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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
後日談的おまけ
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日が沈み -7-

「まったくさ、なんていうか」


 激突の音は激しく鼓膜を揺さぶった。

 体を揺らすほどの鈍い音とともにぶつかり合った獣たちは体を揺らし、たたらを踏んだ。

 その中央にいた正吾と真夜はミンチになる――はずだった。


「鍋なら呼んでくれなきゃダメっしょ」


 足元からそんな声がして、よく見知った顔が床から現れた。

 その両手が正吾と真夜の足首を掴んでいる。

 紅い眸の黒崎美奈だった。


「おまえ、発症――」


「うん、してるよ」


 黒崎の体は胸から下が床に埋まっていた。

 いやその体はゆらゆらと揺れていて、まるで床など存在せず、正吾の真夜の足に掴まって宙に浮いているかのようだ。


「抑制剤打ち忘れるみたいなドジをあたしがするわけないじゃん。それにしてもいやぁ、間に合ってよかった。さて逃げようか」


 ずぷりと足元の感覚がなくなり、正吾と真夜はコンコースの床の下に落ちた。

 どすんと音を立てて三人の体はコンコースの真下、ホームの上に落ちる。

 黒崎は華麗に降り立ち、正吾と真夜は無様に転がった。


「うし、玖玲は真夜ちゃん抱えていこうか。あたしは追っ手を片付けるとしよう」


「おい、無茶は――」


「ちちち、甘いよ。玖玲。能力ってのは相性さ。連中の力じゃあたしに傷一つつけられない。一匹とっ捕まえて食ってみるんだから、毒見役は必ず生き残るように」


「そりゃ怖ぇや」


 言いたいことはいくつかあったが、今は黒崎を信じるしかない。

 正吾は真夜を促し、背中に担ぐと力の限り走り始めた。




「さて、と……。あんたらに誰にケンカ売ってんのか教えてやんないとね」


 そう言って黒崎美奈は大きく空に向けて伸びをした。

 その周りをぞろぞろと階段を下りてきた獣たちが取り囲む。


「ふぅん、あたしと同じ肉体変質系か。珍しい。それにしてもこれだけ連結できるってどういう精神構造をしてるんだか。とは言っても単純命令が限度か。ばらけられたら流石にきつかったかもね」


「何ダ、オ前、邪魔スンナ。邪魔ヲスルナ!」


「あたしの名前は黒崎美奈。疾風が起きたら聞くといいよ。もっともそのときにはもう思い知ってるだろうけどね。牙を向ける相手を間違えた、と」


 美奈は口元を歪めて笑うと、指先でちょちょいとオウムを煽った。


「がぁるぅるるるるるる――」


 獣のうち一匹が唸り声をあげて飛び出した。

 正面から美奈に飛び掛る。

 その瞬間を目撃すれば誰もが凶悪な獣に少女が蹂躙される様を思い浮かべるに違いない。

 しかし現実には両者はすれ違った。

 すれ違ったように見えた。

 間隙。

 そして獣が倒れた。

 外傷は無い。

 だが息もしていない。

 その獣は絶命していた。


「ナ、ナ、ナ――」


 獣たちは猛り狂い美奈に次々と襲い掛かった。

 爪が、牙が襲い来る中を美奈はまるで踊るように駆け抜けた。

 そして彼女に触れられた獣が次々と倒れていく。

 それはまるで毒の香を撒く踊り子のようだった。


「何ナンダ、オ前! ナンナンダヨォ」


「いい女には秘密が多いものよ。って母さんが言ってた」


「小娘!」


 一匹が美奈の背後をついた。

 獣は美奈の背中に向けて勢いの乗ったタックルを決め、そしてその背を貫いた――ように見えた。

 事実美奈の体は消えた。

 無くなった。

 見えなくなった。


「ふむ、お造り……、踊り食い……、どじょう豆腐……」


「生喰反対! 病気怖イ!」


「最後のは煮てあるよ」


 残っているのは獣の体の上に乗った美奈の上半身だけに見えた。

 だが獣はその美奈に甲羅のトゲをつかまれて身動きが取れない。

 美奈の足が獣の体を貫いてホームを踏みしめている。


「やっぱ鍋かな」


「美味シクナイヨ! 絶対美味シクナイヨ!」


「知ってるかい、オウムくん。ブタはね、イノシシを人間が家畜化したものなのだよ」


「絶対食ウ気ダー!」


「珍味っていいよね」


「シカモ悪食ダ、コノ人、モウヤダァ!」


 美奈が掴んだ獣が激しく身震いして、美奈の体は振り落とされる。

 それを契機にざあと獣たちが引いた。

 この時点でその総数は半分以下まで減っている。


「ち、逃がしたか。ちょっと生で食べてみたかったけど……」


「死ネ! 食アタリデ死ネ!」


「そんなら本望さ。はやく逃げないとあんたも食っちゃうよ。オウムはまだ食ったことがないんだ。がぅ!」


「チョ、マ……。紅月サァン、飯抜キデオ願イシマスゥー」


 ぎゃあぎゃあ鳴き喚きながらオウムが逃げ去っていく。


「ううむ、いくじがないなあ。あの二人逃がすほどでもなかったか」


 とはいえ直近にいられるとどうしても守りながらになる。

 美奈の能力は攻撃と逃走には適しているが、他人を守りながら戦うというのには適していない。


「まあいいや。楽しい楽しい残党狩りといきますか」


 ぽきぽきと指の関節を鳴らして、美奈は楽しそうに唇を歪めた。




 煉瓦台市で夜間も救急を受け付けている病院というと、正吾には煉瓦台記念病院しか思いつかなかった。

 多少距離はあったが、当てもなく病院を探すよりはずっといいと真っ直ぐに新市街を目指す。

 30分も走って追っ手が来ないところを見ると黒崎はうまくやってくれたのだろう。

 いい加減息も切れてきて正吾は足を緩め歩き出した。

 もう新市街に入っていて、煉瓦台記念病院もそう遠くはない。


「……兄さん、怒ってない?」


 背中の真夜がそんなことを言った。


「なんで?」


「わたしはずっと兄さんを監視してたんだよ。妹のふりして兄さんを騙してた」


「ああ、そうか、そういうことになるのか」


 赤の息子という紅月のとんでも主張がようやく正吾にも実感として湧いてきた。

 つまり正吾の知らないところでそのことを知っている人がいて、それで真夜が送り込まれてきたというわけだ。


「つーことは姉さんもか」


 むしろそちらが本命だったんだろう。

 朝子が異例の早さで出世していた一因がかいま見えた気がした。


「ごめんなさい……」


「ん、なんでさ? 謝ることじゃねーだろ」


 仕方のないことだったのだ。

 特に朝子の任務を引き継ぐ形となった真夜にしてみれば本意ではなかったに違いない。

 しかし真夜はそうは思っていないようだった。


「……そう、だよね……、謝ったって許してもらえるようなことじゃないよね。……でも、わたしは兄さんに本当の兄さんになってもらいたかった、のに……うぁ……ぁ……」


 しゃくりあげるような嗚咽が漏れ、正吾の肩に真夜の涙が落ちた。


「わたしは……、やだった……、兄さんと、一緒にいたかっただけなのに、なんで……やだよぉ……、兄さんもいなくなるのはやだよぉ……。いなくならないで、きらいになってもいいから、いなくならないで……、おねがい、おねがいだから」


「バカか、おまえは……」


「……ごめ、んなさい……、う……、う……」


 真夜は泣き声を堪えようと唇を噛んで体を震わせた。


「ちげーよ、バカ。誰が怒ってるって? ああ、怒ってるよ。すげー怒ってる。もうおまえの言うことなんか知らん。聞く耳もたねぇ。いいか、真夜」


 真夜の体が続く言葉に耐えようときゅっと縮こまった。


「おまえがなんて言おうと、誰がなんて言おうと、本当のことがなんだろうと、そんなもん全部俺の知ったことか。俺はおまえの兄さんだ。俺はそう誓ったんだ。俺がそう決めたんだ。だからおまえは俺の大事な妹だ。嫌だつっても知らん。どっか行こうとしても連れ戻す。あの家は俺たちの家だ。俺も、おまえも、まああんまいないけど父さんも、誰も欠けさせない。俺が絶対に欠けさせない」


 真夜は少しの間硬直したままだった。だがそれもすぐに解けた。


「うあぁぁぁぁぁん」


 まるで子どものように真夜は声をあげて泣いた。

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