだ」
「う、うん……?」
分かるような、分からないような。
難しい顔をしていると、イオネは俺を笑って
「要するに乗りかけた船、ってことだ、理由なんかそれで十分だろ」
そう、言ってのけたのである。
そして同時に俺は気が付いた。
彼がどでかい溜息を吐き出したり、頭を抱えたり、やたらと悲観的になったりするのは、きちんと現実に直面してるからなのだと。
この絶望的な状況を受け止め、少ない手札でどう戦うべきか苦悩しているからなのだと。
俺という泥船に乗った上で、どのように目的地へたどり着こうかと模索しているからなのだと。
思えば、俺はまだどこか夢見心地だったのかもしれない。
突如として知らない世界に飛ばされ、テレビゲームでもしているかのような気構えだったのやも。
なんにせよ、リアルではなかった。
それに比べて、イオネは――
「ま、まぁ、ハチブセには借りがあるからな、さっきはメイファンを止めようとしてくれて、その、あり……」
「イオネぇぇぇぇ!!」
彼が言い終える前に、力のたけ抱き着いた。
イオネが「ひゃ!?」と女の子のような悲鳴をあげたが、気にしない!
なんだこいつ! めっちゃいいヤツじゃねえか!
肌すべすべだし! なんかいい匂いするし……
「ちょ、調子に乗んなボケカス!」
「ぶっ!」
鼻頭にゼロ距離からの膝蹴りを叩きこまれた。
新感覚の痛み。悶えるほかない。
「ボクらは変わらずピンチなんだよ! いいからさっさと鎧着ろ! ボケ! 変態!」
「ぐおおお……わ、わかった……」
俺は悶えつつも、再び甲冑との格闘を開始した。
進捗で言えば二割ほど。
クソ、これどうやって履くのが正解なんだ……!
「……しかしまぁ、それはそれとしてなんにも報酬がないってのはアレだな」
そんな時、イオネは甲冑を実に器用に装着しながら、ぼそりと呟いた。
「あれだな、お前なんか持ってないの? 異世界のお宝とか」
「逆に聞くけどあると思うか?」
「いやないな」
即答すんな!
「でもその服とか珍しい素材だ、多分それなりの値段で売れる」
「これかぁ?」
俺はかれこれ三年もの間、一度も買い替えていないヨレヨレのスーツを見下ろした。
ウォッシャブルだと言うから遠慮なく洗濯にかけまくっていたら、乾燥昆布みたいにくたびれてしまった逸品である。
「こんなもん今すぐにだってくれてやるよ」
「よし! 言質取ったからな! 他には?」
「他ねえ」
俺はポケットの中をごそごそと探る。
するとなにやら指先にビニールの感覚、ああ、そういえば……
「これがあったな」
それは安っぽいビニール袋へ収まった赤白黄、三色小粒の砂糖塊。
要するに――金平糖である。
これ、スーパーとかで見かけるとつい買っちゃうんだよな、単なる砂糖の塊であるからして別段美味いわけでもあるまいに、なんとなく見た目が好きで。
職場に持ち込んでこっそりつまんでいたものの、案の定途中で飽きてしまって半分以上残してしまったが。
「なんだそれ!? 宝石!?」
が、一袋百円そこらの金平糖にイオネは興味津々だ。
目をきらきらさせて俺と金平糖へ交互に視線を送るさまは、さながら幼児である。
「残念ながら違う、菓子だ、一個くれてやるよ」
「菓子ぃ? お宝じゃないのかよ……」
一粒赤いやつをくれてやるが、それが値打ちものでないと知ってイオネは露骨にげんなりした表情だ。
「本当なら今頃宝物庫からお宝を盗み出して、ウハウハだったはずなのに、こんなちっぽけな菓子が一つ……はぁぁぁぁぁ」
そしてぶつくさ言いながら、一粒の金平糖を口の中に放り込んだイオネ。
彼女は口の中で少しだけ金平糖を転がして、一息に奥歯でソレを噛み砕くと――これでもかと両目を見開いた。
「――うんまぁあぁぁっっっ!!!!!? 」
街に、イオネの絶叫が響き渡る。
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そこには屍の山があった。
ある者には家族があった、ある者には恋人がいた、ある者には夢を誓い合った友がいた。
しかし、もう傍目に彼ら個人を判別することなど不可能だ。
無念も、悔恨も、命乞いも――すべてをないまぜにした肉の山が、うずたかく積み上げられるのみ。
そして肉の山の頂点には、一人の美しい女性が佇んでいる。
「……八伏お兄様、もうしばらくお待ちください。すぐにまた会いに行きます」
そう言って、実に数十人にものぼる兵士たちを斬首刑に処してしまった鵜渡路舞は、一粒の金平糖を奥歯で噛み砕いた。
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