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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
後日談的おまけ
90/90

日が沈み -8-

 眩しい真っ白な光が目蓋の上から瞳を焼いて、正吾は目を瞬かせた。

 意識は遅れて覚醒する。

 目の前になにかあった。

 無意識に手を伸ばして触れる。


「ちょっ!」


 頬を張られて今度こそしゃっきりと目が覚めた。


「油断したわ。まさかカーテン開けてたら胸掴まれるとは」


 目の前にあったのは黒崎美奈の体だった。

 どうやらカーテンを開けようとして正吾の眠っていたソファに膝をかけていたらしい。

 それにしても手のひらに残った感触は……、


「そうか、今の胸か……」


「胸以下認定か! あたしの乙女心がざっくりと傷つきました!」


「いてててて、頬をつねるな!」


「ちくしょう。確かめやがれ。胸の価値は大きさじゃねー!」


「まて、触らせようとすんな」


「触りたくもないだと! ちくしょお。やっぱ大きさか!」


「いやそれは個人の嗜好の違いがあるだろ……」


「む……。んじゃ玖玲はどっちのほうが好みよ。これと、それと。正解したらもれなく10分間自由にしてよい」


 そう言って黒崎は自分の胸と、ベッドで眠る真夜の胸を指差した。


「正解ってなんだよ。この場合」


「正直に答えることだよ。この野郎」


「いや、まあ、そりゃあるかないかで言えばあるほうが……」


「どちくしょー!」


 頭を抱えて叫ぶと、黒崎はパイプ椅子にがしゃんと腰掛けた。


「あたしは男という存在を今日から憎もうと思う」


「いきなり怖い宣言すんな」


「胸があるとかないとかどうでもいい話じゃないか!」


「おまえが聞いてきたんだろうが!」


「男って二言目にはいつもそう! 女が悪いことにするんだ!」


「あー、もうはいはい。俺が悪かった、俺が悪かった。まったくそんなにはしゃがれたら礼も言いにくいじゃねーか」


 椅子の上であぐらをかいた黒崎が唇を尖らせた。


「……礼を言われるようなことがあったかね?」


「黒崎がいなかったら俺も真夜も死んでた。礼を言わなきゃ人としておかしいだろ。ありがとう。助かった」


「そんないいもんじゃないよ」


 黒崎はぷいと顔をそむけた。その頬がわずかに赤く染まっている。


「ああ、もう照れるじゃんか! 本当にそんなもんじゃないんだって。玖玲だって分かってるだろ」


 分かっている。

 黒崎が助けに来ること自体がおかしい。

 なぜ黒崎は正吾と真夜が深夜の駅のコンコースにいて、しかもピンチに陥っていると知っていたのか。


「ん、でも理由なんていいや。やっぱり助けに来てくれたのは嬉しかったよ。発症してるってのは驚いたけどな。長いのか?」


「まあ、そこそこね。にしても落ち着いてるようで驚いたよ。もっと取り乱すんじゃないかと思ってたんだけど」


「慣れ、かな。あれからあまり本気で物事に驚いたことなんてないような気がする」


「それこそ世界がひっくり返るのに慣れちゃったんだね」


 黒崎のどこか寂しげに言う言葉は単純に正吾の境遇を指しているだけではなさそうだった。


「あいつ……、真夜は知り合いみたいだったな。黒崎も?」


「そうだね、発症者同士ってのは色々あるもんなのさ。もっとも甲羅ヤローは初見だよ。一匹保存してもらってるから楽しみにしとくように」


「本当に食う気だったのか、あれ」


「もっちろんじゃん。まあその様子なら平気かな。それじゃまた後でね」


 黒崎は椅子から立ち上がって、スカートを直す。


「どこに行くんだ?」


「学校、出席ヤバいもん。あ、それと今日からあたし玖玲ん家に住むから」


「――はい? なんだって?」


「連中あれで諦めるわけないからね。護衛の強化。あ、気にしないでいいよ、勝手に鍵開けて入っとくから。そゆことでよろぴく。ばいば~い」


「おい、冗談だろ」


 だが正吾が泣き言を口にしたときにはすでに病室の扉は閉じてしまっている。

 経験上、黒崎はそういう冗談を言うタイプではない。

 そういう冗談を<やる>タイプだ。

 そしてこういうネタがあるとついつい公言したがるのが黒崎だ。

 噂には尾ひれがつくものだが、黒崎の場合は自分で背びれまでつけるからたちが悪い。


「うああ、明日学校行くのがこえぇ」


 そうやって正吾が頭を抱えていると病室の扉が開いて、看護士が慌ててやってきた。


「日比谷さん、どうされました?」


 見ればいつの間に起きたのか、真夜がナースコールを握り締めている。

 真夜はにっこりと看護士に向けて極上の笑みをこぼした。


「すみません。わたし今日中に退院します」


「え? でもあなたは七箇所も骨折してるんですよ」


「命にはかかわりませんし、足も片手も平気ですよね。わたし通院します」


「そんな、あなたの一存で決められるようなことでは。お兄さんも何か言ってあげてください」


「おい、真夜――」


「わたし、家に帰ります。わたしたちの家に帰ります。ね、兄さん、いいですよね?」


 正吾は知っている。

 真夜が正吾に敬語を使うときは何かにすごく怒っているときだ。

 心当たりなどまったくないが、真夜はひどくご立腹らしい。

 そしてこうなった真夜に何を言っても無駄だ。

 それは姉さんにしゃきっとしろというくらい無駄なことだ。

 正吾はソファの背もたれに深く体を預けてため息をついた。

 赤の代行者がいくら来ようと、それがどうしたと突っぱねる自信のある正吾にも、こればっかりはどうにもならない。

 今日の空は雲に覆われ、雪の舞い散る――、

 まるで夜のような朝だった。

これにておまけも終わりになります。

お付き合いありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 良かったです。他の話に比べると群像劇的な性格が強かったですね。楽しく読めました。
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