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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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赤の代弁者 -17-

 素直に差し出された幼い腕を京子は忸怩たる思いで見つめた。

 内部世界十数万のために一人の少女を差す出す、という行為の善悪についてはどれだけ悩んでも答えは出なかった。

 それを正しいとする根拠はいくつも見つかったし、それを正しくないというための思想はいくつもあった。

 ではどちらでもいいのかというと決してそうではない。

 どちらを選ぶにせよ、選んだという行為からは逃げられない。

 この場合は逃避も選択のうちだ。

 であれば京子は選ぶしかなかった。

 たかだか自分のプライドだとか見得のために内部世界を危険に晒すわけにはいかない。

 この月ヶ瀬朔耶という少女の中には赤がいて、または繋がっていて、その赤が外部世界へ感染を広げようとしていることだけは間違いが無いのだから。

 特捜の一員として、それ以前に内部世界の人間として、京子は彼女を守りきれないという前提の下に抑制剤を投与するという判断を下した。

 抑制剤を持って少女の独房を訪れると、少女は思いのほか京子の来訪を歓迎して、注射器にこそ怯えの色を見せたものの、その摂取については素直に応じてくれた。

 その素直さに京子はどう反応すればいいのか分からなかった。

 てっきり激しく抵抗されるものだと思っていたのだ。

 振り払ったはずの迷いが、その鎌首をもたげた。

 本当にそれでいいの?




「それじゃまずは変装しないとね」


 という美奈の一言で最初の行き先は決まった。

 手を引かれて床を抜ける。

 硬いはずのものを体がすり抜けていくという感触は、何度体験しても慣れるものではない。

 避難部屋の真下、地下3階の小部屋に美奈は華麗に、直樹は無様に降り立った。

 天井を抜けた後は当然自由落下するしかなかったからだ。

 美奈が先に通路に出て辺りの様子を窺った。

 誰にも見つかるわけには行かない。

 吉田直樹はすでに死んだことになっているからだ。

 黒埼静が<かくも脆き>事件の時に、アパートで殺された犠牲者リストに彼の名前を紛れ込ませていたのである。

 理由は彼が第二次大規模外部感染の容疑者だったからである。

 黒埼静は彼を拉致することでその情報を独り占めしようとしたのだ。

 しかし特捜には第二次外部感染者のリストが出回っており、その全てを暗記しているものも少なくないだろう。

 死んだはずの吉田直樹を発見すれば当然疑問を抱く。

 問いただされれば逃げ場は無かった。


「わくわくするよね」


「ひやひやの間違いでは?」


 シェルター内部にはまったく人の気配が無い。

 緊急用の施設だから当然だ。

 それでも出入りする清掃スタッフは存在するし、物資の入れ替えも時折行われる。油断は禁物だった。

 シェルターから外に出るための通路は三つある。

 一つは本部施設地下駐車場に直結している通常ルート。

 もう一つは非常階段に直結している非常用ルート。

 今回、美奈たちは最後の一つを使うことにした。


「とは言え、こんな通路を通る必要はあるんですか?」


「前にも使ったことあるでしょ。文句言わない」


 二人が登っているのは本部施設の柱に偽装された隠し階段のひとつだ。

 同様の隠し通路が本部施設内にはいくつかある。

 それらは非常時に要人が脱出するためのもので、一般には公開されていない。

 その階段の幅は極端に狭く、直樹は何度か頭をぶつけることになった。

 彼の視界において物との距離を測るのは難しい。


「知ってる? 本部の9階と10階の間はね、他の階に比べて2倍も広く取られてるの」


「どうしてですか?」


「必要だから」


 狭い階段を<去りて来たり>はすいすいと登っていく。


「つまりね、非常時に必要なのは逃げ道だけじゃないってこと。食べ物や飲み物、寝袋とか、そう言ったものをみんなに知らせている以上に貯めこんでおく必要があるの」


「なるほど、分かります。ですがそれと変装することになにか関係が?」


「なにかあって逃げるときに、えらい人が素顔さらしたまま逃げるわけないでしょ」


「つまり変装道具もある、と」


「そゆこと~」


 美奈が扉を開け小部屋に飛び込んだ。




 その瞬間、特捜本部施設のすべての電源が落ちた。




「遅せーよ!」


 透は右の拳を非常階段の壁面に叩きつけて怒鳴った。

 彼が左手に持っている携帯には特捜本部施設の建築図面データが送り届けられている。

 内部協力者から今さっきメールで届けられたものだ。

 それによれば特捜本部には地下から22階までを貫く秘密の階段があり、それを使えば監視カメラに捕らえられることもなく容易に施設内を移動できるのだという。

 このデータが後30分早く届いていれば、誰に発見されることもなく8階まで移動できたろう。

 包囲網の内側に飛び出すことだって可能だったに違いない。


 ――くそっ! くそっ!


 透は痛む頭を押さえながら必死に状況を肯定しようとした。

 とにかく時間通りに電源は落ちた。

 それだけでも内部協力者には感謝しなくてはならない。

 特捜隊員だった透でさえ内部協力者がどれほどの危険を払ってこの状況を作り出したのかは想像に難い。

 それに注文を加えるなんて酷なことだ。

 少なくともこの通路は脱出路に使える。

 逃げ出すときに包囲網を強行突破する必要はなくなったのだ。

 非常階段の扉を開けて8階通路に身を躍らせる。

 暗闇は一部の視覚拡張系発症者を除いて、ほぼすべての発症者と感染者に有効だ。

 さらに視界を細かく遮った構造である本部施設は外光を取り入れる装置が無く、すべての灯りを電気に頼っている。

 よって電源さえ落ちればそこに残るのは完全な暗闇だけだ。


 ――いや、そうでもないか。


 懐中電灯は常備されているし、携帯電話のライトは実用的とは言い難いが手元を照らすのには事足りる。

 少し上ずった呼吸を飲み込んで、透は滑るように暗闇の中を進み始めた。

 8階の構造はさっきのメールで頭に入れた。

 灯り一つなくても独房にたどり着く自信が透にはあった。

 だから結局のところ本当に注意しなくてはならない問題は、


 携帯のライトをかざし、銃を構えた男が見えた。

 だがその弱々しい光はまるで蛍の光のように、彼の人の居場所を示す灯りにしかなっていない。

 透は音も無く走り、スタンガンを抜くと男のわき腹にそれを押し当ててスイッチを入れた。


 ――人間だ。

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