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10「まあ、おっぱいなんですけども」


 働きアリの法則、というものがある。

 「アリとキリギリス」の寓話においても語られる彼らの勤勉さ、しかし実際のところ、本当に勤勉な働きアリは全体の二割程度だという。

 この状況で言えば、今まさに鵜渡路舞と交戦する命知らずの兵士諸君がこれにあたるのだろう。


 しかしその一方で、これと全く真逆の性質をもった二割が存在する。

 察しの通りの「サボりアリ」。

 働きアリたちの応援に駆け付けるでもなく、人目につかぬ場所でただダラダラと時間が過ぎるのを待つ二人組の姿が、そこにはあった。


「あいつらもよくやるねえ、勝てるわけねえのに」


「いくら素人とはいえ相手は噂の勇者サマだろ、召喚の儀から逃げ出したっていう」


「勇者って言ったら自動的にSランクロール持ちってことだ、無理無理、六騎士サマを待つのが一番」


 甲冑で身を包んだ若い兵士たちは、一応他の兵士の目を気にしているのか建物の陰でだべっている。

 一方は壁に背中をもたれかけて、一方はしゃがみこんで。

 どちらもおしゃべりに不要な兜を脱ぎ、けだるげなムードだ。


「あんなのに挑むなんて、それこそ命の無駄遣いだ。いくら王様の命令とはいえ、なぁ」


「王様、ねえ……」


「お、なにその含みのある言い方、なんかあんの?」


「……お前ぜってー誰にも言うなよ、絶対だからな、フリじゃなく」


「言わねーって! なになになに!」


「……それがな、これは一部の人間にしか伝わってない話なんだが、どうも王様、殺されたらしいぜ、今俺らが追いかけてる召喚勇者サマとやらに」


「マジで言ってんの!? え、で、でも勇者召喚の儀には六騎士のアイオン団長が立ち会ってたはずだろ!?」


「殺されたよ団長、というか皆殺し、召喚の儀に立ち会ってたヤツはみーんな、上の連中は必死で隠してるけど」


「マジかよ……城の壁までぶち抜かれたのに、隠しきれるわけねえだろ」


「隠さないとマズイんだよ、そもそもガイアールが勇者召喚を行ったこと自体極秘なんだぞ」


「だよなー、俺、お前からその話聞いたとき普通にデマだと思ってたもん、勇者召喚なんてとんだ眉唾だと」


「結局どっちも真実ってんだから、まったく人の噂に戸は立てられないな、とにかくこれが隣国にバレたら戦争よ戦争」


「うわー勘弁してくれよ、聞かなきゃよかった……」


 頭を抱える同僚を見て「これでお前も道連れだ」と、噂好きの兵士が笑う。

 そしてそんな二人の様子を物陰から窺うのは、俺ともじゃ頭。


「(いたいた、丸々太った鴨が二匹……)」


 くっくっく、ともじゃ頭が笑う。

 さっきまできゃあきゃあと女のような悲鳴ばかりあげていたくせに、ここにきて一番盗賊らしい笑い方だ。


「(いいかよく聞け、ヘタレ)」


「(八伏亮だ、もじゃ頭)」


「(誰がもじゃ頭だ! ボクにはイオネ・ロックフリントって名前があんだよ!)」


「(なんだそのかっこいい名前!? 生意気だな!)」


「(あ、オイ!?)」


 俺はちょうど眼下にあったもじゃもじゃを力任せにかきまぜる。

 この手触り、たまんねえなオイ。


「(やめろボケ!)」


「(ぐっ!?)」


 ローキックをもらう。

 当たり所が最悪で、膝が裏返るかと思った。


「(話が進まねーんだよカス! というか気安くボクの頭を撫でるな! そんなに呼んでほしかったら呼んでやるよハチブセ! これで満足か!?)」


「(よしイオネ、話を聞こう)」


 膝がじんじん痛むが、気を取り直して。


「(――いいか、見てろ)」


 イオネはそう言って、首に巻きつけたやたらと長いマフラーをほどく。

 一体何が始まるのかと注目していると、イオネがぱぁんと勢いよくマフラーを取り去り――摩訶不思議、そこにグラマラスな女性が現れた。

 鵜渡路ほどではないが女性らしい起伏は十二分に備えており、なによりモデル顔負けに足が長い。

 ゆるくカールのかかった若草色の頭髪は、彼女の大人びた印象を手伝っている。


 イオネを女にして、いくらか成長させれば、ちょうどこんな感じだろうか?


「(どうだ! これがボクの盗賊のロールに与えられた祝福(ギフト)! “変装”だ!)」


 大人の色香漂う彼女は、見た目にそぐわない幼い声で言って胸を張る。

 というか、イオネの声であった。


「(へ、変装っていうか、体型まで変わってんじゃねーか!? どうなってんだこの脚!?)」


「(なっ……!)」


 感動のあまり、その長すぎる脚をぺたぺたと触ってしまう。

 ふむ、ほどよい弾力、温度もある。

 それにどう見ても本物の脚だし……


「(――このクソボケ!)」


「(だっ!?)」


 無駄に長い脚で、腰のあたりを蹴られた。

 足が長い分、打点が上がっている!


「(変装で変えられるのは見た目だけなんだよ! そこは本当にボクの脚だ! 女の脚を気安く触んなド変態!)」


「(女って、中身はイオネなんだから別にいいじゃねえか!)」


「(どういう意味だこの野郎! というかいい加減に話を進ませろ!)」


「(ちっ、そうだったな)」


 なんだか理不尽な気もするが、そろそろこんな街ともおさらばしたい。

 追われる身は御免だ。


「(いいか、まずはボクが表に出て、この姿でヤツらの気を引き付ける、兵士どもは女に飢えてるだろうから、まず食いつくぞ)」


「(それで?)」


「(ここまでおびき寄せるから、あとはぶん殴って気絶させろ、そしてあの鎧を奪う)」


 そう言ってイオネは、いったいどこから拾ってきたのか、錆びついたフライパンのようなものを手渡してくる。

 ……これで殴れと? 気絶させろと?


「(それだけ?)」


「(こーいうのは単純な方がかえっていいもんなんだよ、素人は黙ってな)」


 ふふん、とイオネは鼻で笑う。

 その顔でやられると、それでもサマになってしまうのだから余計イラっとくる。


「(さあ、あとはタイミングが重要だ、覚悟決めろよハチブセ)」


「(お、おう)」


 いまいち納得はいっていないが、ともかくやるしかない。

 俺はイオネのすぐ後ろに控えて、向こうの様子を窺う。

 思えばこれが誤算だった。


 今のイオネは驚異的美脚を手に入れたことにより、身長が伸びていた。

 一方でもじゃ頭は変わらず。

 何が言いたいのかと言うと、ちょうど彼のもじゃ頭が、俺の鼻の下あたりをくすぐって、あ、やば。


「――ばっくしょい!!」


 今年一番のクシャミが出た。

 それこそ、目の前にいたイオネはおろか、向こうで駄弁っていた二人の兵士がびくりと肩を震わせるくらいの。


「なんだ!? 敵か!?」


「爆弾!? 爆弾じゃね!?」


 二人の兵士が一転して臨戦態勢に、剣の柄に手をかけて、まっすぐとこちらへ向かってくる。


 ……あー、これ、やったなぁ、俺。

 ずず、と鼻をすすっていると、案の定イオネに胸倉を掴まれた。


「なにしてんの!? なにしてんのお前本当に!?」


「悪い、生理現象だ、このあとのプランは?」


「ねえよ! バカかお前! バカかお前!!」


 ばしんばしんと腰回りを蹴られまくる。

 痛い、マジで。

 俺ぐらいの歳になると、腰回りがだいぶデリケートになるのだからやめてほしい。


「おい! 誰だそこに隠れているのは! 早く出てこい!」


「爆弾だって! ぜってー爆弾!!」


 さて、俺の腰回りのピンチはともかく、こっちはこっちで大ピンチ。

 若い兵士達はあと数秒後にはそこの角を曲がり、晴れて俺たちとご対面。

 変装という名の変身があるイオネはともかく、俺は面が割れているので、見つかった時点で終了だ。

 まあ、うん……


「逃げるか」


「当たり前だボケ!」


 再びイオネの蹴りが放たれる。

 それはほとんどヤケクソでの蹴りだったのだろうが、俺にとっては致命的であった。

 今まさに逃げ出そうとした不安定な体勢、そこへ下半身への一撃。


「あっ」


 思いっきりバランスを崩して、前につんのめった。


 全てがスローモーションに動く。

 右手は、フライパンを握っている。唯一自由な左手が、何か掴むものを求める。

 何か、何か――こんなところに丁度いいものが!


 俺は反射的に手を伸ばし、いかにも俺に掴まってくれと言わんばかりのソレを掴んだ。

 ソレ、とはイオネの豊満な胸部を守る胸当てのことである。


「はっ?」


 イオネが間の抜けた声を上げる。

 すると直後、彼の胸当ては俺の体重に耐えきれず、ずり落ちてしまう。

 もう説明するまでもないだろう。


 イオネの大きくて、柔らかそうで、色白で、てっぺんがほんのり薄桃色のアレが、白日の下に晒されたのだ。

 まあ、おっぱいなんですけども。


「えっ、う、嘘……? き、キャ……」


「ウオアアアアアアアアアア!!!!???!」


 イオネの本当に女の子みたいな悲鳴を遮って、野太い声で叫んだ。

 世間一般では知られていないが、男はあまりにも唐突なラッキースケベに遭遇すると、獣のように咆哮をあげるのだ。


「な、何事っ……ウオアアアアアアアア!!!?!!!?」


「ど、どうしたんすかいきなrオギャアアアアアアアアア!!?!?!」


 ほら、今まさに曲がり角からこちらを覗き込んできた二人組の若い兵士達もそうだと言っている。


 乳房を曝け出して赤面する女性と、それを囲んで目ん玉かっぴらいて絶叫する男三人。

 もう滅茶苦茶シュールな状況だ。


 ええ、クソ! こういう時どうするんだっけ!? ああ――兵士をおびき出して、フライパンでぶん殴る!


「ふん!」


「ぶっ!?」


「べっ!」


 俺は我武者羅に、近くにいた兵士の頭をフライパンでぶん殴った。

 これが案外うまい具合に、横並びで絶叫する兵士二人のアホ面にクリーンヒット。

 彼らは短い悲鳴をあげて、折り重なるように崩れ落ちた。


「よし、結果オーライ!」


「――このクソボケ!!」


 イオネ渾身のハイキックが俺のこめかみに刺さり、俺もまた彼らの上に倒れ伏した。


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