01「いつものアレ」
八伏 亮。
25歳独身、接客業。
事の起こりは今日も今日とて客と上司にメタクソ怒鳴られたその帰り道のことである。
その日の俺はあまりにもむしゃくしゃしていた。
気が大きくなっていたといってもいい。
そうでなければ、見知らぬ飲み屋街を一人でうろついたりなどしないだろう。
思い返せば、これが良くなかったのだ。
彼らからすれば鴨がネギだけでなく鍋と一緒に食後のデザートまで背負ってきたようなものである。
「おにーさん、いい店紹介するよ」
肩をいからせ歩いていると、爽やかな青年に声をかけられた。
話だけでもと言うので、聞いてみればなるほど確かに良さそうなお店じゃないか。
「よし、ではお言葉に甘えて!」
二つ返事で意気揚々お兄さんについていくと、裏路地にある小さなスナックのようなお店に通された。
安っぽい合皮のソファには、キレーなお姉さんもセットだ。
……あちゃー、そういうタイプのお店かー。
一瞬帰ろうかとも思ったが、せっかくあの人がよさそうなお兄さんの紹介してくれたお店である。
まぁ幸いそんなにお金に困っているわけではない。
彼女もいないし、なんなら家に帰っても安い缶チューハイ飲みながらアニメ見るぐらいしか楽しみないし……
少し悲しくなったが、たまにはこんな風に自分へのサプライズがあってもいいだろう。
なによりおねーさん、結構かわいいし。
――なんて考えていた俺は軽く二三杯ひっかけた後、いったい今までどこに隠れていたのか、やたら屈強なおにーさんたちに渡された伝票を見て自らの能天気さを死ぬほど後悔することになる。
なにこれ?
ビール二杯とレモンサワーの値段じゃないよこれ。
お通しの柿ピーにスワロフスキーでもあしらってありました?
気づいたらおねーさんたちもいないし、出入り口は煙草を咥えたゴリラみたいな男が塞いでるし
俺の財布事情を一切無視した空前絶後のぼったくりに顔を青ざめさせていたところ――もうホントに唐突で申し訳ないが、異世界に召喚された。
最高だか最悪だかよく分からないタイミングである。
「よくきた! 世の闇を祓わんとする異界の勇者たちよ!」
「すみません払えません殺さないで」
「えっ?」
「えっ?」
かくして俺は白髭を蓄えたいかにも偉そうなオッサンとしばらく見つめ合う羽目になった。
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恐らく俺たちを召喚した張本人であろう神官風の男が、今の状況について懇切丁寧に説明してくれた。
ここはグランテシア大陸北西部に位置するそこそこ大きな国、ガイアール王国の王宮。
そんでもって俺たちは魔王に対抗するため異世界から呼び出された勇者様なのだとか。
その他にも色々と並べ立てていたが――まあ要するに勇者召喚モノである。
例のアレ、である。
そしてこのお約束のパターン、聡明なる読者諸兄はすでにお気付きのこととは思うが、一応説明しておこう。
俺たち、と言ったように、召喚された勇者は俺一人ではない。
「いきなりそんなこと言われても嫌に決まってるでしょ! 家に帰してよ!」
王様相手にがるるるる、と今にも噛みつきそうなくらい元気な女子高生が一人。
彼女の名前は尾羽梨 真紀というらしい。
肩口のあたりで切りそろえられた茶髪と、吊り上がった目尻はいかにも気が強そうで。
俺みたいなおっさんからしてみれば「少し怖い女子高生」にカテゴライズされる類の人間だ。
バスケとかやってそう。
「真紀さん、平和的にいきましょう? 何事も対話ですよ」
そんな彼女を優しげにたしなめるのは、やけに大人びた女子高生である。
彼女は鵜渡路 舞。
いかにも淑やかそうな名前に負けじと劣らず、彼女はこんな異常事態でも微笑みを浮かべていた。
なめらかな黒髪は背中のあたりまで伸びており、その立ち姿はしゃんとしている。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、といった風情。
よっぽど育ちがいいのだろう、このような状況でも周りへの敬意を感じる。
華道とかやってそう。
「うおーっ! 尾羽梨先輩! 鵜渡路先輩! これ異世界ものってやつっすよ! 自分、アニメで見たっすよ!」
で、誰よりも目を輝かせて誰よりもズレたリアクションをとっているちんまいのが高島 千尋。
中学生、もしくは発育の良い小学生と言われても納得してしまいそうなコンパクトボディだが、本人曰く「断固として女子高生」なのだそうだ。
彼女がぴょこぴょこ跳ねる度、ツインテールもぴょこぴょこ跳ねる。
なんだか小型犬のようだ。
体育館の隅っこで延々一輪車とかやってそう。
憤慨する者、落ち着き払う者、興奮を隠しきれない者。
平凡な日常から一転、突如として異世界召喚というファンタジーに放り込まれた彼女らは、文字通り三者三葉の反応を示している。
え、俺? 俺は……
「助かったーーー!! マジで助かったーー!!」
玉座の間で大の字になって天を仰ぎ、感動に打ち震えていた。
三人の女子高生に加え、王様やお付きの者たちがあからさまにドン引いているが、仕方ないだろ!
こちとら人語を介するゴリラどもにケツの毛までむしられるというダークファンタジーから奇跡的な脱出を遂げたのだ!
ありがとう勇者召喚! ありがとう異世界もの!
「なにあのオッサン……」
尾羽梨嬢のゴミを見るような目も、この際気にしない。
あと女子高生からすれば25歳は立派なオッサンなのだという残酷な現実も気にしない。
気にしていないが、ちょっと傷ついた。
「おほん」
王様、さすがにこれは収拾がつかないと思ったのか、威厳に満ちた咳ばらいを一つ。
「残念ながらお主たちを元の世界に戻すことはできない、この世界の住人となってもらう、悪いようにはせん」
「なっ、勝手なこと言わないでよ!」
これには尾羽梨嬢もご立腹だ。当然の反応である。
しかし相手もまた理不尽な高校教師などでは断じてなく、王様だ。
むしろ機嫌が悪そうに眉をしかめるばかりで、まともに取り合う様子はない。
そこで、鵜渡路が前に出た。
「王様、無礼をお許しください、私などは浅学菲才の身でありますゆえ勇者召喚? というものについてよく分からないのですが、具体的に何をすればよいのでしょう?」
「ふむ、そこの女は礼節をわきまえておるな。胸も豊かでワシ好みだ」
「なっ……」
白髭ジジイのストレートすぎるセクハラ発言に尾羽梨は言葉を失っていた。
対して、凄まじいことだ。当の鵜渡路は柔和な笑顔を少しも崩していない。
彼女、本当に女子高生なのか……?
「――よい、答えよう。おぬしらには勇者として魔王率いる魑魅魍魎の魔族どもと戦ってもらう」
「つまり魔王を倒せってことっすね!? 剣とか魔法で!」
ちんまい身体をぴいんと伸ばして食い気味に言うのは高島千尋。
まぁ、恐らくは彼女の言う通りだろう。
これが例の「異世界ファンタジー」だとすれば、勇者として召喚された俺たちは打倒魔王と旅に出る。それがお決まりの展開だ。
しかし王様を含めたその場の人間が、高島の発言を受けて失笑をもらした。
何を馬鹿なことを、とでも言いたげな表情だ。
「いや、魔王は倒さずともよい、というより倒しても意味がない」
「ど、どういうことっすか!?」
「そこから先は私が説明します」
いかにもインテリ風な神官が王の言葉を引き継ぐ。
「――いいですか、異なる世界からやってきたあなたがたは知らないかもしれませんが、この世界に生を受けた者は皆、創造神様より“ロール”と呼ばれるものを賜ります」
「ろーる?」高島が小首を傾げる。
「そうです、それは創造神様が定めた我々の役割、神命とも呼ばれますね。例えば私は“上級神官”のロールを持っています。私はこのロールにより生まれつき創造神様の御力を少しだけ借りることができます」
ああ、要するにRPGにおける職業のようなものか、と俺はひとり納得する。
「ロールは一人につき一つ、すなわち私は生まれながらにして創造神様に仕えることが定められました。そしてこの身体が朽ちる時、私のロールは再び神の御許へと召し上げられ、次なる“上級神官”を生み出します。それは魔王とて例外ではありません。ロールは流転するのです」
神官はどこか恍惚とした表情でこの語りに一区切りをつけた。
どうでもいいが、女子高生相手に神命だの御許だの流転だのとやたら難しい単語ばかり使うのはよせ。
そら見ろ、高島と尾羽梨が頭上に?を浮かべているだろ。
だが、やはり驚くべきは鵜渡路舞。
「つまり魔王を倒したところで、次なる魔王が生まれるだけと?」
驚いたことに彼女は今の説明を瞬時に噛み砕き、理解してしまったのだ。
「いかにも」神官は満足げに頷く。
「今回の魔王は歴代のソレと比べると幾分か大人しく、幸い我々の戦力とも拮抗しています。ここでヘタに魔王を討ってしまって次に魔王のロールを授かった者が過激な思想を持っていた場合、我々は非常に困ります」
「それに、どの道おぬしらでは魔王を倒せん」
再びふんと鼻を鳴らして王様。
「魔王のロールを持つ者は創造神よりひとつの祝福を授かる。それは“勇者に殺害された際、時間を巻き戻す”というものだ。仮におぬしらの中の誰かが魔王を打倒したとて、結局は水の泡だ」
「……なによそれ、じゃあなんで私たちを呼んだのよ」
「勇者のロールを持つ者には強大な祝福が与えられる、我が国もそろそろ拮抗状態に飽いてきたのでな」
王様がにたりと口元を歪めた。
……ああ、なるほど、これそういうパターンの勇者召喚か。
要するに魔王は生かさず殺さず、勇者たちの強大な力をもって限られた資源を独占しようと、そういうことか。
もちろん、その相手は魔王だけに限らない。
隣国との戦争、侵略……勇者とはよく言ったものだ。
「先ほども言ったが悪いようにはせん、待遇は手厚くしようぞ。富も名誉も色も、望むだけ用意しよう」
「最低……!」
王様の下衆な物言いに、尾羽梨はあからさまな嫌悪を示した。
いや、もうこんなやつ王様なんて呼ぶ価値もないな、命名白髭クソジジイ。
悪徳ぼったくりバーから助けられた時は死ぬほど感謝したが、コイツも大概悪質だ。
「もうこんなキモイじーさんと一秒でも同じ空気を吸ってたくないわ! 行くわよ千尋! 鵜渡路さんも!」
「ま、待ってくださいよ尾羽梨先輩!」
尾羽梨は踵を返して、王様改めクソジジイに背を向けた。
高島はそんな彼女の背中を慌てて追いかける。
しかし
「――頭を垂れよ」
クソジジイがなんの前触れもなく、ただ一言そう発した。
するとどうだ。
尾羽梨も、高島も、鵜渡路も。
まるで見えない何かに押さえつけられるかの如く、一様にその場に跪いてしまったではないか。
「なっ、なによ……これっ……!?」
「身体が勝手に……!」
尾羽梨と高島は必死で力を籠めるが、一度服従のポーズをとった身体はビクともしない。
ヤツはこちらを見下ろし、そして威厳に満ちた口調で言った。
「これぞ、世界に片手の指で数えるほどしか存在しないとされる王のロールに与えられた祝福――勅令だ。何人もワシの言葉に逆らうことはできぬ、同じ“王”のロールを持つ者でない限りはな」
ぱちぱちぱちぱち、と王を称える拍手があがる。
悔しげな表情で服従のポーズをとる彼女らにクソジジイはご満悦の表情だ。
「――さあお待ちかね鑑定の儀を始めようぞ! 我らの勇者がいかな祝福を得たのか、この目で確かめようではないか!」
王の言葉に、配下たちが沸き立つ。
……さあ、これはとんでもないことになってしまったぞ。
このままでは俺たちの行く先に立ちふさがるはダークファンタジー。
皆がどうしようもない現実に絶望しており、見事にシリアスムードだ。
なので、とうとう言い出す機会を逃してしまった。
「……俺、普通に動けるな」
跪く彼女らを横目に眺めながら、一人大の字で寝そべった俺はぽつりと呟いた。
今日中にあともう一話更新します!
新作開始いたしました!
楽しいお話にできるよう努力いたしますので、是非ともお付き合いください。
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