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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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赤の代弁者 -19-

 ――考えるな。


 実際には考えようとしてもそうすることなどできなかった。

 脳を衝く痛みはもはや美禽という緩衝材を経てさえ、直に突き刺されているのと変わりなく、透の目からは出血が始まっていた。


 ――殺したのに! 殺したのに!


 間違いなどということはありえない。

 情報提供者から得た画像と少女は完璧に一致した。

 個人的な経験もそれを裏付けた。

 赤の代弁者は皆同じ目をしている。

 だがそれはあくまで主観に過ぎず、現実を裏付けるようなものではない。

 だから最後に見えた京子の瞳がまるで赤の代弁者のようだったなんて透は思っていない。思ったなんて思わない。

 通路を駆け抜け、格子に取り付いて叫ぶ。


「侵入者だ! 中にいるぞ!」


「なんだって!」


 二人の守衛が慌ててやってきて格子を鍵で開けた。

 入れ替わるように留置施設を後にする。

 後のことなど考えている余裕は無い。

 記憶を頼りに隠し階段のある柱を目指す。

 暗闇の中を左、真っ直ぐ、左――。

 途中何人かとすれ違ったが相手にせずに駆け抜けた。

 痛みで相手をすることなど考えられなかった。

 その柱は本部施設の南東側、留置施設からそれほど離れていない取調室の外側にあった。

 この中を隠し階段が通っているのだという。

 何度も傍を通っているのにそんなこと考えたこともなかった。

 それはそうだ。

 その柱は壁と一体化していて、他の壁とはまったく見分けがつかない。

 そしてふと気がついた。


 ――入り口がねーじゃねーか!


 かっとして柱を力任せに蹴り飛ばす。

 すると足はなんなく壁にめり込んだ。

 想像もしていなかったので足を取られて透はバランスを崩した。

 足を引き抜く。


 ――壁が薄いのか。


 どちらにせよこれなら抜けられそうだ。

 拳銃で壁にいくつか穴を開けると、透は肩から柱に突っ込んだ。

 弾力のある反動と共に弾き返されるが、柱は大きくへこんでいた。


 ――もう一度だ。


 息を整えもう一度肩からぶちあたる。

 浮遊感と共に体は柱の中に投げ出された。


 ――本当にあった。


 だが今は喜んでいる場合ではない。

 マグライトのスイッチを入れると狭い階段が浮かび上がった。

 ライトの色が赤く見えたのは、目から出血しているからだ。

 さっと光を流し階段の構造を記憶すると透はライトを消した。

 つまずきながら階段を駆け上がる。

 何度も頭を打ちつけたが、もうそんなことはどうでもいい。

 この痛みが消えないままであれば、赤と戦うことなどどう考えても不可能だ。


 ――美禽! 美禽!


 返事は無い。だが意識を失っているわけでもない。

 耳鳴りのように美禽の叫び声は脳内に飽和したままだ。


 ――ちくしょう! 何を間違えたんだ。何処で間違ったんだ!。


 沢渡錬子が能力を失った時のことを思い出す。

 このままいけば美禽も透も二の舞になることは明らかだった。


 ――何故だ!


 その瞬間ぱっと目の前に光が溢れた。階段の上からライトで照らされたのだ。


 ――こんなところまで! ちくしょう!


 もはや切り抜けるための気力なんて残っていなかった。

 だから透は光に向けて引き金を引いた。

 3発、そこで弾丸が無くなり、引き金を引いても撃鉄はむなしく空薬莢を叩くだけとなった。

 光は消えた。

 そして灯った。

 一斉に、この秘密の階段に設置されている蛍光灯に再び電力が供給され始めた。

 血に染まった透の視界で2人の人間が呆然と透を見詰めていた。




 何が起きている?

 何が起きている?

 何が起きている?

 疑問は思考の波の中を幾度も幾度も反響して繰り返された。

 赤の思考は笹原美禽への攻撃と吉田直樹のモニタリングにすべて割り振られており、月ヶ瀬朔耶の肉体は彼女自身の記憶に任せてほぼ自動化していた。

 できうる行動の最適化だったが、結果的に肉体の危機への対応が遅れるという結果になった。

 それは仕方ない。

 月ヶ瀬朔耶の肉体は惜しかったが、赤はさほど肉体に固執はしない。

 たとえ肉体との接続が切れても、次の接続先を探すだけのことだ。

 ただ惜しいのは月ヶ瀬朔耶の肉体を元に得た経験はすべて失われてしまうということだけだ。

 そして月ヶ瀬朔耶の肉体の死が訪れた。

 その瞬間接続は切れる。

 そのはずだった。

 赤の意識は月ヶ瀬朔耶の肉体の向こう側から伸びてきた別の接続に捕まった。

 それは笹原美禽への攻撃で痛みを纏っているはずの赤の意識になんら躊躇なく接続してくると、そのままがっちりと赤の意識に食い込んだ。

 獣に食いつかれたような感触に、赤の意識は震えた。

 これまでこちら側の世界で赤以外の何かが精力的な活動を見せることなど一度もなかったからだ。

 ひとつだけ例外があるとすればそれは……。

 繋がったことで相手の意識が見えた。


 ――御剣京子!


 声にならぬ声で赤は叫んだ。

 否、それはすでに御剣京子ではなかった。

 かつて赤が接触した御剣京子とはまるで違った形になっている。

 彼女の意識は異様なほどに膨れ上がっていた。

 ヒトとしてはありえない形になっていた。

 御剣京子の中に月ヶ瀬朔耶がまるまる存在していた。

 彼女の記憶、意識がまるまる御剣京子の中にコピーされていて、赤はそこに接続されていて逃げられない。


 ――まさか! まさか! まさか!


 まるごと取り込んだというのか、月ヶ瀬朔耶の人生を。

 ひとつの脳にふたつの記憶というのは御剣京子の人格の崩壊を意味している。

 赤の知る限り御剣京子はそのことを極端に恐れ、能力による他人との接触をできるだけ避けようとしていた。

 一体何が彼女を転向させたのか赤にはまったく分からなかった。

 そもそも人間にとって自我の混生というのは害でしかなかったのではないか。

 どちらにせよ御剣京子の能力は赤にとって危険な領域へと踏み込んだ。

 自身と同じ他人の記憶に干渉する能力ということで赤は京子に興味を持っていたが、あちらがこんな形で赤の行動を阻害できるというのなら話は別だ。

 赤は御剣京子に対する攻撃パターンを組んだ。

 現在笹原美禽に対して行っている痛覚への直接干渉に加え、月ヶ瀬朔耶からくみ上げた死のイメージを直接叩きつける。

 殺せなくても無力化はできるはずだ。

 その間にこの思考の網から逃げ出してしまえばいい。

 後は二度と御剣京子と接続しなければさして問題は無い。

 笹原美禽・深海透のような厄介な敵が一人増えるというだけのことだ。

 強い確信を持って赤は御剣京子の意識に向けてソレを放った。


“ミツケタ”


 その声は御剣京子の意識の中から聞こえた別の声だった。

 月ヶ瀬朔耶の声でもない。

 でもどこかで聞いたことのある声だった。

 途端に赤が御剣京子に向かって放った攻撃パターンが霧散した。

 ばらばらに解け、パターンはコードになると意味のない記号になって消えた。

 そしてようやく赤は気づいた。

 御剣京子はもう完全にヒトの意識の形を保っていないということに。

 御剣京子の中には月ヶ瀬朔耶の人生が丸々詰まっており、それに加え赤が自身を獲得するために常に蒐集している赤を知る人間の赤の記憶がまるまる書き加えられていた。

 それはつまり接続能力を省いた赤そのものであり、御剣京子は今や月ヶ瀬朔耶であるのと同様に赤でもあった。

 それに気づいた時にはもう御剣京子から攻撃パターンが放たれていた。

 御剣京子の中の赤がそうしたように、赤もそれを解析して分解しようとする。

 だがそれはオリジナルの赤がしないような改変が加えられていて、その意味の理解に赤は一瞬手間取った。

 理解したときにはその攻撃パターンは赤への侵食を始めていて、もはや止められぬほどに進行していた。

 いや解析に成功していても止められていたかは分からない。

 なぜならそれは攻撃パターンなどではなく、赤に残された最後の部分、記憶ではなく意識そのものを取り込もうとする、御剣京子の能力による同化だったからだ。


“死にたくないとお前は言った”


「そうだ。私は消えない!」


“消えろなんて言わない。まず生きろ。私と共に生きろ。生きて、そして死ね”


 分からない。御剣京子の言うことはまるでワケが分からなかった。

 いやそういう意味でならもはや御剣京子という存在が赤の想像を絶していた。

 赤が寄り集まった無意識が生んだ集合意識というのなら、御剣京子は今やヒトの記憶が寄り集まってできた巨大な化け物だった。

 それに食われ、その一部に成り果てるその瞬間、赤は気がついた。

 自身が本来あるべき形へとさらに一歩近付いたのだというその事実に。

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