27.闇照らす剣
27.闇照らす剣
刻々と迫る日没の闇と
僅かな日の光をも遮る森林の影の中、
虫達の純粋な敵意と殺意の篭った無数の
赤い眼光が穂波達を包囲していた。
だが、そんな絶望的な状況に
突如として現れたのは、
勇者アクトと戦士バーグだった。
彼らは彼女達を守るように開道の両側で
キリエバイト達の前に立ちはだかる。
虫達は最初の先制攻撃で、
一時的に蜘蛛の子を散らすように散開したが、
すぐに道の真ん中の一行を挟むように
大群は2手に分かれた。
ケイン
「・・・・ゆ、勇者だ!
勇者さんが来てくれたんだ!」
若い兵士の目が無垢な子どものように輝く。
彼らが聞いて読んできた昔話や英雄劇の
ような出来事が、今まさに自分達の目の前で
起きているのだから、無理もない。
そして彼らはその期待に答えようとしていた。
アクト
「あとは...僕達に任せてもらうよ」
バーグ
「いくぜぇぇーー!!」
《ピギャリリリリリギィィィーーーー!!》
《ビギリギリギシャァァァァーーーーー!!》
いたるところで虫達の頭頂部が裂ける。
そのおぞましい牙と触手を覗かせながら、
鋭い金切声を上げて威嚇する。
鼓膜どころか、歯まで痛くなりそうな程の
不快な騒音に、穂波やリノア達は耳を塞がず
にはいられなかった。
しかし、アクトとバーグは怯む様子もなく、
バーグに関しては既に群れに向かって
大剣を振り回していた。
アクト
「スゥー・・・」
一方のアクトは、ゆっくりと歩みを進める。
クレオ
「なんてことだ・・・ふたりとも、
たった一人で向かって行くなんて...」
フォロア
「当然でしょ?あんな虫ケラごとき、
アクト達の手にかかれば余裕よ!」
先程まで疲弊していたはずのフォロアが
自分のことのように大きな胸を張る。
後ろでは戦士バーグが道を切り開こうと、
反対側の道を塞ぐ虫の壁を
自慢の大剣とハンマーを使い分けて蹴散らしていた。
バーグ
「オラァ!どうしたぁあ!?
かかって来いよォ!!」
《ドンッ!!》
《ガンッ!!》といった重く鈍い音と共に、
キリエバイトが宙に飛んでいく。
こうして戦場での彼らを見ていると、
ハンマーや大剣を豪快に振り回すバーグと比べて、
勇者であるはずのアクトの体格は
お世辞にも恵まれた逞しい肉体とは
言い難いものだと分かる。
しかしそれでも、
今の勇者アクトが放つ雰囲気には
ただならぬ威圧感があった。
それは敵に対する殺意や怒り、
異形のモノへの嫌悪感といった感情とは違う。
目の前の敵を打ち倒すという、
彼自身の強い決意と覚悟の表れだった。
目は口ほどにものを言うといわれるが、
アクトの目はただただ真っ直ぐに
これから倒すべき敵に向き合っていた。
ハチク
(お手並み拝見といったところだな)
穂波やリノア達はハラハラしながら見守るが、
ハチクだけはアクトが『世界を救う勇者』である
という事実に、一応の信頼と安心を抱いていた。
ただ彼女が気になっている事は、
彼がどのような強さを持っているのかというだった。
そしてその答えは、アクトが身をもって示すことになる。
《ギュルギリィリリリリ!!》
《ギリギリギシャァァァァーー!!》
勇者が突き付けてくる殺気に、
キリエバイト達も一瞬後ずさって怯むが、
すぐに生物としての本能に従って、
行動を始める。
虫達はまるでアクトを試すかのように、
前列の10匹だけが鎌を広げ、
勇者へと向かって行く。
カサカサカサカサカサカサカサ
アクトもそのままゆっくりと歩み寄る。
カサカサカサカサカサカサカサ
カサカサカサカサカサカサカサ
カサカサカサカサカサカサカサ
《キリキリキリキリー!!》
そして最初に間合いに入ったキリエバイトが
アクトへと鎌を振りかざした。
《キンッ!》
それに対してアクトの左腕は剣を素早く振り、
キリエバイトの鎌を自身の右側に払い流す。
だが、キリエバイトの腕は二本ある。
避けられた右鎌を瞬時に引っ込め、
今度こそアクトの首を刈り取ろうと、
胴体を捻って左腕の鎌を後ろに振り上げた。
陽の光で鎌が黒光りするのを、
アクトの目は冷静に見上げるがーーーー
ブンッ!!
穂波・娘
「あぁっ!?」
女の子達が思わず声を上げる。
キリエバイトは想像以上の速さで、
左鎌を水平に振るった。
剣を構える暇もなく、
アクトの首、あるいは胴体を刈り取るーーーーーー
スッ
はずだっただが、そうはならなかった。
なぜなら、同時にアクトは膝を曲げて
腰を低く落としたからだ。
頭上でキリエバイトの鎌が通り過ぎるのを
感じながら、アクトは左腕で右に振り回した
剣の柄に右手を加え、両手で剣を構えた直後ーーーーー
《ダンッ!!》
低姿勢の状態から、一気に右足を踏み込んで
キリエバイトの柔らかそうな腹の懐に入り込むと、
.*・゜ .゜・*.ズバッ!!.*・゜ .゜・*.
回転しながらその胴体を斬り裂いた!!
飛び散るオレンジ色の飛沫。
絶命の叫びを上げる事もなく
上下に切り離された死骸の隙間から、
アクトは6匹のキリエバイトが走ってくるのを見る。
アクト
「硬かったらどうしようかと思ったけど
・・・これならイケるね!」
己の剣の切れ味に確信を持ったアクトは、
そのまま回って正面に向き直ると、
自ら敵へと突っ込んで行き、
次々と襲ってくるキリエバイトを
走りながら斬り倒していく。
穂波
「おお・・・ぁあ!危な....いぃ!?
おぉぉぉー!!?」
リノア
「うわぁ・・・凄い。
あんな簡単に通り過ぎるみたいに...」
剣術の素人である穂波やリノアからすれば、
勇者の戦いを「凄い」とか「速い」だとか、
「流れるような」といった端的な言葉や
比喩でしか表現出来ないのは仕方のないことだ。
だが、それなりの訓練と経験を積んでいる
はずのセルネスや兵士達でさえ、
目の前のアクトの動きは形容し難く、
ただ見とれていた。
クレオ
「・・・信じられない。
動きの速さも凄いけど、
初めての敵....しかも相手は怪物なのに、
なんであんな簡単に捌けるんだ!?」
ケイン
「あの剣が凄いんじゃないか!?
それか怪物用の剣術なのかもな!
だってあんな型、見たことないし....」
セルネス
「ええ、最初こそ防御や回避をしていますが、
次の手で確実に仕留めています。
きっとあれこそが、代々から勇者にだけ
伝えられてきた直伝の...」
各々が勝手に意見を言う中、
ハチクはただ黙ってアクトを観察していた。
ハチク
(無駄に力まずに、相手の攻撃を受け流した上で、
間合いを詰めている・・・・
自分の体格にあった戦い方を確立している奴は
簡単には揺るがない・・・)
派手で鮮やかな魔法や、
風圧や覇気を纏った剣撃など。
穂波が驚き喜びそうな、
ゲームや物語の中に出てくる人知を超えた
能力や技を勇者が使っていたならば、
目に見えてわかりやすい
『単純な力』として誰もが納得できて
いたことだろう。
だが、今アクトが目の前で繰り広げている戦いは、
そういった類のモノではなかった。
ハチクの視線の先のアクトは息も切らさず、
既に10匹のキリエバイトを斬り伏せていた。
差し向けた斥候を
容易く殺されたキリエバイト達は、
チカチカと赤い目を不気味に点滅させ始める。
セルネス
「リノア殿、あれはなんでしょう?」
リノア
「いやぁ・・・僕も知らない習性です...
でも、何らかの意思疎通をしているのは確かかと...」
アクトは勿論、後ろで見守る穂波達も
警戒する。
少し経って点滅が終わると、
今度は半数の30匹程が横一列になって
開道を壁のように塞ぎながら前進してくる。
道からハミ出た数匹も両脇の茂みや木々の間を
駆け抜け、アクトを包囲しようとしているようだ。
穂波
「わわ!今度はあんなに襲って来てますよぉ!?
そろそろ加勢してあげたほうがいいのでは...」
穂波の心配する言葉に、セルネスやケインが
動こうとするが、それをフォロアが杖で静止した。
フォロア
「アンタらが行っても、かえって邪魔になるだけよ。
いいから黙って見てなさい。
アクトの本当の凄さが分かるのはここからよ」
《ギリギリギリギリィィーー!!》
鎌でシュッシュッと風を斬りながら
押し寄せるキリエバイトの波を前にする勇者。
ところが、アクトは何故か剣を腰後ろの鞘に
閉まい、そのまま群れに向かって走り出した。
リノア
「・・ハァ?何やってるんだ!?
剣も持たずに!!」
たった1人であの怪物の群れに挑んでいる
ことすら無茶だというのに、
いくら勇者と言えども正気の沙汰とは思えなかった。
鎌の空を切る音が押し寄せる。
キリエバイト達は、勇者を斬り刻もうと
芝刈り機のように一斉に刃を振り回して迫る。
穂波
「うぅぅ、怖い怖い怖い!!」
リノア
「み、見ていられないですよぉ!」
ハチク
(一体どうするつもりなんだ?)
《バサァッ! 》 《ガサガサ!!》
更に茂みからもキリエバイトが這い出てくると、
刃の波は扇型にアクトを取り囲み、
一斉に切り刻もうとその範囲を狭めていく。
クレオ
「さ、流石にあれじゃあ防ぎきれないし、
逃げることすら...」
穂波
「フォロアさーーん!?
本当に大丈夫なんですよねぇ!?
アクトさん信じていいんですよねぇーー!?」
フォロアの肩のカーディガンにしがみつく穂波。
フォロア
「勇者は伊達じゃないのよ・・・
ちょっと危なかっかしいことするみたいだけど」
しょうがないといった表情で呑気に
眺めている女魔法使いに、
リノアや兵士達は苛立ちを覚えたが、
既に凶刃の波はあと数歩で
アクトに接触する距離に入った。
その瞬間ーーーーーー
アクト
「ハッ!」
バッ!
アクトは走る勢いそのままに、
上半身を横向きに回しながら前に倒れ、
思いっきり後ろの足を振り上げた。
グルンッ!
穂波・リノア・セルネス・ケイン・クレオ
「「あっ!?」」
一同はアクトの動きから、
側転をするものだと思ったが、
アクトは地面に手を付かずに、
後ろ足の振りによる遠心力と
足のバネだけで地面から浮遊した。
その体はまるで投げられたナイフのように
綺麗な弧を描いて回り、
横一列に迫り来るキリエバイト達の
隙間を回り抜けたのだ。
しかも、回転している最中の逆さまの状態で
アクトは腰の剣を抜刀し、
《《《《ズザザザザザザ!!!》
土埃を上げながら、
虫達のすぐ後ろに着地すると同時に
すかさず剣を構えた。
そんなアクトの動きを虫ごときの目が
追えるはずもなく、
包囲したはずの獲物が突然姿を消して、
キリエバイト達はキョロキョロとお互いを
見つめ合っている。
隙だらけの背後へ食らいつくように、
アクトは1匹のキリエバイトの背中に飛び乗り、
両腕で剣を水平に振るった。
アクト
「ハァァァァッ!!」
.*・゜ .゜・*.《ザブシュッ!!》.*・゜ .゜・*.
外皮を斬り裂く音と液体の吹き出す音が混ざる。
《ゴロゴロゴロゴロ!》
周りの虫も巻き込み、3つの頭が地に落ちる。
説明こそ長くなってしまうが、
ここに至るまでのアクトの一連の動きは
一切迷いのない『しなやか』なものだった。
しかも敵を斬り裂き、回避する度に、
アクトの体は風に吹かれる風車のように
その勢いを加速させていく。
穂波
「あららーー!!」
ケイン
「スゲェ!!一気にやっちまった....
って勇者さんは?」
セルネス
「上です!」
虫の上に乗っていたはずのアクトは
既にキリエバイトや穂波達の視線から外れ、
宙を舞っていたかと思えば、
そのまま剣に全体重を乗せて振り下ろし、
アクト
「セェェイッ!!」
ザンッ!!
1匹の虫を頭から一刀両断した。
亡骸が左右に割れると、
真ん中から勇者が姿を現し、
穂波達はその迫力に息を呑んだ。
ケイン
「ワァァァオッ!!コレだよぉぉぉ!!」
派手な剣撃に若者が歓喜の声を上げている間も、
勇者の剣は止まらない。
アクトは自身の柔軟な手首や肩、
腰から足首にいたるまで、
回転可能な全ての部位を駆使して
剣を縦横無尽に振り回し、
敵の刃を華麗に避けていく。
そんな嵐のようなアクトの回転剣舞が
虫達の手足諸共、
その命を刈り取って行くのを他所に、
一部始終を傍観していた残りの半数は、
冷徹にも仲間に背を向けて反転する。
そして次々に薄い背中の羽を広げると、
再び空へと飛び立とうとしていた。
ケイン
「よしっ!逃げて行くぞ!」
リノア
「でもここで逃がしたら、
また森で繁殖してしまいますよ!」
フォロア
「今までの段階的な攻撃は、
まさにそれが目的の行動だったんでしょ。
まったく、虫の癖に大した自己犠牲だこと・・・」
フォロアは杖を掲げ、残り少ない自身の
魔力を使って、逃げる虫を撃ち落とそうとするが、
バーグ
「オォーーイ!!!
何匹がそっちに行ったぞ!!」
バーグの声に皆が後ろの空を見上げると、
彼の方から10数匹のキリエバイトが
飛翔してくるのが見えた。
フォロアはお決まりのように舌打ちを鳴らす。
そして、周りを見渡して叫んだ。
フォロア
「・・・イノスゥーーー!!!
どうせあんたも来てるんでしょ!?
いつまでも傍観してないで、
さっさと自慢の弓で撃ち落としてやりなさい!!」
突然フォロアがそう叫んだ時、
《シュンッ!!》》《シュンッ!!》》
《シュンッ!!》》
バーグの所から飛んできたキリエバイト達の
元へ、次々と矢が飛んでいく。
ーーーーーーーーー
イノス
「もうっ・・・折角の登場が僕だけ台無し
じゃないですかぁ・・・・スゥーッ...」
矢はバーグが飛び出してきた辺りの木の上から飛んでくる。
実はイノスもアクト達と共に来ていて、
彼は今まで木の上で夜の暗さに目を慣らしながら、
全員に何かがあれば弓で援護する予定だったのだ。
実際には、アクト達の活躍で穂波達に
危険が及ばなかった為に、
ずっと高みの見物をきめるしかなく、
やっと出番が来たかと思えば
フォロアにバラされたという訳だ。
イノスは少し傷つきながらも、
短く一気に空気を吸い込み、
息を止めて立て続けに矢を放つ。
《ヒュン!!ヒュン!!ヒュン》
矢はキリエバイトの頭、もしくは羽を確実に
射抜き、空を飛ぶ虫は残らずバタバタと落下していった。
その後もアクトとバーグによって、
害虫はなす術なく息絶えていった。
ーーーーーーーーー
クレオ
「あっ、1匹向かってく・・・
おおーー」
ケイン
「バーグさんの前だと、あの怪物も
そのまんま虫ケラに見えるなぁ」
《ヒュンッ!》
セルネス
「イノス殿は噂通り弓の名手ですね。
いやぁ〜・・・カッコイイですね〜」
フォロア
「惚れるのは勝手だけど、
アイツは騎士団に入ってた頃の後遺症で、
性格が堅苦しくなってるから
オススメしないわよ」
穂波
「えぇー、そうですかねぇ?
イノスさんも全然話し易い方だと思いますが。
・・・・」
リノア
「・・・ッ」
勇者一行の見事な活躍で
おぞましい怪物達が成敗されていくのを
皆が眺めている中、
リノアだけはどこか悔しそうに唇を噛み、
拳を握りし締めているのを
穂波は見逃さなかった。




