ASDFGHJKL
黒キ生徒会ノ「副会長」
灰原零二/「スタジオ・グラウ」
―世界設定―
日本。
2050年以降、人口が急速に減少し日本総人口は5000万人を切っていた。
日本各地で過疎化が進行し、ついには日本の人口の9割以上が東京大都市圏内へ集まるという事態の発生を招いてしまった。
しかし、今度は東京周辺の過密化が進み、経済さえも混乱してしまう。
日本政府はこの悪のスパイラルから脱出すべく、人口増加を無理やりながらも推し進めた。
子供を三人以上出産すると子の数分、納税額を半額にしていくという【一人っ子政策】ならぬ、【大家族化政策】を発足させたのである。
思いのほか、この政策が功を奏し、ベビーブームが到来し人口爆発が起こった。
ここまで急激に人口が増加することを予測していなかったため、政府内も混乱した。
しかし、猛スピードで国会を開き会議を進めた結果、旧大阪、京都、名古屋、広島、神戸、博多、高知を都市として復活させそこへ人口を分散させることを決定。
だが、それらの地域は東京に約50年間、国民が密集していたということはその他の地域は必然的に無法地帯となり自然の宝庫となっているわけである。
一刻も早く都市を復活させたかった政府は旧京都、大阪間をさら地にすべく、大量の爆薬を使い超広範囲爆破を行うという暴挙に出る。
普通なら自然保護団体から反対の声が上がるのだが、もはや日本人が生き延びる為にはソレしか方法がないと分かっていた。
結果、一瞬にして森林は霧散霧消したが、爆破後の地を訪れた調査団は興味深いものを発見した。
大地に大蛇のように連なり、灰に埋もれていたのは、紅い鉱石のような物だった。
最新の科学技術を駆使し、さまざまな調査を行った結果、その鉱石からとある一定の波動が発生していることがわかった。
その波動は、「人間の心臓から発生している存在(、、)しない(、、、)はず(、、)の波動によって特定の効力を発揮する」という、摩訶不思議な特性を持っていた。
日本政府は、調査結果を見て、まるで何かに取り付かれたように「これさえあれば、日本は復活できる」と、さらに調査を続ける方針を示した。
民衆は最初そんなわけの分からない物質が存在するなど、当てにもしていなかったが、調査が進み、話が現実化していくにつれ、だんだんと興味を示すようになった。
約50年間、都市の復活と平行で進めていた謎の物質を使い、政府公認で新しい【技術】を製作したものを新たに日本の特別産業として発表した。
それが【魔術】である。
実のところ【魔術】という不思議な技術を政府自身も完全に理解できているわけではないが、いち早く国家としての機能を復活させる為にはいちいちじっくり考えて行動する暇なんて無かった。
数十年の月日が経ち、都市の再建が進む中、【魔術】という未知の技術を未知のままにするのもどうかという意見が幾つもでて来たため、政府としても対応しなければならなくなり、魔術庁を設置し研究をさらにハイスピード化させた。
ある程度研究も進み、どうすれば自由自在に【魔術】を操ることが出来るようになるのかということや、【魔術】そのものを学問にするという計画など、【魔術】についての多種多様な論議がなされた。
結果、魔術庁は【魔術】を学問の一種とし、専門の学校を設立することを内閣府に提出。国会で議論したり、国民にアンケート調査などを行った結果、計画は可決。
旧京都、大阪(現在の京阪府)の広大な敷地に弥江ノ坂魔術学校を設立した。
その後、全国から優秀な若者を生徒として推薦し1500人集めた。
学校の設立に伴い、魔術庁も魔術省に格上げされ、文部科学省の子供のように過ぎなかった魔術庁は【魔術大臣】が置かれるまでになった。
光陰矢のごとし。時がたつのは早いものだ。
今年で弥江ノ坂魔術学校も創立30年を迎える。
そんな記念すべき日に桜の舞いあがる道をひとり歩く少年の姿がそこにはあった。
序章 ―
それは、弥江ノ坂魔術学校の西校舎三階の生徒用会議室前での出来事。
「え? 嘘? まじかぁ~ 資料作るの忘れてたのかぁ~・・・・・・」
体育祭実行委員会に所属している下級生からの報告を受け、三日間オールしたようなやつれきった顔で、男―白河朱鷺はうな垂れた。
「仕方ないんじゃないか? こうなった以上は【覇王】ちゃんや【天帝】さんに、謝るしかないよ」
下級生を庇う様にして言ったのは、朱鷺の友人である―五十嵐透だった。
「お前はそう簡単に言うがなぁ、実際に責任吹っかけられるのは俺なんだぞ! 【天帝】は良いとして、問題は【覇王】だ【覇王】! 奴は恐らく、とんでもなく理不尽にキレるぞ。あぁ~ 面倒くせぇ~ 」
【覇王】。それは、この学校の生徒なら誰でも知っているであろう今期生徒会会長の異名だ。
美しさを通り越して、恐ろしさまでも感じてしまうほど、優美で整った顔。超高級調度品並みのつややかな肌。高い腰から伸びたスラッとした脚。制服の一番細いサイズのベルトでも締まる、くびれのある腹部。豊満な胸。
まさに、完璧なプロポーションである。
成績も学年トップクラスだ。人類のいわば、「勝ち組」である彼女。
しかし、告白してきた男子生徒を十連続不登校にしたり、教師をいじめて(勉学的知識による質問、問題の妄執)退職させたりと、凄まじい黒い歴史を残してきた超危険人物である。
直接的な面識はほとんどないものの、初対面の時に気の強さをむき出しにしていた記憶がある。
そして、その女が今期生徒会会長だということはすなわち、俺の直接的な委員会での上司ということになる。(朱鷺は、副会長である)
要するに、俺が直接謝りに行かなければならないが、俺のミスではないし俺が悪いわけではない。
だから謝らない。
是が非でも。
気が強い輩には、もっと強気で返してやる! そう言いたいのだが、彼女の場合は一筋縄ではいけそうにない。しかし、頭では分かっていても、謝ろうという気になれない。思ってもいないこと、お世辞は口に出せない。
「面倒くさいなぁ~ ダリィなぁ~ はぁ・・・・・・」
考えるだけで、鬱になりそうだ。マジで。
「【覇王】ちゃんも、謝れば許してくれるさ。僕は結構絡みが濃いけど、そんな、冷酷で理不尽で意地悪な子じゃないと思うけどなぁ」
「なんで、俺が他人の犯した罪に対して謝んなきゃならねぇんだよ!」
社会の理不尽さに腹が立つ。
「す、済いません・・・・・・本当に、僕たちが悪いんです」
朱鷺があまりにも大声で嘆くので、下級生も、目に少し涙を浮かべながら申し訳なさそうに小さな声ながら謝罪する。
「まぁまぁ・・・・・・朱鷺くんも許してあげてよ」
透がフォローしたからか、朱鷺は不満げながらも仕方なく許してやるのだった。
「君もしんどいよねぇ・・・・・・生徒会副会長って・・・・・・」
透は、親をなくした不幸な孤児を見るような眼で言った。心底、可哀想と思っていた。
「・・・・・・」
何も言わない朱鷺に、
「まぁ頑張ってね、君が悪いんじゃないのは、みんな理解してくれるさ。応援してるよ【死神】くん」
そう言って透は、その場を去っていったのだった。
朱鷺は「責任」という、理不尽に乱用される枷でしばられていない透の後姿を見て、不意に忌々しげに笑う。
「ったく、放課後は地獄だなぁ~・・・・・・」
と、独り言を吐く。恐らく世界でたった一人の【死神】は、今日も魂を導くような仕事よりも何倍も面倒な仕事に追われるのだった・・・・・・
一章―
数分後、教室内でのこと。
「へ? 資料がないから会議が出来ない?」
朱鷺の前に現れた少女は報告を受け、その整った顔の表情を歪める。思わず二度聞きして来たようだが、報告の内容は変わるわけもなく、より一層不快感に苛まれ、苛立ちが収まらない。
挙句の果てに、一切謝罪の様子を見せない朱鷺の態度に苛立ちが増し、遂に爆発点まで至ってしまった。
「何で、私の会議を延期にさせるようなことをやらかすのよ!!!」
教室を通り越して、廊下にまで響き渡る怒涛の怒鳴り声。
「会議に資料忘れてくる馬鹿がいる?」
全く責任がないはずの自分を、頭ごなしに怒鳴りつけるので、朱鷺は異論を唱えずにはいられなかった。
「件の話に対して俺に責任はないだろう! 資料がないのは体育祭実行委員会の連中が昨日の内に資料を製作しておくのを忘れていたからだ!」
朱鷺の必死の抵抗も虚しく、生徒議会が延期になったことにいじけてふんぞり返る生徒会長―一之瀬琴羽は一切耳をかそうとしない。それは、彼女自身が誰かを責めなければ気が済まないという性格の法則に則らなければないからであり、彼女も朱鷺に責任がないことは心の奥底で重々理解している。
そもそも、ふんぞり返ろうが怒鳴ろうが罵声を浴びせてこようが痛くも痒くもないんだが、なんというかこう、「無意味に怒られている感」が残るのにはが少々腹が立つので、自己満足感を埋める為にこうして反論している朱鷺だった。
「生徒会長である私に言い訳でもしようってのね・・・・・・その行為、万死に値するわ! 貴方のその薄汚い(うすぎたない)精神を叩き直してあげる」
会議が延期になり、反論したくらいでキレる意味も理解できない朱鷺だが、俺に八つ当たりするのは本気でやめて欲しい、とまた言い返す。
「言い訳じゃないし、お前への反論が万死に値するわけもない」
「へぇ~ わかったわ・・・・・・この期に及んでまだ生徒会長である私に楯突こうって言うのね。しかも、副会長の分際で生徒会長である私に「お前」っていうの? 貴方、なかなか度胸はあるじゃない。その度胸だけは認めてあげるわ。でも、ただじゃおかないわよ・・・・・・」
少女、一之瀬琴羽が、ここまで己の権力に自信を持つのには理由がある。それは、この世の限られた人々にしか与えられていない【特性】を持って生まれてきたからだ。数千人に一人の確率で生まれ、数万人に一人の確率で私生活の中で覚醒するもの。
この世の誰とも被ることのない【固有】の能力である【特性】。
そして、彼女の【特性】の名は【覇王】。
本来ならば、自分の体から発せられる【魔導力】を使用し、魔術を発動するが、彼女の場合は違う。
空気中の原子核に含まれる、魔術エネルギーを凝集し、効果を発動する、他の誰も発動できない魔術だ。
そんな【特性】を持った者たちは【特性所有者】と呼ばれる。
それとは反対に、【特性】を持って生まれなかったものは【汎用魔術】を学び、扱う。
しかし、【汎用魔術】は【特性所有者】が使用する【固有】の魔術の三分の一足らずに威力や効果しか発揮できない。
故に【固有】の魔術を扱える【特性所有者】は世界、国、町、そして学校でも特別視されその力を乱用しないことを約束に特別な優待を受け生活することが出来る。差別の対象としてではなく、「英雄」のような憧れの対象として崇められる者が多い。
朱鷺もまたそんな【特性所有者】の一員である。
しかも、生まれつきではなく、およそ十万人に一人の確率でしかおこらない【覚醒】である。
故に【特性】を持って生まれたからと言って偉そうな態度で女王様ぶっている琴羽を見ていると忌々(いまいま)しいほど、腹が立つ。
「生徒会長であるお前が、そんなに偉いのか? 【覇王】の力がそんなに強いのか? たかが【特性】を持って生まれただけで【特性】を持って生まれなかった奴らより偉いのか? 生徒会長がなんだ? 【覇王】がなんだ? なぁ教えてくれよ、お前の何処が偉いっていうんだよ!」
朱鷺の怒りを最大限にこめた言葉。それを、真正面から受けた琴羽は、
「生徒会長である、【覇王】ある、【特性所有者】である私を、愚弄するというのね・・・・・・許さない・・・・・・」
少々涙眼になりながら、己の威厳を保つ為、必死になって琴羽は言い放った。
「絶対に許さないわ!!!」
彼女は凄まじい怒気を込め、言い放った刹那、教室を流れる風の気流が変わる。
音さえ聞こえてこないものの、この直接神経を揺らすような激しい力は「覇王」の力なのだろう。
いくら【特性所有者】いえども、自らの特性を自由自在に操れる彼女の能力には、朱鷺も戦慄を覚えた。上位高等魔術の威力をゆうに超える魔術である、特性魔術。
その中でも、彼女の自作である【覇王】の力を使った【覇王の怒気】。その効果は、単純かつ純粋なまでの破壊。
目の前の敵を消し去る為だけの力。しかも、原子核の魔術エネルギーで形成されている為、引力のようなものが働いており、一種のブラックホールと化している。(実際そこまで引力は強くないので、何でもかんでも吸収されるわけではない)
それが今、朱鷺の目の前で発動されようとしているにも関わらず、朱鷺は平然とただ座ったような眼でどんどん凝縮されていくエネルギーを淡々と何事も起こっていないかのように、直接くらえば100%殺されるであろう力の波動を前に、立っている。
ついに、エネルギーが全て集結し【覇王】の力が始動する。琴羽は両腕を前方へ突き出すと、まさに【覇王】のような形相で叫んだ
「吹き飛べ!【覇王の(・)怒気】!!!」
カッ!
凄まじい閃光が走り、巨大な波動弾は朱鷺へと進撃を始める。
が、瞬間、朱鷺は姿を消したかと思うと教室の隅に現れた。朱鷺は自分を目掛けて飛んでくる波動弾の方向へ片手を突き出し、呪文を唱える。
「【冥府の門】」
揺れる木々の音のように、安らかで静まった声で呪文を唱えた朱鷺の前の波動弾はまるで凍りついてしまったように空中浮遊したまま停止した。
「へ?」
その光景に、愕然と声を漏らす琴羽。一瞬の出来事に脳の処理が追いついていないのだろう。
刹那、
「【死神の(・)大鎌】」
朱鷺の手には巨大な鎌が現れ、ヴゥゥンという野球バットを思い切りふった時に出るような鈍い音と共に、波動弾を一刀両断した。
真二つになった波動弾は漆黒の闇に包み込まれ、完全に消滅した。
「嘘・・・・・・」
茫然と立ち尽くす琴羽。言葉を失っている様子だ。現実が理解できていないのか、それとも自らの敗北を認めたくないのか分からない。だが、完全に心ここにあらずの表情だった。
「もう一度だけ聴く。お前の【特性】のどこが強いんだ?」
戦闘力の差は明白。どんな脳なしが見たとしても理解できるだろう。
「・・・・・・」
朱鷺は、涙目の琴羽に、
「死神の力を嘗めるなよ?」
そういって自分より少しばかり低めの琴羽を慰めるようにそっと頭をたたくと、その場を去った。
去り際に、彼女が小声で、
「ない・・・です」
と言ったのは、聞こえてはいたが無視することにした。
かくして、【死神】は【覇王】を抑えることに成功したのである。
今回の件が二人の初コンタクトとなるわけだが、喧嘩したにもかかわらずお互いのことを最後、悪くは思わなかった。
これまで全く関係のなかった二人がこの先急接近していくことになるが、それはまだ先の話・・・・・・
*
弥江ノ坂魔術学校。
日本が世界に誇る、世界最大級の魔術学校。
全校生徒は約1500人に上り、16歳から18歳までが通っている。
生徒たちは学校側が決定した二人組〈ペア〉となり普通の民家ほどの下宿所が与えられる。平日は基本、下宿所で生活し休日は自由だ。卒業後は、魔術省の官僚や防衛省の上層部、政治家、日本魔術運輸、日本魔術研究所研究員、弥江ノ坂魔術学校教師などなど、超高収入職業に就くことが確立されている。
まさに、「勝ち組」人生を送ることが保障された学校といえるだろう。
入学方法は多種多様で、勉強だけが全てではない。たとえば【特性所有者】ならば、9割以上の確率で合格。生徒数十人に一人が【特性所有者】という結果になった。(一クラスに数人)
委員会の運営などは【特性所有者】が中心となって行っており、
生徒会長に「覇王」―一之瀬琴羽
全校運営委員会長に【天帝】―宇渚義龍
治安維持委員会長に【正義】―鯛代零
魔術委員会長に【堕天使】―鴻池龍保
臨時委員会管理庁長に【大神官】―葛城聖吾が就任した。
何とも、色の濃い面々だがこの学校の運営を担う者たちは、この位が丁度良いのかもしれない。
そんな、曲者相手に生徒会副会長【死神】―白河朱鷺は委員会活動に奮闘するのだ。
「あぁ! まともな奴はいねぇのかよ!」
そんなことを叫びたくなるが、さすがに一人でそんなことを叫んでいるのは結構やばいので我慢する。
今日から始まる新しいペア生活を唯一の楽しみと思い新しい下宿上にむかうのだった・・・
*
数分後・・・・・・
放課後の教室で口論(戦闘)を繰り広げた二人の再開は想定外の場所で繰り広げられた。
「うっ、嘘・・・・・・」
「なん・・・・・・だと」
しばしの沈黙。
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」
あまりにも運命的というか、宿命的再開に驚愕の声を家の前で上げる二人。
今期(一年間)ペアとして暮らしていくわけである。
新しいペアについては下宿上に行くまで知ることはできない。学校側に頼んで変更することも許されていない。強制的に同居を強いられる。この学校のルールだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙。二人の間を圧倒的沈黙が支配している。
が、まるで石像のように硬直していた二人だったが、なんと琴羽がその沈黙を破った。
「ご、ごめんなさい!」
真正面からの凄まじく誠意のこもった謝罪。その行動は、普段の琴羽からは(聞いている限り)全く予想のできないものだった。驚くべき現状を前に余計に固まる朱鷺だったが、
「私が言い過ぎたわ・・・・・・貴方に責任がないのを知っていながら私ったら、つい、イライラしてしまって、あとから冷静に考えたら悪いのは私だってことに気が付いて、それで、だから、その、反省してるわ・・・・・・ゆ、許してくれる?」
今まで気づいていなかったのかと思うと呆れるしかないが、人生の中でおそらくほとんど謝罪なんてしたことがないような人間に真正面から謝罪されて許さない奴なんて鬼だなと朱鷺は思い、自分が鬼以上に悪役だということに気付いた笑いを静かに堪えながら、
「分ってくれたんなら良いさ。俺は副会長だ。会長に謝られて許さない副会長がどこの委員会にいるんだよ。」
「いいの?」
「これからはよろしく頼むぞ、会長」
「ええ、ありがとう! 【覇王】が【死神】に負けるわけにはいかないわ。これからは、仲間として好敵手としてともに歩んでいきましょう」
「ああ!」
「というか、中で話さない?」
「そ、そうだな」
つい先ほどまで大喧嘩していた二人だが、この先大勢の敵と共に戦っていくものとして、仲よくしてゆくのが最善策だと思い、関係を改めようと努力していくことを決意する。
この出会いが学校の運命を変えていくことになるとは、まだ二人とも全く知るよしもない。
*
「まずは、お互いに自己紹介からだな」
「ええ」
同じ生徒会に入り、会長と副会長の関係になることを、お互いに認め合った二人だが、まだ自己紹介を済ませていなっかたのだ。
自己紹介なんてしなくても既に名前は知っているし、性格、能力、【特性】もある程度理解しあった二人にとって、新しい情報というのは考えてもみれば案外思いつかないものだ。
「まぁ適当なことだったらなんでもいいぞ」
「それじゃあ、うーん・・・・・・【特性】などについては略すけれど、新しい情報として、好きな食べ物は、プリン。好きな教科は社会(公民)。 嫌いな食べ物は、蓮根。嫌いな教科は体育よ。また何かわからなかったり、知りたいことがあったら何でも言ってちょうだい」
「バストは?」
予想外過ぎる質問。瞬間的な返答の速さに驚く。琴羽は顔を赤く染めると、
「それを聞いて、何の意味があるっていうの?」
「興味本意だ。何でも言えって言ったのお前だぞ」
「・・・・・・そ、そうだけど・・・・・・変態」
恥ずかしながら何故か胸もとを凝視する琴羽。仕方ないといわんばかりの苦い顔で、
「86、よ・・・・・・」
「なん・・・・・・だと」
(ででで、デカい!・・・・・・)
これまた、想像以上の返答と、大きさに、動揺する朱鷺。恐らく着やせしている胸に熱い視線を送る。
「あ、あんまりジロジロ見ないでよね! ・・・・・・馬鹿」
「しょ、しょうがないだろ・・・・・・あー、もう次だ、次!」
「何よ、自分から聴いてきたくせに。後処理がへたくそね」
男の性を抑えることが困難だったが、一応精神を落ち着かせ、自己紹介を始める。
「俺も同じようなことだが、好きな食べ物は寿司。嫌いな事は、面倒くさい仕事だな。と、まぁこんなところか?」
「じゃあ自己紹介はこのへんにしておいて、家の内装を見て回りましょう」
新下宿所は、二階建ての全5室。風呂、台所、寝室、リビング、書籍、などなど色々な整備がされており、今日から使えることとなっている。
だが、朱鷺は気づいてしまった。何故、こんなことばかりに目がいくのか、本人も理解できないが、寝室が小童部屋しかなく、
大きなWベットだということを発見してしまった。
「貴方、左右どっちがいい?」
「左が・・・・・・っておい! まさか隣で寝るのか?」
「なにか不満かしら?」
「い、いやそういうわけじゃ・・・・・・」
どこまでがセーフで、どこからがアウトなのか、女子のそういうラインが、俺にはいまいち理解しがたい。
「左がいいのね。わかったわ」
結局、すんなりWベットで寝ることが決まった。
~琴羽の心の声~
(ヤバイ、朱鷺くんと、二人でベットで寝るなんて・・・・・・何か、おこらないかしら?
○朱 「琴羽、俺、我慢できないよ・・・・・・」
○私 「い、いいよ、朱鷺くんなら・・・・・・」
○朱 「本当に初めてが俺で、いいのか・・・・・・?」
○私 「う、うん・・・・・・私の初めてもらって・・・・・・」
なんて、ことになったり・・・・・・?)
想像力豊かなその頭は、全くもって余計な空想まで描いてしまう、リアルに。
どうにかならないものかと、琴羽は悩む。
「お前、何か顔赤くなってないか?」
「き、気の性よ・・・・・・」
(ヤバイッ!気づかれる・・・・・・)
「そ、そんなことより、次の部屋にいきましょ」
「そうだな・・・・・・」
その後、各部屋を見て回り、家の構造をある程度、把握した。
「ふぅ~、まぁ、こんなところかぁ」
「そうね。私達二人には、少し大き過ぎる気がするけれど、まぁ、今後この家で暮らすわけだから、丁度いいのかもね」
「まるで、新婚夫婦、みたいだなぁ」
沈黙。恐ろしい沈黙。無神経極まりない。
朱鷺の言動に動揺する琴羽の顔面は、今にも爆発してしまいそうなくらい、熱かった。
青春を謳歌している女子のそれであった。
朱鷺は、そんな琴羽の心情を全く理解していなかったようだが、沈黙を消し去るべく、新たな話題に話を変える。
「そ、そういえば今日の議会の話なんだが、【天帝】の奴には、まだ話をしてないんだ」
【天帝】と普段から関わりない朱鷺は、どのタイミングで報告しようか決めていなかったのだ。
「俺、委員会とかするの初めてだから、あんまり他クラスの奴と絡まないんだよな。お前はたまたま同じクラスだったけど、【天帝】は全く違うだろ。【天帝】おこるかなぁ?」
「貴方、【天帝】を知らないの? 今まで、よくこの学校で生活してきたわねぇ・・・」
「あんまり関心がなかったもので・・・」
「いいわ、私が教えてあげる」
【天帝】―宇渚義龍。二組の学級長で、運営委員会委員長。学年トップの学力で超度級成績優秀者。運動神経もなかなかのものだ。
【特性所有者】だが、琴羽とは違い、朱鷺らと同等である【覚醒者】だ。
五歳の時に覚醒したらしいが、【特性】の強性効果によって超高度な知力や運動能力と引き換えに両手両足、実家、両親を失ってしまった。
五歳の少年が【特性】の効果によって両親を殺害し、両手両足を失うということは、全てのものを失う、それ以外の何物でもなかった。
しかし、【天帝】の能力は創造。自分を中心とした魔術的領域内で、己の想像したものを実際に生み出すことができる。
魔術的領域外に出ると、創造した物は消滅してしまうが、大量の魔力を消費することによって、一定の時間内、領域を拡大することができる。
性質上、手足には困らないのだ。全てを失い、全てを得た者。それは、はたして幸せなのかは、分からないが、【天帝】は最強クラスの能力であることに間違いはない。
宇渚義龍。要注意人物だ。
「へぇ~、そんなに凄い奴だったんだ・・・・・・さすが運営委員長だな」
「で、でも一応、権威は私の方が上なんだから!」
まるで、威嚇しているフグみたいに、頬を膨らませ、自らに権威を主重する琴羽。
「実力だ、実力」
「何ですって? 私に実力がないって言いたいの?」
「まぁな・・・・・・」
「や、やってみないとわからないじゃない! 私だって努力―(略)―・・・・・・【天帝】なんて―(略)―・・・・・・そもそも、私が会長に―(略)―・・・・・・皆の選挙で決まったのだから―(略)―・・・・・・なの! わかる?」
ほとんど話を聞いていなかった朱鷺は、もう反論するのも面倒くさくなって、「はい、はい」としか答えることが出来なかった。
恐らく、生徒会副会長の自分が、重要視するべきは【天帝】であることを、改めて再確認した朱鷺は、今晩の食卓の準備に取り掛かるのだった。
朱鷺が【天帝】と面識無いことを知った琴羽が今回の件については【天帝】に報告した。
下校してから数時間後、二人はリビングにあるテーブルで、朱鷺の手料理を堪能していた。
「そ、そうか、それは良かった・・・・・・」
朱鷺は、琴羽が自分の手料理を想像以上に美味しそう食べてくれて正直ほっとした。
今日は海老チャーハンを作るつもりだったのだが作っている途中、色々ミスしたため、最終的にピラフと化したのだった。
ある意味天才だろう。
「レシピ教えて!」
「いや、いちいちメモってねぇよ」 (正式には、そもそもピラフの作り方なんて知らないし、たまたま出来上がっただけ)
「えぇ~次からは、しっかりメモしておいてね!」
「お、おぅ・・・・・・」
「ごんどば、ばたじがつくるがらだのしみにまっててね! モグモグ・・・・・・」
食べながら話すな! と言いたい朱鷺だが上機嫌な彼女を見ていると、何故か忠告する気も失せた。
琴羽は、食事中、最初から最後までずっと「美味しい、美味しい」と連呼していたが、いつも他人に自分のことを褒められるのを嫌う朱鷺だったが、不思議と嫌な気はしなかった。
「もうこんな時間かぁ・・・・・・時間が経つのは早いな。俺は、風呂に入ってくるから食べ終わったら皿洗いしててくれよ」
「了解~」
この下宿所初風呂だが、前回の下宿所の風呂といったら、それはもう、驚く程古かった。
前回の下宿所は、木造の古い平屋で今回とは正反対の和の雰囲気にただよう古い建物だった。
正直、今回の下宿所の方が何十倍も嬉しい。今回はくじ運がよかったみたいだ。
脱衣所で服を脱ぎ、風呂へ入る。
結構大きく色々な物が置いてある。
シャンプーやボディーソープ、リンス、タオル、などなどあらかじめ完備されている物ばかり。
湯船も、そこそこ深くて入り心地がよかった。
「あぁ~疲れた~ったく、もう仕事したくねぇなぁ・・・・・・」
湯につかりながら今日一日のことを思い返す朱鷺。
色々なことがありすぎて、若干脳の情報処理が追い付いていない気もしたが、どうでもよかった。
「明日、生徒議会かぁ~面倒くせぇ~ てか、なんで体育祭実行委員会は資料作り忘れるんだよ、せっかく明日は休めると思ってたのになぁ、チクショウ~!!」
一人で暴言を吐いた後、自分の行動の恥ずかしさに気づき、一人で顔を赤くする朱鷺。
「早く上がって今日は寝るか!」
やはり独り言の多い朱鷺だが、自分自身、ほとんどそれに、気づいていないのだった。
朱鷺が風呂を上がった後、琴羽は風呂に入る前の脱衣所で硬直していた。
洗濯機の中に男子の衣類が投げ込まれている。
普段の琴羽ならば全く気にもしないであろう男子の衣類に目が行ってしまう。
黒いパンツ。何故だろう、不意に手が伸びてしまう。
本能なのだろうか? それに負けじと、理性が抵抗する。
脱衣所で一糸まとわぬ全裸の琴羽は一人、葛藤していた。
最終的に無事、本能が勝利したものの、日々の疲れから己(、)を(、)慰める(、、、)幸せ(、、)な(、)一時(、、)を過ごすことが出来た。
琴羽も湯船に浸かり朱鷺と同じことを考える。
しかし、朱鷺のように面倒くさがるのではなく、明日に向けての決意をしっかりとかためるのだった。
恐らく明日、要注意人物となるのは【天帝】―宇渚義龍、【大神官】―葛城聖吾の二人だ。
己の意思をどこまで突き通すことができるか、不安ながらも楽しさを見出す琴羽だった。
琴羽が風呂から上がった頃には朱鷺は既に床に就いていた。
恐る恐るベッドに入り込む琴羽の心臓は早鐘のように高鳴っていた。
「う、うんにゃぁ~」
(か、可愛い・・・・・・)
寝ぼけている朱鷺の反応がつい可愛いく思えてしまう。
「ん~? 琴羽ぁ~?」
「あぁ、起きないで、私ももう寝るから・・・おやすみ」
「ん。おやすみ」
何かされるか心配していたのはハッタリだったようで、面白くないほど何も起こらなかった。二人は、何事もなく無事、下宿所初日の睡眠をとったのだった。
*
目を覚ます。
自分の隣で、絶世の美人が眠っている。
「おーい、起きろ~ 朝だぞぉ~」
全く反応が無い。
琴羽の寝顔を見ていると自分まで寝そうになる衝動を抑えながら朱鷺は二度寝睡魔と闘う。
「おい! 早く起きろ!」
必死に琴羽の体を揺さぶるが、全く以って反応がない。
色々な方法を試すも、最終的に叫ぶ以外の方法が見つからなかったので、近所迷惑承知の上、琴羽の耳元で叫んだ。
「うわぁ! へ?・・・・・・と、朱鷺くん?」
何が起こったのか全く理解していない様子だ。
「早く起きろ! でないと遅刻するぞ」
目を擦りながらスマホの時計を琴羽は見た。
「えぇ!もうこんな時間! 急ぎましょ!」
「お前待ちだよ・・・・・・」
超ハイスピードで支度をすませた朱鷺達は急いで学校へ向かった。
数分後・・・・・・
「あぁ疲れたぁ・・・・・・」
教室の机にもたれ掛かりながら朱鷺は、はぁ~とため息をついた。
「どうしたんだい朱鷺くん?」
話しかけてきたのは、忌々しい程優しくイケメンな―五十嵐透だった。
「遅刻しそうだったから、大急ぎで来たんだ・・・・・・」
「まだ、あと10分あるよ・・・・・・」
透のもっともなツッコミが胸に刺さるが、朱鷺は考えないでおこうと思った。
「なら、別に病気でしんどいとかじゃないんだね?」
「ああ、御心配ありがとうございます~」
「どういたしまして。そういえば、今日、生徒議会だよね? 今年の体育祭は昨年より完成度を上げないとね・・・・・・前回のあれじゃあ、見てる側の生徒もつまらないだろ・・・・・・」
「そうだな。実行委員会に言ってみるとするか・・・・・・」
「頼んだよ」
「了解」
そんな他愛のない話をしながら、朱鷺は五十嵐透という男との出会いを思い出す。
それは、昨年の丁度今頃。体育祭当日の出来事。
学年の関係上、朱鷺は観覧席で高学年の生徒の長距離走を見ていた時のことだった。
隣の席の一般人が【特性所有者】である朱鷺に話しかけてきたのだ。
普通なようで、普通では出来ない行動に周囲の人々も、少々驚いていた様子だった。
一般人(何も【特性】を持たない者)が【特性所有者】に自分から話しかけるなど、恐れ多くて普通は出来ないことだ。
しかし、透は朱鷺の肩を、ポンっとたたくと、
「お弁当多く作り過ぎちゃったんだけど、食べないかい?」
そう質問してきたのだ。
朱鷺も、一般人だった時以来の久しい出来事だったので、少々動揺したが、新鮮な体験で、自分が一般人だった頃のことを思い出し、なるべくフレンドリーに返事をした。
「いいのか? 丁度、俺も腹減ってたんだ。お言葉に甘えて頂くよ」
「ありがとう。君、名前なんて言うの?」
「白河朱鷺。お前は?」
「五十嵐透っていうんだ。よろしくね!」
「おう!」
その日のいくらなんでもつまらなさ過ぎる体育祭も、透との出会いによって思い出の日になったのだった。
思い返せば唐突な出会いだが、その後、二人共の下宿所が近いことを知り、一緒に帰るようになった。
クラスも同じだったため、よく話した。
この学校に入学してからというもの、それまで一般人との会話がほとんど無かったので、一般人としての意見をくれる透は朱鷺にとってかけがえのない友へとなっていったのだ。今でもこうして、友達でいられるのを朱鷺はこれ以上ない喜びとして再認識した。
いつか、透はこんなことを言っていた。
「正直、一般人がどれだけ努力しても【特性所有者】には敵わない。でも、努力すればする程、己と【特性所有者】間を埋めれる気がする。僕は、この一般人が目立たない世界で、凡人でも輝けるということを、僕の人生で証明したいと思ってる」
朱鷺は、この言葉に今でも憶えている。途中まで一般人として生きていた朱鷺だが、朱鷺はそんなこと全く考えたことなんてなかった。
しかし、彼―五十嵐透は、己の志を持って世界に立ち向かおうとしている。
俺には、到底思いつかないような考えだが、この意見には、どこか共感できるものがあると、朱鷺は思った。
だから朱鷺は、五十嵐透という男を心の底から認めることが出来た。
そんな透と友であるということを朱鷺は誇りに思っていた。
*
放課後に生徒議会があるにも関わらず、ハードな今日の授業構成は朱鷺に準備の時間をほとんど与えてくれない。
「倫理」、「語学」、「魔術(高等魔術の研究)」、「生物学」、「数学」、「機械」という最凶の時間割。
「倫理」の授業は担当教師の話が長過ぎて、だんだん眠くなる。
「語学」は苦手。
「高等魔術の研究」は、【特性所有者】からすると、自分たちが簡単に扱える魔術よりも弱い魔術を、態々研究しなければならないのは、無駄な時間の浪費に思えて仕方が無い。
「生物学」が唯一の救いだ。
「数学」も、まだまし。
このように午前中に嫌いな強化が固まった。
最悪のスタートである。
*
今回の生徒議会が朱鷺にとっては初めてだ。
故に琴羽に聞いた情報のみで現場の状況を想像しなければならないのである。
「ったく、面倒くさいな~ 」
資料の製作なんて会長がすればいいのに、「朱鷺くんよろしくね~」の一言に勢いでOKサインを出してしまった。
断っておけばよかったと、ひたすら後悔している。
面倒くさい、面倒くさいと言いながらも仕方なく仕事をこなす朱鷺。
朱鷺としては少々手を抜いているくらいの感覚で仕事しているのだが、完璧と言っても過言ではないほど模範のような仕事がこなせる。
当の本人はそれに気付いていないようだ。
何かと自分のことを理解していない朱鷺だ。
少年は―「掌の上にある才能に気付いていない」
*
会議室前に集結した委員会のトップ達を前に、朱鷺たちは戦慄していた。
全員、他とは全くオーラが違うのだ。
個人個人それぞれの顔は廊下などで見たこともあるが、何故か全員この場にくると別人のように張り詰めた波動を出している。
【天帝】、【正義】、【堕天使】、【大神官】、そして【覇王】。
各委員長は、互いに会話することは無い。
まるで戦争中の講和条約を結ぶ会議でもするかのような空気が漂っている。
それぞれ、資料を確認したり、タブレットを見たりなど、目すら合わせない。
(こんなので大丈夫なのか?)
正直、不安でしかない。会議の司会進行は生徒会副会長の仕事だ。故に、朱鷺はこのメンバー相手に会議を仕切らなければならない。
「会長。本当にこのメンバーだけでやるのか?」
「えぇ、そうよ。私よりもずっと濃い人たちだけど、司会がんばってね。応援してるわ」
「へいへい。わかりましたよ・・・・・・」
時計の針が午後3時を刺した頃、会議は始まった。
「それでは、今期第一回生徒議会を開会します。全員起立、礼、着席」
会議は、問題提示、解決案発表、論争、結論の順番で決めていく。
各委員会からの問題提示によって論争が行われ、最終的に生徒会長と、全校運営委員会長が決定する。
両者が対立した場所、また別の場を設けて解決する。
「まず初めに、治安維持委員会長の鯛代零さん。問題提示をお願いします」
【正義】―鯛代零は問題提示を始める。
「我々、治安維持委員会は最近の生徒の廊下での過ごし方について、疑問を感じております。廊下で走り回ったりプロレスをしたり、叫び回ったりと、少々程度の低い遊びをしている生徒が多くなったような気がします。今後、そういった行動を減少させるためには、どのような政策を立てることが出来るでしょうか。意見をお願いします」
想像以上にまともで良かったと、朱鷺はほっとした。
「他の委員長方、挙手をお願いします」
一番最初に挙手したのは、臨時委員会管理庁長の【大神官】―葛城聖吾だった。
「近頃、廊下で走り回ったり、生徒同士で勝手に魔術戦闘遊びをしたりなど廊下でのマナーがなっていないと思いまーす。私は、廊下でのマナーを破った者は、断罪すべきであると考えまーす。即、退学にすべきでしょう。そうしたら、皆、やめると思いますが・・・・・・」
(濃いのきたぁぁぁぁ)
「そ、それはさすがに厳し過ぎます!」
琴羽が反論するが、
「いいえ! これ程やって当然なのでーす。神はいつも我々の罪を見ておられまーす。そして、罪を犯した人間は聖地からは出ていかなければなりませーん。この学校も聖地。故に聖地を汚すような事は、断じて認めませーん!」
極論。ことごとく極論だ。
このままではやばい。
「他に意見のある人は・・・・・・」
次に挙手したのは、全校運営委員会会長【天帝】―宇渚義龍だった。
「確かに、罪人は断罪されるべきであるが、退学は度が過ぎるだろう。本校を聖地とするは良いが、ならば神は誰といえようか? 我々の中の誰か、か? それとも教師だろうか? しかし、どちらかであっても退学は望んでおらぬ。もしマナーを破った生徒全員を退学にしたとしよう。私の見解では生徒の七割以上が破った経験があるだろう。一度目の違反で即退学とは、学校の生徒数を下げるだけにしかならない。もう少し深く考えて発言するよう、心がけていただきたい」
これが、【天帝】なのだと、朱鷺は思い知った。
外見には一切似合わないもの言いだ。マッシュルーム形の髪の少年がまるで戦国武将のような仰々しい話かたをする。今まで味わったことのないような不思議な威圧感だ。
「だったら、他の政策を考えるしかないんじゃないか?」
ここに来て発言したのは、【正義】―鯛代零だった。
「とは言っても、廊下のマナーを守らせるのにいい方法なんて存在するの?」
琴羽が、質問する。
「私にいい案があります」
そう挙手したのは【堕天使】―鴻池龍保だった。琴羽に唯一物申すことができる女子生徒。性格は良いらしい。モテる。
「廊下のマナーを守っていない人にはペナルティーを与えて、5回以上たまった人には反省文を書かせたらいいと思います」
なかなか良い意見だと思う。流石、鴻池さんだ。
「賛成だ」
宇渚が賛成意見を出すことなんてあるのかと少々驚いた。
「皆さん賛成でよろしいですね」
全員鴻池さんの意見に賛成の様子だった。
「では、次へいきます。引き続きですが、鴻池さん。普段の活動の報告をお願いします」
「はい。私共、魔術委員会は、今期中に特別講師をこの学校にお呼びして、特別授業を行いたいと思っています。私としては主に錬金術などのマニアックな魔術が良いと考えておりますが、皆様はどうでしょう。賛否お聴かせください」
「良い意見ではないかな・・・・・・私はそう思うのだが・・・・・・」
「ええ、俺も賛成でいいよ」
【正義】―鯛代も賛成する。
「右に同じく」
満場一致だった。
驚くほど皆、鴻池さんの意見に賛成する。
「全員、賛成ですね。それでは引き続き特別講師をお呼びする準備をしてください」
こんな感じで良いのかはわからないが、とりあえず、二つ目も終結させた。
無事、朱鷺の司会は上手くいき、(鴻池さんのおかげ)各委員会の体育祭実行目標をあわせ、競技などが決定された。
が、しかし、
「近日中に生徒会の皆様と話がしたい。また、この会議室にお呼びすることになりますが、どうぞよろしく」
最後に一言、戦乃官が言ったことに、朱鷺達は不安感を覚えるのだった。
初の生徒議会を無事終了させた朱鷺は琴羽の元へ行った。
「司会進行はあんな感じで良いのか?」
「ええ、問題ないわ。でも正直、生徒議会はそんなに大きな仕事ではないわ。最も大きな会議は教師も参戦するもの。貴方ならしっかりこなせると思うけれどね」
もっと大きな仕事が存在することを知った朱鷺は肩を落とした。
「まぁ、今更言ったって辞められないもんな。頑張るよ」
「よろしくね。私、やらなきゃいけない仕事が少し残っているから先に帰っててくれる?」
「了解。晩御飯の用意しておくぞ」
「よろしく~」
朱鷺は先に下宿所に帰宅することにした。
二章―
下宿所のドアの鍵を開けようとした時、既に開いていることに気付いた、
(誰かいるのか?)
恐る恐るドアを開け、玄関の様子を確認する。いたって異常はない。
ゆっくりとドアを閉めると、静かに玄関で靴を脱ぐ。廊下を歩き出そうとしたその時、
「曲者!?」
リビングのドアが突然開き、中から出てきたのは・・・・・・
「へ?」
可愛げで少々大人の雰囲気を漂わせるメイド服に身を包んだ、朱鷺よりもいくつか年上の美女だった。
「ど、どなた?」
突然のメイドの登場により、状況が理解できない朱鷺。中華料理店に入ったのに、オムライスが出てきた時のより、数十倍驚いただろう。
「貴様こそ何者だ!」
その見た目に全くつりあわないと言っても過言ではないほど、力強い声。某妖精○尾(○イル)の赤髪女戦士を連想させるような声だ。
「い、いや俺はここの住人・・・・・・」
「さては、ご主人様の命を狙いに来たな。愚か者め! 曲者とあらば、私が相手をしてやろう! さぁかかって来るがいい!」
完全に勘違いされている様子だがメイドは3本のナイフを取り出す。
「違います、人違いです!」
「どうした? 怖気づいたか。ハッ、その程度の覚悟でよくここまで来たな。貴様から攻撃してこないというのならこちらから行くぞ!」
手に持ったナイフを朱鷺の首元へ突き出すメイド。その動きはあまりにも俊足で、朱鷺でさえ回避するのがやっとだった。
「ま、待て、人の話を聞け、おい!」
「問答無用!」
すぐさま追撃が来る。朱鷺は必死で回避するが、高速な攻撃ゆえに肩に一太刀あびてしまった。すると、
「こ、凍ってる?!」
傷口がだんだんと凍り付いていく。
「そう、その力こそ私の【特性】、【零氷】。傷口に黄泉の冷気でフタをする。ご主人様に貴様のような愚者の鮮血を見せるわけには行かぬのでな!」
(こいつ、【特性所有者】か!)
「さぁ、観念しろ!」
(やばい!)
【死神】に効果を発動するには自分に魔術をかけ、細胞に信号を送り【死神】の効果を発動する直前の細胞量とその位置を記憶させ再生するようにしなければならないのである。この魔術をかけるのに必要な時間は約5秒。そんな時間は無い。
殺される。そう確信した。
「待ちなさい!!!」
絶体絶命の危機に駆けつけたのは、琴羽だった。
後1秒も遅れていたら、朱鷺の命はなかっただろう。
「ご、ご主人様!」
(ご主人さまぁ?)
「待ちなさい時雨。その子は私の同居者よ。今すぐ、そのナイフをしまいなさい」
「へ?・・・」
俺とメイド両方の理解が追いつかない。
が、
「も、申し訳ございません!!!」
下宿所に帰ると、超強いメイドに襲われてそれを「ご主人様」と呼ばれる同居者に助けられる人間の気持ちが分かるだろうか。
常人なら理解できないだろう。
「まさか、同居者様とは、思いませんでした。大変申し訳ございません!」
早とちりにも程がある! と言いたいところだが、悪気はなかったようなので朱鷺は言うのをやめた。
「いいさ、人間誰しも失敗はある。まぁあと少しで死ぬところだったけど・・・・・・」
もう少しで死ぬところだったが・・・(大切なので二回言いました)
「お許しくださるのですか?」
「ああ」
「感謝いたします、本当に、本当に申し訳ございませんでした」
深く頭を下げるメイド。
「で、どういうことなんだこれは?」
朱鷺は状況を居解しているであろう琴羽に問うた。
「この子は私の専属メイド―時雨よ。今朝までオーストラリアの方で仕事していたのだけど、終わったっていう電話をくれたから呼んだの」
何故オーストラリアで仕事していたのかは不明だが、今日帰国したらしい。
「で、そのメイドさんが始めてみる俺を侵入者だって勘違いしたわけだ」
「そういうこと。今日から私たちの生活や仕事を中心に手伝ってもらうことになったわ」
「わかった。よろしくな、雪乃」
「はい! お名前をお聞かせください」
「白河朱鷺だ」
「了解しました。朱鷺様」
先ほどまでの鬼の形相は何処に行ったのか、その顔は他の何にも表すことの出来ないような優しさに溢れていた。
かくして、専属メイド―時雨は(無事?)下宿所で働くことになったのである。
それにしても、専属メイドがつくほどの家なのかと考えると琴羽の素性が気になる朱鷺だった。
*
生徒議会が行われたその数日後のこと。
全校運営委員会から生徒会宛に一通のメールが送られてきた。
委員会どうしの連絡は全てメールで行うようになっているのだが、各委員会から生徒会宛のメールが来ることはほとんどない。
生徒会が各委員会に要件の解決を要求することはたびたび起こることだが、今回は話が別である。
メールの内容は、先日の生徒議会の最後に宇渚が話していたことの日程が正式に決まったという話。一週間後の今日、生徒会長、副会長、書記代表の三名のみで運営委員会本部室に来るようにという、なんとも「自分たち運営委員会の方が偉い」といわんばかりの文面だった。
「生徒会も舐められたものね・・・・・・」
少々怒気のこもった声で琴羽が言う。
正直、今回のメールの文面には、俺も思うところがある。
普段から、べつに生徒会が上とか下とか権力的なことはあまり意識しないが、人に物を頼むような態度ではないのは確かだ。生徒会への宣戦布告なのだろうか? 朱鷺の疑問は増幅していくばかりだった。
メールが届いた日の放課後、生徒会は緊急会議を開いた。
「今日は、急に呼び出したりしてゴメンね。特に、京子はまだ何も知らないでしょ」
琴羽と共にメールを読んだのは朱鷺のみだった為、書記代表の鈴木京子は全校運営委員会のほうからの呼び出しについて何も知らないのである。
「会長、緊急会議開いてまで知らせなければならない案件なんですか?」
生徒会書記代表―鈴木京子。
「ええ、先日の生徒議会から丸2日の今日、運営委員会のほうから生徒会宛にメールが送られてきたの」
「運営から生徒会宛にですか?」
異例の事態に動揺する京子。
「それって、つまり、そう(、、)いう(、、)こと(、、)ですよね・・・・・・」
朱鷺よりも数年生徒会暦が長い京子は、「学習委員会の乱」当時にも生徒会に所属していたことになる。
「学習委員会の乱」とは今から約半年前に起こったクーデターのことである。結局、失敗の終わったのだが、旧学習委員会が生徒会をのっとり全委員会の行動管理権を奪おうとしたのである。その時も、今回同様メールが送られてきたらしい。
「もしかして、運営委員会がクーデターを目論んでいるということか?」
「恐らくそうよ、潰すだけだけど」
「どうやるんだ? 相手は【天帝】だぞ、簡単にはいかないだろう?」
【天帝】のことだ、恐らく裏に何かあるのだろう。
正直、能力だけを見れば琴羽よりも、宇渚の方が上だろう。
今はまだ、生徒会が権力の中心だが、いつ大どんでん返しされるか分からない。
そもそも、宇渚が何故、運営委員会にいるのか謎だ。彼の実力なら生徒会長も務まるだろうに。
宇渚のことを考えてばかりいるのは建設的ではない。
今おかれた状況の中でどう太刀打ちするか考えるのが最優先事項である。
「武力交戦しか方法がなさそうね。向こう側もそれを望んでいるでしょうし、私もそれを望んでるわ」(生徒会長が言うべき台詞じゃない)
【天帝】相手に武力交戦で勝る賞賛がどこにあるのか不明だが、一応琴羽も【覇王】で生徒会長だ。計算した結果どこかに勝ち目があったのだろう。
「武力交戦って、どんな感じでやるんだ?」
「さぁ? いろいろな方法があるけれど、どんな形であれ、勝てるようにしておきましょう」
呼び出された直後に運営委員会本部で緊急開戦することだって無いとは言えない。
【天帝】―宇渚義龍。
最も敵に回したくない人物だが、こうなった以上闘いは避けられない。
十分な準備が必要だと再確認した朱鷺だった。
*
日付が変わり、登校した朱鷺達の耳に飛び込んできたのは、とんでもない悲報だった。
担任教師―斎藤が、急死したというのだ。
しかも、前代未聞の変死だったという。遺体を解剖しても死因は不明。外傷も無いので殺害されたとは考えにくい。
結局、警察もほとんどお手上げ状態だそうだ。
しかし、担任教師がいなくなったとて、朱鷺達のクラスの授業も他クラス同様進んでいく。
急遽、新任教師として一人の男が送り込まれることとなった。
「今日から担任教師として就任しました、黒柳です。一年間よろしく」
新任教師、黒柳は他の教師のように黒板にチョークで名前を書いたりしなかった。それどころか、苗字だけで、名前を紹介しなかったのである。
しかし、朱鷺にはただ紹介するのを忘れているだけのようには見えなかった。
「さて、就任したばかりの私が、皆さんに教えることが出来るようなことはそう多くありません。そこで、私は皆さんに授業ではなく、話を聞いて欲しいと思います」
何処か儚く冷たい眼をした黒柳は、淡々と話を始めた。
なぜか黒柳の話に自然と耳を傾ける生徒たち。
「魔術とは必要ある技術でしょうか?」
唐突な質問に戸惑う生徒たち。
「そもそも、皆さんが学んでいる魔術とはこの学校の校長が言うほど、「全知全能」なのでしょうか? 確かに魔術は人類が編み出した技術の数々を凌駕する素晴らしい存在と言えるでしょう。ですが、何故日本は、魔術ばかりにこだわるのですか? 英国人や米国人、中国人が魔術を巧みに使っている姿を見たことがありますか?」
初め、生徒たちはこの教師が何を言いたいのか理解できなかった。
しかし、話とは、人の意見とは、不思議なものだ。
内容が興味深いものであればあるほど、存在感が大きければ大きいほど、自らとは違った意見でも不意に共感できる部分を見出してしまう。
「各国の人間が【特性】を持っていない理由を考えたことはありますか? 「日本には豊かな自然があるから」「日本人は特別だから」などの意見が大多数です。では何故自然が豊かなほかの国々でも魔術が発達しないのですか? 正直、私にも絶対的な理由を明確にすることはできません。ですが、私は思うのです。「魔術とは必要なのか」と」
クラス中が動揺の色に染まる。
ここは、魔術を学ぶ為の場所だ。
そんな場所で魔術の必要性を否定するような教師がいるとは、誰も想像していなかっただろう。
「皆さんには理解しがたい感情意識かもしれません。ですが、魔術の利用価値を根本的に否定しているわけではありません。世の中には、学ばなくて良い知識なんて無いのですから。私はただ、魔術を使うには伴うリスクと条件が重過ぎると思うのです。砂漠のど真ん中で、都会の中で魔導石なしで魔術を使えますか? 魔術は人を殺さないと言えますか?」
沈黙。
普段なら教師にも物申しに行く優等生集団も、一切異論を唱えない。
「はっきり言いましょう。魔術は人間が生きていく為に必要ではありません。必要なのは、医療、科学、語学です。さすがにこれだけとは言いませんが、正直なところこれがあれば大抵生きられます。だから、この場所は「生きる為に必要にならない技術を学ぶ場所」なのです。それを知って直、ここで魔術を学びたいと思う者のみここにいる価値がある。価値がないと感じた人は別の学校に良好な条件で推薦転校させて挙げましょう」
初めてだ。こんな教師は見たことが無い。
一般的な教師は、自分の担当科目については好意を抱いていると思うが・・・・・・
この人からはそれを一切感じることが出来ない。
推薦転校なんて考えたことも無かった。それを進められることなんて無かった。
でも、皆この学校で魔術を学ぶ為に努力して勝ち上がってきたものたちだ。必要かそうでないかは、今更関係なかった。故に誰一人として微動だにしない。
「素晴らしい。私の話を聞いて直、全員がこの場所に残るというのですね。そこまで人を引き付けるという魔術はすごいものだ。私も教えがいがあります。明日から正式に授業をします。改めて、よろしくお願いします」
その後、一限目は自習となった。
普段なら教師が授業を行わず自習にすることに反対する生徒も今日ばかりは反対意見を出さなかった。
恐らく、衝撃が大きすぎた為だろう。
授業終了後、朱鷺は黒柳のもとへ行った。
「黒柳先生。今日の放課後お話できますか?」
「ええ。空いていますよ。君は確か、白河朱鷺君だね。放課後に社会科室来てくれればお話出来ると思います」
「分かりました。そうさせて頂きます」
就任初日で生徒の名前を、名簿も見ずに言えるなんてやはり、只者ではないと思った。
放課後、朱鷺は約束どおり社会科室を訪れた。
「失礼します」
扉をノックし朱鷺がそう言うと、中からは返事が返された。
「どうぞ」
少し低めの声は、某暗○教室の理事長に似ていた。
賢さや恐ろしさが混じったなんとも言えない声。
「話とはなんですか? 白河君」
「率直に聞きます。先生は【魔術】がお嫌いですか?」
正直、自分でも答えは分かっていた。
今更愚問だといえるような内容の質問だ。
だが、朱鷺はこの質問をせずにはいられなかった。
「面白いことを聞きますね。質問を質問で返すようで申し訳ありませんが、貴方にはどう見えていますか?」
即答かと思ったが、案外そうではなかった。
「嫌いに見えます。でもそれは、本心ではないでしょう?」
「ははは、君は本当に面白い。さすが、私が目をつけていただけはあります」
(目をつけていた?)
「申し訳ない、君はまだ何も知らなかったね。少々事情があって君についてはいろいろと調べさせてもらいましたよ。気持ちわるいですか? かまいません、私は思われても仕方が無いようなことをしたのだから。だが、君を陥れようとか、君に何か恨みがあるとかそういう理由じゃないですよ。安心してくれたまえ」
自分のことをいろいろ調査されていたらしい朱鷺は正直良い気分ではなかったが、大切な話の途中だ。
自分の質問には答えてもらわないと、と朱鷺は思った。
「質問に答えてください」
「ふふふ、良いでしょう。魔術は嫌いではない。率直な私の意見です。ですが、好きではない」
「では何故、魔術教師をされているんですか?」
「質問攻めですね、私が証人喚問でも受けているみたいです」
「生徒の質問に答える。それが教師なんじゃないですか?」
「それを言われては抵抗できまい。お話しましょう、私が教師をしている理由を」
そうして、黒柳の話は始まった。
―教師黒柳の記憶―
東京。
旧赤坂で黒柳は生まれた。
父は設置されたばかりの魔術省で働く新人官僚。その時代少なかった「魔術師」のひとりだった。
世間は父を「自分たちの生活を良くしてくれる者」として敬った。
黒柳も当然そんな父を誇らしく思った。
魔術省では色々な研究が行われた。
【常用魔術】や【応用魔術】などの、現代の社会を支える【魔術】の礎を築いた。
その中でも最も注目を集めた研究テーマが【特性】についてだ。
この頃は今のように【特性所有者】がおらず、研究には莫大な費用が掛かった。
コストのかかる【特性】の研究については反対の声も上がっていたが父はそんな反対の声をも賛成意見に変える巧みな話術と研究の成果を出した。
今存在する【特性】に名前をつける作業を考案したのも父だった。魔術省には【特性所有者】も多かったという。
残念ながら父はその一人ではなかったが、幼少期の黒柳は【特性所有者】なんかよりも父のほうがずっとすごい人間だと胸を張って言えた。
博学で幾つもの【魔術】を自由自在に操ることが出来る父は絵本の中に出てくる勇敢な賢者そのものだった。
幼少期の黒柳は「【魔術】はどんな技術よりもすごくて完璧」だと、心のそこから思い込んでいた。
魔術が使えたらどんなに便利だろうか、日々父の背中を見て自分も将来、父のような天才魔術師になりたいと思っていた。
「魔術師になりたい」そう父に何度も言ったのを覚えている。
だが父は魔術師になりたいという黒柳に決まっていつもこう言った。
「魔術師にも色々な人がいてね、魔術が大好きな人もいれば偶々魔術師に慣れた人もいるんだよ。それに、魔術師だからと言って凄いって訳じゃないんだ。世の中には魔術師意外にも、もっと沢山いい仕事があるよ。それを見てから魔術師を目指すってのいうのもいいんじゃないかな?」
この頃は父が何故魔術師以外の仕事も見ろと言っているのか理解できなかった。
魔術師はこの世で一番の職業だと過信していた黒柳は魔術は全知全能だと信じて疑わなかった。
が、黒柳は「魔術(真)の真相(実)」を知る。
父は魔術省管轄の研究所で不慮の事故に合い、亡くなった。研究中の未完成だった魔術の誤射が原因だったようだ。
研究所もろとも大爆発を起こし、およそ10億円の費用を一瞬にして無駄金にした。
そう、魔術はけして万能(、、)で(、)は(、)ない(、、)のだ。
使う者、状況などに簡単に左右される、今までに人間が生み出してきた技術となんら変わりない、一道具でしかない技術。
その上、ミスした時の代償は他の技術と比べても桁違いだ。そんな技術を使う意味がどこにあるのだろう。
現実を知り、魔術を畏怖した黒柳は塞ぎ込んでしまった。
父の誇り、自らの誇りでもあった魔術は父を殺し裏切ったのだ。
社会の為、今後の日本の為、努力し知恵を絞り日々魔術のことを考えていた父はその魔術に殺されたのだ。
魔術は人殺しだ、そう思えた。
人の形をしていないが、人間に取り付き、殺す。そんな技術のどこが万能だと、魔術を信じていた自分が馬鹿らしくもなった。
だが、人間とは不思議な生き物だ。
どれだけ畏怖して、嫌おうとも幼少期の記憶に逆らうことは出来ない。あれほど誇らしかった父が大好きだった魔術だ。
自分が心底嫌おうともそれが出来ないのは知っている。幼い頃の記憶は、どれも冷たいコーラのように気分が弾むもので、その全てを魔術が覆っている。魔術と共に歩み進んできた人間に魔術を嫌悪することは出来なかった。
故に「魔術は全能だと思い込み自分のように後悔する人間を少しでも減らそう」と嫌いでなければならないはずの魔術を学んだ。
次第に父の管轄だった【特性】についても研究を始めた。
自分もどうしたら【覚醒者】になることが出来るか、必死になって研究に没頭した。
そして、皆を導く者として教師になった黒柳だった。
「と、話が長くなってしまいましたね。満足いただけましたか?」
気付けば30分以上話を聞いていた。
「ありがとうございました。お父様のご不幸痛み入ります」
「心配しなくても大丈夫ですよ。もう何十年も前の話ですから。それに今更ですが貴方に聞いて貰えてよかった。それでは、私は職員室でチョコレートを他の先生方に配らなければならないので。また明日」
「ありがとうございました」
「あー、それと私は【死神】が好きなんですよ。教師と死神って似ているじゃないですか。導く対象が生者か死者かの差ですし、裁く対象が不良か罪人かの差でしょう。何処か死神には惹かれるところがあるようです。貴方も頑張ってくださいね」
そう言い残して黒柳は去っていった。
結局、黒柳が何者なのか、【覚醒者】なのかすら分からなかったが、朱鷺が【死神】であることを既に知っている時点で彼がただの魔術反対派教師ではないのは確かだ。
琴羽も彼のことが気になっているようなので今後重点的に調べていくことになるだろう。
今回の話は琴羽に報告して、亡くなった黒柳の父に関しての情報を探っていく。
他人の過去を洗い出すのはあまり好きなことではないが、彼が普通の人間ではないと分かった以上そうするしかないと朱鷺は思った。
*
その夜・・・・・・
いつものように食事をしながら今日一日の報告をする。
そこで、黒柳についてどのように探りを入れていくのか話し合った。
「正直、教師相手に極秘調査するのは初めてよ。ここは私達だけでは出来そうにないわね・・・・・・」
「じゃあどうするんだよ?」
俺たち以外の手を借りるとすれば・・・・・・
「私の出番ですね~」
台所から現れたのは、専属メイド―時雨。
「ご主人様、私が黒柳先生について、調べつくしてご覧に入れましょう! 久しぶりに腕がなりますわ~」
凄まじく頼りになる時雨なのだが、キャラが豹変し過ぎててヤバイ・・・・・・
「朱鷺様のご恩に報いる為、私は頑張ってみせますわ」
「お、おう・・・・・・」
「それじゃ時雨、明日から頼んだわよ」
「承知いたしました!」
専属メイド―時雨の仕事を見るのは初めてだが、何故だかいい報告が待っているとわ思えなかった・・・・・・
*
雪乃が調査を始めてから数日後、この下宿所で初の休日前夜。
「明日から連休ね。せっかくだしどこか行かない?」
「いいな。そういえば、学校の近くに新しい遊園地が出来たらしいぞ」
「いいわね! 遊園地なんて何年ぶりかしら・・・・・・」
二人はすっかり同居者としての交流も深め、学校にいるときも常に共に行動しているような関係になっていた。
時々、「付き合ってるんじゃないか」と聞かれることもあるが、二人はそんな関係ではなく、あくまでも同居者としてや「会長と副会長」という関係の下、接しているのだと朱鷺(、、)は(、)思っていた。
琴羽はといえば、朱鷺との関係について質問をされると赤面して黙りこくってしまう。
思春期真っ只中の男女が二人で生活するのだ。(時雨は調査中だったので下宿所にいない)意識しない朱鷺がおかしいのかもしれない。否、おかしいのだ。
実質的にそう(、、)いう(、、)関係(、、)で無いだけでやっていることといえば同棲となんら変わらないのだ。
そんなことにすら気付かない朱鷺は「デート」ともいえるであろう遊園地の約束を交わしてしまった。
久々の休日を琴羽と過ごすのも悪くないかと、そう風呂の中で思う朱鷺だった。
~その頃の琴羽~
朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地朱鷺くんと遊園地・・・・・・
*
当日。
目覚めた朱鷺が見たものは、机に置かれたメッセージカードだった。
~先に行ってます。十時過ぎに遊園地前に来てください。~
そう書かれたカードの字はどこか弾んでいた。
想像以上に朱鷺と遊園地に行くことを楽しみにしている琴羽の気持ちはなんとなくだが朱鷺にも伝わった。
学校の敷地から出ると久しぶりに外の世界の空気を体中で感じた。
魔術結界に覆われていない外の世界の空気はなんとも新鮮で透き通っている。
恐らく一ヶ月ぶりの外出だ。新学期になったことや委員会(生徒会)に所属したこともあり何かと忙しかったここ何週間は外出すらろくに出来ない有様だった。
電車に乗り遊園地近くの駅(と言っても駅から3分ほど歩くが)に向かった。
学校の敷地内ではこれほど多くの人に囲まれることもそうそうない。自分が【特性所有者】になる前の生活では電車なんて月に何回も乗っていたし、都会に行くことも日常茶飯事だった。
電車に揺られ、うとうとした朱鷺は、少しの間仮眠することにした・・・・・・
「桜ノ宮~ 桜ノ宮~。ご乗車ありがとうございました。次は桜ノ宮駅です」
電車のアナウンスで目覚めた朱鷺。
時計の針は十時五分を指している。少し早歩きで駅のホームを出た朱鷺は、数分歩き遊園地の入口付近で琴羽を探す。
つい最近開園したばかりだからか、入り口付近は多くの地とでごった返していた。
「これじゃ何処にいるか、わかんねぇな・・・・・・」
スマホを開き連絡を取ろうとするが、人が密集し過ぎて上手く繋がらない。
正直、面倒くさい。
そもそも、琴羽が先に向かった理由がわからない。
「なんで先に出るんだよ・・・・・・」
一人いらだつ朱鷺。琴羽がどれ程楽しみにしているのかは検討もつかないが、朱鷺としては早くパーク内に入って遊びたいものだ。せっかくの休日だ。有意義に過ごしたい。
故にこんな所で、琴羽を探す為に時間を浪費したくない。
「お~い! 朱鷺くん!」
何処からともなく聞こえる声。
「こっちよ! こっち!」
声の方を向くと、そこには精一杯お洒落をした琴羽の姿があった。
元が良いせいか、怖いぐらい似合っている。隣について歩くのが恐れ多いくらいだ。
「ったく、探したぞ・・・・・・」
「ごめん、ごめん」
琴羽の声がいつもに比べ心なしか震えている気がした。緊張しているのだろうか・・・
「じゃあ、早く入ろうぜ」
「そ、そうね・・・・・・」
絶対に緊張している。
「何でそんなに緊張してるんだ?」
「え? あ、その、私こういうの初めてだから・・・・・・き、気にしないで!」
多少気にはなるが、まぁ、こんなものだろうとそそくさと割り切ってしまう朱鷺。
琴羽の気持ちなんて知る由も無く、いつもの通り接する朱鷺だった。
「けっこう人がいるわね」
「ついこの間、開園したばっかりだからな。最初は何からにする?」
「朱鷺くんが決めてくれる?」
「そうだな・・・・・・」
朱鷺と琴羽の視線が「キャァァァァァ」という叫びが起こっている遊具に向けられる。
「ジェットコースターなんかどうだ?」
「えっ!」
まさかアレに乗るのかという顔をする琴羽。
「どうしたんだ? 遊園地に来たのに絶叫系に乗らないのか?」
「い、いや、私・・・・・・絶叫系、苦手というか・・・・・・」
「関係ない。決めろって言ったのお前だし、俺に態々お前を探させた罰だ」
頑なにジェットコースターに乗りたがらない琴羽を引っ張って連れていく朱鷺。
ジェットコースターの列についた二人。
「ほ、本当に乗るの?」
「当たり前だ」
「し、仕方ないわね・・・・・・」
人気ということもあり、多くの来園者が列に並んでいたが、想像以上に早く順番が回ってきた。
ついに、ジェットコースターに乗り込んだ二人。
安全バーをしっかりと装着し、ランプが転倒するとジェットコースターは静かに発車した。
隣を見ると琴羽が青ざめた顔で安全バーを必死に握っている。
「ね、ねぇ朱鷺くん?」
「なんだ?」
「わ、私、実は高所恐怖症なのよねぇ・・・・・・」
「何故、今それを言う・・・・・・」
言うタイミングが悪いと朱鷺が肩を落とした刹那、ジェットコースターは急降下した。
―結論から言おう。
琴羽も朱鷺も無事だった。
が、しかし、隣の琴羽の絶叫と、その他来園者の悲鳴によって耳が聞こえにくくなった朱鷺。
琴羽は半泣き状態だった。
「し、死ぬかと思ったわ・・・・・・」
「中々だったな・・・・・・」
男子の朱鷺でさえ少々絶叫してしまうジェットコースター。
世界最長らしいが、日本の技術流石だなと思った。
次の遊具は何にするかと相談しながら昼食をとることにした二人。
遊園地のレストランは昼間になると、とてつもなく混むので少し早めに昼食をとる。
「で、何を食うんだ?」
メニューとにらめっこする琴羽を見てホットドックに決め終えた朱鷺は言った。
「うーん・・・・・・ハンバーガーは決まってるんだけど、ポテトを付けるかどうか迷ってるのよね・・・・・・」
「ポテトくらい俺が奢ってやるよ」
300円と少々高めのポテトだがそれくらいならと、朱鷺は思った。
正直、原状楽しんでいるので、琴羽とこれたことの恩返しとして奢ってやることにした。
「ありがとう! 朱鷺くんの優しいところ大好きよ!」
ドキッとしてしまった朱鷺。
(なんだ・・・・・・これ?)
不思議な気持ちになる。
「大好き」の言葉に過剰に反応し過ぎた自分を戒めるため、マスタードを大量にホットドックにかける朱鷺。
「辛ッ!!」
思わず声を上げる。
「だ、大丈夫?」
幸いコーラがあったので、辛さはすぐに収まったが、もう二度とマスタードをホットドックにかけないと誓った朱鷺だった。
「それで、次は何に乗るんだ?」
「アレとかどう?」
そういって琴羽が指差した先には、遊園地といえばどこにでもあるような無難なメリーゴーランドがあった。
メリーゴーランドなんて流行じゃないと思っていた朱鷺だったが、想像以上に人気で列はそこそこ長かった。
そこらの動物園の広場にあったりする物となんら変わりはないはずだが、遊園地となると、また少し違うんだなと思い知った。
列がそこそこ長くても順番が廻ってくるのが早いのがこの遊園地のいいところだ。
メリーゴーランドに乗ってテンションが上がっている琴羽に魅かれていたのは、朱鷺一人の秘密だ。
その後は、「遊園地といえば」というような無難なものばかりに乗った。
観覧車や海賊船、コーヒーカップなど、どれも一度は体験したことのある物だったが、何故か全てが色鮮やかで新鮮な体験のように感じたのだった。
二人が最後に並んだのは、この遊園地の中でも有名なお化け屋敷の列だった。
通常のお化け屋敷では人間がメイクをし、お化けに扮して来園者を驚かすが、このお化け屋敷は違う。
儀式によって呼び出された、本物(、、、)の(、)お化け(、、、) が来園者を襲う。
民間人もいるため、魔よけの札を渡されるようだが、正直、安心できないというのが本音だった。
そんな朱鷺の心配なんて知るはずも無い琴羽は、まだ列に並んだだけにも関わらず一人テンションが上がっている。
「みんな、もの凄く楽しそうね! 早く入りたいわ!」
普段の(生徒会長としての)彼女からは全く想像出来ないほどのはっちゃけぶりに、少々ひき気味の朱鷺。
「どうしたの? 暗い顔して。楽しまないと損よ!」
「お、おう・・・・・・」
やけにテンションの高い琴羽を横目に、朱鷺は遊園地には似合わない真面目な顔で、不吉なオーラが漂うお化け屋敷の入口へ脚を進めたのだった・・・・・・
お化け屋敷の中は本当に真っ暗だった。
非常口のランプだけが、光々とついていてより一層「お化けが出てきそう感」が倍増していた。
「こ、怖いわ、朱鷺くん・・・・・・」
初対面の時に、
「へぇ~ わかったわ。この期に及んでまだ生徒会長である私に楯突こうって言うのね。しかも、副会長の分際で生徒会長である私に「お前」っていうの? 貴方、なかなか度胸はあるじゃない。その度胸だけは認めてあげるわ。でも、ただじゃおかないわよ・・・・・・」
と言っていた奴とは、到底考えられないなと、少々呆れ気味に笑う。
ゆっくり、殊更ゆっくり進む朱鷺たち後ろの来園者には悪いが、琴羽の速度に合わせるとこうなってしまう。
一番目の角を曲がり、(医務室)と書いてある部屋を通る。
「ねぇ・・・・・・」
「ん?」
青ざめた顔で肩をたたく琴羽。
その視線の先には・・・・・・
「なにもいないわ!☆」
・・・・・・
「お前な・・・・・・」
物凄い形相で、にらみ倒す朱鷺を尻目に、
「ま、まだこないのね・・・・・・」
完全に自分の世界に突入してしまった琴羽。
本気で怒りたい朱鷺だったが、先ほどから左腕にしがみついて震えている琴羽を見ると何故かそんな気持ちも失せた。
なにより、さっきから腕に思い切り密着している性で当たっている胸が気になって仕方が無い。
意味不明なドッキリや、鬱陶しいくらい高いテンションをかましてくる彼女に大概苛立っていたが、「まぁ、許してやろうか・・・・・・」とそう思う。
医務室を無事乗り越え、廊下へ出る。
儀式によって召喚された霊の為、いつ何処で現れるか分からない。
ある意味、何度でも楽しめるようだが、序盤からずっと感じているこの嫌な空気は何なのだろうかと心配する朱鷺だった。
*
朱鷺の心配を肯定するように、事は起こった。
「キャァァァァァァァァァァァァァ」
前方から、アトラクションの一部とは到底考えられない断末魔のような叫びと、生々しい鮮血の匂いがしてきた。
「おい・・・・・・ やばいんじゃないか?」
「う、嘘・・・・・・」
暗がりなので鮮明ではないが、20代ほどの女性が腰の辺りから血を流し倒れ伏せている。
幸い、朱鷺の【特性】を使い暗闇の中でも明瞭に見ることが出来た。
「すぐに係員を」そう言おうとした刹那―
「ヨブナ・・・・・・ ヨブナ・・・・・・ ヨブナ・・・・・・ ヨブナ・・・・・・」
何処からとも無く聞こえる、か細い声。
「で、出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
琴羽の指差す方向へふり返った朱鷺は、生きた心地がしなかった。
何十、否、何百単位という数の悪霊がいる。
蟲のようなもの、人の形をしたもの、牛や豚のどの家畜、骸骨、ゾンビまで、形は多種多様。
それらが、地を這い蹲るように蠢いていた。
気付けば匂った事の無いような異臭がし始めている。
体内から止めようにも出てしまう嗚咽。
異臭による吐き気。
そして何より、目の前に広がる光景への恐怖感。
先ほど(お化け屋敷に入る前)までの遊園地での楽しい思い出は一切消え失せ、ただただ、来るんじゃなかったと後悔する。
こんなことが起こったのは朱鷺が嫌な予感を察知するからだと言えばそうなのだが、何も今起こらなくてもいいだろうと、考えても仕方がないことに働く頭。
しかし、そんなことを言ってられないと理解している自分が居ることも朱鷺は理解していた。
「お、お前らなんなんだよ!」
何故、なんなんだよ! と叫んだのかよく分からないが、正常に頭が働かないので、感覚だけで喋っている状態だ。
「我々ハ冥府ヨリ召喚サレタ【悪霊】デアル。愚カナ人間ハ本来呼ビ出シテハナラナイ我々ヲ現世ヘト導イタ」
【悪霊】、それは冥府に巣喰うモンスターの一種。
かつて現世で生活していたもの(人、動物問わない)が何らかの理由でモンスター化した姿である。
「な、何で貴方たちのようなモンスターがこの遊園地にいるのよ!」
恐らく、目の前の状況の変化速度についてこれていない琴羽は、正気を保つ為、態々、敵自らから説明してくれた内容の質問をする。
「我々ハ、貴殿ヤソコニ倒レテイル女ニ、危害ヲ加エル為ニ冥府カラ来タ訳デハナイ。半強制的ニ召喚サレタノダ。ソシテ、出現シタノガ丁度コノ場所。偶然、突ッ立ッテイタ女ガ悲鳴ヲ挙ゲルノデ、ソレヲ黙ラセタニスギヌ。本来、我々ハ、現世ノ者ニ、存在ヲミラレテハナラナイ。黙ッテモラウシカナカッタノダ」
要するに、攻撃しようとしてしたわけではないらしい。
何だかんだで、この女性が不運なだけなのかもしれない。
そもそも、調子に乗って普通の幽霊や妖怪だけじゃなくて、本物の【悪霊】を召喚する遊園地が側に責任があるのだ。
結局、お札の効果も発揮していないし、客に怪我させているし、問題だらけではないか。
流石に、会話しているうちに落ち着きを取り戻した朱鷺。
「なら、この女性を回復させて、お前たちを冥府に帰せば、問題は解決するんだな」
「全クソノ通リダ」
それなら話は早い。
回復魔術を使用し女性を回復させ、跡形もなく傷を無くした朱鷺は、この何の罪もない【悪霊】をどうするか頭を抱えていた。
一度召喚されたモンスターは、消滅するまで冥府には帰ることはできない。
「霊媒師でもいたらなぁ・・・・・・」
そんな都合のよい人間はこの場所に現れるはずもなく・・・・・・
「おーう、白河くんではあーりませんか!」
「「いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
超ジャストタイミングで登場したのは偶々遊園地に遊びに来ていた【聖職者】―葛城聖吾だった。
まるで、小説の【ご都合主義】のようなタイミングのでの登場である。
朱鷺と琴羽は葛城に事情を説明した。
「わかりました。私が神の祝福をして差しあーげましょう」
そういうと葛城は十字架のペンダントに触れながら、呪文を唱える。
「【神の(ッ)祝福=(ノ)消滅】」
見る見るうちに、【悪霊】は姿を消していった。
今回の件を遊園地側に報告したところ、謝罪の意をこめて晩御飯を遊園地側が提供してくれることになった。
「ん~ 美味しぃ~」
太くて大きい肉棒を咥えながら琴羽は言った。
「はぁ・・・・・・この、口の中でとろけて舌に絡みつく液体も、なかなかの味だわ・・・・・・」
「美味しいだろ」
「うん・・・・・・」
「特に、先っぽとか・・・・・・」
「いいわぁ~・・・・・・こんなに美味しいの初めてぇ・・・・・・」
「・・・・・・モグモグ」
「・・・・・・ゴクン」
太くて大きい肉棒―フランクフルトはとても美味だった。
この遊園地一押しってだけあるなと納得する朱鷺だった。
しかし、何故ここまでフランクフルトを食べる琴羽にエロスを感じるのだろう?
男の性なのだろうと、割り切ってしまいたいところだが、今晩のおかずには丁度良かった。
ちなみに、この時、葛城はトイレに言っており、席をはずしていたため、このなんとも卑猥な空気を感じることは無かった。
「ところで、君たちは何故、二人で遊園地に来ていたのですか?」
葛城の唐突な質問に困る朱鷺。
よく考えてみれば、どうして遊園地に二人できているのかわからない。
琴羽は何故か隣で赤面している。
別に付き合っているわけでもない。「デート」なんて微塵も思ってはいない。
偶々、下宿所が同じで委員会が一緒で仲がよくなっただけ。
それだけ。
それ以上でもなければそれ以下でもない。
ただ、それだけの関係だ。
「休日だし、久しぶりに遊びに行こうかなって、思った。それ(、、)だけ(、、)だ(、)」
「ふーん・・・・・・確か君たちは下宿所が一緒でしたね」
「ええ」
どこか不満そうに、葛城はハンバーグを口に運ぶ。
「お前の方こそ何で一人で遊園地に来てるんだよ?」
「一人じゃなかったですよ。途中で分かれただけです」
どうやら、友人と二人できていたようだが途中で友人に急用ができた為、最後に一人でお化け屋敷に入ったところで朱鷺達と遭遇したらしい。
「まぁ、そこそこじゃないでーすか?」
「何が?」
葛城は席を立つと帰る用意をし始めた。
「ちょっと待てよ!」
まだ質問に答えていない葛城を引き止めた朱鷺は質問の答えを聞き出しその場で固まった。
「デートスポットには丁度いい」。葛城はそう朱鷺だけに聞こえる声でそういい残すとそそくさと帰ってしまった。
全く、そんな気は朱鷺にはない。
そんな気はないはずなのだ・・・・・・
琴羽は、自分の気持ちに向こう側が一切気付いてないことを知っているが、自分の気持ちにも正直になれない部分があるということは理解していない。
これは(この気持ち)、一体なんなのだろうと、手探りに当てもなく答えを探しているだけだった。
*
「ついに、この時が来たわね・・・・・・」
「わ、私も一緒でよかったんですか?」
自分がこの場にいる意図を問うように言ったのは、書記代表の京子だった。
鈴木京子、生徒会一の古株。というか、入学当初から生徒会役員をしており琴羽よりも委員会活動に詳しい。
【特性所有者】ではないものの、一般人とは思えない魔術の才を持っている。
正直、【特性所有者】でないことが不思議なくらいだ。
控えめな性格なのでそこまで生徒会活動を、大々的には行わないが裏方役としての仕事の出来栄えと言ったら素晴らしいものだ。
「貴方がいてくれたほうが心強いわ」
「会長がそういうなら、私も頑張ります!」
「じゃ、いくか・・・・・・」
ドアをノックする。
沈黙。
時間通りに来たはずだが、全く返事がない。
「鍵が開いてるわ・・・・・・」
俺達は罠かもしれないと警戒したものの、細心の注意を払って乗り込むことにした。
一歩間違えるとそこで終了。敵が【天帝】だということを忘れてはならない。どんな策を使ってくるかなんてわかったもんじゃない。
「誰も出てこないぞ・・・・・・」
何も起こらない。
二つ目のドアまでの廊下には別の部屋らしきものはない。本部室に直接つながっている様子だ。
二つ目の部屋に到着した後、恐る恐るドアを開ける。
すると、
「き、来てはならぬ・・・は・・・」
そこには、地面に這いつくばる宇渚の姿があった。
必死にもがき苦しんでいる。
「!!!」
俺たちはその光景を見て足を止めてしまった・・・・・・
「あ、あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
断末魔の様な叫びの後、宇渚は立ち上がった。
「あー・・・・・・おはよぉ~」
「「「?」」」
唐突過ぎる出来事に、理解が追い付かない朱鷺たち。
しかし、
「貴方、宇渚じゃないでしょう? 【天帝】波動を感じられないわ」
「ふふふ・・・・・・」
宇渚の姿をした「それ(、、)」は狂ったような微笑を浮かべると堪えるように笑いを吐き出した。
「さすがは会長さんだ、少しの変化によく気づくねぇ」
「宇渚じゃないなら誰なんだお前は!」
「僕は、紛れもなく宇渚義龍だけど宇渚義龍じゃない。彼の別人格とでも言おうかぁ・・・・・・」
言っている意味が分からない。「宇渚の別人格」そんなものが存在するのか?
「僕は、宇渚義龍の中に存在するもう一つの人格。彼が【天帝】の力を覚醒させた時に形成された別の人間。そして、僕も【特性所有者】の一人だ」
「「「!!!」」」
一つの体に二つの【特性】をもつことなんてできるのか?
正直、全く想像していなかった世界の話だ。宇渚義龍一人でも厄介なくらいなのに、それよりさらに厄介な別人格が存在するなんて誰が想像していただろう。
「僕の【特性】の名は【邪帝】。【天帝】とは対になる存在。ちなみにこの【特性】の存在は、国には報告していない。君たちが第一発見者だよぉ」
「敵に情報を提供するとは愚かなものね」
「HAHAHA、僕からのサービスだよ。まだまだ教えてあげてもいいんだけどなぁ~」
【邪帝】がそんなに情報教えたがる理由はよくわかないが、少なからずとも俺たちに有益であるということに違いはない。
「お言葉に甘えて教えていただこうか」
「おぉ、なかなかノリが良いじゃないか。僕はそういう子、好きだよ~」
「さっさと言ってもらえるかしら?」
「せっかちだねぇ。まあいいや、それじゃ話していこうかぁ」
―宇渚義龍の【特性】―
それは突然の出来事だった。
東京都内の民家で30代の夫婦が殺害された。
全身の魔力を完全に放出しており、その遺体はミイラのような姿をしていたという。
発見されたのは事件が起こったと予測される日から丸三日。
近隣住民から「異臭がする」と警察へ通報があり、警察が捜索に入ったところ発見されたということだ。
間違いなく何者かが夫婦を殺害し遺体を放置したまま逃走したのだろうと誰もが思った。
が、真相はそうではなかった。
殺害された夫婦の間には5歳ほどの子供がいた。
名を―宇渚義龍という。
この少年というにはまだ早い幼児こそ、夫婦を殺害した張本人なのである。
警察が少年を発見したのは夫婦が殺害された3日後のことだ。
要するに5歳の幼児は三日間のまず食わずだったという訳だ。
5歳の少年に両親を殺害し三日間、飲まず食わずで過ごすことが出来るだろうか?
否、出来るわけがない。
警察はこの幼児を研究所に運び食料を与え健康状態を平常値に回復させた後、事情聴取を行った。
が、警察はこの事情聴取でとんでもない事を知る。
この少年の話し方、知識量、理解力、情報収集力、状況判断力、その全てが異常なほど高かったのだ。
普通の大人など、相手にならないほどの異常値だ。
研究所で身体検査を受けさせると、少年は【覚醒者】だということが発覚した。
【覚醒者】によく見られる傾向だが、世間と自分が違う、社会的に特別な待遇をされる代わりに異端者として見られる恐怖感によって自暴自棄になり精神疾患や鬱病に掛かったようになった。
挙句の果てに自分の手足を壁や部屋にあった板などに打ちつけ自分で切断した。
だが、不思議なことに出血は一切なく傷口には金色の新しい手や足が出現し自由自在に動くのだ。
もはや警察の手に負えない物体と化してしまった今回の件は、少年が【覚醒者】ということもあり、魔術省へ送られることになった。
少年はそこである研究員と出会い研究に協力するようになる。
ただ、少年は自分の出した条件を呑む事要求した。
「弥江ノ坂魔術学校の入学確約」これが少年の要求である。
本来、政府の力や魔術省の権力を使っての入学は認められていない。
しかし、少年は【覚醒者】であり学力、運動能力、共に文句なしの実力だった為、推薦という形でテストを受けさせ、学校に通っている4年間は研究所を出る権利を得た。
*
【天帝】と【邪帝】。古来インド神話の中に登場する神々から名付けられた二つの【特性】は真逆と言って良いほどの能力だ。
【天帝】―創造と守護の力。
【邪帝】―破壊と災撃の力。
その両方を宿してしまった宇渚は、必死に【邪帝】の能力を隠した。
そもそも、両親を殺害したのは宇渚ではなく【邪帝】本人だったのだ。
【邪帝】の存在を知られたら故意に両親を殺害したことが発覚してしまうと悟った少年は何としてでも【邪帝】の存在を隠し通すしかなくなった。
警察、研究所は【天帝】に覚醒する際に周囲の人間の魔導力を吸収してしまったと勘違いしていたのである。
両親殺害は少年が本人の意思で行ったことではなく、唐突に起こった不慮の事故だという形で解決していた為、今更故意に行ったことだとばれたら殺されていただろう。
そうして本日まで少年―宇渚義龍は【天帝】である【善】の自分を貫き過ごしてきた。
が、【悪】の自分はそう安々ということを聞いてくれるものでもない。
ついに、【邪帝】は姿を現したのだった。
「分かってくれたかなぁ? 僕がここまでどれだけ「生き苦しい」思いをしてきたかぁ・・・」
俺たちが聞きたいのは生い立ちでもなんでもなく、【特性】の弱点だ。
しかし、今それを言うと敵対意思むき出しなのが丸分かりなので、やめておこうと朱鷺は思った。
が、
「私達が聞きたいのは貴方の【特性】の弱点だけ。貴方の生い立ちなんてどうでもいいわ!」
(おもいっきり言っちゃってるぅぅぅぅぅぅぅ!!!)
琴羽の行動や言動を見て度々(たびたび)思うが、態々(わざわざ)回避しようとした身の危険をしっかり起こしてくれるなと、朱鷺は呆気に取られた。
「なかなか言ってくれるねぇ。でも、聞いて損ではないだろう?」
「まぁ、貴方の生い立ちを知ったところで何の役にも立たないでしょうけど、両親を殺害した罪はしっかり償うことね」
毎度毎度、よくそんな癇に障るものの言い方が出来るなと、最早感心する域まで達してしまったと朱鷺は思う。
「ふっ、両親には悪いけれど僕の成長の生贄になって貰ったよ。まぁ、僕の願望を妨げる枷でしかなかったから生贄として利用できただけまだよくやったことだよ。精々(せいぜい)一週間分程度しか集まらなかったんだけどねぇ」
朱鷺は腐っていると心底思った。人類の片隅にも置けない屑だと、こんな人間を生かしては置けないとさえ思う。
「お前、腐ってるな・・・・・・」
「ん?」
「お前の親は覚醒の生贄とか、願望を妨げる枷とか、そんなもんじゃねぇ。親がいて欲しくても、愛情をもらいたくても、もらえない人間もこの世界には五万といるんだ。親は子の勝手で死んでも良いようなそんな軽い存在じゃない」
憎悪と嫌悪感に満ちた声音を朱鷺は静かに吐き出した。
「親を殺すことは、犯罪の中でも最も重罪なんだぞ!」
「いやいや、君は何を勘違いしているんだい? ゴミを片付ける作業は「掃除」というんだよ?」
宇渚の嘗め腐った態度に時の怒りは頂点に達した。
「お前、親をなんだと思ってるんだ!」
「どうだっていいじゃないか。僕の成長の糧となるのが彼らの唯一の存在意義だったんだ。世の中、君のように綺麗ごとをつらつらと並べられる人間ばっかりじゃないんだ。僕は僕の人生を、君は君の人生を、僕には僕の価値観を、君には君の価値観を、それでいいじゃないか。まぁ、もっとも君が僕の計画を邪魔しなければの話だけどね・・・」
計画(、、)、その言葉が朱鷺の頭には引っかかった。
「あの、私は貴方たちの喧嘩を見に来たわけではないの。早く本題へ移ってくれる? そろそろ苛々してきたわ」
琴羽の言葉によって朱鷺の疑問を解消する機会は掻き消されたものの、その後も朱鷺の頭に巣食う【邪帝】の言葉。
「せっかちだなぇ本当に。萎えちゃうよぉ」
「早くしてくれる?」
「はいはい。僕は生徒会に物申したくて君たちを呼んだんだ。もっとも、物申したくても言えなかった宇渚義龍の為に僕が代役を勤めてあげるだけなんだけどねぇ」
生徒会に物申す、要するに予想通りクーデターを起こそうと言うのだろうか?
「でも、勘違いしないでくれるかな? 旧学習委員会の似の前を踏むつもりはない。僕は彼らの様な間抜けではないからねぇ」
クーデターではないということなのだろうか。
「彼らは自分たちの落ち度に気付かないままクーデターを起こし失敗した。彼らはただ自らの欲望の為クーデターを起こしたんだ。でも僕は違う。【邪帝】である僕こそ、この学校の支配権を握るのに相応しい。これは僕の欲望ではなく世の理だ。二つの「帝」の力を宿す僕こそ会長の座に相応しいとは思わないかい?」
身勝手が過ぎる。
「貴方が「帝」だとしても、私も「王」よ。貴方だけが支配権を牛耳るのはおかしいわ」
支配権がどちらの物かと言い争う二人を見ながら「 【死神】の俺は「神」なんだが?」と宇渚義龍の理論上、一番権威が高いはずの朱鷺は自らが支配権を握るのが一番相応しいのではないかと疑問視するのだった。
正直、支配権なんてどうでもいいとも思うが。
朱鷺の意見を肯定するかのように「朱鷺くんは神様なのにね」と、宇渚の話に対し一切触れなかった京子が言った。
「そうなんだけどなぁ・・・・・・」
「関係ないよ。二人とも自分のことしか考えてないから」
そういうと京子は慰めるようにして微笑んだ。
その顔はどこか儚く自分が【特性所有者】でない事に哀感するようだった。
その後も二人の口論は続いた。
「話しているだけでは拉致が空かないわ」
「君が引かないのなら仕方ない。こうなったら力ずくでかたをつけるしかなさそうだね・・・」
「元よりその積もりよ!」
「一週間後、僕が用意する仮想空間でけりを付けよう。それまでは、僕も何も起こさないことを約束しよう」
こうして、一週間後に「生徒会VS全校運営委員会」の支配権争いが起こることになったのだった。
*
少年―五十嵐透は下宿所の自室に倒れ伏せた。
「疲れたぁ~」
一ヵ月後に迫る体育祭の準備のため体育委員会役員である五十嵐は今日も廊下を駆け回ったのである。
不意にドアが開き―
「お疲れ様! 今日も大変そうだったね」
透の同居者である鈴木京子だった。
「君も運営委員会の方に呼ばれてたんだろう?」
「うん。思ってた通りと言うと嘘になるけど、最終的にはほとんど予想通りだったよ」
先日、五十嵐は生徒会に運営委員会からの呼び出しがあったことを知った。
白河朱鷺からの情報だったが異例の事態だということを知り、外部の人間ながら気掛かりだったのである。
何しろ、白河や一之瀬とは親交が深く、鈴木京子はといえば同居者である。
外部の人間ながら何かと生徒会と接点の多い透は、根本的な性格の問題かもしれないが自分以外のことにも気を回してしまう。
あまり表には出さないようにしているが、気になって仕方が無いのだ(心配している)。
「どうだったんだ? 予想通りってことはやっぱりクーデターを起こすつもりだったの?」
「まぁ、そういうことになるね。でも、そのクーデターも宇渚くん(、、)本人(、、)が(、)起こそう(、、、、)と(、)思って(、、、)やってる(、、、、)こと(、、)じゃ(、、)ない(、、)んだ」
「???」
話がいまいち理解できない。
「最初から説明するね」
こうして、五十嵐透は今回の件の一連の経緯を知ることとなった。
三章―
生徒会本部室に集まった朱鷺達は一週間後に迫る運営委員会との決戦に向けての作戦会議やら今後の予定などの話し合いをしていた。
肝心の決戦のルールがあの後すぐに決定され、「五対五のチーム戦」で行われることになった。
五対五のチーム戦だが、各委員会の会長(要するに宇渚と琴羽)のどちらかが戦闘不能になった場合勝者が決定するというものだ。
【魔術決戦】という、政府公認の魔術使用可能な戦闘である。
生徒会、運営委員会の争いだったはずだが、どうやら他の委員会や一般生徒もチームに加えられるようだ(各チーム二人まで)。
制限時間は3時間、結界を維持できる限界までの時間らしい。
制限時間内に勝者が決まらなかった場合、後日再戦となる。
生徒会としてはこの案件を早く解決したいということもあり、後日再戦はなかなか困るようだ。
「それじゃ、チームのメンバーから決めていきましょうか」
琴羽の号令に皆、同意する。
琴羽は生徒会や一般生徒などからの信頼は何故か厚い。(何故かとか言ったら怒るが)
今回の会議も今後のためにということもあり、朱鷺が進行することになった。
朱鷺としては前回の生徒議会のようにキャラの濃いメンツではない為、少々気が楽なのだが、前回のように鴻池が助けてくれるというシュチュエーションも存在しない。
しかし、やるしかないのだ。
「今回のチームメンバーにはそれぞれ役割が振られており、【大将】、【副大将】、【前衛戦士】、【後衛戦士】、【回復戦士】の五種類だ」
恐らくルールを一番理解しているであろう朱鷺が生徒会役員たちに淡々と説明していく。
「まず初めに【大将】から・・・・・・」
【大将】―名前は会長やトップを意味する英語【president】から取ったものだ。
その名の通り、大将を意味し今回の対戦において最も重要となる役割の一つだ。
今回は強制的に両委員会の会長が勤めることになっている。
【大将】が戦闘不能になったらその時点でゲームは終了。分かりきった話ではあるが【大将】が力尽きたら敗北だ。
次に【副大将】―これも、副会長や組織のナンバー2を意味する英語【vice president】から取ったものだ。
【大将】の補佐で、主に【大将】を敵から守る。
役職的な面から見てもそうなので今回は各委員会の副会長が勤めることになっている。
そしてここからが立候補制の役職の説明だ。
まず【前衛戦士】―これは前衛、いわゆる戦線で相手に攻撃を仕掛ける重要な役割だ。
パワーに自信のある者、俊敏さに秀でている者が好ましい。
次に【後衛戦士】―これも想像がつくであろう後衛、前衛や部隊全般の護衛が役割だ。敵の攻撃から【大将】から【前衛戦士】まで、全てを守る。
がたいが良く、先見性、危機察知能力に長けた人物がいいだろう。
そして最後に【回復戦士】―これは、チーム内で負傷したものを回復させる役割を担っている役職だ。ルール上【回復戦士】以外は対戦中【回復魔術】を使用してはならない。チームのスタミナ維持や怪我の手当てなどは全て【回復戦士】が行う。
実際のところ結界内で起こった怪我や、体に蓄積された疲労は、結界外に出ると全てリセットされることになっているので、力尽きたり限界を迎えた者は、強制的にリタイヤさせられる。
故に【回復戦士】がチーム全員の命を預かっているわけではない。
あくまで、対戦時のことだけである。
「役割の説明はこんなところだ。さて、立候補者はいるか?」
朱鷺が全体に質問すると、(生徒会役員は全10人)真っ先に京子が手を挙げた。
「私、【回復戦士】します」
【回復戦士】に鈴木京子が決定した。
「じゃあ、僕は【前衛戦士】をするよ」
そういって挙手したのは生徒会一のランナー(陸上経験があり足が速い)兼、俊敏な効果を持つ【特性】、【韋駄天】の所有者―霞ヶ関晋作だった。
「おぉ!」
他の役員が心強いといわんばかりにざわめく。
反対はないようだ。
【前衛戦士】には霞ヶ関晋作が決定した。
最後に残ったのが、【後衛戦士】だった。
「【後衛戦士】には誰がなるんだ?」
「俺、いってもいいか?」
手を挙げたのは、まさにこの役をするために生まれてきたような男―所沢太一だった。
この男は、小学生の時「相撲」中学生の時「ラグビー」そして現在は「柔道」と筋肉質でがたいの良い、【後衛戦士】にぴったりの体型をしたマッチョ君だった。
もちろん文句の付けようもない。
【後衛戦士】には所沢太一が決定した。
さて、メンバーを再確認しよう。
【大将】―一之瀬琴羽
【副大将】―白河朱鷺
【前衛戦士】―霞ヶ関晋作
【後衛戦士】―所沢太一
【回復戦士】―鈴木京子
である。
はたして、このメンバーで運営委員会を打ち破り、無事、今まで通り生徒会活動を続行させることができるのだろうか・・・・・・
*
白河朱鷺は気付いていた。
正式には怪しいと思っている。
「あのさ~ あれさ~・・・・・・」
「そうだよね~ アハハ・・・・・・」
廊下を歩く二人組み。
五十嵐透と鈴木京子。
「なぁ、琴羽。あいつら絶対何かあるぞ・・・・・・」
「ええ。私もそう思っていたわ・・・・・・」
そのすぐ後ろを、誰にも気付かれないように(気付かれまくっていて、何ならこっちが怪しい)ゆっくり尾行していた朱鷺と琴羽。
はたから見れば、余程こちらの方がそういう関係がありそうだと思われている本人たちは、自分たち以外の男女の関係には常に敏感である。
「クッソ~ リア充め~・・・・・・」
「物凄く楽しそうね! イライラするわ」
やきもちを焼く二人。
普段から絶世の美少女とダブルベットで毎日寝ている朱鷺や、自分が少し気を寄せている相手と常に一緒に行動している琴羽が、たかがリア充っぽい二人組みにやきもちを焼くものおかしなことである。
琴羽は少しばかり意識しているようだが、朱鷺なんて一切と言っていいほど考えていない。
鈍感とはこのことである。
追ってくる朱鷺達にずっと前から気がついていた透たちは、
「僕たちってそんな風に見えるのかな?」
「別に、どう見えたっていいよ、私は」
などと、少々きわどい会話をする。
こちらのカップルもどきも自分たちよりも他人の行動に眼が行くようだ。
もしかしたら、人間なんてそんなものなのかもしれないが・・・・・・
*
連休初めの早朝。
俺と琴羽、京子、霞ヶ関、所沢は駅の前に集合していた。
数日後に迫る運営委員会との決戦に備えチームメンバーで修行をすることにしたのだった。
チームの中には【魔術決戦】経験者がいないため、経験者に教わりにいくという。
しかし、
「ナンデスカコレ・・・・・・」
朱鷺達(琴羽を除く)は目の前に現れた超大豪邸に驚愕する。
「ここが私の実家よ」
巨大な門いついているセンサーのような物にカードを翳す琴羽。
静かに開いた門。
建物まで何メートルあるだろうか。
それほどまでに大きい家に住んでいた琴羽に驚くしかない朱鷺。
「さぁ、今日から2日間、皆にはここでみっちり修行してもらうわ。【魔導具】(【魔術】によって齎される効果を変化させる道具)の類はほとんど揃っていると思うわ。設備も万全の状態にしておいてもらったから、心行くまでレベルアップして頂戴ね!」
張り切る琴羽を横目に一体どんな家なんだろうとある意味、心を躍らす。
門から何十メートル歩いたところで、やっと玄関扉を開ける。
「「「「「お帰りなさいませ」」」」」
沢山の使用人(メイドも含む)が出迎えてくれた。
まるで王族になったような気分だ。
大きな正面階段から一人の女性(と言っても幾許か上にしか見えない)がおりてくる。
「待ってたぞ、琴羽!」
煌びやかな見た目には不釣合いな、男勝りな口調で琴羽を迎える女性。
「ただいま帰りました、お姉さま」
「「「「お姉さまぁ!?」」」」
「いつも家の琴羽が世話になってるな。姉の真理だ。よろしく!」
元気のいい声で挨拶してくれる真理さん。
(胸が・・・・・・デカい)
何故、ここまで大きいのが姉妹に固まったのだろうか・・・・・・
まぁそんなことはおいて置いて・・・・・・
「こんにちは。白河朱鷺です。2日間よろしくお願いします」
「そう畏まるなよ~ こっちが緊張しちゃうだろ」
そういうキャラなんだなとだんだんペースをつかんだ朱鷺。
「ほぉ~ へぇ~ なかなかじゃないか・・・・・・」
朱鷺の顔をまじまじと見る真理。
「な、なんですか?」
「いやぁ・・・・・・「なかなかタイプだなぁ」ってな☆」
「な、なぁぁあ!?」
思わず動揺する朱鷺。
「お、お姉さま!」
何故か、琴羽まで赤面し、姉の突拍子もない台詞に動揺する。
三人のやり取りを見て京子は琴羽の気持ちを悟ったのだった・・・・・・
*
【魔術決戦】経験者である真理は今回、実践で必要になる技術(その場の適応力、判断力など)をレクチャーしてくれるらしい。
「実は私も、弥江ノ坂魔術学校の生徒会に所属していたことがあってな」
朱鷺達が入学する一年前に卒業しているようなので、今日いる(というか、生徒会全員)の中で一番生徒会暦が長い京子も知らないことになる。
「副会長として、運営委員会や治安維持委員会とも論争したよ・・・・・・」
「朱鷺くんと同じ立場だったってことだね」
姉は副会長、妹は会長。
しかも、それがどこにでもあるような学校の生徒会ではなく、世界でもトップレベルの弥江ノ坂魔術学校ときたものだから凄い。
「何で、【魔術決戦】をすることになったんですか?」
霞ヶ関の質問に、よく聞いてくれたと言わんばかりに眼を輝かせる真理。
「その頃生徒会副会長だった私は、生徒の魔術に関する興味をより引き付けて確かなものにする為に、私自身、興味があった【魔術決戦】を体育祭の一環として行うことにしたんだ」
どうやら、体育祭で【魔術決戦】を行い、自分もメンバーとして参加したらしい。
「で、結局どっちのチームが勝ったんですか?」
「・・・・・・・・・・・・ まず最初に大切なのは・・・・・・」
所沢の質問を完全に無視する真理。
負けたんだなと、その場にいる全員が理解した瞬間だった。
「お、おほん! ではまず初めに【汎用魔術】を使用する際の正しいタイミングから教えるぞ。と、言っても、本番では【汎用魔術】なんてほとんど使い物にならないが、一応説明しておく」
ということで、真理の講義が始まった。
「【汎用魔術】。皆が甘く見がちな・・・・・・実際に強くはないが、甘く見ると痛い目にあう「どんな人でも扱うことのできる魔術」。私も含めこの場にいる全員が、弥江ノ坂魔術学校という魔術を極めたもの、魔術を極めたいものが通う学校に通っているがために、【応用魔術】が使えて当たり前だから、【汎用魔術】が疎かになってしまう。しかし、「誰でも扱える」ということがどれほど強いか、それはこの映像を見れば分かる」
プロジェクターによって映し出された戦闘のシュミレーション映像。
【応用魔術】を扱うことができる魔術師が数名を【汎用魔術】のみを扱う魔術師数十名が攻撃しているシーンをシュミレートしている映像だった。
実際のところ、この映像どおりには行かないかもしれないが、恐らく似たものになるだろうと予測される。
最初のうちは【応用魔術】を使う魔術師サイドが優勢だったが、徐々に【汎用魔術】の圧力(数の暴力)に圧され、最終的には【応用魔術】に必要な魔導力が尽き果て総攻撃をかけられると言う形で戦闘が終了した。
「今、映像を見て分かったように、いくら【応用魔術】といえども「数」には敵わないんだ・・・・・・」
「要するに、「数」で戦えと?」
霞ヶ関の質問に無言でうなずいた真理。
「でも、相手方もこっちと数は同じよ?」
「そうなんだよなぁ・・・・・・」
(考えてなかったのかよ!?)
真理は「う~ん・・・・・・」と、考え込んでしまった。
「【儀式】でモンスターを呼び出したらどうだ?」
所沢の意見は、
「いや、残念なことに【魔術決戦】では【儀式】を使用するのはルール違反なんだ」
違反という理由で却下らしい。
何かと難しいゲームだ。
「数」重視の作戦は愚策ということだ。
「結局、一人ひとりが強くならないといけないということだろ」
「ああ。それしかないな」
(じゃあ、それを先に教えてくれよ!?)
しかし、話を聞いていると・・・・・・
どうやら、真理の魔術師としての技術はそこまで高くないらしい。(少なくとも、今日一緒にいるメンバーの中で考えるなら、最弱だろう)
結局、
「お姉さまがここにいる理由あるの?」
妹に存在意義を問われる始末。
「ある!・・・・・・と想う・・・・・・」
妹の冷たい視線に、自信を失ったようだ。
「あ、あるだろう?」
皆に問うが・・・・・・
沈黙。
「あぁ~ 分かったよ~ 私がここにいる理由なんて無いですよ!」
いじけて部屋を出て行く真理を尻目に、肩を落とす琴羽。
「ははは・・・・・・」
その光景を苦笑いしてみるしかないメンバーは、修行がこんな調子で大丈夫なのだろうかと心配するのだった。
*
「うぇ~ん うぇ~ん。琴羽にはみられたよぉ・・・・・・」
くさい嘘泣きを見せながら真理は自分より少しばかり背の高い男に泣きついた。
「・・・・・・はぁ・・・・・・」
呆れて返事もせずため息をつく男。
「ひ、ひどい! 私ほんとに泣いちゃうぞ!」
「勝手にしろ・・・・・・」
男は吐き捨てるように言い放った。
「お前、それが彼女に対する態度か!?」
涙目になりながら訴える真理の手を払い落とした男は、
「今は仕事中だ。お前の話を聞いている時間など無い」
淡々と、冷静な声音で囁くように言った。
「ちぇっ・・・・・・ケチ・・・・・・」
「仕事が終わったら聴いてやる」
そう言うと、男は仕事を再開するのだった・・・・・・
*
真理抜きで、修行を再開することにしたチームメンバーは、トレーニングルームで各自【魔術式人形】(シュミレーション戦闘をする時に使う動くサンドバック)を相手に戦闘練習をしていた。
朱鷺は時々、練習のついでにメンバーの戦闘を観戦している。
気になっていたのは所沢の戦い方だ。
【特性】を持っていないのに【魔術式人形】の攻撃を悠々と回避し、賺さずカウンター技も決めていた。
【応用魔術】を駆使し、自らの拳に赤色のオーラを纏い右ストレートを【魔術式人形】の腹部に打ち込む。
恐らく攻撃力倍増の魔術を使ったのだろう。
【魔術式人形】が一瞬にして霧散霧消する。
いくら【下級魔術式人形】といえども跡形をもなく消すことは大概の人間には無理だろう。
しかも、所沢は一般人だ。
相当な武道家なのだと改めて実感する朱鷺。
そんな朱鷺の視線を察知したのか、こちらを向いた所沢は手を振った。
「お前のも見せてくれ」
そう言っているように見えた。
いくら結界の中といえども、民家(と言っても超大豪邸だが)の中で【特性】は使うべきじゃないと朱鷺は思っている。
朱鷺の【特性】上、体から大量の【魔導力】を周囲に蔓延させながら攻撃する為、たかが【下級魔術式人形】を相手に【特性】を使ってしまうと、無駄な体力を浪費することになる。
室内で規格以上の【魔導力】を発生させるのも宜しくない。
酸素と同じように、一定の数値を超えた【魔導力】を吸うと【魔導力中毒】になり最悪の場合、死に至ることある。
以前、琴羽相手に【特性】を使用したのは、正直なところ使わなかったら消滅してしまうと思いやむをえずだった。
今回は現実を全て考慮した上で【特性】を使うべきではないと判断した朱鷺は片手から闇属性の【魔導力】纏った波動弾を発射した。
僅かに【特性】の力を混ぜてみたが、【魔術式人形】に的中すると、その場で黒い渦に変化しまるでブラックホールのように【魔術式人形】を吸収してしまった。
それを見た所沢は驚愕していたが、朱鷺にとってはこの程度のこと、大したことない。
各自練習が終了するとすぐに所沢は朱鷺のもとに向かった。
「白河、お前、さっきの能力なんて言うんだ?」
「まぁ、自慢じゃあないが(自慢)、俺の【特性】、【死神】の力だッ」
自慢じゃないといいながら思い切り決めポーズで返答する朱鷺。
「すげぇな!!!」
「そ、そうか?・・・・・・」
「おう!!! マジかっこ良かったぞ!!!」
予想以上の好リアクションに思わず動揺する朱鷺だったが、話をしているうちになんだか恥かしくなってきた。
元々、褒められ慣れていない朱鷺には、こういう「馬鹿正直熱い系スポーツマンキャラ」は少し相手をしにくい人種なのである。
しかし、この所沢という人間は、朱鷺がそういう人種を苦手としていることに気がついているのか、多少、配慮はしてくれているように思えたので、なんとなくだが「関わるのも悪くない」そう思えた。
約一ヶ月前にこの生徒会に入ってから、関わりが無かった委員が殆どだったが、所沢との会話を通してもっと知り合いを増やし色々な刺激を浴びることも大切だなと気付くことが出来た。
「さてと、今日はこの辺にして、皆、晩ご飯にしましょ」
琴羽の呼びかけに、朱鷺たちは食堂へ移動を始めるのだった。
しかし、
「あれ? 京子お前は行かないのか?」
京子だけが、移動しようとしない。
「あ、ちょっとお腹の調子が悪いだけだから。先に行ってて。私もすぐ行くよ」
「大丈夫か? 先行っとくから、もし何かあったら、連絡しろよ」
「う、うん。ありがとう」
*
「ええ、その通りよ」
『馬鹿な奴らだ』
「私の見解では、おそらく2日後には完成させるわ」
『まぁ、僕の復活の糧となるんだ。彼女には頑張ってもらわないとね』
「その時には私もちゃんとした待遇を受けられるんでしょうね?」
『まぁ、君は安心して気長に報告を続ければいい。気づかれることは無いよ』
「【Evil・Emperor・Engender】。いいえ、【E・E・E(トリプルE )】は成功するんでしょうね?」
『君も心配性だねぇ・・・・・・ HAHAHA、安心してくれ。成功させて見せるよ。その時には、彼を解放する』
「貴方を信じるわ。でも、裏切ったら、許さないから」
『君が僕に何が出来るのかはわからないけれどね・・・・・・』
*
大きな食堂の、大きなテーブルの上に並べられた、大きな皿の上に盛られた、大きな料理を、大きな口をあけて食べる朱鷺。
皆、練習の疲れもあってか、中華料理やイタリアン、和食を関係なしに口へかきこんでいく。
最早、味というよりは美味しいという感覚と腹を満たしていくという感覚しかないのだろう。
沈黙。
ただひたすら食していく。
三人の男子によってわずか数分で大きなテーブルの上の料理は半分になってしまった。
京子が到着した頃には殆ど完食されてしまっていた。
幸い京子はそんなに食べないので量には問題なかった。
「アレだけ用意した料理が一瞬で完食されるとは思ってはいなかったわ・・・・・・」
大量にあった料理は綺麗さっぱり姿を消していた。
「そろそろ練習再開といいたいのだけれど、さっきの練習少しハードだったから、休みたい人は休んでもいいわ」
「んじゃ俺は、晩飯も食い終わったところだし、もう一暴れするか・・・・・・」
「僕も参加させてもらうよ」
「私も観戦だけするよ~」
どうやら皆、参加するらしい。
ここは、俺も参加しておいた方が今後のためになるだろう。
「俺も行く」
少々面倒くさかったが参加することにした朱鷺だった。
琴羽が皆を連れ案内したのは、先ほどとは別のトレーニングルームだった。
「今度はこの部屋で模擬戦を行ってもらうわ」
本番同様の状況を創りだすため、【魔術結界】をはっても維持できる【魔導力】が流れている部屋だそうだ。
二人一組のペアになり約一時間模擬戦を行うことになった。
ペアはくじ引きで決めるらしい。
「赤と青があるから、せーので引いてね。いくよ! せーのッ!!」
京子が握っているくじを四人で引く。
「赤だ」
「俺は青だな!」
「僕も青だよ」
「あ、赤になっちゃったわ・・・・・・」
どうやら、琴羽とらしい。
・・・・・・
正直、こうなることは分かっていた気がするが、ここまで御都合シナリオになるとこちらも疲れる。
「じゃあ、俺たちが先にやるか?」
「え、わ、私たちが先に戦うの?」
そもそも、ペアを組んで対戦すると言い出したのは琴羽本人なのだが、今すぐするのかという視線を送ってくる。(嫌だという意思表示)
しかし、そんなことは関係ない。
今やろうが、二人(霞ヶ関と所沢)に先にやってもらおうが、結果は変わらない。
「俺の完全勝利に決まっている」と思う朱鷺。
結局、琴羽の視線などはスルーし、強行突破することにした。
「俺たちからやる」
「・・・・・・」
「なんか文句あるのか? ん?」
「い、いいえ・・・・・・」
勢いでおしきった形になったが、お互い少々準備してから【魔術結界】を張ることにした。
ちなみに、【魔術結界】内は結界外の世界とは世界線が異なる為、実際に結界が張られている面積は関係なく設定した面積になる。例えば、1㎡の土地で結界を張ったとしても、結界内の面積を100㎡に設定していればその面積になるというわけだ。
しかし、これは、魔導力によって結界が維持されている時間のみの話であり、結界が壊れると元の大きさに戻る。
その際、内部にあったものは全て外部へ転送される。(故意に破壊された場合を除く)
内部の状況は結界を張ったと同時に出現するモニターによって観覧することが出来る。
「さぁ、準備も出来たし早速始めようか」
「こうなったら、やるしかないわね・・・・・・」
二人は同時に【魔術結界】を発動する。
「【魔術・世界結界】」
魔術の発動と共に部屋の床に紋様が現れ紫色の輝きを放った。
発動した二人を囲うように結界が張られていく。いよいよだ。
二人は互いの様子を確認すると、叫んだ。
「「絶対、負けない!!」」
ここに、生徒会トップ二人の決戦が開始したのである・・・・・・
朱鷺が降り立った世界。
それは、仮想空間であり一種の異世界といえる空間だった。
先ほどまでいた部屋の中で展開されている【魔術結界】とは思えないほど、だだっ広い世界だ。
草原を取り囲むように森林が生い茂っている。
琴羽は何処へ転送されたかは不明だが、次期に現れるだろう。
「しかし、凄いなぁ」
改めて【魔術】は偉大なのだと感心する。
自分が今立っている地面も、全て魔術によって創造された物だ。
現実世界となんら変わらない。
なんなら、現実世界よりこちらの方が居心地がいいかもしれない。
深呼吸した時に体内を駆け巡る空気も現実世界の大自然の中にいる時のもと、なんら変わらない。
しかし、「ナニカ」が違う。
この世界には現実世界では感じることの出来ない不思議な圧力が存在する。
恐らく、【魔導力】が関係したものだろう。
ある種の重力的なものなのかもしれない。
人類が【魔術】を作ったにも関わらず、人類は【魔術】を理解し切れていない。
だから、【魔術結界】の構造も分からなければどういった原理で【魔導力】が呪文に反応しているのか分からない。
人類にとって【魔術】とは道具でしかないはずなのに、道具の使い方を完全に理解していないわけだ。
そんなことを考えながら、草原にねころんでみる朱鷺。
視界の先一面に広がる青空さえも作り物に過ぎない。
「まったく、何がどうなったらこんなことになるんだろうなぁ・・・・・・」
ふと、独り言をこぼす。
その刹那、
上空を赤い閃光が駆ける。
衝撃で思わず体を起こしてしまったが、誰もいない。
(ここからじゃ、何処からの攻撃か分からない・・・・・・)
感覚を研ぎ澄まし、【魔導力】の根源に全神経を集中させる。
「そこだッ!!!」
後方100m当たりの地点に大気のずれが生じている場所がある。
それは、大量の【魔導力】が集中している場所があることを証明している。
大量の【魔導力】が集中する場所。
すなわち、魂のある場所。人がいる場所だ。
【魔導力】には「【魔導力】どうしを引き寄せる」という効果がある。
自分の【魔導力】を広範囲に飛ばすことによって、こうして相手の位置を察知することが出来る。
ここは結界内。故に、【殺戮用魔術】(完全な戦闘用に開発された軍用魔術の上位互換)を使ったところで、現実世界での影響は皆無だ。
「【散滅の黒矢】」
朱鷺の口によって呪文が唱えられた刹那、
「【純白の防壁】」
突如として現れた防壁によって、閃光は消滅してしまう。
「流石ね、やるじゃない」
防壁の中から出てきたのは、琴羽だった。
「最初の攻撃を回避されるとは思っていなかったわ」
「あれは、お前が外したんだろ?」
「う、煩いわね! 貴方が回避したのよ!」
これ以上反論すると機嫌悪くなりそうだからやめとこ。
「最初から全力で行くのか?」
「当たり前よ。【紅蓮魔導波】」
最早、衝動的に魔術を発動し始めた琴羽に驚きながらも、朱鷺はギリギリのタイミングで回避する。
「おっと、あっぶねぇー」
「魔術を単純な動きで回避する人間を初めてみたわ・・・・・・【蒼き(スカイ)天空弾】」
上空から蒼い弾丸のようなものが飛来するがそれも全て身のこなしで回避する朱鷺。
「そろそろ攻撃したらどうなの? 【覇王降臨】」
以前、教室で戦闘した際に使用した、【覇王】の力を怒りではなく、人工的に自分の意思で発動する為の魔術。それが【覇王降臨】である。
「一応、仲間がどれくらいの実力なのか知りたくてな・・・・・・まぁいいや、俺もそろそろ本領発揮といったところか!」
【覇王】や【死神】。
どちらも、神話上に登場したりする幻想上の存在だが、その効果を発動できる状態になると常時【魔導力】を放出し続けてしまう。
【特性】の名前になっているものにフォームチェンジしていることになるので、状態維持には強制コストが必要なのである。
「【死神顕現】」
朱鷺は、殊更静かにそう、呪文を繋ぐ。
刹那、朱鷺を取り巻く【魔導力】の流れが大きく変化する。
「ついに、この時が来たのね・・・・・・」
「貴方に負けたあの日から、私は初めて自分の【特性】の短所を理解したわ」
「フッ、力になれてよかったよ」
「そういうことを言っているのではないわ」
「私が、私自身と真摯に向き合って手に入れたものよ」
「そのきっかけをつくったのは俺だぞ・・・・・・」
相変わらず、自分が大好きな琴羽さんだこと。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。お手並み拝見といこうか」
「上から目線にされるとムカつくわ。でも、進化した私の力、見せてあげる!」
現実世界にて―
「始まったね・・・・・・」
【魔術結界】の外から二人の様子をモニターで観覧している京子たちは、彼らの体から放出される【魔導力】量をメモしていた。
どの技を、どのタイミングで発動するかによって、【魔導力】の使用量は変わってくる。
【魔術】を発動している本人が思っている以上に【魔導力】を消費する場合もあるので、なるべく正確に情報としてメモしておくことが、戦況を有利に進める為の第一歩である、ということは皆が理解している。
「あっ、今、朱鷺くんが・・・・・・」
京子が反応した瞬間、朱鷺は三人の視界から姿を消した。
【死神】の効果は【魔導力】を大量放出するが、一時的に姿を消した際には、その大量の【魔導力】を察知することは出来ない。
その理由としては、【異世界線】を移動しているからというものが考えられる。
【異世界線】というものは、読んで字の如く、異なる世界線のことである。
例として挙げられるものに、【冥府】、【天界】などがある。
朱鷺の場合は【冥府】と現実世界の狭間を移動するので、実質上、通常の人間の意識が届かない場所となるので、【魔導力】を察知されないわけだ。
「消えちゃった・・・・・・」
「いずれ出てくる。それまでの辛抱だな」
「ちょっと休憩にしようか」
当然、結界の外にいようが、特性所有者であろうが見えないという点においては関係ない。
「僕たちも後で試合をするわけだし、今のうちに休憩しとかないと大変なことになっちゃうよ」
「そうだな。申し訳ないが、観戦メモの方をよろしく頼む」
「いいよ、いいよ。二人ともたっぷり休んできて。二人のことは,私がしっかりと見ておくから・・・・・・」
(しっかりと・・・・・・ね・・・・・・)
「何処に行ったのよ・・・・・・」
【異世界線】を移動する朱鷺に翻弄される琴羽は、一瞬たりとも緊張解くことが出来ない。
(あの攻撃を受けた瞬間、私の敗北と言っても過言ではない・・・・・・)
そう、自分の【魔導力】を圧縮した波動弾おも簡単に消滅させてしまう攻撃だ。
人間の体である自分が生き残れるはずが無い。
正直なところ、勝機が無いのは分かっている。
なんなら、運営委員会との【魔術決戦】も朱鷺一人で十分なくらいだとふんでいる。
かつて、己を最強と勘違いしていた自分を、あの一瞬で否定した人間に敗北なんてあるはずが無い。
ヴゥゥン!!!
琴羽のすぐ右を、漆黒の斬撃が通過する。
「流石に、今のじゃ当たらないよな・・・・・・」
気がつけば、眼前に朱鷺がいる。
「い、いつの間に!」
「いつかと言われたら、ついさっきからかな?」
「ば、馬鹿にしているの!」
「いやぁ、豪く思考の深淵部までの旅を始めかけてたからなぁ・・・・・・」
姿が見えなかったせいか、つい、無意識に危機感から離脱し、考え事をしてしまっていたようだ。
「何故、一発で決めようとしないの?」
「いや、決めようとしてないんじゃなくて、決めれなかったんだよ・・・・・・」
意味が分からない。
特性所有者ともあろう人間が攻撃を外すわけがない。
琴羽が回避したわけでもないのに。
「お前、もしかして、ソレ、無意識でやってるのか?」
「ソレ? 何のことかしら?」
「お前の周りに張られてるバリアだよ・・・・・・」
「へ?」
琴羽は、そっと、手を宙に翳した。
薄っすらとだが、六角形の形をした物体が幾つも自分の周囲を浮遊している。
「これって、まさか・・・・・・」
「「【純白銀の(・)光防壁】」」
【純白銀の光防壁】。
それは、永続的に相手の攻撃を受け流す、防衛魔術の中でも最も難易度の高い魔術の一つである。
【殺戮用魔術】は普通の【応用魔術】とは違い、軍人が使えるように汎用性にも特化しているため、【応用魔術】といいながらも決められた発動方法があり公式の【魔術式】が存在する。
が、しかし、【純白銀の光防壁】などの【殺戮用魔術】をさらに応用したような魔術は、【魔術式】があってもそう簡単に発動は出来ない。
極一部の人間だけが扱うことの出来る魔術というわけだ。
それにも関わらず、琴羽は【魔術式】なしで無意識に発動していたのだ。
「お前、なかなか凄いんだなぁ・・・・・・」
「あ、当ったり前よ!!!」
「じゃあ、これはどうだ! 【黒魂の(・)蛇弾撃】!!!」
朱鷺は琴羽目掛けてその、まるでギロチンの刃のように大きな刃のついた鎌を片手で振り上げると、凄まじい爆風と共に先ほどの斬撃とは比べ物にならないほどの【魔導力】を纏ったものが、大砲の弾のように飛んでいく。
琴羽は意識を集中させながら、空手のような構えをとると、言い放った。
「【覇王の(ロード)撃拳】!!!」
誰もが、その構えから想像できたであろう、聖拳突きを思い切り繰り出した。
バァァン!! という鼓膜を突き破るかのような轟音と共に、朱鷺の生じさせた斬撃は消滅する。
以前では考えられないほどの迫力を誇る琴羽の攻撃に少々驚いた様子の朱鷺だったが、すぐに切り替えると次の攻撃を繰り出していく。
「【冥府の(・)門】・・・・・・【死神の(・)黒鎌】!」
突如として出現した穴に片手を突っ込んだ朱鷺は、内部からもう一つの鎌を取り出すとニ連続の魔術を発動した。
「【黒魂の(・)破壊】X【黒魂の(・)散滅】」
「【ニ魔術起動】ですって!?・・・・・・」
【ニ魔術起動】とはニ連続で異なる魔術を発動する技のことだ。
「でも・・・・・・負けてられないわ!」
(たとえ・・・・・・たとえ貴方が、【死神】でも・・・・・・)
数十分後・・・・・・
「「でえぇぇやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
カンッ! と鐘声のような音を立てながら、火花が散る。
【冥界】より取り出した朱鷺の鎌、【死神の(・)黒鎌】と、琴羽の魔術によって造られた籠手をはめた腕が交わっては離れる。
勝負は時の予想を裏切り、拮抗状態へと突入していた。
「なかなかやるな・・・・・・」
「舐めないで! 私をどこの誰だと思ってるのよ・・・・・・」
「そんなの、「口うるさい自意識過剰のキレ症女」と思ってるに決まってるだろ?」
「な、なんですって! あなたねぇ・・・・・・」
「どこが間違ってるんだよ?」
「「面倒くさがりの悪辣糞男」には言われたくないわ!」
「おまっ、・・・・・・勝手にほざいてろ!」
「そっちこそ!」
普段は仲のいい二人だが、こういう場面になるとすぐに喧嘩が始まってしまう。
最初のうちは琴羽が防御系魔術を使っていたが、朱鷺の【特性】を帯びた攻撃には意味をなさなかったため、攻撃重視のスタイルへと変更してみた。
すると想像以上に、これがよかった。
琴羽自身は気づいていなかったようだが、波動弾のような魔術を一点へ集中させ攻撃する遠距離攻撃型よりも、魔術で武器のような形を具現化したものを使って戦う短距離攻撃型のほうが向いているようだ。
しかし、
(私の攻撃が効いていない・・・・・・)
そう、先ほどから琴羽の攻撃が全く効いていないのである。
それどころか、朱鷺を取り巻く【魔導力】は増加するばかりだ。
なんだかんだ言いながら、完璧な体さばきで攻撃を回避していく。
普段からそうだ。
面倒くさいと言いながら、ほぼ完璧に仕事をこなし、正直頼りになる「副会長」を演じる。
琴羽は毎日一緒に暮らしている。
しかし、白河朱鷺という生き物を理解するには、まだまだ時間がかかりそうだ。