72.絞り滾る炎
戦う度に....
嫌でも思い出されるのは、
辛く厳しかった修行の日々の記憶。
息を切らし、何度膝を地面に付いても、
あの人は涼しい顔で微笑みながら、なお稽古を続けた。
*********
アクト
「ハァハァ!...ちょっ...ちょっと待って下さい...
7代目...」
息を切らして懇願する僕。
「ああ、相当キツイよね。
でも、まだダメだ。もう少しだけ耐えてくれ。
あと1歩だよ♪」
アクト
「・・・その言葉、もう3回目ですよぉ...ングッ...」
乾いた喉に唾を飲み込む。
穏やかな口調に反して容赦なく自分を
攻め立てるのは、世界の危機を3度救った7代目の勇者だ。
最初の冒険は最年少の14歳の時だったそうだ。
僕を教え鍛えていた頃だって、
彼はまだ27歳になったばかりだった。
「さぁ立って..ゴホッ..ボフォッ」
でも、彼は若くして病を患っていた。
アクト
「だ、大丈夫ですか?」
駆け寄ろうとするも、
7代目は口を押さえながらもう片方の手の平を
突き出して、僕を留まらせる。
7代目勇者
「心配ない。いつもの事さ・・・
いいかいアクト。どんなに困難な状況でも、
敵は待ってくれない。
だから、慣れるしかないんだ。
余裕のない状態でも、立っていられるようにね。
その為には・・・」
アクト
「為には?」
7代目勇者
「見つけるのさ。自分が戦い、
その場に立っている意味を...」
72.絞り滾る炎
勇者
「・・・勇者を舐めるなよ。
剣無しでも戦う術は備えてる」
圧倒的に不利だと思われていた状況で
起こった大どんでん返し。
剣ではなく拳を構える勇者の姿を、
一体誰が予想しただろうか。
剣術だけでなく、強力な格闘の心得まで
あるとは。
人々の消えかけていた期待は高まる。
リノア
「・・・なんだよ...
それならならもっと早く言ってくれよぉ!!」
ヴォルフ
「ヌェェエイッ!!」
ヴォルフはすぐに立ち上がる。
ほんの一瞬、僅かに油断していただけだ。
そう自分に言い聞かせ、
怒りの感情に任せて襲いかかる。
====ブォンッ!!
しかし、攻撃は当たらない。
ブンブンッと振るった両腕は、
屈む勇者の頭上を空振りーー
《ボゴォッ!!》《ドスンッ!!》
お返しに勇者の拳が甲冑の守りが薄く、
筋肉の鎧もない脇下と脇腹を強く殴りつける。
突き抜ける衝撃が獣の内臓を揺さぶる。
内側から込み上げてくる鈍痛に動きが鈍る。
ヴォルフ
「「ブォォォ!ヌォッ!!...コノォォ!!」」
忌々しい敵に渾身の蹴りを放とうとするが、
蹴り放った脛を勇者の肘が突き返し、
《ガツン!》と骨と骨がぶつかり合う。
ヴォルフ
「「ガァァァァーーー!!!」」
皮と骨の間の神経に衝撃が直接伝わり、
悶絶して片足立ちになるヴォルフに、
勇者は更に追い討ちをかける。
回転しながら姿勢を低く下げ、
足払いキックでヴォルフの支えの脚をさらった。
「「ヴォ!」」と声を漏らし、
ヴォルフが遂に地面に膝を着くと
回りの観戦者から声が上がる。
リノア
(いや !まだだ!!)
勇者はそのまま勢いに乗り、
腕を広げてプロペラのように上体を回転させ、
地面を蹴って腰を宙に浮かせた。
流星の如く弧を描いて流れる落ちる脚が、
立ち上がるヴォルフの頭を叩きのめす。
「「ブオヲォ!?」」
バランスを崩してふらつくヴォルフに、
すぐさま勇者の膝が飛んでいき、
《ガァァツンッ!!!》っと
横っ面を膝蹴りで突き飛ばした。
ヴォルフ
「「ブォォア゛ア゛ガァァァーーー!?
...アガッ!?」
衝撃でヘルムの片面の上顎と下顎を繋ぐ
金具がイカれ、鋼鉄の牙は噛む力を失う。
執拗以上に頭を狙ったのはこの為だった。
アクト
「悪い口は塞がった...これからが本番だ
よ」
ヴォルフ
「「ヴゥヴゥゥ!...ゥゥヴザゲル
ナァァァァァーーーーーー!!」」
激昴するヴォルフだが、攻撃自体は単純。
噛み付かれる心配がなくなったアクトは
内側へと腕を入れて攻撃を防ぎ、
軌道を逸らして受け流し、即座に反撃する。
ヴォルフも負けじと、義手のない左腕で
強引にアクトの綺麗な顔へと1発食らわせる。
リノア
「「あぁっ!?」」
ぐるんと体が傾くアクトだが、
脚を踏ん張って軸を得た体はコマのように
回転し、
反撃の蹴りがヴォルフの脇腹を(抉えぐ)る。
ヴォルフ
「ゲェェアッ!?
(ナンナノダ!?コイツノ動キハァ!?」
想像以上にタフな勇者にヴォルフは気圧される。
臆することもないアクトの拳が、肘が、
膝が、踵が、
敵の関節や喉元といった急所を的確に
突いていく。
リノア
(・・・本当にもう....君って奴は!)
さっきまでヒヤヒヤしていたというのに、
湧き上がる感動と高揚感が心をうち震わせる。
彼は特別な才能を持った人間なのは、
当然のことで分かりきっている事実。
しかし、実際にこうして繰り広げられる戦いを
目の当たりにすると、興奮せずにはいられなかった。
人間がこれほどまでに強くなれるものなのか。
「いける...これは勝てそうだぞ!」
「いけぇ!ぶっ飛ばせぇ!!」
観衆達も勇者の逆転劇に昂り、声援を送り出す。
ヴォルフの苛立ちは募るばかり。
ヴォルフ
(何故ダ!...何ガ起キタ!?
勇者ハ間違イナク弱ッテイタ!!
ナノニ何故!我ガ押サレテイルゥゥゥヴ!?)
獰猛な戦士ヴォルフも所詮は獣。
勇者に欺かれていたとは微塵も思っていない。
アクトの体力はかなり消耗してはいるが、
刻み込むほど鍛錬された勇者の体は、
あらゆる動き・攻撃への対処を覚えている。
腕はふりかかる攻撃を反射的に受け取め、
流し、避け、即座にカウンターを打ち返していく。
ヴォルフにとっては武器も持っていない
人間に翻弄されるなど屈辱の極み。
どれほど怒りを吠えようとも、
どれほど力を込めようとも、
万力の鉤爪をもってしても、
力頼りの外からの大振りは、
体術の前には全く通用しない。
ヴォルフ
「「グギア゛ア゛€#<>〆*☆〇%+~ァァ!!」」
煮えたぎる感情を押さえ切れず、
ヴォルフが怒り狂って蹴りを脚を上げた途端ーー
ガッ!!
アクトの踵が冷酷にヴォルフの膝を蹴り潰す。
ヴォルフ
「ダァギャア!?」
次の瞬間にはアクトは飛び上がり、
全体重を乗せたドロップキックが甲冑の胸板を蹴り、
ヴォルフは大きく態勢を崩される。
落下したアクトは地面に背中を強打しながらも、
耐え忍んですぐ後転して立ち上がる。
アクト
(だめだ、こんなものじゃ!)
こうしている間にも仲間達が、
戦場の兵士達が命をかけて戦っている。
恥を忍んで逃げてきた。
自分がここにいる意味をアクトは強く想う。
アクト
(息切れになる前に...決める!!)
決意の拳を握り締め、腰後ろに引き溜める。
気合いを入れ、覚悟を決め、
見えぬ精霊達へ、自分自身への誓い空に叫ぶ。
「「宿りし加護よ、我に慈悲を!
精霊よ、勇者たる我を刮目せよ!!」
何故ここにいるのか。
ここで勝たなければどうなるのか。
負けられない理由が、胸の鼓動を熱く速く躍動させる。
「我が血を炉に焼べ、一切の後悔も
未練も残さぬほどに燃やし尽くせぇぇぇえ!!」」
勇者の手の甲と腕の血管が浮き上がり、
橙色に光を放つ。
炎のように揺らめくオーラを纏ったアクトが、
渾身の技を撃つべくヴォルフへ迫る。
アクト
「「「バァァァーーニィングゥゥ!!」」」
ヴォルフ
「「ヌオガァァァァァ!!!」」
アクト
「「ブラッド!!・バァァーーーーストッ!!」」
《ガッガッガッガッガガッガガガガ!!》
《ガキッ!カーーンッ!!キンッ!
ゴンッ!ガンッ!ガン!バンッ!ギィィンッ!!》
《ボスッ!!ドゴッ!メキッ!パァッンッ!!
パンッ!ギンッ!ミシィッ!グァン!!》
とめどなく叩き込まれる拳。
振り戻しざまにヘルムを打つ肘鉄。
防具の上からでも容赦なく躊躇いもなく
拳を叩き込み、肘で打ちのめす。
ヴォルフは声も叫びも上げられず、
打撃の嵐の中で踊り続ける。
限界を超えて、持てる力の全てを拳に
乗せて出し切ろうとしている勇者の姿に、
人々は手に汗握って必死に祈る。
(いける!)(倒せるぞ!)(あと少しだ!)
(いけ!頑張れぇ!!)(勇者さま!!)
(頼む!)(これで勝ってくれ!!)
(やっちまえぇ!!)(早く倒れろ!!)
(アンタならやれる!)(叩きのめせぇ!!)(どうか!)
(頑張ってくれぇえ!)
リノア
「「アクトォォォーーーーー!!!
いっっけえぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!」」
アクト
「「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーー!!!」」
期待を一身に受けたアクトの拳が
強く強く、キツくキツく、大きく振られる。
「「「貫けぇぇぇえ!!
アイアン・クラッシャーーー!!!!!」」」
グオンッッ!!==========
熱く滾った最後の1発が、
甲冑の表面みぞおち辺りにめり込む!
《ギィカーーーーーーーーーーーンンッ!》
ヴォルフ
「「ブェオオオア゛ア゛ア゛ア゛ア゛°#☆*〆×~▽☆*。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」
胴体から火花を弾け散らし、
ヴォルフは軽く正門前に並ぶ重装歩兵の
所まで突き飛ばされーー
《ドガァンッ!!》=======
兵士
「「うぉぉお!?」」
歩兵達が構える盾の壁に激突し、
跳ね返って地に伏した。
人々は呼吸を止めて、静寂をつくる。
周りの兵士が盾越しに恐る恐る覗き込むと、
鋼鉄の狼はボコボコに甲冑を歪ませ、
痙攣している。
兵士
「・・・死んだ...のか?」
騎士
「油断するな!取り囲んでトドメを刺しておけ!」
「「オオオーーー!!」」
「よくもやってくれたなぁ!!」
「観念しやがれ!!」
打って変わって兵士の輪が
ヴォルフを取り囲んでいく後ろで、
リノアはアクトの元へと駆け寄る。
リノア
「大丈夫か!?まったく
本当に無茶してくれるな君は!
見てるこっちがもたないよ!」
前のめりになって腕をぶら下げるアクトだが、
全てを出し切ったその表情は
すっきりとしていた。
アクト
「心配かけたね...みんなに頼るからには、
最後まで出来る事をしてからじゃないとね...
もう流石に出し切ったよ...
悪いけど肩を借りても...いいかな?」
猫背になってフラつくアクトを
リノアは急いで支える。
服は左袖の他に所々破けてボロボロ。
ダラりと垂れ下がる腕の先で、
指から血を滴らせる。
リノア
(誰がなんと言おうと...アクトはやりきった!
堂々と街に帰還してもらおう)
「道を開けてくれ!」
ゆっくりと正門へ歩き出す2人の為に、
兵士達は道を開いていく。
もう帰り道を妨げるものはなにもない。
気になる人の目も後ろ目たさもなく、
ただただ重たい体をリノアに預け、
勇者は街に戻っていくーーー
はずだった。
「・・・・・・・・マダァァ・・・
・・・・ダァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーー!!!」
「「!?!?」」
お互いの体のビクつきに驚き合うリノアとアクト。
周りの兵士はオドオドしながら武器を構え出す。
否が応にも背後で起こる現実に、
アクトとリノアは目を向けるーー
信じられないことに、
ヴォルフは起き上がっていた。
口から吐瀉物を吐き、ヘルムの隙間から
ヨダレを零しながら。
辺りには傷ついたり腰を抜かして
倒れる兵士の姿も見える。
アクト
「嘘だろ......そんなバカな!!有り得ない!!
1発だってフルプレートを着ても耐えられる
人間なんていないのに!!
あれだけ全力で撃ち込んで...
それでもダメなんて...」
全てが無に帰した。
力が抜けてしまうアクトを、
リノアはしっかりと抱える。
リノア
「おわっ!ちょっと!...しっかり!
一体何が起きたんだよぉ....」
ヴォルフの胴当てには穴が空いていたが、
その下は白い縄の束のような繊維で
覆われていた。
ーーーーーーーーーー
□野原を一望できる丘の上にて
望遠鏡を覗く老紳士の目には、
自分の発明の成果が輝く程に現れていた。
老紳士
「防弾チョキなどに使われる『ケブラー』は、
鋼鉄の数倍の強度と耐熱性をもつが、
ある種の蜘蛛の糸はその10倍以上の強度を誇るらしい。
まぁ現代の科学では、人工的な生成には程遠いが...
異世界ともなれば巨大な蜘蛛など幾らでもいる!!」
レジャーシートの上に無造作置かれた
鉄製のカバンから、マス目の上に数字や記号やら
絵などが描かれた書類を取り出す。
老紳士
「金属板と糸繊維を縫い合わせた特注品だ。
とはいえ、あの恐ろしいパンチの衝撃自体は
軽減出来たかどうか...普通の人間ならば
耐えられなかったかもしれないな。
是非とも感想を聞きたいものだ...
″狼くん″が生還してくれればだが...」
ーーーーーーーーーーーーーー
ヴォルフ
「ヌェイッ!...ゴノォォォォ....
ニガズガァァァアア!!」
ぎごちない動きではあるものの、
ヴォルフの復讐の念が肉体を無理やりに
操っていた。
凹凸だらけのヘルムの下顎を引き剥がし、
喚き散らしながら前へ進む。
リノア
「チッィ!勘弁してくれよ!」
「勇者様を早く城内へ!
手負いの敵に怯えるな!!討ち取れ!!」
兵士達は槍をヴォルフの胴へ目掛けて突き刺す。
ヴォルフ
「ヴヴォォ!!.......
ォォォアアアガァァァ!!」
10数本の槍が甲冑にくい込んで刺さる。
それでもヴォルフの歩みは止まらない。
邪魔臭い槍の柄をまとめて斬り断ち、
胴体に残った刃先を払い落とす。
「ひぇぇ!?死なねぇ!!」
「そんなバカな!不死身でもあるまいし!」
攻撃は自体はしっかり当たる。
刃と矛が皮を割き、血を流させるも、
鋼鉄の狼は力づくで兵士を蹴散らし押し通る。
眼中にあるのはただ1人。
アクト
「・・・リノア...もしもの時は...僕を置いて...」
リノア
「バカ言ってないでちゃんと歩けって!」
肩を組んで必死に門へと走るその先には、
盾を持ってこっちへ向かってくる重装歩兵達の姿が。
「「勇者様ァァーーー!!!」」
「俺らが盾になる!!こっちへ早く!!」
正門を守る任を放棄してまで、
こちらへ助けに来てくれる兵士の為にも、
こんな所では終われないーー
「「グルォオオオアアアーーー!!!」
「「うわわわぁぁーーー!!」」
「「マズイ!!逃げろぉぉ!!!」」
突然、黒い影がリノアとアクトの足元の少し先に見えた。
アクト
「まさか...上だ!?」」
リノア
「ウソだろ!?うわあわわぁ!?!?」
2人が後ろへ首を捻ると、背後の斜め上から
高く飛び跳ねたヴォルフが降りてくる。
リノアとアクトは咄嗟にお互いを突き飛ばし、
左右に倒れると、その真ん中にヴォルフは降り立つ。
ヴォルフ
「シネェエエイィィ!!!
勇者ァァァァァァーーーーー!!!」
90度傾くリノアの視界に、倒れているアクトに
腕を振り上げるヴォルフが見えた。
リノア
「「やめろぉぉぉーーー!!!」」
虚しく伸ばられる手。走る男達。
勇者アクトは自分に向けられる視線を
受けながら、悟ったようにギュッと目を瞑ったーーー
「「もらったァァァァーーー!!!」」
《バカァァァーーーーーーンン!!》
耳元でシンバルでも叩かれたような衝撃音に驚いて、
アクトが目を開けると、
そこにヴォルフはいなかった。
リノア
「あっちだ!」
指差す先には一騎の騎馬。
地面にランスの切っ先を押し付けて
凄まじく狼を引きずるは1人の老戦士。
「「ハッハァァアーーーーーーーーー!!!
そぉれっ散歩の時間だぞ犬っコロォ!!」」
辺境の街で唯一、己の武を信じて疑わない男。
オラコール軍副団長ことファリオス・ガルファードが、
一世一代の大勝負に出る。




