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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
後日談的おまけ
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夜が明けて -1-

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真実は常に闇の中にある。

光を当てられるとあらゆるものは真実ではなくなるからだ。

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 意識が戻った時、弓削朝子は宙吊りになっていた。

 無駄に重い頭が重力に負けて下を向いていて、足下に広がる一面の炎が両目に映った。

 ほんの数メートル、それだけ落下すればあっという間に焼き朝子のできあがりだ。


 ――あー、くそー、やっちゃったなぁ。


 ぐりんと首が回って頭上を仰いだ。

 朝子の体を支えているのは、彼女の右手を掴んだ別の右手だった。

 ぱっと目に映ったそれが真っ赤な色をしていたのは炎を照り返しているからではなかった。

 生暖かい赤い染みはじわじわと朝子の体を濡らしていく。

 見上げた床の裂け目から少年の顔が現れた。

 今にも泣き出しそうな、そして必死の形相。

 泥に塗れ、煤で汚れている。

 その顔を見上げながら、朝子は、


 ――あー、少年なんて思ったのがばれたらまた怒られるなー。


 なんて考えていた。


「それがどうした!」


 少年、玖玲正吾が叫んだ。

 なにに向かっていったのかは分からない。

 それは正吾の口癖だった。

 辛いとき、悲しいとき、そしてどうしようもないとき、少年はいつも同じ言葉を口にした。


 ――ああ、やだなー、なんでこの子、こんな頑張っちゃうんだろう。


 正吾の体は朝子の体重を支えきれていない。

 腕しか見えていなかったのに顔が見え、今は上半身が見えている。

 つまり朝子に引きずられて落ちかかっているのだ。


 ――離して楽になっちゃえばいいのに、そんな怪我した腕で……。


 普通ならとっくに手を離している。

 いや離そうとしなくても指先が耐えられないだろう。

 なぜなら朝子は20歳のいい大人であり、正吾はまだ12歳の、しかも年頃にしては小柄な少年だ。

 身長も体重も倍ほどに違っている。

 だがその小さな体で少年は朝子の体を吊り下げていた。

 もはや腰から落ちかかっているというのにその手を離そうとする様子は無い。

 その手に込められた力は信じられないほどに強い。


 ――もういいよ。ショーゴはよく頑張ったよ。


 だがそれを言葉にしても、彼はいつもの口癖を口にして朝子の意見など一蹴してしまうに違いない。

 だからそんな無意味なことは朝子はしなかった。

 面倒なだけで何の役にも立たないからだ。


「ショーゴ」


「それがどうしたっ!」


 にも関わらず正吾は朝子の表情から全てを察したらしかった。

 床の裂け目に手をかけて、信じられないことに少年は朝子の体を引っ張り上げようと力を込めた。

 それは正吾らしく、そして無謀な行動だった。

 少年の体力はすでに限界だったし、ただでさえバランスを崩しかけている。

 もう数秒ももたないだろうと朝子は冷静に状況を分析した。


「ショーゴ」


 もう一度名を呼んでおく。

 きっとこれが最後になるだろうから、思い切り優しく呼んでやった。


「マヤをお願い――」


 残った力を振り絞って、朝子は正吾の手を振り払った。

 体が落下するのを感じながら、朝子は少年に最後に見せる顔は笑顔がいいと思った。

 だから朝子は笑った。

 少年にたまに見せてやるとすごく嬉しそうにするとっておきの笑顔を。


 そして弓削朝子の体は炎に飲み込まれた。


 2020年6月6日午前――。

 それは後にただ<駅ビル火災>と呼ばれることになる事件だった。

本編の後日談的小話になります。

夜が明けて、は全6話。今日中に投稿しおえます。

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