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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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かく価値ある言の葉 -1-

不定期投稿とはこういうことだよ!

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何人も貴方の世界を見ることはできない。

貴方の眼は貴方一人のものだ。

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 煉瓦台記念病院は元々特定機能病院の指定を受けた大学病院だったものを、大災害後、赤目症の研究のために特化されたものだ。

 そして管理自治機構以外では唯一の外部との頻繁な情報交換が行われている場所でもある。

 それゆえにこの病院は一種独特の権力を保有しており、管理自治機構でも記念病院に対して手出しができないのではないかと噂されている。

 その門戸は一般にも開かれているのだが、その噂のためか、患者の大半が――生死を問わなければ――赤目、発症者ばかりだ。

 そして赤目ばかりだという事実がさらに一般の感染者の足を遠のかせている。


 そんな理由で人のほとんどいないロビーを透は背筋を伸ばして歩いた。

 受付にいる看護服の女性がじろりと視線を寄越すが、それも一瞬のことですぐに視線を逸らす。

 特捜の制服を着てきて良かった、と、透は心の底からそう思った。

 エレベーターに乗る際に、一瞬スキマーを探しかけて透は苦笑する。

 特捜本部での癖がすっかり身に染み付いてしまっているらしい。

 ただボタンを押すと、ガタンと機械の動く音が聞こえた。

 京子の病室は6階だ。

 煉瓦台記念病院ではベッド数に対して極端に患者が少ないことと、発症者のその特異性のため、すべての病室は個室化されている。

 透は病室の前でネームプレートを確認し、自分の服装に乱れがないことを確かめてから病室のドアを叩こう――として、その手を空振った。


「おっと」


 病室からちょうど出てくるところだった男が、透の手を受け止めていた。

 男は間違っても病院にスタッフには見えない服装をしていた。

 黒いジャケットに黒いシャツ、黒いスラックスと黒ずくめで、透よりは少し背が低い代わりにがっちりとした体格をしている。

 面会なのだろうが、京子の友人というには年を取りすぎていて、親というには近すぎるくらいに見えた。

 せいぜい叔父さんと言ったところか。

 その瞳はサングラスに遮られて見えない。


「えっと……」


 透は奇妙に思った。

 煉瓦台でサングラスなんてものはまず見かけたりはしない。

 全員が感染者であり、発症の可能性を抱えている以上、瞳を隠すというのは自分が発症者である疑いを回りに与えて歩くことにしかならないからだ。

 ただ――透は接触したことこそないが、煉瓦台の郊外で大きな支配力を振るっている観堂寺組というヤクザの成れの果ての連中は、わざとサングラスをかけることで威圧感を演出しているのだとか聞いたことがあった。

 妙な胸騒ぎがして、部屋の中に視線を向けると、京子はどうやら眠っていた。

 その姿に不審なところはなにひとつとしてない。


「どちらさまでしょう?」


 不信感に満ちた聞き方になったのだろう。男の口元がふっと緩んだ。


「古い知り合い……だよ。君は京子の部下かな。見たところ臨時職員の高校生、というところか」


 透はかっと体が熱くなるのを感じた。

 部屋で制服姿の自分を見たときは高校生になんて見えないだろうと思っていたのは単なる自分の思い過ごしだったってことだ。


「そこを退いてくれないか? すぐに戻らないといけないんだ」


 透は自分の体が扉をふさいでいることに気づいて、慌ててその場を下がった。


「ありがとう。君とはまた会いそうだな」


 男はドンと透の肩を叩くと、大股でその場を歩き去った。

 変な雰囲気の男だった、とその背中を見送って透は思う。

 特捜関係者ではなさそうだし、一瞬考えたヤクザというのも何か違うような気がする。

 自衛隊関係者だろうか?

 透の知る限りそれが一番近そうに思えた。


 18年前の事故で感染した自衛隊の隊員はその半分が市警に入り、一部は特捜に入り、残りは郊外に消えて行った。

 そうして消えた自衛隊員はそのほとんどが観堂寺に取り込まれたかしたと思われているが、中には普通の市民の溶け込んだものもいると聞く。

 自衛隊あがりの元特捜、とか……。

 とは言ってもそれにしては男は若い。

 18年前に自衛隊の隊員であったならどんなに若くても当時18歳。

 とすれば今は36歳ということになる。

 36歳にしては若いなとは思うが、それでもありえないほどじゃないかもしれない。

 ――考えても仕方ないな。

 どうしても気になるなら過去の記録を調べてもいいし、京子に直接聞いてみたっていいだろう。

 残念ながら今は眠っているようだけれど。

 透は病室に入ると、ベッドの脇の椅子に腰掛けた。

 そこにはわずかに温もりが残っていて、さっきの男が今の透と同じ位置から京子を見つめていたのだと分かる。

 そしてそこから見える京子は……酷い有様だった。

 長く美しかった髪は肩の辺りでジグザグに切り落とされて――実際には分解されて――ぼさぼさで枕の周りに広がっている。

 折れた左腕はギプスで固められて釣られ、この際にとばかりに包帯だらけだ。

 隙間から見える皮膚もアザが目立つ。

 京子の意識が無くて良かった、と透は思った。

 意識があったならこんな姿を見られたいとは思わないだろう。

 見舞い客などみんな追い返してしまうに違いない。


 ――俺の責任だ……。


 透はぐっと両手を握り締める。

 もう少し早く狙撃ポイントに辿り着いていれば、<かくも脆き>の能力が京子に及ぶ前に殺すことができたはずだ。

 狙撃そのものも京子に当たることを考えて一瞬躊躇った。

 自分の未熟で自分が危険に晒されるのは仕方ない。

 けれど大切な人が危険に晒されるのはダメだ。と、透は思う。

 もっと、もっと、もっと……強くならなければ、この人は守りきれない。

 穏やかに寝息を立てる京子の顔を透はじっと見つめる。


 ――無茶をする人だから……。


 引き金を引く瞬間躊躇ったのは京子に当たることを考えたからだけじゃない。

 あの瞬間、ほんの少しだけ期待したのだ。

 京子ならなんとかできるのではないか、と。

 透や美禽を救ったときのように、かくも脆き後藤田を京子なら救い上げることができるのではないか、と。

 京子がそうしたがっているのは明らかだった。

 透は最後の瞬間の京子の顔が忘れられない。

 一瞬、ほんの一瞬、京子は泣きそうな顔をした。

 誰のために?

 決まってる、後藤田、助からない発症者のためだ。

 自分の命が危ないという状況下で、自分の命を奪おうとする相手を、慈しむことなんて透には考えられない。

 そんなことを考えていたら殺せない。でも、京子は……。


 ――解らない。


 けれど、京子にはそのままで居て欲しいと思う。

 なら透は京子の武器でありたいと思った。

 思わず手が伸びて京子の頬に触れた。

 守りたいものを確かめたかったのだ。

 柔らかい感触は手のひらを貫いて、神経細胞を電光のように焼き尽くしながら脳に至った。


 ――俺は狂ってるのかもしれない。


 ただ誰かに触れただけで、こんなに苦しくなるなんてどうにかしてる。

 その時、京子が少し身じろぎして、透は慌てて頬に当てた手を離した。

 さっきまで穏やかだった京子の表情が痛みに歪んでいる。


「う……」


 ゆっくりとその目が開く。それから京子は不思議そうに首を動かして辺りを見回した。


「……トール?」


「はい」


「……ここは……病院ね。デブリーフィングは?」


 覚えていないのか、と、透は驚きを隠さなければならなかった。

 3日前、かくも脆き後藤田を透が射殺した後、京子はすぐにデブリーフィングを行うと言って3課の参加メンバー、つまり透と美禽と亮一を集めたかと思うと、京子のボロボロぶりに心配する一同を余所に不機嫌な顔で簡略にデブリーフィングを行い、解散を宣言したかと思うと倒れたのだ。


「ちゃんと終わってますよ。それから今日はもう21日です」


「そう、3日も寝てたのね……」


「昨日まで面会もできなかったんですからね。もうあんな無茶は止めてください、と3課一同からの伝言です」


「ごめんなさい」


 信じられないほど素直に京子は謝った。

 それから寝たまま辺りを見回す。

 そしてしばらくしてから困ったような顔をした。


「……ね、誰かいなかった? 気のせいかしら……」


 透は一瞬迷ったが、嘘をつくのも変だと判断する。


「古い知り合いという人が来てましたよ。時間が無いとさっき帰られたところです」


「……古い、知り合い? ね、どんな人?」


「変わった人でした。あ、いえ、悪い意味ではなくて」


 さっきであったばかりの男を思い出しながら透は言葉を繋ぐ。


「30代かそこらだったように見えました。俺より少し背が低くて、でも体つきでは負けてました。取っ組み合いをしたら勝てそうにないですね。全身黒い服で、サングラスをかけてました」


「…………」


 京子が息を呑んだ。そしてやおら右手が伸びて、透の襟首を捕まえたかと思うとぐいと引っ張った。


「トール、ちょっと見せて」


 至近距離から見つめられて、透は息が止まるかと思った。

 京子の能力の正式名は教えてもらったことがないが、目を合わせた人の網膜に映った情景を多少過去に遡って見ることができるのだと聞いている。

 制御訓練がうまくいかなかったので、京子は自然と人と目を合わせないように振舞う。

 なので京子とこんなに至近距離で目を合わせるのは多分これが初めてだった。


 ――って、ちょっと待てよ。ってことは。


 さっき透が京子の頬に触れていたことも見られてしまったのではないか?

 それに気づくとカーッと頬が熱くなった。

 しかしそんな心配は無用だった。

 すぐに京子の手から力が抜けて、透の体は自由になる。


「ウソ……」


 一言だけそう呟いたかと思うと、いきなり京子は起き上がろうと体を捻った。


「あぅっ……」


 そして痛みに思わず声をあげ、体をくの字に折り曲げる。


「京子さん!」


「トール、トール、あの人が出て行ってどれくらいなの!?」


 思わず立ち上がった透には目もくれないで、京子はなおも起き上がろうとしていた。

 その額には脂汗が浮かんでいて、耐え難い痛みを耐えているのだと分かる。


「ダメですよ。京子さん。あばらが4箇所も折れてるんです。まだ絶対安静なんですよ!」


「答えて!」


 叫ぶような京子の声が透の体を叩いた。


「え、っと、まだ5分前かそこらですけど……」


「追いかけなきゃ!」


 今度こそ起き上がったかと思うと、京子はそのままベッドから転げ落ちた。

 透は慌ててベッドの反対側に回ると、床で起き上がろうとギプスを巻いた左手さえ支えにしようとしている京子の体を支えた。

 それから有無を言わさず抱き上げて、ベッドに寝かせる。

 3日間眠り続けた京子の体はぞっとするほど軽かった。


「無理ですよ。今の京子さんじゃとてもじゃないけど追いつけません」


 それは京子も分かっていたようで、右手を顔に当てると、信じられないことにその瞳から涙が溢れた。


「ひどい……、ひどい……、ずっと待ってたのに、会いたい……、会いたいよ」


 まるで子供のようにそんなことを呟きながら溢れる涙を隠しもしない京子の姿に透も打ちのめされた。

 これは透の知る京子ではなかった。

 まったくの別人だ。


「あの人は……」


「ごめん、トール、独りにして、お願い、お願い」


 しゃくりあげながらそう言われてはどうしようもなかった。

 透は京子の言うとおりにした。

 元々この煉瓦台を舞台にした作品の構想では、病室を訪れていた男が主人公で、ヒロイン役が京子でした。構想段階であまりにも話が長くなったので、とりあえず書ける範囲で書き始めたのが後日談とも言える本作になります。

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